スイス・サイクリングの3日目は曇り。 今日はウルネッシュからアッペンツェル・アルプスの最高峰ゼンティスに上り、アッペンツェルを廻って再びウルネッシュに戻る40kmの予定です。
サリーナは今一つ体調が優れないというので、バスでゼンティスの麓シュヴェグアルプに向かい、サイダーとオットマッターは自転車で出かけます。
『昨夜も鐘の音がガーンゴ〜ン響いて眠れなかった〜』 とオットマッターは少々寝ぼけ眼でスタート。 しかし郊外の見事な緑の草原を目にすれば、お目目パッチリ。
ウルネッシュの標高は840m、まだ丘陵地帯の中といったところにありますが、その南側には幾重にも山が折り重なっています。 今回の旅の目玉、大アルプス山脈がこのあたりから徐々に始まるのです。
目指すシュヴェグアルプは標高1,350m、10km少々で500mの上り、平均斜度5%といったところです。
遠かった山並みが近づいてくると、その真ん中に他の山々とはまったく違うとんがった山が現れました。 あれがこれから向かうシュヴェグアルプの先にあるゼンティスでしょう。
徐々に勾配がきつくなり、わっせわっせが始まると、高かった雲が急に近づいてくるようです。 高度が上がったからか、雲が下りてきたのかはっきりしませんが。
『お〜、きついぜ〜』 とサイダーが宣えば、
『こっちはついに、グランマ・ギアに入っちゃった〜』 とオットマッター。
『グランマ・ギアってなんだ〜』
『グランマってグランド・マザー、おばあちゃんのことさ。 おばあちゃんが使ういちばんちっこいギアのこと。』 どうやらアメリカでは前側の一番小さなギアをおばあちゃんギアと呼ぶらしい。
えっこらえっこら、わっせわっせ、と漕ぎ続け、ヘアピンカーブを一つ、二つ、三つとなんとか上り切ると、行く道の先には雲が立ち込めています。 その向こうに目をやると、
『な、なんだ〜あれは〜』
そこは左右も上も見渡すことが出来ないほどの壁! 上部は雲の中とはいえ、ものすごい絶壁です。 高度差は1,000m近くあるはずです。
その巨大な壁を見つめながらもう一漕ぎするとシュヴェグアルプに到着しました。 バスでやってきたサリーナと合流してロープウェイ乗場に向かいます。
ロープウェイ乗場にはゼンティスの山頂展望台のカメラモニターがあり、山頂の様子が分かるようになっています。 そのモニターはほとんど真っ白で何も見えません。 しかしせっかく来たのだからということで、ロープウェイで山頂に向かいました。
このロープウェイ、もの凄く速い。 豪快に上って下の大地があっという間に遠ざかり、耳は途中で痛くなり、半袖で十分だった陽気はロープウェイの中でさえ途中で長袖を羽織るほどになってきます。
山頂駅に到着すると寒い寒い。 あわててジャケットを着込み外に出ます。 ここの標高は2,502m。 動き回れば少し息がハアハアするのがわかるほどで、空気の薄さを感じます。 空は真っ白で案の定なにも見えません。
しばらく佇んでいると、雲がサーと流れて行き、ギザギザの山の稜線が見え出しました。
『お〜、みえたみえた〜』 と喜ぶ3人。 晴れていれば、これらの山の向こうに壮大なアルプスが見えるらしい。
山々の眺望を楽しんでいるところに、突然ハアハア、ゼーゼーという粗い息づかいが。 振り向くとなんとここの階段を駆け上がってくる人々が大勢います。 一体なにかなと思っていると、近くの人が説明してくれました。 山岳デュアスロン大会だそうで、なんとバイクはマウンテンバイク、そしてランはこの山を私たちがロープウェイに乗ったところから山頂までというとてつもないものです。 おどろき〜
しばし山頂で険しいアルプスの山々を眺めたあとは、麓でチーズ工場をちょっと見学。 そのあとサリーナはハイキングに、そしてサイダーとオットマッターは本日の第二章に突入。
第二章は、や、ヤギ道だ〜
シュヴェグアルプから、崖のように立ち上がるアッペンツェル・アルプスの下を這うようにして、東にあるヴァイスバッドに抜けようというのです。 周囲はご覧の通り、牛や山羊がのどかに草を食むだけで何もないところです。
右手は断崖、そこから急に穏やかになる肩の部分に一本の道が伸びています。 道はすぐに砂利道に。 緑の草原にはごろごろとした岩が転がっています。
しばらく行くと立派な標識が建っていました。 こんな辺鄙なところにもこんな立派な標識があるなんてと、少々驚きます。 その標識によればこの道はマウンテンバイクコースのようです。 しかしとにかく、アッペンツェルまでこの道は繋がっているのです。
しばらくは絶壁に沿った穏やかな道です。 時たまハイカーやバイカーとすれ違うくらいで、ひどく静かなところ。
『ここはとても気分いいね〜』 とまだ行く手を知らぬオットマッター。
しばらく行くと分かれ道に出ました。 私たちのルートは右手。 砂利道が上に向かって伸びて行きます。
『おっと、まった〜、本当に右に行くの? こりゃあヤギ道臭いぜ!』 とオットマッター。
『右らしいね。 少し上るけれどその後はずっと下りになるはずだから、なんとかなるじゃろ。。』 といつもいい加減なサイダー。
しかしこの道、すぐに激坂になり押し上げるにも滑ってなかなか進まない。 無口になるオットマッター。 しかも空はにわかに黒くなり、パラパラと冷たいものが落ちてきた。 さすがのサイダーも、
『牛道に雨じゃあかなわんな〜』 と思案顔。 しかし運良く、雨はすぐに上がってくれたのでした。 なんとか頂上まで達すると、道は穏やかになり、なんとか乗って進むことが出来ました。 こんな細い砂利道しかないところにも民家は点々と建っています。 そんな民家の軒先を道はかすめるように通って行きます。
道の真ん中に牛ががんばっています。 その鼻先をかすめるようにして通り過ぎたときは、ちょっと怖かった。
道はほどなく下りになり、周囲は草原から林に変わりました。 相変わらず砂利道で、しかも少し砂利が浮いているので慎重に下ります。 下って下って、ブレーキレバーを手が白くなるくらい握りしめて6〜7km下ったでしょうか。
ようやく舗装路に変わったと思ったとき、ちょうどそこにカフェがあり、人々がたむろしていました。 脇には水場があり近くの人なのか、きのこを洗っています。 どれどれ、と近づくオットマッター。
『お〜、こりゃあ松茸じゃあないか、いい匂い!』 カゴの中にはプクプク太った見知らぬきのこがたくさん入っていました。
松茸は匂いだけ味わってさらにダウンヒルを続けます。 林がようやく終わると視界が広がり、下に小さな村が見えてきました。
ようやく山間部を抜け、ヴァイスバッドに着いたようです。 この村で休憩を、とも思いましたが、雲行きがなにやら怪しいので、先を急ぎ、アッペンツェルに向かいます。
久々に平地を行くと、小さな教会のある村が見えてきました。 アッペンツェルのすぐ手前の村のようです。
シッター川を眺めてアッペンツェルの街中に到着。 ちょうどその時、空からは冷たいものが落ちてきました。 なんとかここまで雨に降られずに済みました。
街の入口にある橋からは、この地特有の曲線を帯びた切妻屋根の家が見えます。 スイスの人々は自国と自分の州をとても大切に思っているらしく、スイス国旗と州旗は主要なところには必ず掲げられています。
ここアッペンツェルは特にその傾向が強いようで、街中旗だらけです。 メインの通りに一歩入るとちょっとびっくり。 建物にはみな乙女チックなかわいらしい装飾が施されていて、色彩も鮮やかでにぎやか。
こんな建物が狭い通りに面してびっしり建ち並んでいます。 装飾は様々ですが、草花をモチーフにしたものが多いようです。
古い街には凝った造りの古い看板がたまにありますが、ここはすべての家に看板があるのか、と思えるくらい、看板も多く、そのすべてがとても凝ったものです。
通りはとてもにぎやかでした。 なんとこの日は音楽関係のお祭りなんだそうです。 何カ所かに設営された大きなテントの中では、楽団の演奏に合わせてダンスが繰り広げられていました。
お祭りということで、街中では多くの人が民族衣装を身に纏っていました。 女性はかわいらしいドレス。 男性は赤いベストに金のイヤリング。 男の子のイヤリングはこの子だけかと思ったら、後に出会う男子も皆していたので、これはどうやらこの地方の衣装の一部のようです。
女の子は素足です。 雨が降っていて冷たいだろうに、カゴを持ってあちこちに行っていたので、なにか儀式の最中なのでしょうか。
アッペンツェルで有名なのはここの街並とアッペンツェラー・チーズ、そしてもう一つはランツゲマインデ。 中世からおこなわれてきた直接投票の青空議会で、街はずれの広場で年一回、今もなお行なわれ続けています。 その広場はこの日はお祭りだったからか、駐車場になっていました。
街中の土産物屋の前に大きなカウ・ベルがぶら下がっていました。 ここスイスでは、今なお牛がこういったベルを首からぶらさげています。
テントの中の音楽を聴いたり、博物館を覗いたりして時を過ごしましたが、雨は止みそうにありません。 ここからウルネッシュまで走るのは諦めて、電車で移動することにしました。
アッペンツェルからウルネシュに向かう電車の窓からの景色は、一面うねった緑、ポツポツと建つ民家、その向こうに山並みというもので、とても素敵でした。 自転車で走れなかったのがちょっと残念です。
15分ほどでウルネッシュに戻ってきた私たちを迎えてくれたのは、カウ・ベルの音ではなく、宿の前の教会から響く鐘の音でした。
ガーンゴーンガーンゴーンガーンゴーン〜