07月14日(金)
日本から到着したのはオーストリアのウィーン。 そこからバスくらいの大きさのプロペラ機に乗り換えると、下には茶色のドナウ川が大きな流れを作っています。 このドナウ川に沿って飛ぶと、わずか45分でハンガリーのブダペストです。 ヨーロッパの国って本当に近いですね。
ジャンボジェット機とは大違いのこのプロペラ機はエンジンの唸りといい加速感といい、揺れ方といい迫力満点。 遊園地のジェットコースター並みに楽しめます。 そして無事に着陸に成功すると乗客から拍手が…
さてブダペストに到着です。
段ボール箱に入った自転車は係りの人が運んできてくれました。 これをピックアップして、空港からはエアポートミニバスで市内へ向かいます。 2,300Ft(1,300円)でどこのホテルへでも運んでくれます。
私たちのホテルは英雄広場の近くで30分ほどで到着しました。 夕食のついでに広場周辺を散歩です。
07月15日(土)
今日からブダペストの市内観光です。 まずブダ側の丘の上に立つ王宮を目指し英雄広場からアンドラーシ通りを南西へ向かいます。 この道は駐車帯と歩道の間が自転車通行帯になっていて不安感なく走れます。
アンドラーシ通りは歴史あるプダペストの主要な通りで、コダーイやリストの博物館、オペラ劇場などの古くて立派な建物が並んでいます。
ドナウ川に差し掛かるとりっぱな鉄の橋に出ました。 2人のクラークによって作られたくさり橋(1849年完成、1947年再建)です。(TOP写真参照)
くさり橋(チェーンブリッジ)の名のとおり、重ね合わせた数枚の鉄の板の両端をピンで繋いだもので自転車のチェーンのような構造材による吊り橋です。 東京隅田川の清洲橋と同じような構造ですが、鋼鉄製のワイヤーが発明されて以来、このタイプの橋は造られなくなったそうです。
このくさり橋は現在は歩行者と自転車、そしてバスしか通行できないのでのんびり渡ることができます。
橋を渡り終えるとちょっとヒルクライム。 王宮の丘を上ります。 上った先にあったのはこちらのマーチャーシュ教会。
この教会は13世紀にロマネスクで建てられた後ゴシックに、そして一時はトルコ軍によりモスクとなったものの17世紀にハプスブルク家が奪還、しかしバロックに改装されてしまう。 19世紀後半になりようやくゴシックを基本とした現在の形になったといいます。
屋根にはめずらしいカラフルなタイルが使われています。
そして内部には独特のビザンチン的かつミュシャを思わせるようなモダンな装飾が施されていてとても美しい。
マーチャーシュ教会のすぐ側にはドナウ川とペスト方面への眺めが素晴らしい、白い石灰石で出来たネオロマネスク様式の『漁夫の砦』があります。 いくつかの尖塔と回廊を持つこの建物は、砦と名が付いてはいるものの、本当の砦ではなく、マーチャーシュ教会改修に合わせて作られた美観上の建物だそうです。
ドナウ川を挟み手前側がブダ、向こう側がペスト。 ペスト側の大きな建物は国会議事堂です。
漁夫の砦からは王宮を通り、ゲッレールトの丘のツィタデッラへ向かいます。 王宮は小高い丘の上にありますが、ゲッレールトの丘は小さな谷を挟んだ向かい側なので、一旦下ったのち、ちょっとアヘアヘします。
ツィタデッラはハプスブルク家がハンガリー独立運動を鎮圧した後に、この地を監視するために作った要塞で、その奥にはこんな像が建っています。
第二次世界大戦でナチスはここを占拠してブダペストを攻撃しましたが、その後、町はソ連軍によって解放されました。 この碑はその時のソ連軍の慰霊碑で、ブダペストの自由の象徴なのだそうです。
ここからは下にドナウの流れとエルジェーベト橋、先に鎖橋と王宮、さらにドナウ川のまん中に浮かぶマルギット島、そして遠く北に広がる山々が望めます。
ツィタデッラからはゲッレールト温泉の脇をかすめ、自由橋を渡ってペスト側へ。
お腹すいたね、と入ったレストランはハンガリアン・アール・ヌーボーの旗手レヒネル作の郵便貯金局の向かいの店。 ターキーのコルドンブルーとハーラースレー(漁師のスープ)というナマズらしい魚のパプリカ・スープを。
こちらがその向かいの郵便貯金局。 リズミカルなギザギザの破風のライン、白い壁面と赤い煉瓦の鮮やかな対比、貯金の象徴である蜂は柱を登り、扉には伝統的なマジャールの草花模様が施されています。 レヒネルの代表作といわれます。
ドナウ川に架かる鎖橋やブダの丘にある王宮に並ぶ、ペスト側の代表的な観光名所がこちらの国会議事堂。 様々な建築様式を取り入れた折衷主義の建物で、天を突く尖塔はネオゴシック、真ん中のドームはルネッサンス風。 内部は金ピカのバロックで、そう悪くもないけれど、特に感動するようなものでもありませんでした。
ペスト側のもう一つの見どころのイシュトヴァン教会では結婚式が執り行われていました。
昼の観光を終え一度ホテルへ戻った私たちはシャワーを浴びて、バーでビールなどを飲みつつ休憩です。
さて夜は地下鉄で街の中心へ向かいました。 この地下鉄はヨーロッパではロンドンに次いで2番目に古いものだそうで、とても浅いところを通っています。 道路の厚みがどこにあるのかわからないくらいです。
向かった先はこちら、ドゥナ・パロタという美しいロココの音楽ホールです。 夏は本格的なオペラなどはオフシーズンなのですが、観光客向けにちょっとした演奏会などが開かれています。 小編成のオーケストラによるコダーイやシュトラウスなどの軽めの曲が中心で、楽しい。
7月16日(日)
ゲッレールトの丘のツィタデッラよりマルギット島方面を望む
今日は街のやや北寄りにあるマルギット島とオーブダを巡ることにしました。 ドナウ川のまん中に浮かぶ緑のこんもりした島がマルギット島です。
まずホテルから英雄広場の後ろに広がる市民公園へ向かいます。 池があり緑に覆われた公園は気持ちいい。
市民公園からは大きな道でマルギット島へ向かいます。 この道はアンドラーシ通りとはまったく様子が異なり、周辺には新しいビルが建っています。
マルギット島の北の端にあるアールバート橋から島に下ります。 周囲を観光船などが行き来する、巾500m、長さ2.5kmのこの島は現在全体が公園になっていて、街の中心部からも近く散歩やジョギングに最適で、市民の憩いの場になっています。
島の名前のマルギットは13世紀の王女だそうで、モンゴルの襲来を受けた王様がその再襲来を避けるためにここに修道院を建て、この娘に生涯祈らせたのだそうです。 その後モンゴルは再びやってくることはなかったそうです。
この島はのんびりサイクリングにも最適で、レンタサイクルもあります。 大きな温泉プールなどを眺めながらぐるっと島を一廻り。
マルギット島のあとはブダの北寄りの地区、オーブダに向かいました。 オーブダはブダペストの中でも最も古い地区で、ローマ時代の遺跡などがあるところです。
この地区のアールパード橋の袂にはオップ・アートのヴィクトル・ヴァザレリの美術館があります。 かなり若い時の作品もあり、どのようにしてあの後期の作品群が生まれたのかがわかります。 ちょっとお薦めです。
そして古い教会や、伝統的な様式なのか、うねうねした小さな明かり採り窓の連続する赤い屋根の建物などが並びます。
ブダペストは歴史の積層する都市。 こちらは160年に建てられた円形劇場。 ローマ帝国の植民地パンノニアの時代の遺構です。
ここは周囲をぐるっと新しい建物で囲まれていて、あまりパッとしませんが、130mx110mほどの大きさがあり、当時は1万6000人ほどを収容する施設だったといいます。
この地は、ローマに支配され、モンゴルの来襲を受け、トルコに占領され、ハプスブルク家に統治され、ナチスの攻撃を受けと、大変でしたね。
道はパンノニアのころのものではないにしろ、石畳です。 そこを通るかわいらしい路面電車が古い街並に彩りを添えますが、線路を渡る時はちょっと気を使いますね。
オーブダのなかの薔薇の丘。 16世紀のオスマン・トルコの軍人、グル・ババの霊廟付近です。 このあたりの道は狭く、古い建物が建ち並んでいます。
石畳の激坂はもちろん上るのも大変ですが、下る時もとても乗ってはいられない!
グル・ババの霊廟はその隣にあるカフェに言って鍵を開けてもらい、見学します。
このあとは丘を下り、マルギット島の南端にあるマルギット橋を渡り、街の中心にあるリスト広場へと向かいました。 リスト広場にあるインフォメーションでルーマニア行きの交通の情報を得ようとしましたが、そこにはこれらの情報はなし。 交通手段は列車とバスの選択がありますが、自転車運搬を考えるとバスの方が良さそうということで、ネープリゲトのバスターミナルへ向かいます。 ところがこのバスターミナルの切符売り場は16時までで、目的を果たせず。
7月17日(月)
今日はまずルーマニアへ向かう足の手配に出かけます。 昨日のネープリゲトのバスターミナルへ行き情報を仕入れてみると、ほとんどの長距離バスは立派な大型のものなのに、ルーマニアのクルージ・ナポカへ向かうバスはとても国際線とは思えない8人乗りくらいの小さなものでした。 荷物はなんと牽引トレーラーで… これで10時間の移動は人間も自転車も耐えられそうにない! ということで列車に変更です。
列車の切符は駅か旅行代理店で買えるので、ひとまず街の中心部へ向かいます。
途中にあったのが先の郵便貯金局の設計者であるレヒネルの工芸美術館。 ここは月曜休館とあって内部は見学できませんでしたが、外観だけからでも独特の雰囲気が伝わります。
屋根や天井はマジャール民族の刺繍のモチーフによるセラミックです。
西のガウディ、東のレヒネルだとか?
ブダペストに来たらやっぱり温泉でしょう。 古代ローマ時代より2000年の歴史を持つブダペストの温泉は、現在では100箇所の源泉と50箇所の浴場があると言われています。
それらの中でももっとも有名なのはゲッレールト温泉でしょう。 屋外には広々としたプールと温泉があり、室内にも浴場があります。
こちらは屋内プール。 ヨーロッパの浴場はたいてい女性はエプロンのようなものを、男性はフンドシのようなものを着せられますが、ここの浴場はそれを着けても、水着でも、スッポンポンでもOKのようです。
さて午後は繁華街のヴィッツィ通りを散策してゆったり昼食です。
ハンガリー料理の代表といえば、牛肉と野菜のパプリカソース煮込みのスープであるグヤーシュ、挽肉詰めパンケーキのパプリカソースとサワークリームかけのホルトバージ・パラチンタ、パプリカと野菜の煮込みレチョーが添えられたブダペスト風ビフテキといったところでしょうか。 あっ、ワインがとってもおいしい!
夕刻に市内の旅行社IBUSZでルーマニアのクルージ・ナポカ行きの列車の切符をゲット。 これで明日の足も確保できました。
7月18日(火)
市民公園
午前中は緑豊かな市民広場付近をポタポタしたあと、西洋美術館でゴヤ、ベラスケス、ムリリョなどがある常設展を見ました。 ヴァザレリ美術館もそうですが、無料なのに感動。
さていよいよブダペストともお別れ、ルーマニアのクルージ・ナポカへと向かいます。 ブダペストの主要駅は3箇所ありますが私たちが向かったのは東駅ケレティです。 立派な正面玄関を入るとこんな感じ。
空港にあるような大きな案内板が頻繁に変わって列車を案内しますが、同時刻発の列車がいくつもあってどれに乗ったらいいのか良く分からない。 切符を見てもわからない。 地下の鉄道案内所で聞くと『大抵は8番線だけれど変わることもあるからね~』とのこと。 プラットホームには駅員はいない。 む~~どうしたらいい? とにかく8番線にと行ってみるとちょうど列車から乗務員が降りてきたところなので捕まえて聞いてみた。 どうやらこの列車でいいらしい。 ホッ!
さて問題は自転車です。 こちらの列車で自転車が積み込める(折り畳まないで)ものには時刻表などにその旨記載されているのですが、私たちの列車には記載がありません。 いつもの調子で『え~い、なんとかなるさ!』と乗り込みます。 国際列車だからか、運のいいことに荷物置きの棚がたっぷりしていたので折り畳んで無事にそこに収容できました。 こういう時はやっぱり折り畳み自転車に限りますね。
14:05 無事ブダペストを出発です。 簡易グラス(ペットボトル)のワインでカンパイ~!