GEO POTTERINGの歴史 1

序章

1985年---なんでこんなに古いの?---いやいやこれがすべてのはじまり!
サリーナが自転車購入を決意。
購入したのは真っ赤なママ車で『カルメン』と名付けられた。---名前を付けるところが凄い!
しかしサリーナ、自転車は大昔乗ったきりだ。
サイダーの指導で練習の結果、自転車で買い物ができるようにまでなる。

1994年
事務所移転を期に自転車通勤を決行するサリーナ。
愛車は依然、少々くたびれた真っ赤なママ車『カルメン』

1995年
『カルメン』も大分くたびれてきた。そこでサリーナは改装計画を実行!
DIYショップでスプレー式のペイントを購入、再塗装に励む。本体が黒、泥よけがグレーのツートンカラー!---メンテナンス・バージョンアップへの芽生えの瞬間?---

1997年
『カルメン』喪失。---この事件がなければGEO POTTERINGは生まれなかったかも---
サリーナ、折畳み自転車の購入を検討。---目的:事務所内に置くこと---
某雑誌でBD-1を発見、早々ショップへ!
そこで運命の出会いBD-2.1を発見。一目惚れで早々購入。---小径車がはじめてやってきた---
サイダー、かねてより意中のMOULTON入手に動き出す。
しかし『SHIMANOって有名らしいけど、フランスあたりのメーカーかな?』…
なにも知らないサイダーだった!

メンバーができた---はじめてのツーリング---

1998年
サイダーとサリーナはちょっとしたPOTTERING(自転車でぶらぶらする、という意味でこのホームペイジでは使います)をするようになった。
そこで、他の人も誘おうとミュウヒデッチを誘い、江戸川サイクリングに挑戦
1998年3月29日(日)晴  無謀にも、江戸川を『流山〜関宿城』往復70kmというものだ。
なんとミュウとサイダーはママ車だ。ヒデッチは隠居中のブリジストンを引っぱり出してきた。 ぴかぴかはサリーナだけ。
行きは快調。 みんなルンルンしている。川の変化やグライダーが飛んでいる様子などを楽しんでさっそうと走り去る。
帰りは地獄。 強烈な向い風だ。土手上は舗装路だが風が強い。土手下に廻れば風は弱いがダート。
アクシデントのおまけ ついにやってきた! サイダーの後輪がドカンと猛烈な音をたてて炸裂。パンクじゃなくてバースト。チューブが50cm位裂けてしまった。なんとか自転車屋さんを見つけてチューブを交換してもらった---装備の重要性を初めて認識---
へろへろで目的地に着いた4人、言葉少なくも 『また、どこか行こうね!』 ---GEO POTTERING の始まりであった---

このツーリングを機にミュウは小径車購入に走るのであった。

いきなり海外へ

サイダーも半年かかってようやくMOULTONを入手、ルンルンである。
サイダー&サリーナの年中行事、海外ツアーの検討が始まった。
『一度は北欧へ』との思いが一致し、『それなら自転車で!』ってなことになった。特にフィンランドの湖水地方は平坦で走りやすそうだからでもある。 BDに比べれば、起動力に劣るMOULTONで悩むサイダー、結局、BD-1 BLACKを入手し出発。
1998年7月24日 東京発---アムステルダム---ストックホルム---フィンランド の18日間にわたる初めての自転車海外ツアーとなった。
ナオボーがストックホルムで合流、短いながらも自転車での一時を楽しんだ。---これが後の関西支部の始まりになろうとは、この時誰も思っていなかったのだが---

輪行って?

サイダーとサリーナはその後もPOTTERINGを繰り返し、輪行を繰り返す。
輪行って、自転車を電車や車や船や飛行機で運ぶことです。
電車の場合は、袋に自転車を入れれば車両に持ち込めるのです。
それでちょっと遠くを自転車で走ってみよう! と思い立つ。
日本なら『富士山』だよね!
サイクリングにはまっていたミュウとヒデッチ、そして新人のヒーローを誘っていざ出発
1998年9月18日 『富士五湖周遊』へ
ミュウは新しい小径車で登場、PEUGEOT CRIQUET 20inch だ。
2台の車に自転車5台を積んで出発。輪行の中でも車への自転車積載は簡単。袋に詰める必要もない。思い思いに乗せればいいだけだ。
すばらしい富士山を背景に我がもの顔で走りまくるヒーロー。---また一人会員が増えた---

初の長距離ツーリング

サイダー、サリーナ、ミュウ、ヒデッチは初の国内長距離ツーリングを企画。
1999年5月1日〜
九十九里浜から鹿島灘という、地図で見る限り最もなだらかな日本の海岸を走るという企画だ。走行距離300km、4泊5日、75km/日というものだ。このころすでに、ミュウやヒデッチも80km/日程度はなんとか走れるようになっていた。
雨にたたられ思うように走れなかったけれど、これが私たちの出発点とも言える貴重なツーリングとなった。そう、色々あってとても楽しかったという意味で!---色々あることを楽しむことがGEO POTTERING の楽しみ方!なのだから---

しまなみ海道---関西支部確立---

すばらしいニュースが入った。本州〜四国を結ぶ橋で自転車で渡れるものが完成したとのこと。本州は尾道から四国は今治までの『しまなみ海道』だ。
早々企画をたてた。関西からはナオボー、チューボーの2人、関東から2名が参加。2泊3日ののんびり旅の始まりだ。
1999年5月29日〜
尾道に集合した4人。おいしい海の幸を満喫!---GEO POTTERING の2つ目の目的、美味しいものを楽しむ!---
翌日、快晴の中を走り出し瀬戸内海の自然を堪能する4人。
大三島の自然のなかを自転車で散策。ここは尾道〜今治の自転車ルートからは外れているが、すばらしい景色とランが楽しめる。大三島の宿で 『また、ええとこいっしょに走ろやないか!』 ---関西支部確立の瞬間であった---

ホームページ開設へ ---GEO POTTERING の名称 トレードマーク正式決定---

1999年 秋
ツーリングの回数も序々に増えてきた。
これらを記録としてまとめようということになったのだが、なかなか良い方法が見つからない。
『そうだ、ホームページを作ればみんなで楽しめるんじゃない!』 ということになり、早々情報収集に乗り出す。
『HTML書類ってなんだ?…』ってなことから始まったのだが、パソコン少年のヒーローがほとんど解決してくれた。
手分けしてページ作りに乗り出す。

『ところで名前はGEO POTTERINGでいいのかな?』
いつのころからかこの名前になっていた。ジオ ペダルなんて言う案もあったけれど、『それじゃ、地球を踏ん付けちゃう!』ということで却下。
『GEO POTTERING って英語圏では意味が通じないけどね…』
『もう、既成事実ってことで良しとしてしまおう!』
いいかげんなやつらの集まりが生んだ名前、それが 『GEO POTTERING
略して『ジオポタ』!

『やっぱり、マークがなくちゃさみしいね!』
無い頭をひねりながらも、ミュウとサイダーからいくつかの案が提示された。
いつもは口だけ出して手は出さないミュウにしては珍しい。
地球儀の上を自転車に乗った女の子がぐるぐる廻るなんて案があったが、ホームページ掲載を考えると画面の半分位を占めそうで、あえなく却下。
そして、サイダーがよしとするものはミュウはNG。反対もまた然り。
ミュウとサイダーにはず〜と以前より確執があったのだ!
ついに、サイダーが匙を投げた。一言だけ『単純化すること』と言い残して。
しかし、次に提示されたのはミュウからではなく、ヒデッチからだった。
ミュウがヒデッチに救いを求めたようだ。
傑作だった。G・E・O を自転車にしてしまったのだ!---最高のアイデアだ!--- 
ヒデッチらしく全体が『でれっ』って感じで---じつはこれが受けた。その道のプロの評価は最悪だったらしいがメンバーには大受け!---
これをベースにサイダーが P も加えて整理。合作でついにトレードマークの完成だ。

原案 現行
ヒデッチ原案のマーク 現行のマーク

2000年 2月
悪戦苦闘の結果、なんとかページができた。
さあアップロード。
『…見える!…』---まがりなりにも、なんとかアップロードに成功だ。

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uploaded:2000-02