津和野の宿
津和野はしっとりと落ち着いた雰囲気の中にちょっとモダンな洗練されたものがある街です。前日夕方、一足先に帰宅の途についたデラリンを除き、本ツアーの最終日は総勢5名で、赤い瓦屋根の和風の宿から出発です。天気は快晴、『行くで~~』と気勢をあげるはジーク、ムカエル、ケロガメ、サリーナと、カメラのサイダー。
津和野のメインストリート
津和野はとても小さく、その中心を走るのがこの殿町通り。両側に長い白壁、当時としてはかなり広かったに違いない道路はきれいに整備されていて、路面には石が敷かれています。通り沿いの水路には丸々と太った錦鯉がたくさん泳いでいます。
町役場
白壁に赤茶の瓦屋根のこの建物はなんと町役場。旧鹿足(かのあし)郡役所として大正8年に建てられ、以来ずっと役場として使われ親しまれている建築だそうです。
藩校養老館
その向かいはかつての藩校養老館。津和野藩8代藩主の亀井矩賢が1786年に創設したものだそうで、現在は剣術道場、書庫などが残っています。剣術道場は津和野町立民俗資料館として資料を展示しています。
鯉
その足元には錦鯉がたくさん。津和野は『鯉の町』、90歳くらいの鯉もいるそうです。
太鼓谷稲荷神社へ
まだ朝早いので主要な見どころは開いていません。そこで太鼓谷稲荷神社へ向かいました。
上る鳥居
この神社はかつての津和野藩主が京都伏見の稲荷神社の神霊をここに移したものだそうで、町外れの山の上にあります。
どこまでも続く鳥居
下から神社に向かって、ものすごい数の階段と朱色の鳥居がずっと続いて行きます。入口に『標準 徒歩8分』って書いてありましたが、ジオポタはどうみても15分くらいかかったね。がんばって登れば社殿の前から下に津和野の街が見渡せます。
津和野城へ上る
登ったついでにもう一つ、お城に登ろうということでリフト乗り場に向かいますが、残念ながらリフトの営業は10時からだったのでハイキングと相成りました。山道を20分ほどえっこらえっこらします。途中へびに遭遇、冷や汗だら~りはムカエルでした。
お城から津和野を見る
このお城、かなり高いところに造られていて、そこにある石垣や石畳をみてちょっとびっくり。どうやってここまで運んだのでしょう? 頂上につくと今度はへびならず、ハチに襲われそうになり退散。しかしここからは先の神社以上に良く津和野の街が見渡せました。赤い瓦屋根が連なる景色はすばらしく、上ったかいがあったというものです。
人力車も
お城を下りて再び町の中心部へ。歴史的な観光地だけあり人力車も大忙し。こんな街だと人力車も嫌みなく溶け込みますね。
津和野カトリック教会
殿町通りにある津和野カトリック教会は、かつて津和野藩による迫害で長崎浦上の隠れキリシタン36人が殉教した事件に心を痛めたドイツ人によって昭和の初期に建てられたもの。内部には畳が敷かれているのがとてもめずらしく、ステンドグラスがきれい。
このあと葛飾北斎美術館などを巡って津和野を後にしました。
野坂峠を上り始める
国道は行かずにその西の山の中を通り、標高370mの野坂峠へ向かう道を進みます。道の両側には黄色や白の可憐な花が咲いています。
津和野をあとに上る
しばらく上ると、津和野の町並みを見下ろすようになります。この後、町並み風景とは別れ、九十九折りの道となります。
頂上はもうすぐ
わっせわっせと上るムカエル、ケロガメ、サリーナ。車はほとんど通らず快適だね~ と言ってたら、『なな、何だあ~! いやだあ~!』とムカエルの叫び。何と道路の真ん中にとぐろを巻いた茶色いへびが。しかも鎌首あげて、シャーっと噛みつきポーズ。ひゃー怖かった!
少しだけ国道を行く
峠頂上からの壮快なダウンヒルはすぐ終わり、国道と合流します。国道のちょっと津和野寄りに戻ったところに道の駅『願成就温泉』があり、ここで昼食です。時間があまりないので温泉には入りませんでしたが、庭園風の風情ある露天風呂があるそうです。
JR山口線沿いの道
国道を少し走った後、一般道に入りレンゲツツジがあるという船平山をめざします。ちょうど季節のはずですが、看板などは見当たらず走っているうちに通り過ぎたみたいで、レンゲツツジはあきらめてそのまま走り続けます。JR山口線に沿った直線道路をカッ飛ばすサイダー、追うケロガメ、ジーク。
田んぼでポーズ!
途中の田んぼは田植えが終わったばかり。快晴の青空の下、あぜ道でハイポーズ!
ゴールの徳佐駅でポーズ!
そして午後1時過ぎにJR山口線の徳佐駅に到着、山口ツアーの終着点です。ゴールを祝って、徳佐駅舎前でハイポーズ! 奈良散策からのGW8日間の旅は、めでたく無事終了です。
あんたらいったいなにしちょん