1995.09.03(日)
短い夏休みをバリ島のウブッ(Ubud)で過ごすことにしました。日本からの便はバリ島ではなく、まずジャワ島の首都ジャカルタ(Jakarta)に入ります。せっかくなのでバリ島に移動する前に、ジャワ島の遺跡巡りをすることにしました。
インドネシアと言えば、何と言ってもボロブドゥール寺院(Candi Borobudur)。これはアンコールワット、パガンと並ぶ、世界三大仏教遺跡の一つです。
ジャカルタからジョグジャカルタ(Yogyakarta)に飛んで、さらにバスに揺られて1時間ほど。ボロブドゥールはジョグジャカルタの西40kmほどのところにあります。
ケドウ盆地に広がる椰子の樹海を抜けると、世界最大・最古の仏教遺跡ボロブドゥールに到着します。
並木道の先に大きなストゥーパが見え出します。この並木道を抜けるとボロブドゥール寺院の入口が見えてきます4。
こんもりした丘の正面に階段があり、その上に巨大な石の固まりが見えます。これがボロブドゥール寺院です。高さ42m、正方形の基壇部の一辺は124m。段状ピラミッド状の石造建造物で、下部は方形で回廊式になっており基壇部を入れると6層、上部は円形でストゥーパが置かれた3層から成ります。
まさに圧倒的な偉容。
8世紀から9世紀にかけて建造されたこの遺跡は、その後千年以上も密林のなかで火山灰に埋もれていたそうですが、これは火山の噴火によるものとする説と、イスラム教徒の破壊から守るために埋められたとする説があるようです。
この寺院は石造であり、姿も日本のそれとはまるで異なります。
それのみならず、ここには内部空間、室内空間というものがありません。正面の階段を上ったら入口があり、その中に本尊が祀られているというわけではないのです。
しかし仏教寺院ですから仏像はたくさんあります。
その数なんと504体!
これは回廊の各面ごとに108体、上部のストゥーパ72基の中にそれぞれ1体が納められているそうです。
この仏像は等身大の一石造り。
回廊の仏像は上部の壁龕の中に納められており、その下の壁にはレリーフが施されています。
このレリーフが凄い。全部で2,500以上、4層の回廊にびっしりと刻まれており、その延長は5kmほどにもなるそうです。
仏教伝来の物語りが、下から時計廻りに順番に並んでいるそうです。
ボロブドゥール寺院を構成する石は安山岩や凝灰岩で、使用されたブロックは100万個を超し、一つ一つのブロックの高さは23cmに規格化されているということです。
ここで面白いものを発見。これは排水口で、おそらくマカラ(Makara)と呼ばれるものだろうと思います。マカラはサンスクリット語で海竜を意味するといい、ヒンドゥー教では海の女神の乗り物とされています。
階段の一番下には典型的な形の大きく口を開けたマカラがいるのですが、これはその小さな口バージョンだと思いますが、どうでしょう。ここにあるということはマカラは仏教にも入っていたのですね。おそらく日本の鯱はこのマカラから来ているんではないかと思います。
もう一つ生き物を。回廊を上がる階段部分には門があり、その上には鬼面カーラ(Kala)がいます。
カーラもヒンドゥー教のキルティムカー(Kirtimukha、輝かしい顔)に由来すると考えられます。この怪物はシヴァ神に命じられ己の胴体と四肢を喰い尽くしたため、シヴァはそれに栄光の顔を付け、常に神殿の入り口にあるべきだと宣言しました。それでこのキルティムカーには顔しかなく、いつも門の上部にいるちいうわけです。
この神話から、カーラの下を潜るたびに、災いや悪霊が取り去られると信じられるようになったようです。
最後のアーチのカーラを潜ると視界がパッと開け、ストゥーパが林立するゾーンへ出ます。
最上段の中央には大ストゥーパが置かれています。
ここから下の平面形は方形でしたが、ストゥーパゾーンは円形になっています。
周囲を見れば、眼下に椰子の木の樹海が、その先には山並が見えます。
この釣り鐘状のストゥーパは72基あり、そのすべてに仏像が納められているそうです。
また、ボロブドゥール寺院はそれ自体がストゥーパだといわれています。ストゥーパはもちろん仏塔のことですから、中央の大ストゥーパの内部には仏舎利が納められているのだろうと思っていたのですが、実はそこには何もなく空洞だそうです。『空』こそがジャワ仏教の神髄らしい。
ボロブドゥール寺院を堪能したら、その近くにあるパオン寺院(Candi Pawon)とムンドゥッ寺院(Candi Mendut)を巡ります。
まずはボロブドゥール寺院に近いパオン寺院から。これはボロブドゥール寺院から東に約1.5kmのところにあります。
パオン寺院はボロブドゥール寺院とほぼ同じ時期に建てられた仏教寺院で、ボロブドゥールを見たあとでは大変小さく感じます。基壇部分9.5m × 9.5m、高さ11.5m。
パオンはジャワ語で『台所』を意味するそうですが、これは『灰』という言葉から派生したもので、ここは王の墓または葬式ための寺院と考えられているようです。また、ボロブドゥールに向かう前に心を清めるためのものとも。
屋根には9つのストゥーパが載り、外壁にはカーラとマカラの彫刻。
そして平和と富を象徴するキナラとキナリの間に聖なる木があるレリーフがあります。
もう一つのムンドゥッ寺院はボロブドゥール寺院の東約3kmのところにあり、ボロブドゥール寺院と同じ頃に建てられました。
ボロブドゥール寺院・パオン寺院・そしてこのムンドゥッ寺院はほぼ一直線に並んでいて、この一帯は当時の王朝の特別な聖域であったと考えられています。
ムンドゥッ寺院のレリーフです。
二羽の鳥が、亀がぶら下がった一本の棒を運んでいます。『あの鳥は賢いね。』と人々が言うと、亀は『これを思い付いたのは鴨じゃない。俺だ!』と言おうとし、口を開いて地上に落ちて死んでしまいました。という話。ちょっとむずかしい。
死んでしまった亀とは関係ありませんが、近くでは池にきれいな蓮が咲いていました。
圧倒的なボロブドゥール遺跡とその周辺のお寺を巡ったら、一度ジョグジャカルタへ戻ってガスン市場(Pasar Ngasem)を散策。
ここは王宮(Kraton)の南西で水の宮殿(Taman Sari)のすぐ北側にあり、食料雑貨はもちろんですが、犬や猫などの動物もたくさん。
その中でもここの目玉は鳥!
ありとあらゆる種類の鳥が売られています。このあたりでは鳥の声の美しさを楽しむ風習があるらしく、民家の軒先には竹棹の先に吊るされた鳥篭をよく見かけます。
そして路上では、
『こいつはどうだい、強そうだろう!』
と闘鶏用の軍鶏の周りに男達がたむろしています。
街をぶらぶらしたあとは、ジョグジャカルタの北東15kmほどのところにあるもう一つの遺跡、プランバナンの寺院群(Candi Prambanan)へと向かいました。
その中心となるプランバナン寺院の少し手前には、8世紀に建立されたものと考えられている、このあたりで最古の寺院であるサリ寺院(Candi Sari)があります。
サリ寺院は仏教寺院で、寺院名の Sari は ジャワ語で『就寝』を意味する sare に由来するそうです。
これはここが僧侶が生活する僧坊だったからとされます。また『美しい寺院』という意味でもあるとか。
外壁は天人像により美しく装飾されています。
ここにすでに、あの身をしなやかにくねらす動きが出現しています。
次いでカラサン寺院(Candi Kalasan)です。これもやはり8世紀に建てられた仏教寺院で、47m四方の基壇の上に立ち、高さは34mあります。
ここにもマカラがいます。マカラは大きく口を開けたこの姿のものが多く、大抵奇妙な生き物を呑み込もうとしています。あるいは吐き出している?
マカラは日本の狛犬のように一対で置かれ、さらにカーラとセットになることがほとんどです。
ということで、カーラも。
このカーラは巨大!
ここのカーラには下顎がありますが、ないものもあります。これは概ね地域によるそうで、ジャワ島の東部のものにはあり、中部のものにはないそうです。
さて、いよいよプランバナン寺院群の中心となる、インドネシア最大のヒンドゥー教寺院であるプランバナン寺院です。プランバナン寺院群は仏教寺院とヒンドゥー教の寺院とから成るのです。
プランバナン寺院の創建については諸説あるようですが、もっとも古い説ではボロブドゥール寺院の少しあとの9世紀中頃に完成したとされています。
ここは宇宙の創造、維持、破壊を司るブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三大神に捧げられています。
中央にシヴァ堂、北にヴィシュヌ堂、南にブラフマー堂が立ち、それぞれの正面に各神の乗り物であるナンディ(牡牛)、ガルーダ(神鳥)、ハンサ(白鳥)の堂があります。基壇は約110m四方でボロブドゥールを意識しているとも言われ、もっとも高いシヴァ堂の高さは47mです。
私たちはここに夕方着いたのですが、堂の縁に見える小さな塔に夕陽が当たり、全体が炎のように見えました。
この遺跡はボロブドゥールに引けを取らないすばらしいものです。
ここでは古代インドの叙事詩『ラマヤナ』に基づくレリーフがあちこちにちりばめられています。
このラマヤナ、後のバリ島で影絵など、様々な場面に登場します。
もっとも、中身はさっぱり。。
プランバナン寺院周辺
この周辺には建物の残骸?がゴロゴロところがっています。修復の途中なのでしょうか、
夜はタイトルに引かれてラマヤナ・バレエというのを見たのですが、伝統的なモチーフを使った現代風の舞踊といったもので、伝統芸能とはかなり違ったものでした。伝統芸能はバリに取っておきます。
1995.09.04(月)
今日はジョグジャカルタの街を少しだけぶらぶらしてから、バリ島のウブッへ移動します。
ジョグジャカルタの街中の移動ならこれが最高。東南アジアなら呼び名は違ってもかならずあるのが自転車タクシー。
ここでは『ベチャ』と呼ばれています。座席が前にあるので見晴しが良くて快適。たまに下り坂などで怖いこともありますが…
ベチャに乗り御機嫌のサリーナ。
このドライバーはなんと鉄製ヘルメットを被っています。たいていは笠なんだけれどね。もしかして暴走族?
ジョグジャカルタの見どころは王宮と水の宮殿あたりらしいので、まず王宮へ。
王宮は18世紀半ばに建築され、ジャワ建築の粋を集めたと評されるようなのですが、しかしここはちょっと拍子抜け。
水の宮殿は王様が王宮に仕える女たちが水浴びする姿を眺めて楽しんだところだそうです。
ここはちょっとした雰囲気はあるものの、今では水を張られることもなく、建物の維持管理もあまりされておらず、本来の姿からは遠いものになっています。
こちらもちょっとがっかりですね。
しかし、こんな怪物の装飾があったり、
こんな華やかな装飾の門があります。
ここはやっぱり市場やストリートを適当にぶらぶらするのが楽しいですね。街中にはオランダ統治時代のコロニアルな建物も少し残っていました。
古い民家がびっしりと軒を列ねる露地巡りは最高に楽しいです。こんなところには大抵一人か二人、怪しいやつがいて、『バテッィ、バテッィ!』と寄ってきたり、勝手にガイドになったりします。
インドネシアにいつから石やレンガの工法があったのかはわかりませんが、王宮や宮殿、寺院などはともかく、今では民家も木造ではなく、ブロックにモルタル塗りというのが多くてちょっとびっくり。湿度の高いこの地方は木造だとばかり思っていたのに…
さて、明日はいよいよバリ島です。ウブッでケチャック・ダンスだ!