浜名湖2日目の出発です。宴会に駆けつけたケンボー、プリンちゃんを囲んで勢揃い。あれ、人数足りないし、しかも走りの準備をしているのも少ない?
今日は昼頃から雨予報の上に上り坂ありと聞いて、宿から走るS組は5人だけ。ベネデッタとプリンちゃんは車で帰宅、P組参加の5人は電車で大森駅合流の予定です。みんなに見送られてサイダー、シロスキー、ジーク、ペタッチ、サリーナの5人が出発。
お天気は、今のところ青空が広がっています。このあたりは道路沿いの垣根の緑に桜やユキヤナギなど春の花が咲き、とてもいい雰囲気。東急リゾートタウンの別荘地のようです。
しばらくして猪鼻湖沿いの自転車道に入ります。このあたりは小さな入江があったり岬が突き出ていたりと、変化のある地形で楽しい。
今日も快調のジークが自転車道の先頭を引く。
後ろには、入江を挟んで先ほど出発した東急リゾートタウンが見えます。
猪鼻湖の東側はほぼ湖に沿ってサイクリングロードが続いています。
湖には魚網がかけられ、ボートが浮かんでいます。猪鼻湖は汽水湖ですが、何がとれるのでしょう?
穏やかな湖を眺めながら走っていると、自転車道は天竜浜名湖鉄道の線路と並行するようになります。
天竜浜名湖線は掛川市の掛川駅から湖西市の新所原駅をつなぐ約68km、39駅の路線で、かわいい1両の車両が走っていました。
湖では何かの養殖をしているようですね。その向こうの西岸には、浜名湖レイクサイドプラザが見えています。
こちらは三ヶ日町の津々崎あたりの集落です。
三ヶ日中学校の脇を走ります。ヤシの木の並木が南国風ですね。この先を右折した奥の入江にはヨッドハーバーがあります。
浜名湖周遊自転車道は三ヶ日駅のあたりで終わりとなります。我々はそこから湖を少し離れ、小高い丘を上り始めました。
周囲にはみかん畑が広がっています。おいしい温州みかん『三ヶ日みかん』は有名ですね。
上ってきた丘陵地は、万葉集にも歌われたという『乎那の峯』(おなのみね)。
花散らふ この向つ峯の 乎那の峯の ひじにつくまで 君が齢かも (万葉集 巻14 -3448)
これは、この峯が見えるところで詠まれたのでしょう。愛しい人の命がずっと続いてほしいと祈った歌のようです。
自転車で行けるのは途中までで、あとは徒歩で展望所まで上ります。ここには静岡県天然記念物の指定されているマンサク群落があり、マンサクの自生地としては南限になるそうです。
この時期、3月末にマンサクは咲いていませんが、ソメイヨシノがほぼ満開です。ここには三ヶ日桜という固有種の桜もありますが、八重桜でソメイヨシノよりは開花が4~5日遅いそうで、まだ咲いていないようです。
展望所には東屋があって、ちょっと一休み。猪鼻湖が一望に。。と思ったらホテルの景色になっているのはちょっと残念でした。
突然、周辺を探索していたシロスキーの叫び声。『おっきなヘビがいた~!』 春ですねえ。
自転車を置いてきたところに戻り、再び走り始めます。
乎那の峯の入口付近にはコブシも咲いていました。もうそろそろ終わりかけです。
さて、ここからはアップダウンはあるものの、みかん畑の丘陵地を利木峠まで基本的には上りとなります。いつものようにサイダーが引いていくと、
ここは一本道だから迷わないよ~、と追うジーク。
昨日で上り坂は終わりじゃないの~、とブツブツつぶやきつつ踏むペタッチ。
その後ろをひたひたと追いかけるのはシロスキー。
車は少なく快適な道ですが、上りが続きます。
『まだ上るの、サイダー…』と問えば、『多分、あの桜のあたりまで』とサイダー。言われて見上げると、みかん畑の間を桜がほんのりピンク色に染めています。
わっせわっせと上るペタッチ、ジーク、サリーナとシロスキー。
勾配はそれほどきつくありませんが、なかなか峠にたどりつきません。へろへろ、と次第にうつむき加減になるサリーナ。
でも周辺の木々の間では山桜が満開で、ほのかな香りも感じられます。
そして、カーブの途中には浜名湖も見えるようになってきました。
いつの間にか猪鼻湖を過ぎて浜名湖に戻ってきたようです。
どうやらやっと利木峠に着いたらしい。山桜が出迎えてくれました。みかん畑の脇で、持ってきたみかんを食べながら小休止です。爽やかな香りが口いっぱいに広がっておいしい~
さあ下りです。下りは速い。さあっと下っていくと、ほどなくP組との待ち合わせ場所、天竜浜名湖鉄道の大森駅に到着しました。
P組の列車は11時頃着くはずですが、ついにポツポツ、と雨が落ちてきました。そこでケータイで相談した結果、P組はそのまま列車に乗って、S組は走って、新居の関所で落ち合うことになりました。
『ワシはここから列車に乗る~』と言っていたペタッチですが、『もう少しだよ』という甘言に背中を押され、自転車走行を決意。
コースは東海道線を横切り、新幹線も近くなってきました。
新幹線の線路に沿っていったりきたりしつつ走る。雨の中、なぜかまた上り坂もあったりしてへろへろ。。
ようやく町らしいところに出てくると、立派な町家が並び、大きな黒い門が見えてきました。ついに新居に到着です。
関所入口でしばらく待っていると、新居駅から徒歩でP組の面々がやってきて勢揃いです。
ここの見どころは、もちろん『新居関所』。徳川家康によって、東海道の浜名湖口の海上一里の今切を渡る新居に置かれた関所で、1600年の創設と言われています。津波や地震の被害を受けて何度か移転した後、1708年に現在の場所になりました。
この建物は1855年から数年かけて建て替えられたもので、1869年の関所廃止まで実際に使われ、その後学校や町役場として1951年まで利用されたそうです。現在、日本で唯一現存する関所として国指定特別史跡になっています。
関所の脇にお籠を発見。どれどれ、と一番軽そうなエリンを乗せてエッサッサ。ホイサッサとはいかず、持ち上げるのがやっと。昔の籠かきさんって強かったのね。。
関所の西側には大きな黒い門、大御門が設けられています。
関所は江戸を防衛するために街道の要所に設けられた施設で、『入り鉄砲に出女』といわれたように、武器が江戸に持ち込まれることと、人質である大名の妻子が江戸から逃げ出すのを主に見張っていました。ここには『女改め』と呼ばれる職種があったほどで、女改長屋という建物もありました。
大御門から西に数10m行くと、「紀伊国屋資料館」があります。ここは新居宿にあった紀州の御用宿で、昭和30年代に廃業するまで約250年間旅館業を営業していたそうです。
中には、旅籠に関連するいろいろな展示があります。宿の食事の展示にはうなぎの蒲焼もあり、実際に使っていたタレのカメも見られます。昔から浜名湖といえばうなぎ、なんですね。
小さな庭のある奥座敷など、江戸情緒を残す落ち着いたつくりになっています。
そんなところに水琴窟がありました。縁側から竹の棒で音色を聞くことができます。その奏でる音色は驚くほど美しく、『シャリ~ン』『ヴィヨ~ン』と複雑な音色が重なって、ジャズのようでもあり、ガムランのようにも聞こえます。
2階は天井が低いものの、畳に座って外を眺めればゆったりと落ち着けます。ここには箱枕がたくさん置いてあり、首が痛そうですが、試してみると案外快適です。
さて、お昼の時間になり関所の係の方に昼食処を教えてもらいますが、満員だったりお休みだったりとなかなか決まりません。最後に紀伊国屋資料館の方に教えてもらったうなぎ屋さんを目指します。
そこは関所の近くの『舟宿』というお店で、カウンターとテーブル席を合わせても10席しかなく、ジオポタでちょうど満員、貸し切り状態となりました。
こちらの名物がこれ、『ぼく飯』です。きざんだごぼうとうなぎをごはんに混ぜてタレであえたもので、養鰻場のまかない食だったものだとか。
ちなみに『ぼく飯』とは、太った鰻を『ぼっくい』(杭)と呼ぶことからきているとのこと。昨日、今日と趣の異なる鰻づくしで大満足でした。
昼食の間に雨が本降りになっていました。ということで、午後に予定していた、遠州灘を眺めながら松林の中を行き、中田島砂丘から浜松駅に向かうのは諦め、ここの最寄り駅で上がりということに。
S組は自転車でダッシュ、P組は駅に自転車を置いているのでゆっくり徒歩で、関所から約700m東にある東海道線の新居駅に到着。これで浜名湖一周の完成です。
念願の浜名湖ポタ、2日目は雨もあったけど、すばらしい景色や春の花、見どころ、鰻と、思い出満載の旅になりました。