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フランス 2

アルル/アヴィニョン

開催日 1988.08.29(月)- 08.30(火)

アルルの街並
アルルの街並

旅の概要

◆  南仏のアルル、そこには明るい地中海的な独特の空気が流れています。 強い日の光が目映いばかりの街を作り出し、同時に深い真っ黒に近い影を作り出します。 ゴッホのアルル、ゴーギャンのアルル、ピカソのアルル、ビゼーのアルル、さまざまな芸術家を魅了したアルル。 ローマの影響を強く受けた中世の建物群も魅力的です。

行程表

day 月日 行程 備考
07 08.29
(月)
Psris
→ Arles
列車
泊:H. La Muette**  160F(シャワー付、WC共同)
08 08.30
(火)
Arles
→ Avignon →
夜行列車:Avignon01:53→Port Bou05:42,07:00→
09 08.31
(水)
Barcelona → Barcelona09:30
泊:Hostal Passing de Gracia** 4,250Pts
1F(フラン)= 22円、1Pts(ペセタ)= 1.1円、時差: -7h(夏時間)

車窓から車窓から

パリからTGVでビューンと向かったのはアヴィニョン。 TGVはフランスの新幹線で、日本のそれより速いのが自慢です。 パリを出ると周辺はすぐに農村地帯になりました。 食料自給率が100%を超える国だけあり、見渡す限り畑という景色が続きます。 ときどき小さな集落がその中に姿を現します。 日本とは違って、こういった小さな集落でもきちんとしたまとまりになっていて、ここからここまでが町というのがはっきりと見て取れます。 そんな集落の真ん中にはたいてい小さな教会が建っています。 アヴィニョンからは在来線でアルルへ。

フォーラム広場レピュブリック広場

南フランス、プロバンス地方のアルルは古代ローマ時代にはかなり繁栄した都市だったようで、当時の遺跡がいくつも残っています。 中世にはスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の一つ、トゥールーズの道の始点として巡礼者たちで賑わったところでもあるとか。

アルル駅に降りると強い日差しにびっくりします。 ここにはパリとはまったくちがった明るい地中海的な空気があります。 ローヌ川のほとりに出ればゆったりとした川の流れに爽やかな風が吹いています。

川沿いに南下すれば、数分でアルルの町に入ります。 1km少々で町の中心、レピュブリック広場に到着しました。 広場の真ん中にはかつては円形闘技場にあったというオベリスクが建ち、その足元の水盤の廻りは人々の憩いの場のよう。 正面の時計台のある建物はアルルの市庁舎。 左ではなく、右手にはサン・トロフィーム教会があります。

アルルでまずすべきことは食事! ここは南仏、地中海のすぐそばなのです。 地中海の海の幸を堪能しましょう、と入ったレストランで最初に目についたスープ・ド・ポワッソン(魚介のスープ)を頼みました。 エビや貝など何種類もの魚介が入ったこのスープは最高においしい。

サン・トロフィーム教会サン・トロフィーム教会

レピュブリック広場の脇にあるロマネスク様式のサン・トロフィーム教会にはプロヴァンスにおけるロマネスクの傑作といわれる立派な入口がありました。 イエスを中心に、マタイ、ルカ、マルコ、ヨハネを表す四匹の獣が配され、その下に十二使徒の彫刻が施されています。 これは『最後の審判』の場面だそうです。 12世紀末につくられた立体的で写実的なこれらの彫刻はロマネスク的であるより古代ローマの表現に近いといわれているようで、全体に古代ローマ建築との共通性が指摘されている建築です。

この教会は地中海的な感じがする高い鐘楼を持ち、これはアルルの至る所から見ることが出来ます。

中庭から回廊を見る中庭から回廊を見る

この教会は入口とともに回廊が有名。 こじんまりしたこの回廊は30mx25mほどでしょうか。 芸術の宝庫とされるその回廊は12世紀後半に北と東のロマネスク様式の部分が、14世紀に西と南のゴシック様式の部分が造られたようです。 入隅から右側がロマネスク様式でところどころに柱頭装飾を持つ柱のようなものが中庭側に出っ張っています。 左側はゴシック様式で、こちらは柱ではなく控壁がより頻繁に現れます。

強い日差しが強烈な影をつくり、建物は白と黒とに色分けされています。

ロマネスクの回廊ロマネスクの回廊

ロマネスクの回廊は繊細で優雅。

ゴシックの回廊ゴシックの回廊

ゴシックの回廊はリブヴォールトの天井。

ロマネスクな内部ロマネスクな内部

小さな窓がポツポツとあるだけのロマネスクの内部には神秘的な暗さがあります。 ここでは補助照明が仕込まれていてほんのりと明るい。

古代劇場古代劇場

サン・トロフィーム教会のすぐ東側には古代劇場があります。 紀元前1世紀末に建てられたというここは、演劇用の劇場だったようで、古代ギリシャ式や古代ローマ式の劇が上演されていたらしい。 当時はこのあたりでは最大級の劇場だったそうですが、思ったより小さく、今は折れてしまった何本かの柱の足下が並ぶ中、コリント式の柱頭を持つ2本の円柱が建っているだけでした。 かつてここの空間は、舞台とカウェア(cavea)と呼ばれる観席、そして舞台裏の装飾が施された壁からなっていたそうです。 当時のカウェアは直径100mほどの階段状で一万人ほどを収容できたそうですが、社会階級に応じて入れる場所が違ったとか。 現在のカウェアの直径は60mほどでしょうか。

カウェアから舞台を見るカウェアから舞台を見る

舞台裏の壁のニッチには、パリのルーヴル美術館で観た『アルルのヴィーナス』が据え付けられていたと言われています。

この劇場は5世紀初頭ころまで使われましたが、その後サン・エチエンヌ大聖堂(現サン・トロフィーム教会)を造るための石切り場にされ、7世紀ごろには城砦にされたそうです。 さらに宅地化され修道院などが建設されましたが、18世紀の後半に再発見され、現在は一部だけが残っています。

円形闘技場円形闘技場

広い階段の先に石造りのアーチが並んだ建物が現れました。 古代劇場の北側にある円形闘技場で、こちらも古代ローマ時代の建造物で1世紀末頃に建てられたそうです。 当時は3層構造で2万人ほど収容できたといわれていますが、現存するのは2層だけなので最上層は失われたようです。

円形闘技場の内部円形闘技場の内部

規模はローマのコロッセオには及びませんが、堂々たる風格があり、現在でも闘牛や様々なイベントに使われている現役の施設です。 二千年近くも前の建物が現在も使われているということに驚くとともに、感嘆。

外回りの回廊外回りの回廊

足下の回廊も立派。 光と陰の交錯。

アルルの街アルルの街

円形闘技場のアーチの上に上ればアルルの街が見渡せます。 周辺の建物は3階から高くても4階建てほどで、ここより高いのはサン・トロフィーム教会の鐘楼くらいのもの。 赤い瓦屋根の向こうにローヌ川がゆったりと流れています。

光と影のアルル光と影のアルル

細い路地に入ると、街の中はまるで光と影の対比だけでできているよう。 強烈な日差しが通りの一方の建物の壁だけを照らし出します。

ちょっとうねった道を西に進むとフォルムと呼ばれる広場がありました。 フォルムは古代ローマ時代の公共広場で、当時は3km四方以上の規模があったといわれていますが、現在は2本の柱が残るだけの小さな広場です。 今日この広場を有名にしているのはフォルムの遺構よりもむしろ、ゴッホの絵です。 ゴッホはこのアルルにやってきて代表作をいくつも残しましたが、その一つがこの広場にあるカフェを描いた『夜のカフェテラス』です。 コバルトブルーで描かれた夜空の下の金色に輝くテラス。 そのカフェは名前こそ変わっていますが、今でもそこにありました。 ゴッホのカフェといえば『夜のカフェ』も有名です。 こちらはゴッホが住んでいた建物にあるカフェの室内を描いたもので、街の北東にあるラマルティーヌ広場にあったそうです。

コンスタンチン共同浴場コンスタンチヌス共同浴場

ローヌ川のほとりにはプロヴァンス最大の浴場だったコンスタンチヌスの共同浴場があります。 4世紀の建造というこの建物はもうここがどんな施設だったのかわからないほど損壊が激しく、ほとんど廃墟のように見えます。 元々は宮殿や体操場、水風呂にサウナ、プールまでもが設置されていた大浴場だったとのこと。

レアチュ美術館レアチュ美術館

コンスタンチヌスの共同浴場の隣にはレアチュ美術館があります。 レアチュはアルル出身の画家だそうですが、この美術館、元は15世紀のマルタ騎士団修道院でした。 ここにはルネッサンスから現代アートまでの幅広い美術品があります。 ピカソも。 この美術館の窓から眺めるローヌ川は美しい。

ドーデの風車ドーデの風車

アルルからドーデが『風車小屋だより』の着想を得た風車があるというフォンヴィエイユへバスで向かいました。 アルルの市街を出るとすぐに周辺は畑になり、やがて丘陵地になりました。 途中にはひまわり一色の畑も見られます。 20分ほどバスに揺られたのち、こんもりとした木々が生える丘を少し上ると一つだけぽつんと風車が建っています。

風車とサリーナ風車とサリーナ

南仏の真っ青な空に小さな羽を伸ばしたような風車はちょっとした絵になりますね。

アヴィニョンアヴィニョン

アルルの観光を終えたあとは、いよいよスペインに向かいます。 途中にあるアヴィニョンが乗り換え駅なので少し街歩きです。 夕日の中のアヴィニョンの街はひどく幻想的で美しい。

アヴィニョン教皇宮殿アヴィニョン教皇宮殿

アヴィニョン駅から北にまっすぐ1kmほど行ったところにあるアヴィニョン教皇庁は、アヴィニョン捕囚の時代に造られた教皇宮殿です。 つまり14世紀の一時期、ローマ教皇はローマではなく、このアヴィニョンにいたわけです。 深い紺碧の空の下で、ゴシック様式の宮殿の壁が、西に傾いた日の光を受けて黄金色に輝いていました。

ローヌ川に架かるアヴィニョン橋ローヌ川に架かるアヴィニョン橋

宮殿から下を見下ろせば、そこにはアルルを流れていたローヌ川が流れ、有名な歌のタイトルとなっているアヴィニョン橋ことサン・ベネゼ橋が川の途中まで架かっています。 12世紀の後半に造られたこの橋は対岸まで石造の22のアーチで繋がっていたそうですが、現在はそのうちの4つのアーチだけが残っています。

広場にて広場にて

アヴィニョンの街角の広場では、パンフルートにギター、そして太鼓という編成の楽団が陽気な曲を演奏していました。 人々も食べ物も街の空気もここは南仏という雰囲気に満ち満ちています。 すばらしき南仏!

真夜中、アヴィニョンの駅から乗り込んだのはバルセロナ行きの夜行列車です。 明日はバルセロナ、空気の変化がとても楽しみです。

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uplpaded:2008-11-25