匠の章(その1) 続・デュエルン鉄人伝説

ジオポタ名工の一人デュエルン・レーフェンス。 “風の旅人”として伝説的な神話を築いた男のもう一つの顔。 それはやはり少年時代より培われた工芸的な工作技術による、匠としてのそれである。 そしてその背後には驚くべき科学的な裏付けが…  ここにその秘技が明かされる。

(構成&インタビュー/サイダー、監修/デュエルン)

輪行仕様車轟カル号と高速仕様車ナナハン号
左:輪行仕様車 轟カル号  右:高速仕様車 ナナハン号


■■序

サイダー  デュエルン、こんにちは。 BD-1を2台お持ちですが、2台共見る度にどこかしら変わっていますね。 しかもその改変は、どう見ても市販のパーツをただ付けただけじゃあないように見受けますが…

デュエルン  初めの頃は市販のものを取り付けてみたりもしていたのですが、値段の割に品質がイマイチだったり、性能に満足できなかったりで、今ではほとんどが手作りですね。

サイダー  えっ、手作りなんですか?

デュエルン  ええ、そもそも物を作るのが好きなんです。 家が家具屋だったので、子供の時からそこの工作機械で何かしら作って遊んでいましたからね~

サイダー  でも自転車の部品って金属製が多いですよね?

デュエルン  まあ、そんなのが高じて今では金属も加工するようになりました。 趣味の領域を出ませんけれどね。
自転車ではいろいろな金属が使われていますが、アルミがもっとも多く使われていますね。 重量、加工性などトータルなコスト・パフォーマンスの点からだと思います。

サイダー  デュエルンが作るものの材料もアルミですか?

デュエルン  金属ではやはりアルミが多いですね、柔らかくて加工しやすいので。 最近はカーボンも使っています。

サイダー  カーボンもですか… ちょっと想像ができませんが、そのあたりはおいおい伺うとして、まず今までどんなものを作ったのでしょうか?

デュエルン  最初どうしてもやりたかったのがBD-1のフロント・サスペンション。

サイダー  うぉ~、これは見ただけでも凄そ~。 デュエルン・サス! と名付けましょう。

■■ デュエルン・サス

失敗作

試行錯誤と失敗の連続

試したオイルダンパー類

試したオイルダンパー類

完成したサスペンション

そしてついに完成!

折り畳み

ちゃんと折り畳みが出来る!

輪行状態


輪行状態 ぎりぎり接地しないで納まる

シリコンオイル類

シリコンオイル類
オイルの粘度により減衰力が変化するので
タッチアンドトライ。
現在は写真の3種類を使い分けている。


サイダー  これは一体なんなんでしょうか? まず、どうして作ろうと思ったんですか?

デュエルン  BD-1には前後にサスペンションが付いています。 しかし実際に乗ってみると、ちょっとしっくり来ないんですね。 最初はリア側のエラストマーを交換したりしました。

リヤエラストマーの細工リヤエラストマーの細工:軟らかいエラストマーを使い、変形を拘束することで過剰なフワフワ感が無くなり、小さい振動はよく吸収する性能に変わる

それでも満足できなかったので手を加えました。 エラストマーというのは伸縮性と弾性とをもつ材料で、簡単にいえばゴムみたいなものです。 力を受けると伸び縮みし、その力がなくなると元に戻る。 縮んだときは膨らむので、逆に膨らむことを規制することで縮む量がコントロールできます。 そんなちょっとした細工をして、なんとかリアは落ち着いたように思いました。

そしてフロント側。 乗った感触でいえばなんかボヨンボヨンする感じ。 これがなんとかならないかと。 観察してみると、フロント・サスペンションはコイル・スプリングとその中に入っているウレタンみたいなもので構成されている。 ウレタンみたいなものはどう見てもダンパーの役には立っていない。

サイダー  あの~、ダンパーって…

デュエルン  サスペンションという機構は、外力(自転車では地面から突き上げる力)を吸収することを目的に作られ、BD-1の例ではコイル・スプリングが使われています。 だけれど、こういったスプリング類には多かれ少なかれ、吸収した力に対して反発しようとする力が残る。 スプリングって縮んだら今度は逆に伸びようとするでしょう。 この伸びようとする力を押さえる機構をダンパーって言います。 一般的にサスペンション・システムは、スプリングとダンパーの組み合わせで出来ているんです。

サイダー  はあ~、ダンパーって大事なんですか~

デュエルン  ダンパーがないと縮んだスプリングは伸びようとし、伸び切ったらその反力でこんどは縮んで…、そのくり返しになります。 いつまでたってもボヨ~ン・ボヨ~ンって。
それで、ダンパー付のサスペンション・システムが考えられないかと思ったのです。

サイダー  そういえばエア・スプリングだのオイル・ダンパーだのは、名前だけは聞いたことがあります。 それで、どんな構想だったんですか?

デュエルン  最初はぼ~っとしたイメージしかありませんでした。 こんなのが使えるかな、あんなのが使えるかなって。 しかし、力学的な検証なくして具体化はむづかしいので、まずサスペンションに加わる入力値を算定して定量的な把握をしたんです。 それが最初イメージしていた自分の値とあまり変わらないことがわかったので、具体化を本気で考え始めました。 そうは言っても、サスペンションをトータルなシステムとして一から設計し製品にするようなことは到底出来ないので、既製部品をうまく流用できないかと考えました。

次に、これはとても重要なことだったのですが、BD-1の折り畳み性能を損なわない、ということを条件にしました。 そうでなければBD-1でやる意味がないですからね。
結果、新サスペンションシステムは、元のコイル・スプリングとほぼ同じ長さで、元の構造と同様にその一端がフレームから離すことができること、を前提にしたのです。

もう一つの条件は、万が一ダンパーが壊れても走行不能にならない、ということ。
構造が複雑になるとそれだけ故障のリスクが高まります。 しかし、ジオポタの最中に走行不能ってのはかっこわるいからね~(笑)

サイダー  既製部品の流用は当然考えられることだとは思いますが、あと2つも条件として考えていたっていうところが、いかにもデュエルンらしいね。 それで?

デュエルン  まず、圧縮力を受け持つスプリングについては、既存のものでも良い。 カタログ上2種類の選択肢があり、3rdパーティ製を含めればそれ以上になる。 体感としても、算定入力値からも問題ない範囲です。

問題なのはダンパー。 これは公式にも3rdパーティ製でも市販されていない。 算定入力値から推計されるダンパーの必要能力は、実は驚くほど小さいものなんです。 それに近いのはラジコン模型の大型エンジンバギー用のオイル・ダンパーだ、ということに気が付いたのは随分勉強してからでした。

サイダー  簡単に言えばコイル・スプリングは元のままで、ダンパーを追加した、ということですか?

デュエルン  そのとおりです。 しかし現実の問題となると、ダンパーの能力はもちろん、その長さや幅の問題など、一筋縄ではいかないものがありました。

サイダー  現実にBD-1に組み込めるか? というところではどうなんでしょうか? 

デュエルン  まずメーカーから図面を取り寄せました。 多くはそれを見た時点で×。 可能性の残ったものを、取り付け方法を含めて検討しました。 台座の設計は既製部材(BD-1と新設ダンパー)同士を繋げる為には避けて通れません。 逆にいうなら、これがうまくゆかないものは対象外になるのです。 最後は現物を購入して試行錯誤、そして現場合わせです。(笑)

サイダー  論理的なコンセプトとそれを裏付ける徹底した検証とがあるわけですね。 実際、見事に納まっていますね。 台座はどうやって作られたのですか?

デュエルン  アルミ無垢材からの削り出しです。 もっともNCカッターなんかないし電動工具もほとんど持っていないので、人力です。 ノコギリとドリルとヤスリ、結構疲れますよ。(笑)

サイダー  人力削り出しってのはスゴイ!  ともかくなんとか作り上げたわけですね。 それで乗った感触はどうですか?

デュエルン  これはもう、自画自賛!(笑)
でも、最初からバッチリということでもなかったですね。 スプリングに硬い柔らかいがあるように、ダンパーも体重や路面に合わせた調整が必要なんです。 オイルダンパーは油の中をピストンのようなものが動くことによって、運動のエネルギーを流体抵抗で減衰する装置なんです。 ですからオイルの粘性が変わると、流体抵抗が変わり減衰力に違いがでるんです。 そんなわけで、オイルは売ることができるくらい、たくさん試しましたよ。(笑)

■■ 轟カル号、再生! 隠されたフロントフォークの秘密

轟カル号
轟カル号 ここに匠のすべてが潜む

サイダー  どこがどうなんですか?

デュエルン  実はこの自転車、2台の自転車をくっつけたものなんです。
サリーナのカルメン号のフロント・フォークが破損して、レナールが轟天号はもう使わないからとそのフロント・フォークをカルメン号に移植したんです。 それで壊れたフロント・フォークとフロント・フォークがない車体が残った。 壊れたフロント・フォークを再生すれば、また1台の自転車に蘇るなと。 名付けて轟カル号!

サイダー  あっ、その破損したフロント・フォーク、見ましたよ。 フォークの根元のハンドル・ポストと連結する大切なリングが完全に切れていましたね。

デュエルン  大きな力が加わった為のせん断破壊です。

サイダー  … どうやって復活させたのですか?

ひびが入ったフロント・フォーク

ひびが入ったフロント・フォーク

しかし、実は完全に破壊していた

しかし、実は完全に破壊していた

エポキシ接着剤とステンレスピンによる接合


エポキシ接着剤とステンレスピンによる接合 

塗装を剥ぐ


塗装を剥ぐ
この後カーボンクロスを巻いて補強

材料

右からエポキシ主剤、硬化剤、計量カップ
カーボンクロス(織目)とステンレスピン

再生されたフロント・フォーク

再生されたフロント・フォーク


構想図デュエルン  まず、破損した部分をステンレスピンで繋ぎ、樹脂で固めました。 しかしこれだけではだめなんです。 この部位はリング中心方向へ圧縮力を加えるように設計されているので、部材には円周方向への引っ張り力が掛ります。

樹脂は圧縮には効きますが引っ張りには弱いので切れてしまいます。 そこで引っ張り力を負担できる材料は? と考え付いたのがカーボン繊維です。 こちらは圧縮には効きませんが引っ張りには抜群の強さを発揮します。 このカーボンクロスをリングの外側にエポキシ樹脂で塗り固めました。

サイダー  は~、カーボンクロスですか~ なんかすごそ~ですね。 ところでカーボンクロスって黒いんじゃあないですか?

デュエルン  はは、最後はペンキ塗りです。 これはかなりシロートっぽいですが。(笑)

■■ デュエルンダー

フレーム部材:カーボンパイプ径6mm、肉厚0.5mm + アルミパイプ径7mm、肉厚0.5mmの2層構造
ジョイント部材:ジュラルミン削りだし
キャスター:市販ベアリング + ジュラルミン削りだしホイール + ブチルゴム製Oリング(タイヤ)

デュエルンダー

デュエルンダー:キャスター付キャリヤー

輪行状態

デュエルンダーの輪行状態

ワンタッチ車止め


ワンタッチ車止め
電車の中で勝手に転がるのを防止

構想図

構想図


デュエルン  これはセキサイダーの私版。 轟カル号が出来たのでBirdyが2台になっちゃった。 そこで1台は高速仕様車、轟カル号はソフトな乗り味の輪行仕様車にすることにしました。 輪行仕様ならやっぱりセキサイダーでしょう。(笑)

サイダー  どうしてセキサイダー買わないの! サイダーじゃあなくてデュエルンのだから、デュエルンダー?

デュエルン  あは、あれは高いですね~。 それと僕は荷物はあまり積まないから、ゴロゴロできるだけで良くて、もっと軽量なものがほしかった。 それで作ることにしたんです。

サイダー  さすがデュエルン、僕は考えるだけで自分で作ろうなんて思わないからね~
かなり軽量化にこだわったのですか。

デュエルン  とにかく自分で手を動かすのが好きなんですよ。 軽量化にはこだわりましたね。 そのために徹底した合理的な構造を検討することから始めました。 そしてトラス構造(三角形で構成されるもの)となったのです。

部材もかなり研究しました。 アルミ、ステンレス、チタン、カーボンと。 それぞれに一長一短ですね。 重量、強度、加工上の扱いやすさというあたりで、カーボンとアルミのパイプが有力でした。 カーボンでもいいのですが、衝撃強度にやや不安があります。 それと僕はあのカーボンのヌメッとした感じが好きじゃあないんです。 ALLアルミが手っとり早いのですが重くなります。

そんなとき、世の中にはアルミとカーボンを合体させたものがあることを知ったのです。 これしかない! と思いましたね。 いろいろ探すとほぼ同じ径のパイプが両者にありました。 運のいいことにアルミパイプの内径にぴったりのカーボンパイプが見つかりました。
アルミパイプの中にカーボンパイプを挿入して、両端を接着剤で固めて出来上がり!

サイダー  アルミとカーボンのハイブリッドですか~、凄すぎるね!
接合部はどうしているんですか? コロコロも軽そうなものですね。

デュエルン  パイプが交差するジョイント部にはステンレスピンを打ち込み、ピンの周囲だけ接着剤で固めました。 パイプが直行する箇所にはジュラルミンから削りだした円柱形のものを埋込み、接着剤留めです。

コロコロは実は不満なんです、重いから。 本当は空気入りのタイヤにしたかった。 子供のころ模型屋さんで見たことがあるんですが、見つからなかった。

そこで作ってみようかと思った。 ベアリングはどこにでもあるし、ブチルゴム製のOリングがタイヤになりそう。 それで、ホイールだけジュラルミンで作ったのです。 あと、電車のなかでコロゴロしないようにワンタッチの車止めもね。

■■ その他の名品 -フロントディレイラー取付台座、キックスタンド、泥よけ-

フロントディレイラー取付台座


フロントディレイラー取付台座

アルミ無垢材にノコを入れる


アルミ無垢材にノコを入れ削る

削り出し


角度を持ったものの削り出しは職人の技

磨き


このあとはひたすら磨く!

完成


完成したフロントディレイラー取付台座

カーボン製シートピラー転用ハンドルポスト


ハンドルポスト:
カーボン製シートピラーを転用

軽量スタンド


軽量スタンド:
カーボンとアルミのパイプの複層構造

泥よけ


泥よけ:ブロンプトン用を転用

カーボンとアルミのパイプ


デュエルンダーとスタンドで使った
カーボンとアルミのパイプ


サイダー  いやいやすごいですね。 これが全部手作りとは… 恐れ入りました。

デュエルン  僕のはあくまで素人工芸なんです。 レナールなんかもっと凄いよ!

サイダー  じゃあ、次はレナール編をやらなくちゃあね。(笑)

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uploaded:2005-03