9501-2

マリ1(モプティ)

Bamako → Mopti

総合評価 ★★★
開催日 1995.01.03(火)- 01.04(水) 難易度 ▲▲△

人々がうごめくモプティの通り
人々がうごめくモプティの通り

旅の紹介

◆  ドゴン族の村々への拠点となるモプティ。 ついに原色の衣装に身を包んだ人々がうごめく西アフリカだ! 川の民族、神話のボゾの村を尋ね、いよいよ明日からドゴンの村だ、と思ったら大事件が発生!

マリの旅の主要箇所の地図

  1995.01.03(火)

ついに来た! あこがれの地、西アフリカのマリ。 光と影の世界であると同時に、原色の人々がうごめく世界。 そして奥地にはあのドゴンの村々があるはずだ。

前日真冬のブリュッセルからマリの首都バマコへとやってきた私たちは、ここの太陽の強さに少々戸惑う。 しかしここマリも北半球にあり、れっきとした冬なのです。 私たちには暑すぎて日除けに長袖を着るくらいなのですが、中には冬を楽しむべくセーターを着込んでいる人がいるのにちょっと驚き。

バマコに長居は無用と早々に今回の旅のメイン、ドゴン族の村々への起点となるモプティへと移動すべくバスの情報を当たるのですが、これが何時にあるのか、どこから出発するのか良くわからない。 町の人はモプティなんかには行かないのかな?

バマコのバスターミナル近くの少年たちバマコのバスターミナル近く

ようやく乗場は川向こうらしいということと、午後に2便あるらしいということがわかったので、午前中はホテルでだらだらと過ごし、昼ごろにバス乗場に到着。 そしたら一便は午前中で次ぎは16:00とのこと。 モプティまでは約600km、6,500CF(1,300円/人)也。 お腹も減ったし周りにはなにもないのでバス乗場の露店で昼食です。 ぶっかけ豆カレーごはん100CF(20円)也。 結構美味しいぞ。

バスターミナル近くの店バスターミナル近くの店

残りの数時間はすることもないのでその辺をぶらぶら。 薄暗い店の奥では真っ黒な肌の男と女の皮膚がごくわずかな外光を反射し艶々と輝き、真っ白な歯と目が闇の中でキラリと光っている。 そんな店先にはどこでも必ずあるのがこれ、サッカーゲーム。 子供からいい大人まで夢中になってやっています。 そんなところを通りかかると、いいおっちゃんが 『おい、おまえ。 こっちに来て俺と一丁勝負しろよ!』 なんて声を掛けてきます。

出発1時間ほど前にバス乗場に行き待機していると、ボチボチと人々が集まってきました。 ところが肝心のバスは時間を過ぎても現れません。 いったいどうなっているんだ? と周りの様子を伺うも ソワソワしているのは私たちだけのよう。 ここでは時間通りに来ないなんて当たり前といったところかな。

ようやく2時間遅れでバスがやってきました。 これでなんとかバマコからモプティへ行けそうです。 しかしバマコからモプティまでは600km! いったいいつ着くのだろうか? とちょっと不安です。 バスはちょっと窮屈だけれど自分の居場所を確保して… と思っていたらなんと15分ほどで停車するではありませんか。 こんなに近くのバス停はないはずなのにな〜。 止まった目の前はモスクでした。 ここマリはイスラム教の国、どおやらお祈りの時間らしい。

  1995.01.04(水)

なんの変哲もないモプティの裏通りなんの変哲もないモプティの裏通り

夜11時ころに夕食休憩、その後何箇所かのストップを経て早朝にもお祈りの時間、そしてようやく朝8:00にモプティに到着です。

バスを下りたらすごい人だかり。 ガイド集団です。 ここモプティはドゴンの村々への拠点の町でヨーロッパからはそこそこの客があるらしく、特に産業もないここの若者たちはこぞってガイド業に精を出しているようです。 言葉が心配でしたがガイドたちはみんな英語を話すのにこれまたビックリ。 ここは仏語圏で上等なホテルのスタッフ以外はガイドたちしか英語は話せません。

最初は10人ほど付いてきたガイド連中も5人、3人と減り、その中のリトル・ボーイと呼ばれる少年だけが残りました。 なんでも以前に日本人のガイドをしたとかで、しきりに過去ログを見せます。 『どこ行くの〜、バル・マリ? あそこは止めたほうがいいよ。 カンプマン(国営の宿)にしなよ。』

『い〜や、バル・マリに決めているのさ。 だからも〜着いてきなさんな!』 実はこのバル・マリという安宿はロンリー・プラネットでボトム・エンドの宿のトップに紹介されていたし、カンプマンは高い15,000CF(3,000円)ので。 

『じゃ〜、バル・マリまで案内してあげる。』 とず〜と付いてくる。 もちろんドゴンの村へのガイドとして雇ってもらうのが目当て。 ドゴンの村へはガイドなしでは行けない。 しかし到着したばかりの私たちは少し情報を仕入れてから決めようと思っていたので、悪いが今雇う気はない。

10分ほど歩くとオールド・タウンにあるバル・マリに到着しました。 薄暗いカウンターには人気がなく、大声でどなるとどこからか男がやってきて部屋の鍵をくれる。 4,000CF(800円)也。 部屋は噂どおりにあまり清潔な感じじゃあない。 入口のドアはガタピシ、壁と天井のペンキは禿げかかっている。 それでも一応ベッドはあります。 とにかく夜行バスの疲れを取るべくシャワーでも浴びて休憩しよう。

しかしこのあと大事件が!

我らが宿のシャワーとトイレは共同で一つずつしかありません。 まずサリーナがシャワーへ向かい、続いてサイダー。 さっぱりしたサイダーが戻り、ドアをコンコン。 しかし応答がない。

『あれ、サリーナはトイレにでも行ったかな?』 としばらく待つが帰ってこない。 下のフロントで聞いてみるが外出はしていないらしい。 再び部屋の前に戻りドアの隙間から中を伺うと、なんとサリーナはベッドの上。 今度はドンドンとドアを叩くサイダー。 しかしサリーナはぴくりともしない。 枕元のベランダに廻り窓の鎧戸をガンガン・ガンガン・ガシガシガンガン! まったく反能無しのサリーナ。 

『サリーナが死んじゃった!!』

下のフロントで合鍵をもらおうとしたら、『ないよ、そんなの…』

おいおい、合鍵もないのかよ! スタッフに事情を話すとわかったというような素振りでどこかへ消えていった。 何人かの男たちがやってきて部屋に来る。 鍵屋でも連れてきたかなと思うがどうやら違うらしい。 ドアをドンドン、窓の鎧戸をガンガン。

『もうそれはやったよ。 通り側の窓へは行けないかい? あそこなら鍵が掛かっていないよ。』 と指差すサイダー。 お〜、そうだそうだ、とみんな通りへと下りて行く。 どこかから梯子でも持ってきたのだろうか、そのうち通り側の窓に黒い顔が一つ二つと見えた。 窓はなんとか開いたようだ。 そこから『起きろ、起きろ!』 とわめく黒い顔。 しかしまだサリーナはぴくりともしない。 窓から部屋には格子があって入れない。

『なんか棒を持ってきて突つけよ!』 とパフォーマンスするサイダー。 よしわかったというような男たち。 そしてまたしばらくして黒い顔が現れたと思ったその瞬間、窓から部屋の中に飛び込んだのは棒ではなく、バケツの水だったのです。

ハッと目覚めたサリーナ、次の瞬間

『ギャーッ! ギャーッ! ギャーッ!』 というわめき声。 サリーナのコメントは末尾を!

とにかくこうして目覚めたサリーナなのですが、マットはびしょ濡れで冷たい一夜を送ることになってしまったのです。

カラフルな衣装を纏った女たちカラフルな衣装を纏った女たち

そんなわけで部屋で休憩も出来なくなったので、旧市街の散策に出かけることにしました。 カンプマンがある新市街は公共の建物やオフィスがある新しい町なのですが、バル・マリがある旧市街は昔からの町で土の民家がびっしり。 散策するなら断然こちらが面白い。

街角のマーケット。 カラフルな衣装を纏った女たちでごったがえしています。

子どもたちとサイダー子どもたちとサイダー

歩いていると子供たちが

『サヴァ、サヴァ(こんにちは)』 と声を掛けてきます。

『サヴァ、サヴァ!』

『サヴァ、サヴァ!』

うわ〜、鯖だらけだよ〜。。

笑顔の家族笑顔の家族

民家の前ではポーチの日陰で一家だんらん中。 男の子はなになにと立上がり、幼児を抱いたお母さんは恥ずかしそうに顔を隠し、お父さんは手を上げて笑顔を振りまきます。 みんな真っ白な歯が素敵。

家は日干しレンガで作られていて、町のあちこちにそこの土から造られたレンガが干されています。

香辛料の通り香辛料の通り

歩いているとマーケットに出たようです。 ここモプティはこの周辺ではとても大きな町で、水上陸上共交通の要の町。 遠く隣国のガーナ、ブルキナファソ、ニジェール、そしてセネガルあたりからも人々がやってくるといいます。 そのためマーケットも広くなんでも売っています。 魚、ニワトリ、ここの特産の素焼きの瓶、そしてこれは香辛料の類いらしい。

ターバン屋のサイダーターバン屋のサイダー

裏通りにはターバン屋さんが。 ここマリはとても日射しが強く、一見暑苦しく見えるターバンは直射日光を遮り、砂嵐のときには顔全体を覆ったりと重宝なものなのです。

『青はトゥアレグ族の色だよ。 トゥアレグ族は気高く強いんだ。 お前、強そうにみえるよ、かっこいいぜ!』 おだてに乗ったサイダーはブルーのターバンをゲット。

お昼のついでにカンプマンへ行きます。 カンプマンは国営の宿で外国からの旅行者はたいていここに泊まっているので情報収集できるからです。 数人の旅行者から少し情報を得て昼食を取っていると、案の定何人かのガイド志望者がやってきました。 かなりいいかげんそうなやつらもいれば、ブレザーを着込んでシャキッとしとた者まで様々です。 

いかつい顔をした男が現れました。 ラフな格好だけれど完璧な英語を話し、内容もしっかりしています。 この男の名はアルマン、俗称バビロン。 よし、こいつに決めよう。 値段も折り合って交渉成立、契約書を作ってお互いにサイン。 明日から4日間ドゴンの村々を巡り、顎足ポーター付きで2,100FF(42,000円/2人)也。 この値段、旅行者価格としてはほどほどらしいが、現地の物価を考えるととてつもないものです。 でもいいじゃあないか。 ガイドに渡ったお金はいずれこの地に還元されることになるのだから。 実はこの我らがガイドのバビロン、後にこのあたりのガイド連中のボスであることが判明する。

バニ川を渡るバニ川を渡る

ドゴンの村への手配も終わったので、夕刻、近くのボゾ族とフラニ族の村へ行くことにしました。 バニ川(ニジェール川の支流)の船着場に着くとそこは町の人々でいっぱいでした。 ちょっとしたマーケットになっていて舟を待つ人々と混じりあって大にぎわい。

ボゾ族の村は川向こうにあり小さな舟に乗り込みました。

ボゾ族の魚ボゾ族の魚

船頭のおじさんがのんびりと舟を進めるなか、私たちはぼんやりと岸の人々を眺めながら舟に揺られて行きます。

ボゾ族の村の岸に上がるとそこにはすでに対岸とは違った世界が待っていました。 この民族は古くから漁民で、ドゴン族とも関係が深く多くの神話の対象となってきました。

川で捕られた小魚が岸辺で、集められた草の中で蒸し焼きにされています。 ここの伝統的な調理法です。

庭先の女と子どもたち庭先の女と子どもたち

村の中に入るとなにやら妙な音があちこちから響いてきます。 コツ、コツ、コッ

夕食の準備の時間だったのか、庭先では女や子供たちが稗のような穀物を杵で突いています。

カメラを向けるとある人は顔を隠し、ある人はちょっとはにかみながらこちらを伺います。

ドン・キホーテの泥のモスクドン・キホーテの泥のモスク

ちょっと歩くと奇妙なものの前に出ました。 我らがドン・キホーテ様ならまっ先に突撃しただろうこの相手は、日干しレンガと泥と木材で出来た巨大なモスクなのですが、私たちがイメージする中東にある代表的なそれらとは似ても似つきません。 モスクはある意味で仮の姿、この地方に古来よりあった土着の宗教と密接に結びついた結果できた、『泥の結晶』

日干しレンガの家日干しレンガの家

辺りの風景です。 日干しレンガと土で造られた建物群と、朽ち果て落下した日干しレンガが再び土に戻る風景です。

そこに有った材料で造られ、朽ち果てれば元の状態に戻るだけという単純にして、もはや私たちの身近では絶対に不可能な世界がここにはごく当たり前の事として存在するのです。

夕暮れの中、フラニ族の村を小舟から眺め、19:00ごろ宿へ帰りました。 さて明日からドゴンの村です。 いったいどんな世界が待っているのでしょう。

  感想 by サリーナ

アフリカ大陸は2度目でしたが、前回はスペイン旅行の延長での北アフリカのモロッコ。 今度は土でつくった家や踊り出しそうな穀物蔵などの写真を見て、ぜひもと行きたいと憧れていたマリ共和国の旅です。 そしてそれは、カルチャーショックの連続でもありました。

ベルギーのブリュッセルから飛行機で約5時間、たそがれ時に到着した首都バマコ、明かりも乏しい街なかをタクシーで到着したホテルは、確か『マリ最高のホテル』だったはず。 フロントのビジネススーツの男性は、たどたどしい英語で応対。 部屋に案内されると 『え、ビジネスホテル?』というレベル。 夕食を食べたいとレストランに行くと『もう終わり』。 部屋に帰る途中のバルコニーでは体長10cm以上の巨大ゴキブリがうごめいていました。 『ああ、すごいところにやって来た…』

そう、すごいところでした。 何100kmも続く断崖の中腹に点在するドゴン族の村、泥とそれを支える木材が壁から突き出ているモスク。 エネルギッシュなジェンネの月曜市。 どれもがものすごいインパクトを与えてくれましたが、私にとって最もキョーレツな思い出は、モプティの宿『バル・マリ』での出来事でした。

バマコからモプティへの夜行バスは、ターミナルで5時間待った末、夕方6時にようやく走り出したと思ったら、お祈りの休憩でまたストップ。 うとうととしたと思ったら、村々の入り口に設けられているハンプに跳ね上げられて、バスはドッカーンと音を立てて揺れる。 この繰り返しで寝たかどうかも定かでないうちに、モプティに朝8時到着。

バスの窓からようやく見えた街に、『宿でゆっくりしよう』と喜んだのはつかの間。 到着したバスに群がる自称“ガイド”。 ハンパではないしつこさにウンザリしながら、何とか振りきってガイドブックにある安宿『バル・マリ』に辿り着きました。 観音開きの木の扉のある2階の部屋は、奥にベッドのある4畳半くらいの簡素なもの。 共用シャワーは、ひもを引っ張ると上のバケツから水が落ちてくる仕掛けです。 とにかくさっぱりして、『次どうぞ〜』とサイダーに声をかける。 

用心用心、と部屋の内側から鍵をかけ、奥のベッドに横になったとたん、夜行バスの疲れがどっと襲ってきたようで、あっという間に眠りこけてしまいました。 この間、サイダーが戻って来て扉をたたいたとか、大声で呼んだとか、全く知りません。 次の記憶は、何かの刺激で(あとから水をかけられたと判明)目をさました時、自分の斜め上の小さな窓から黒人の男性が顔を覗かせて、こちらを睨みつけながら(そんな風に見えた)理解不能な言葉で叫んでいたということです。 まあ、想像してみてくださいよ。 この時の私は、マリ共和国に着いてまだ2日目、自分がアフリカにいるという意識もなく、ふと目をあけた風景がどのように映ったことか! 文字通り『ここはどこ? 私は誰?』状態で、あまりのショックにしばらく声も出ませんでした。 

この感想を書いている今、旅から10年が経過して詳細の記憶は部分的に薄れつつあるのですが、このモプティの宿の窓からの水で目をさました瞬間の光景だけは、まぶたに焼きついて全く色褪せてはいないのでした。

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uploaded:2005-12-15