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マリ 4 (ドゴン族の村)

Ende 〜 ヤバタル 〜 ドゥージュルー 〜 Dourou → Bandiagara → Songo → Mopti

総合評価 ★★★
開催日 1995.01.07(土)- 01.08(日) 難易度 ▲▲▲

ベニマトゥの村
ベニマトゥの村

旅の紹介

◆  断崖に沿うドゴン族の村々をトレッキング。 神話の世界を巡り、少しだけ人々の生活を見ながらドゴンの宇宙を表わした壁画のソンゴでフィニッシュ。

ドゴン族の村の地図
ドゴン族の村の地図

  1995.01.07(土)

井戸から水を汲む井戸から水を汲む

エンデの村を散歩していると井戸がありました。 ロープに括り付けられているのは黒いゴムで出来た袋、素焼きの壺に移し替えて頭に乗せて運びます。

家の中の炊事場は土間に一つ炉があるだけで、極少量の鍋釜と杵や臼があるだけの質素なものです。

エンデの倉庫の木の扉エンデの倉庫の木の扉

アニミズムのドゴンには様々な神話があり、あちこちの木の扉にその世界観が表わされています。 たとえば、よく描かれている亀は宇宙を表わすとか…

ドゴンの特別な役割の人々には、最高首長のオゴン、薬師(精霊とやりとりする人)、鍛冶屋などがおり、これは基本的に世襲制で、彼らは特別な家に住んでいます。

近くでは子供たちが木で出来た長方形の箱のような器を使った双六のようなインというゲームに興じています。 実はこの器さえも神話の世界、水の精霊、人間の祖であるノンモの箱舟から来ているのだそうです。 これら神話の世界を詳しく知りたい方はTOPペイジの参考書をどうぞ。

畑と奇岩の断崖畑と奇岩の断崖

10:00ごろエンデを出発、崖の下の平地を北東へ向かいます。 ヤバタルとドゥージュルーという村を通過しますがどちらも厳格なアニミッシュで村へ入ることはできません。 村の近くには穀物や野菜畑がほんの少し広がっていました。 そしてこの畑、平らな土地でさえあれば村からいかに離れていようと、断崖の中であろうと作られるのです。 ドゴンの人々は農耕民族なのです。

しばらく行き昼も過ぎておなかが減ってきたころ目の前に奇妙な岩が見え出しました。 ここからまた崖上りです。

ベニマトゥの村長一家とサリーナベニマトゥの村長一家とサリーナ

13:30 崖を上り切るとベニマトゥに到着。

私たちを出迎えてくれたのは村長さん一家。 ドゴンの人々は依然アニミズムと深い関わりを持って生活しており、ほとんどの場合写真を撮ることは拒否されるのですが、さすが村長、私たちの記念撮影に快く応じてくれました。

サリーナの隣が村長さん、一番前でいかにも偉そうなのがその第一婦人、右の三人の女性たちはおそらく第二〜四夫人でしょう。 影になって見にくいところにいるのが子供たち。 第二夫人は恥ずかしいのか写真を撮られるのがいやなのか、ちょっと顔を隠しています。

簾のようなものを造る人々と子どもたち簾のようなものを造る人々と子どもたち

辺りをうろうろしてみると、男たちが木の枝を集め簾のようなものを造っているところに出会ました。 簾状のこういったものは小屋の梁の上に乗せたり、寝台に使われています。

手前には彼らの子でしょうか、小さな子供たちが近くで何をするでもなく、作業を見守っているかのよう。

晩餐の豚晩餐の豚

さて、私たちの食事の準備が始まりました。 どこからか一頭の豚が引きずり出されあっという間に絶命。 ドゴンの村人の生活は質素で滅多に動物は食べないそうですが、今では貴重な収入源である旅行者が訪れた時などに動物を捌くのだそうです。

この昼の食事は豚のシチューに豚付きマカロニとパパイヤでした。

ベニマトゥの断崖からの眺めベニマトゥの断崖からの眺め

崖の縁に行ってみました。

下から見上げてもかなり高いのですが、上から見下ろすともっと怖い。 本当に断崖絶壁です。 通り越してきたヤバタル、ドゥージュルーといった村々まで見渡せます。 このバンジャガラ高原の断崖は150kmほど続き、25万人ほどのドゴンの人々が暮らしているということです。

村の構成で書いた(前ペイジ)のと同じように、ドゴンの一軒の構成もまた人体を模しているといわれています。

頭部に台所、目には2つの換気口、お腹に寝室、右腕は男の倉庫、左腕は女の倉庫、そして足に玄関という具合だそうです。

しかし残念ながらここでも明確にそれらを認識することは出来ませんでした。(TOP写真参照)

バビロンと仲間たちバビロンと仲間たち

ドゴンの村々を巡るトレッキングは午前中2〜3時間、午後の遅い時間に2時間ほど歩くのが一般的。 陽射しの強い昼過ぎは村でのんびり休憩です。

私たちのガイドと取り巻きたち。 左端、厳ついけれどしっかりしたガイド・バビロンことアルマン、隣はそのガイド仲間のひょうきん者ボチボチ(何故かボチボチ行こう!だけ知っている)ことムサ、右端はポーター・ママドゥ、紅一点はママドゥの彼女?エレナ。

さ〜てボチボチ行こう!ということで、17:00 ベニマトゥを出ました。 向かうドゥールーはやはり崖の上にある村なのですが、真直ぐ崖の上を行くことは出来ないようで、少々アップダウンを繰り返した後、真っ暗になった19:00に到着。 真っ暗闇の断崖はかなり恐怖でした!

  1995.01.08 (日)

ドゥールーの泥の宿泊小屋ドゥールーの泥の宿泊小屋

こちらが私たちの宿泊小屋。 村での宿泊はほとんどどこでも同じで、泥の世界です。 ここにはゴザがあるのが上等でした。 この世界とも、もうお別れです。

今日はドゴンの村を離れモプティへ戻らなければなりません。 3泊はあまりに短かすぎます。 最低一週間、いや二週間は居たいところでしょう。 しかしそうも言ってはいられません。 ここからは断崖を離れ、まずこの辺りのドゴンの村々への起点でもあるバンジャガラへ移動です。

アタイを入れてくれるママドゥアタイを入れてくれるママドゥ

バビロンがバンジャガラへ向かい足の手配をしている間、ママドゥがアタイを入れてくれました。 アタイはこの辺りで良く飲まれるお茶で、小さめの器に注がれ砂糖が入れられます。 ここらでは稗のビールとともに、なくてはならないものの一つです。

ようやく足の手配できたらしく、バビロンが戻ってきました。 ところがここからはプジョー(仏車でこのあたりの標準車)のはずが、数日前の雨で車では行けないとのこと。 村にはもちろんそれ以上のオフロード対応車なんてない!

ドゥールーでヤマハに乗るサリーナドゥールーでヤマハに乗るサリーナ

やってきたのはオフロード仕様の125ccのヤマハのバイクと、ぼろいオンロード仕様の100ccです。 ヤマハはともかく

『そんなに悪路なのに、こんなオンロードバイクで大丈夫なの?』 とサイダー。

『… 彼はベテランだから…』 とちと端切れの悪いバビロン。

しかしとにかく足はそれしか無さそうです。 バビロンとママドゥは後でなんとかするそうな。 とにかくヤマハにサリーナ、ボロバイクでサイダーが出発。

ドゥールーからバンジャガラまでの道は想像を絶する悪路でした。 アップダウンが多い上にボコボコのダートで水たまりの連続。 これではニッサン・パトロール(オフロード仕様の最高級車)でもちょっと苦しいかもしれません。 そんな中をサリーナのヤマハはなんとかこなして先を行きます。 ところが案の定、サイダーのボロバイクはちょっと行っては止まり、ちょっと行っては止まりの繰り返し。 そしてついにガラガラ・ガッシャ〜ンという音と共に停止!

『そら見たことか!』 と怒りのサイダー。 しかしサイダー以上に困っているのはドライバーのよう。 目的地まで到達出来なければおそらく契約金をもらえないだろうし、二度と雇ってもらえないかも知れないのだ。 しかしこのドライバー、少しの工具も持っていない。 呆れつつも携帯ナイフの工具を取り出し復旧にかかるサイダーでした。

バンジャガラの集会所とサイダーバンジャガラの集会所とサイダー

なんとかかんとか復旧を終えたサイダーもバンジャガラに到着です。

『遅かったね〜、何やってたの?』 とはヤマハで問題無く到着したサリーナでした。 おいおい!

ちょっと休憩後に近くを散策してみると、ここにもありました、ドゴンの集会所。

『こんなに低いんだね〜』 と集会所の下のサイダーです。 バンカスのものは柱が木で出来ていましたが、ここのものは石で出来ています。

ソンゴの壁画ソンゴの壁画

しばらくしてバビロンとママドゥもやってきました。 2時間ほど休憩の後、今度こそプジョーでソンゴへと移動しました。

ソンゴはドゴンの宇宙を表わした壁画で有名。 様々な絵は、蛇を始めとしほとんどが具象的なものなのですが、中には説明されても分からない抽象化されたものもあります。 そしてそれらの図にはそれぞれにその背後のドゴンの宇宙が秘められているのです。

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uploaded:2005-12-15