035 デュファイ/ミサ・ス・ラ・ファス・エ・パル/マンロウ

中世でどうしても抜かせない人がいます。 ギョーム・デュファイ(1400?-1474)、中世最大の巨塔ともいえる人でしょう。

北フランスに生まれたこの人は、若い頃イタリアに行って大いに名を馳せたようです。 晩年は故郷に戻り、後進の指導にあたったと伝えられています。

時代的に言えば彼の次にはあのオケゲムとジョスカン・デ・プレが現われる、そんな時です。

時は15世紀。 長い中世がその終半に向かい、まもなくルネッサンスという時代です。 この人は当時のあらゆる分野で名作を残しました。 シャンソン、モテット、バラード、そしてミサ曲。 その響きは、まさにこれまでのルネッサンスの集約と言うに相応しいものでしょう。

さてと、僕はここでなにを取ろう。 シャンソンも抜かせないけれど、やはりこれだろう。 訳せば『ミサ、もしも私の顔が青いなら』。 なんか変なタイトルの解説はあとで。

このレコードについて

マンロウ+ロンドン古楽コンソート
やっぱり、僕にはこれしかない。 けれど、正直いうとこのレコードは持ったことがない。 運の悪いことに? 僕はこれをあまりに早い時期に聴いてしまった。

これはテープに記録されて、そう、その後10年くらいは聴き続けることが出来たのだけれど、それがダメになったときには、もうLPを入手することが出来なくなっていた。 一時期マンロウのがCD化されたのを知り、未入手だったいくつかを手に入れたが、これだけはついに手元にやってくることはなかった。

だから当時の印象で言うしかないのだけれど、ここでもマンロウはあのちょっと憂いのある表情で、これをやっていた。 これは教会音楽だけれど、彼はある意味で、そんなことを超越したところでやっていたように思う。 これはなにも、教会音楽として不自然だということでは全然ない。 僕はそれに聴き入っていた。 そして同じテープにはそれの元となった同名のシャンソンが入っていた。 これは当時、同じレコードに入っていたものだ。 こちらはシャンソンとして有名な『もしも私の顔が青いなら』。 なんのことはない、デュファイはシャンソン、それも恋歌をミサ曲にしてしまったのだ。

まあ、そんなことは日常茶飯に行なわれていた時代なのだろう。 ここでのマンロウは、ミサもシャンソンもそのどちらも、ある節度ある規範をもってやっていた。 それなのにやはりここでも彼の演奏は、それらをそれぞれに、充分に満足させるかたちがあった。 僕は機会に恵まれればやはり、かれのこの演奏を手元に置きたい。

アルバムの写真ミサ曲のほうはまだ出会いがないけれど、シャンソンのほうにはすばらしい出会いがあった。 ロンドン中世アンサンブルによるもの。 デュファイの世俗音楽を集大成したようなアルバムを出している。 これはそれらの選集のようなもので一枚に纏められたものだけれど、デュファイの主だったものが入っている。 もちろんタイトルのシャンソンのほうも。

いずれ出てくるのだろ、とは思いつつも、やはりマンロウを超える演奏家というのはそう簡単にはいない。 突然のようにラジオからこれが流れ出た時には、僕は耳を疑った。 清らかでいて、単に美しいだけじゃあない、本当の音楽をそこに感じた。 知らない演奏家だった。 僕は急いで演奏者の名前を書き留めた。 後にこのCDを手にし演奏家のリストを見て、僕は少々驚いた。 見知った名前がずらりとある。 こういったら失礼かも知れないけれど、ここにはあのマンロウの音楽が時を超えて再現されているような気がする。

レーベル:L’OISEAU-LYRE

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uploaded:2004