早朝、眠い目を擦りながらクール駅に向かう。 今日は列車で大移動なのです。 ここクールはスイスで一番古い町であると同時に、かの有名な氷河特急の発着地でもあるのです。
プラットフォームで列車を待ているとバックパックの一人の若者が近づいてきました。 どうやら私たちの自転車に興味があるようで、メーカー名や値段やパッキングの仕方などを聞いてきます。 彼は旅行中の学生で、農家に滞在しながらあちこち回っているんだそうです。 日本では見かけないスタイルですが、いい旅ですね。
駅にはごっつい機関車に繋がれた赤い列車が停まっていますが、氷河特急の姿はありませんでした。 クール発の氷河特急は本数が少なく、昼頃までないのです。
私たちはフルカ峠を越える一番列車に乗り込みました。 この一番列車と氷河特急には自転車の持ち込みができないと時刻表にはありましたが、なんとまるごと1車両が自転車用でびっくり。 一般の車両には自転車置場がないという意味だったんでしょうか?
ゆっくり走り出した私たちの列車は、あの窓が大きな氷河特急ではなく、ごく普通のものですが一応Expressとあります。 所要時間も窓の外の景色も氷河特急と同じだからこれで良し。
しばらくこの列車はライン川のほとりを走ります。 ライン川には朝霧が立ちこめその両側には、遠い昔ここが氷河に覆われていた頃、その氷河が残した爪痕が鋭い岩肌となって立ち上がっています。 霧で写真がないのが残念だがその姿はなかなかのものです。
いくら眺めても見飽きない景色が続きます。 1時間ほどでディセンティスに到着すると、列車を乗り換えます。 これはここからいよいよ勾配がきつくなり、特別な機関車でないと上れないからです。
左右のレールの真ん中にもう一本、ぎざぎざのレールがあります。 これはラックレールというもので、機関車はこのレールに床下の歯車を噛み合わせて上って行くのです。
ここからいよいよ山岳鉄道といった気分になります。 急峻な山をこの私たちの赤い列車がゆっくり上って行きます。 近くを走っていたライン川は遥か下に去り、森林限界を超えた緑の草原には、山間から細い川が幾筋も流れ落ちてきています。
40分ほど上ると左手に大きな湖。 ここが氷河特急、この路線の最高地点、標高2,033mのオーバーアルプパスヘーエです。
この湖はいったいどこへ流れるのだろう、と思いを馳せるうちに列車は出発しました。
湖に沿う雪止めのトンネルを越えると、ほどなく列車は下り始めました。 ちらっと見える道路はヘアピンのようにうねっています。 そこを2人のサイクリストがエッコラエッコラと上っています。 お〜、すご〜。。
この後もサイクリストは次から次へと上ってきます。 いったいどこから上ってくるのでしょうか。 こういったサイクリストに声援を送っているうちに、列車はアンデルマットに到着しました。
アンデルマットは古くから交通の要所で、南北のアルプス越えと、この列車のルートと同じ東西の交通の交わる宿場として栄えていたらしいです。
そのアデルマットで再び列車を乗り換えます。 どうやらここでラックレール区間は終わりのようです。 かつてはこの先のフルカ峠を列車は上ったのですが、現在その難所にはトンネルが出来ていて、私たちの列車はそのトンネルをくぐり抜けるのです。
しかし氷河特急の『氷河』とはフルカ峠付近にあるローヌ氷河を指し、今では氷河特急とはいってもそれは名ばかりになってしまったのです。 そこでかつての路線の復活が望まれました。 その昔ここを走っていたSLをベトナムから買い戻し、2000年に『氷河』路線は復活しました。 これは今日の氷河特急とは別の路線として運営されています。
途中のレアルプ駅を通過する時、ちらっとこのSLの吐く煙だけを見ることができました。
15分間の長いトンネルを抜けると、そこはオーバーヴァルト。 東にはここの東西を分断する高い山、足元にはローヌ川が流れています。 山の東側を流れていたのはライン川、反対のこの西側はローヌ川なのです。 このローヌもライン同様に白く濁っていますが、ラインのように茶色くはありません。
朝一番の列車でやってきたので、今日は十分に時間があります。 そこでまずオーバーヴァルトの街でコーヒーブレイクです。 同じ列車でやってきたサイクリスト達がこぞって同じカフェにやってきました。 それにしてもこのあたりはサイクリストがとても多い。
オットマッターがバイクショップに寄ったりして、1時間近くが過ぎてしまいました。
『これじゃあ一本早い列車にした意味がないね〜』 などといいながら街を出ます。
そしてここで、オットマッターが財布がないのに気付く。 どうやらカフェに忘れてきたらしい。 慌てて引き返すオットマッター。 あ〜ぁ、これじゃあ予定時間より遅れてしまうじゃあないか!
ローヌ川のほとりで行き交うサイクリストを眺めながら、オットマッターを待つサイダーとサリーナ。 その横を氷河特急の展望列車が通り過ぎて行きます。 そこへ特急便でカッ飛んで戻ってきたオットマッター、無事に財布は見つかったらしい。 やれやれ。。
ローヌの谷は狭い。 幅は1kmほどしかなく、右も左も氷河で削り取られた山。 そして後ろには列車で越えてきたひと際高い山が見えます。 その雪を頂いた山を背後に、穏やかな起伏の砂利道を行きます。
道は舗装路から砂利道、そしてダートへと変わります。 無数のサイクリストが行き交うこの道は、固く締まっているので問題ありません。 こういった砂利道やダートはなかなか楽しいものです。
さほど急に見えないローヌ川ですが意外とその流れは早く、水面は激しく波打ち白い水泡を飛ばしながら流れてゆきます。
ここはヴァリス地方。 スイスの民家は地方により特徴ある形態をしています。 このあたりは木造の校倉造りで、屋根は単純な切り妻、長いバルコニーを持つ4〜5階建てほどの大きなものがあるかと思えば、石の鼠返しが付いたとても小さな倉庫のようなものもあります。
山間の谷を行くのでアップダウンは付きものですが、なかにはこんな平地もあります。 なんとこの隣は飛行場でした。 こんなところでは、
『お〜、こりゃぁいいぞ〜』 と飛ばすオットマッターでした。
山と草原と川が作り出す風景は素晴らしいけれど、人々が生活する村々があちこちに現れるのが、この景色をより魅力的にしています。 そこにサイクリストが加わると一段と魅力が増しますね。
とある村に入るとそこには見慣れぬものが。 どうやらそれはローヌ川に架かる橋のようです。 スイスの土木技術は昔から定評があり、中でも橋は有名。 これは規模も構造も大したものではないけれど、こういった屋根の付いた木造の古い橋がスイスにはあちこちにあります。
今日のこのコース、距離は短いものの、川あり草原あり山あり、ちょっとした林あり、舗装路あり、砂利道あり、ダートあり。
おっと、今度はダートだ〜
このルート、狭い谷を車を避けて作ったらこうなったというだけなのかもしれませんが、よほどのサイクリングの達人が造ったに違いない、と思わせるほど変化に富んでいて飽きさせません。 私たちは標高の高い方から低い方へ向かっているのでらくちんなのもポイントです。
例によって川面はいつも見えているというわけではありません。 つねにローヌ川に平行してその側を通ってはいるのですが、ほんの少し離れただけで川面は見えなくなってしまいます。 ここで何度目かのローヌとのご対面です。
ゴボゴボ波立つこの川はこのあとフランスに入り、肥沃な台地を作って地中海に流れ込んで行きます。 ヨーロッパ大陸の大河で地中海に注ぐのはごく僅か。 東にあったライン川が巡り巡って北海に注ぐのも信じられませんが、この小さなローヌが大河になり地中海に注ぐのも、ちょっと信じられない。 こういったところで、大陸ってのは日本とやっぱり感じがちがうな〜、って思います。
これまでほぼ平地を走っていた道は、あるところで方向を変えると穏やかながらも上りとなり、山側に寄って行きます。 ここは両側から山が迫っていて、平地には車の道一本しかないのです。 その車道は一本道だからそれなりに交通量があるのです。
この自転車のルートは車道を避けるべく設定されたものだと思いますが、このあとはかなりの山道になるはずです。 私たちはフィーシュに下ってしまったのでその大変さは味合わずに済みましたが。
ちょっとしたアップダウンを楽しみながら山の肩に沿って進むと、右下にフィーシュの街が見えてきました。 エルネンから急勾配の道を谷に下ってフィーシュに到着です。
いつもならここで宿に向かい即シャワーとなるのですが、今日はそうは行きません。 もう一仕事残っているのです。 ロープウェイでエッギスホルンに上りアレッチ氷河を眺めるのです。
高速ロープウェイでビューンと上ったエッギスホルン(標高2,869m)は素晴らしかった。 ロープウェイ駅を下りると、もうそこにはヨーロッパ最長にして最大といわれるアレッチ氷河が、バーン!
遥か彼方にはベルナー・オーバーラントの名峰ユングフラウやメンヒ、アイガーなどが見えています。 このアレッチ氷河はそのユングフラウに源を発し、ここまでえんやこらと流れてきているのだそうです。
氷河の中にある黒い筋はモレーンと呼ばれる堆石で、氷河により削り取られた岩屑や土砂などがたまったものだそうです。 ここではそのモレーンもごく小さなものですが、世界中にはこのモレーンの上にある都市もあるというから、びっくりです。
しばしこの氷河を眺め、山小屋で遅めのランチ。 スープと短冊切りのジャガイモをこんがり焼いたレシュティやソーセジのヴルストと簡単なものですが、この眺めを楽しみながらの食事は最高にうまい!
すばらしいランチのあと、エッギスホルンの山頂まで行ってみることにしました。 徒歩20分ほどで、アレッチ氷河がより良く見えるそうです。
ところがこの道、上り出してみれば途中から道がない! 後半はもの凄い岩場で、その岩をよじ上る感じなのです。 ギャー、とかオー、とか騒ぎながら黙々と山頂を目指します。
しかしそんな岩場にもなんときれいな花が咲いています。 生命というのはすごいですね。
そしてなんとか登り切った先は。。 これはもう、なにもいうことなし。 おっとっと、おっこちないようにね!