8802

スペイン 10

トレド

開催日 1988.09.19(月)- 09.21(水)

トレド
トレド

旅の紹介

◆ ああ、グレコのトレド! タホ川に囲まれるようにして建つトレドは他の多くのスペインの町同様に8世紀からイスラムの支配を受け、11世紀のレコンキスタ以後も15世紀末に追放されるまで、ユダヤ人と共に多くのイスラムの人々が生活していたところ。 アンダルシアの白い家とは違い、茶褐色の石とレンガでできた美しい街を散策します。

行程表

day 月日 行程 備考
28 09.19
(月)
Córdoba10:24 列車→ 14:15Alcázar de San Juan
タクシー → Campo de Criptana → Alcázar de San Juan17:30 列車 → 19:40 Toledo
泊:民家 2,000Pts
29 09.20
(火)
Toledo 泊:Hostal Maravilla** 3,625Pts
30 09.21
(水)
Toledo16:00 バス
→17:30 Madrid
泊:Hostal California*** 4,800Pts
1Pts(ペセタ)= 1.1円、時差: -7h(夏時間)

通りから見えるカテドラルの塔通りから見えるカテドラルの塔

ラ・マンチャのカンポ・デ・クリプターナでドン・キホーテの風車を眺めた後向かったのはカスティーリャのトレド。 カンポ・デ・クリプターナで乗ったタクシーの運転手さんが『このあたりならトレドがいいよ!』と言うのでね。

カスティジェホで乗換え、列車に揺られること2時間。 20時少し前にトレドの駅に着いた私たちは、タホ川に架かる10世紀に築かれたというアルカンタラ橋を渡り、ぶらぶらと中心部へ向かいました。 四角いかなり大きなアルカサールとカテドラルの尖塔が見えています。

20分ほど歩き、目当てのオスタルやホテルを数軒当たりますが、なんとどこも満室。 少々疲れてきたので、最後に当たったホテル・インペリオのお兄さんに近くで泊まれそうな他のホテルはないか聞くと、一旦後ろに引っ込んでしばらくして戻って来て、『今日、このあたりのホテルはいっぱい。 普通の民家で良ければ紹介できるけど。』といいます。 おお、民家でもなんでもOKだ、これで野宿は免れそう、とこのお兄さんに付いて行きます。

カテドラルの塔カテドラルの塔

ちょっと離れたところの家に着いて、お兄さんが呼び鈴を鳴らすと、中からおばあさんが出てきました。 彼はこのおばあさんに一言二言告げると、『ここだよ。何も問題ないから大丈夫だよ。あとはおばあさんに良く聞いて。』と言って立ち去りました。 この家はオスタルをやっているわけではなく、本当にただの民家で、独立した子供の部屋が空いているのでそこを使わせてもらえるとのこと。 とにかくこうしてこの日の宿はなんとか確保できました。

カテドラルのファサードカテドラルのファサード

翌日の観光はまずカテドラルから。 細いうねった道を行くと建物の隙間という感じの道の先に、カテドラルの尖塔がスッと建っています。 がっしりしたこの塔は、近づいてみればわりと繊細なゴシック様式です。

カテドラルの入口カテドラルの入口

13世紀より建設が始められ15世紀末に完成したこのカテドラルは、様式としてはフランス・ゴシックの流れを組むものでブールジュの大聖堂を模して造られたそうですが、初期のオリジナルの部分は少ないといわれています。 しかしそれでもかなり立派でスペイン・カトリックの総本山になっています。 スペインのゴシック建築を代表するものの一つでしょう。

カテドラルの入口の天井カテドラルの入口の天井

これまで見てきたスペインを代表する建築が、ほとんどアラブのものかその建築を改修して強くアラブ臭が残るものだったのに対し、このカテドラルにはあまりそれを感じません。 ゴシックにお決まりのリブ・ボールトの天井もここではなにか新鮮に思えるから不思議です。

カテドラル内部カテドラル内部

束ねた柱に高い天井、そして美しい15〜16世紀のステンドグラス。 ここにはゴシック・カテドラルのすべてがあるようです。

トランスパレンテトランスパレンテ

カテドラルの一番奥にある祭壇の後ろにはちょっと変わったものがあります。 トランスパレンテ。 大理石のバロック調の彫刻群で、ここだけ背後から光がさしこむようになっているため、上部の天使たちがまるで躍動しているようにみえます。 薄暗いお堂の中に鮮やかにに浮かびあがる彫刻群。 すばらしい演出です。

トランスパレンテの彫刻群トランスパレンテの彫刻群

ここの聖器室は絵画館になっていて、グレコの傑作『聖衣をはぐ人』をはじめ、ゴヤ、ヴァン・ダイク、ルーベンス等の作品があります。 『聖衣をはぐ人』はキリストが十字架かけられる直前、民衆にその衣服を剥がれる姿を主題としたもので、キリストの衣は朱の鮮やかな色彩。

サント・トメ教会の鐘楼サント・トメ教会の鐘楼

グレコに感動したのでカテドラルの次はサント・トメ教会に向かいました。 教会は14世紀のムデハール様式での鐘楼が残っています。 ちなみにムデハールとはレコンキスタ後に残留したイスラム教徒のことで、ムデハール様式は彼らの残したアラブ風の様式のことだそうです。

ここにはグレコの『オルガス伯爵の埋葬』があります。この絵は4.8m×3.6mという大きさに加え、当時のイタリアの画風をとり入れてあり、グレコの作品中でも最高傑作といわれています。 上下2段に分かれた構成で、上に天のキリストと聖母マリア、下に地上の聖エステバンと聖アグスティンが伯爵を埋葬しているところが描かれています。

グレコの家付近からサント・トメ教会を望むグレコの家付近からサント・トメ教会を望む

グレコが続きます。 お次ぎはグレコが住んでいた付近に、当時を再現するためにその時代の家具調度品を置いた『グレコの家』。 グレコはクレタ島出身で本名はドメニコ・テオトコポウルスというそうですが、私たちが良く知る名『エル・グレコ』とは『ギリシャ人』という意味。 かなり変わった名前ですね。 彼は35才のころスペインへ渡り、ここトレドに住んで多くの作品を残し、ここで生涯を終えました。

グレコの家グレコの家

『グレコの家』は美術館に繋がっていて、そこには『キリストと12使徒』『トレドの景観』といったグレコの作品のほか、16~17世紀頃のスペインの画家の作品が展示されています。

とある壁の装飾とある壁の装飾

『グレコの家』があるあたりは、昔ユダヤ人街として栄えたところで12世紀頃には1万2千人ものユダヤ人が住んでいたそうです。 しかし15世紀末にカトリックによるユダヤ人追放令が発せられると、スペインからユダヤ人は一掃され、ここトレドの文化も大きく変わることになったといいます。

『グレコの家』の側にあるトランシト教会は14世紀の建物で、ムデハール様式のユダヤ教会でした。 大広間の天井は彩色された木の格子天井で、軒蛇腹にはヘブライ語の聖句が刻まれています。 隣接のセファルディ博物館には、ひつぎ、結婚衣裳、本など、ユダヤに関する資料が陳列してあります。

サン・フアン・デ・ロス・レイエス教会の中庭サン・フアン・デ・ロス・レイエス教会の中庭

15世紀に建てられたルネッサンス様式のサン・フアン・デ・ロス・レイエス教会。 単身廊の教会で、修道院の1階の回廊は後期ゴシック、2階はプラテレスコらしく、天井部分はムデハールといろいろな様式が取り入れられていますが、どういうわけかあまり違和感がありません。

中庭に面する回廊中庭に面する回廊

これがゴシックの回廊。 彫刻も見事です。

サン・フアン・デ・ロス・レイエス教会の内部サン・フアン・デ・ロス・レイエス教会の内部

ここは確か教会堂だったと思います。

ムデハール様式の天井ムデハール様式の天井

ムデハール様式の天井。 この天井の細工は美しい。

ムデハール様式の天井2ムデハール様式の天井2

こんな独特の様式を持っていたムデハールがもしも後までこの地にいたら、どんな文化を生み出したか。

シナゴガ・デ・サンタ・マリア・ラ・ブランカシナゴガ・デ・サンタ・マリア・ラ・ブランカ

サンタ・マリア・ラ・ブランカ教会は13世紀初頭のユダヤ教会で15世紀初頭にキリスト教会になったものだそうです。 レンガ積みの八角形の短い柱の上に松笠と渦巻き状の独特の柱頭を乗せ、その上に馬蹄形アーチが続きます。 このアーチで空間全体は5つに分けられています。

シナゴガ・デ・サンタ・マリア・ラ・ブランカ2シナゴガ・デ・サンタ・マリア・ラ・ブランカ2

質素で単純な形態の繰り返しが生むリズム。 小さな丸窓から入るわずかな光。 ここにはやはりキリスト教とは明らかに違う空間があります。 ここでお祈りするカトリックはどんなんだったのでしょう?

茶褐色の街茶褐色の街

カスティーリャのトレドの街はアンダルシアの白い街とは違い、茶褐色の石とレンガでできています。 アンダルシアの輝く白もすばらしいけれど、この茶褐色の街にはそれとはまた別の美しさがあります。

石とレンガの外壁石とレンガの外壁

これまで見てきた街の建物は比較的小さなものが多かったのですが、ここトレドはがっちりした岩盤の上にあるからか、建物の規模が他の街より大きいようです。 ごつごつした石とレンガの肌が独特の雰囲気を作り出しています。

路上の市場路上の市場

ぶらぶら歩いていると大きな広場に出ました。 これは青空市でしょうか。 陶器やさん?

路上の市場2路上の市場2

八百屋さんはただいま支度中。 ここはソコドベール広場だったかな?

ソコドベール広場の近くにはサンタ・クルス美術館があります。 16世紀に病院として建てられたものですが、現在はスペイン黄金時代の16世紀の作品を中心とした美術館になっており、グレコの『聖母受胎』『聖母昇天』などが展示されています。

太陽の門太陽の門

このちょっと厳つい建物は『太陽の門』。 12世紀のムデハール様式で、てっぺんの造りからわかるとおり軍事建造物です。

太陽の門2太陽の門2

二重に馬蹄形アーチがあり、赤茶の大理石には小さな太陽と月が描かれています。 この太陽があるから『太陽の門』なのかな?

サンチャゴ・デル・アラバル教会サンチャゴ・デル・アラバル教会

こちらの塔のある建物はビサグラ新門の脇のIglesia de Santiago del Arrabal 。 9世紀のモスクをアルフォンソ6世が改修したものだそうで、鐘楼の中程にある馬蹄形アーチの二連窓などにムデハール様式の特徴が出ています。

ビサグラ新門の街側ビサグラ新門の街側

その先の2つのとんがり帽子がビサグラ新門です。 これは街の中から見たところ。

ビサグラ新門の正面ビサグラ新門の正面

トレドの入口となる門の外側の顔はこちら。 てっぺんではトレドの守護神が剣を振り上げ、中程にはカルロス5世の紋章、すなわちハプスブルグ家の双頭の鷲が見えます。

さて、これをなぜ『新門』と呼ぶかですが、実はこの向こう、サンチャゴ・デル・アラバル教会の後ろあたりに『ビサグラ旧門(アルフォンソ6世の門)』があるからです。 その旧門は、11世紀にカスティーリャ王アルフォンソ6世がトレドを再征服した時に、キリスト教軍隊を率いて街に入ったところと言われています。

城壁で囲まれたトレド城壁で囲まれたトレド

トレドは城壁都市で現在の城壁の大部分は7世紀ごろ計画されたものらく、7カ所の出入り口があるそうです。 この城壁は、もともとトレドに住んでいたとされるイベリア人をローマ軍が攻略したのち、現在のアルカサールあたりに陣をとり、そこからから始まる城壁で町を囲んだのが始まりらしい。

この城壁の外側、広い公園の北にあるタベラ病院は16世紀に慈善病院として建設された建物で、現在は学校、孤児院、美術館になっています。 グレコの最後の作品『キリストの洗礼』があります。

トレドの外れトレドの外れ

城壁都市トレドもその城壁から一歩外に出るとご覧のとおり。 カスティーリャの茶褐色の荒野が広がります。

タホ川に囲まれたトレドタホ川に囲まれたトレド

トレドの最後はタホ川に囲まれたトレド、あのグレコの『トレドの景観』を一目見ようとタクシーで周囲をぐるっと一廻り。

マドリッド フランス+スペイン TOP サイダー&サリーナの世界の旅 TOP GEO POTTERING home
GEO POTTERING trademark

GEO POTTERING
uploaded:2009-07-14