今日はマッターホルンを眺めながらのハイキング。 晴れるといいな〜
この日は木曜日。 なんと夏場の木曜日だけゴルナーグラート展望台に登るご来光列車があるのです。 これは行かなくちゃ〜、というわけでくっつきそうな瞼を擦りながら登山列車の駅に向かいます。
まだ真っ暗な朝5時過ぎ、駅にはすでに結構な数の人々が集まっていました。 登山列車というからせいぜい車両は一両か二両だろうと思っていたので、こんなに大勢乗れるのかな〜、とちょっと心配になりましたが、この列車、結構長い。 無用の心配でした。
5時半少し前に、私たちを乗せたご来光列車はゆっくりと動き出しました。 10分、20分と経つうちに、わずかに空が明るんできました。 右手のカラマツの木々の合間の先、暗闇の中から、ぼ〜っとマッターホルンが影のように姿を現します。 カラマツの林を抜けると左手にはいくつも連なった山々が。 時間とともに空は明るくなり、そこに加わる山の数も増えてきます。 トンネルを抜けるとマッターホルンがより近づいたように見え、右手に白いものを頂きに抱く山々が現れると、ほどなくゴルナーグラート駅に到着しました。 列車を降りると、マッターホルンもその稜線をくっきりと浮かび上がらせています。
駅から上方にある展望台までは歩いてすぐ。 しかしここは標高3,089m、登るのにハアハアしてしまいます。
ようやく辿り着いた展望台からの眺めは素晴らしかった。 待つこと5分。 東の空がファーと明るくなり、山々の稜線が一段とくっきりしてきました。 左端からミシャベル山脈の最高峰ドーム4,545m、テッシュホルン4,491m、アルプヒューベル4,206m、アラリンホルン4,027m、ギザギザ斜めの稜線はリンプフィッシュホルン4,199m、シュトラールホルン4,190m。
北側を望めば左にとんがったヴァイスホルン4,512m、遥か彼方にはローヌ谷の向こうのビーチホルン3,953mが朝焼けの中に浮かんで見えます。
南に目を移せば、朝焼けの空はオレンジから白に変わりつつ、急速にその領域を拡大してゆき、モンテ・ローザ4,634mの背後に廻り込んでいます。 モンテ・ローザの右にはグレンツ氷河の流れが見えます。
このモンテ・ローザはフランスのモンブランに次いでアルプスで二番目に高い山なのだそうですが、連峰の中にあり、形も丸っこいのでほとんど存在感がありません。
モンブランが『白い山』ならこのモンテ・ローザは当然『薔薇の山』かと思いしや、どうやら違って『氷河の山』という意味らしい。(とんぼの本 スイス・アルプスの旅 参照)
モンテ・ローザの隣のリスカム、双子のカストールとポリュクスの背後まで日が伸びると、ついにここでその隣のブライトホルン4,161mの山頂に朝日が当たりました。 このブライトホルンが、昨日自転車でツェルマットへ向かう途中、最初に見えた山なのです。
ここには3つの氷河が流れているのが見えます。 その一番遠くの氷河の上に、小さくぴょこっと飛び出した真っ黒な犬歯のような山が、ちびマッターホルン(クライン・マッターホルン)3,884m。
西に目を向ければいよいよ真打ち登場。 連山が多い周辺の山々と違って、一人孤高のマッターホルン。 その親玉マッターホルンの山頂が朝日を受けて僅かに赤く染まっています。
山頂だけの赤色が徐々に下がってきて、指をクイッと曲げたような先っぽ全体が赤く染まりました。 それまであちこちを向いていた展望台のカメラはすべてこのマッターホルンに向けられ、シャッターの嵐。
見る見るうちに日の当たる範囲が広がり、赤く染まっていた山肌はどんどん薄くなってゆきます。 30分ほどでこのショーは終わり。 マッターホルンのほぼすべてが燦々とした太陽の光を浴びるようになりました。
そのころ南側ではリスカム4,527mも輝きだし、モンテ・ローザとの間を流れるゴルナー氷河には、クレバス(割れ目)をはっきり認めることができるようになっていました。
一時間ほどアルプスのご来光ショーを楽しんだあとは、下のクルムホテルでマッターホルンを眺めながら朝食です。 ビュッフェ形式のなかなかリッチな朝食のあとはハイキング。 ご来光ツアーにはこのホテルでの朝食とガイド付きのハイキングが含まれているのです。
このコースは、ゴルナーグラートを出発しほぼ線路沿いにローテンボーデンまで下り、そこから線路を離れリッフェルアルプまでゴルナー氷河沿いを行くもので、29座の4,000m級の山々が楽しめるとのこと。
ハイキングの参加者は10名ほどで、イギリス人、ドイツ人、イタリア人、アメリカ人、日本人といったところ。 ガイドはイタリア出身のセプ(ジュゼッペ)氏。 彼はハイキングのガイドで山岳ガイドではないというが、マッターホルンには二度登ったことがあるそうな。
正面には青空を背景にそのマッターホルンが、バーン!
マッターホルンを目指してホテルの前の道を一歩踏み出すと、いきなり結構な勾配のボコボコ道。 ハイキングに慣れていない私たちは最初はドギマギ。 歩き方がわからない、どこを通ったらいいかわからない!
とにかくガイド・セプの行く後をそのままトレースして、歩き方も真似て、えっこらえっこらと下り始めました。 のんびり草を食む羊を横目に、足を取られないように慎重に進みます。
30分強、2kmほど進むと下に真っ青な小さな湖が現れました。 リッフェル湖です。
湖の中にマッターホルンの先っぽだけがぼんやりと映っています。 逆さマッターホルンの第一号です。 ここで立ち止まったセプから、アルプスの成り立ちや氷河の成り立ちといったものを聞き、再び先へ進みます。
徐々に大きさを増すマッターホルン。 太陽も十分高度を上げ、そのマッターホルンに燦々と光を浴びせかけています。 このあたりで見るマッターホルンの東壁は垂直に切り立って見えます。
湖から南側の山々を見ればこのよう。 マッターホルンにはほとんど雪がないが、こちらは雪と氷河で白く、きれいだ。
さらに歩を進めればもう一つ湖が。 どうやらこの湖もリッフェル湖と言うらしい。 こちらの湖面は先の湖より穏やかで、マッターホルンがほぼそのままの形で映り込んでいます。
このあと、道はゴルナー氷河が流れる大きく落ち込んだ谷のすぐ際を進むようになります。 相変わらず正面には親玉がで〜んと鎮座しております。
ふと気付くと道はいつの間にか、険しい岩場から少し土気の多いものに変わっていました。 足元にはこれまでなかった可憐な花々が咲いています。 森林限界と呼ばれる木々が生えることのできる高度のほかに、草花限界線もありそうな感じです。
道が少しふくらんだところでセプが停止し、ドイツ語でなにやら説明し始めました。 ドイツ語はちんぷんかんぷんなので英語で説明してもらうと、どうやら氷河のことを言っているらしい。 このすぐ下に流れるゴルナー氷河はここ数年は、年に35mも後退しているという。 このまま行けば10年で350m、あっという間になくなりそうだ。
ブライトホルンが迫るその谷を覗きに行きます。 滑ったら谷底に真っ逆さまというところを、希望者だけ募り進んでゆきます。 ここはちょっと足がすくみました。
遠くから眺めればきれいな氷河も、近づいてみれば、日影に取り残され解けることも許されずに埃まみれになった雪のように、その表面は薄黒い。
加えてその周辺には自ら削り取った岩などの削り滓が、灰色の醜い土砂のように溜まっていました。 この土砂のようなモレーンと呼ばれるものは、数年前まではほとんど見られなかった、それくらい氷河が後退してしまったのだ、という説明でした。
おぞましいほどの氷河の後退の跡を見た後もハイキングは続きます。
『おっと、そこの草の影にいつもならマーモットがいるんだかね〜、今日は顔を見せないね〜』
『あそこの岩の上、運が良ければシュタインボックが現れるんだ。』
この日はどちらも現れずじまい。 谷が大きくうねって進路を変えると、私たちもそれに沿って進路を変えてゆきます。 行く手に見えるのはマッターホルンから北に伸びる山々に変わってきました。
そして親玉は雪が残る北斜面を徐々に大きくして行きます。
足元に高山植物のなかでも最も有名なエーデルワイスを発見。 近年、この花はとても少なくなっているそうです。
エーデルワイスってすごく小さくて地味な花ですね。 こちらは日本にもあるようなツリガネソウの一種でしょうか。 青紫がきれい。
山の西斜面から北斜面に廻り込むと、下にツェルマットの街が見えてきました。 ツェルマットを含むマッター谷の様子が良くわかります。
距離にして7km、4時間近く歩いたハイキング・ツアーはここで終わりです。 ここからツェルマットまで下るハイキングコースを行くと1.5〜2時間ほどだそうです。 多くの人はそちらに向かいましたが、私たちはリッフェルアルプのホテルに向かいます。
リッフェルアルプには高級ホテルとレストランがあるのです。 私たちはイタリア・レストランで昼食をとり、午後もハイキングを続けるつもりなのです。
気持ちのいいテラスで食事をしていると、午前中には雲一つ掛かっていなかったマッターホルンが、パイプをふかし始めました。 『パイプをふかす』とは、イタリア側から吹いてきた風がマッターホルンに当たり、こちら側の山頂付近に雲が出ることを言うのだそうです。 言われてみれば確かにマッターホルンがパイプをふかしているみたいに見えますね。 こうなると、他の山々にも雲が湧き始めるのだそうです。
パイプの煙りを見て、私たちは午後のハイキングに出発しました。 午後は午前中とはまるで違うコースです。 マッターホルンを後ろに林の中を進み、フィンデル谷を回ってスネガまで行きます。 オットマッターは日焼けが心配とのことで、ここでリタイア。
リッフェルアルプのホテルから、まずはリッフェルアルプ駅に向かいます。 ここには駅とホテルを結ぶかわいらしいトロッコのような列車が通っていました。 その線路沿いを行くと駅です。 これまで木は生えていなかったのに、ここにきて突然周囲は松やカラマツの林に変わりました。 ちょうどこのあたりが森林限界のようです。
林の合間から、遠くにフィンデル氷河が見えてきました。
先のガイド・セプ氏によれば、この氷河の後退もすざまじいとのこと。 その氷河を目掛けて林の中のハイキング道を行きます。 日影があって涼しく、夏のハイキングにはいい環境です。 午前中の道は人一人通れるかどうかという、狭く、勾配もきつい道でしたが、こちらは広く穏やかで路面もきちんと整備されていて歩きやすい。
谷には一筋の川が流れています。 その川の周辺はご覧の通り、どこからこんな岩がやってきたのか、と思わせるくらいの大きな石が辺り一面に積み重なっています。 これも氷河のなせる技でしょうか?
林を抜け川に出ました。 フィンデル氷河から流れ出るフィンデル川です。 水はこれまでの川同様に白く濁っています。 遠くには源の氷河の姿もあります。
しかしここで妙な感じがしてきました。 よく考えれば、自然保護区のようなここに似合わず、川の北岸は土木工事でもしているのかな? と思えたのです。 川になだれ込むような灰色の土砂がずっと彼方まで続いているのです。
それがこちら。 高さ数十メートルに及ぶ灰色の砂利の壁です。 これはいったいなに?
氷河が残したモレーン(堆石)なのです。 アレッチ氷河ではただの黒い帯にしか見えなかったモレーン、ゴルナー氷河では対岸の壁に灰色の絵の具を塗ったようにしか見えなかったモレーン。 そのモレーンとは実はこんなものだったなんて。。
これが自然が作り出したものだとは到底信じ難い。
道はこのモレーンの端を上っています。 進めばまさに下は灰色の砂利なのだ。 どう見ても道路工事で敷いたような砂利が、陽の光を反射して白く見えます。
そこにさっそうとマウンテン・バイクで駆け上がってきたおじさん。 結構年配のご様子。 元気ですね〜 ここツェルマット周辺には、全長100kmに及ぶマウンテンバイクコースが設定されているというから驚き。
このモレーンを上り切るとグリンジー湖です。 林の向こうにマッターホルンがある、ひっそりとしたいい感じの湖です。 この穏やかな景色を眺めているうちに、下のモレーンの衝撃を忘れてしまいました。
ここからはフィンデル谷の北側を行きます。 左に落ち込む谷際の細い道になりましたが、穏やかで岩場もありません。 モージ湖でしょうか、硫黄泉のような緑白の湖を下に見下ろしながら、今度はマッターホルンを前に見ながら進みます。
そのマッターホルン、パイプをプカプカと吹かしっぱなしのようで、空には白い雲がたくさん。
午後の日差しは強く、木陰がないこの道はちょっとしんどかった。 しばらく行くと道は谷沿いを外れ、山側に逸れて行きます。 ちょっとした丘を上ると、そこには湖が。 ライ湖です。
『お〜、やった〜、湖だ!』 と洋服を脱ぎ捨て、バシャッと飛び込むは彼の人です。 近くの子供を連れたお母さんが、
『水、冷たい?』 と聞いてきます。
『全然冷たくないよ〜 おいでおいで。』 と子供に手招きするサイダー。 手を浸けて、ブルッというゼスチャーをするお母さん。
午後のハイキングの汗をこの湖で流したサイダーはサッパリ顔で、水に浸からぬサリーナはちょっとヨロヨロしつつ、この湖のすぐ上にあるスネガの地下ケーブルカー駅に向かいました。 そこから乗ったケーブルカーが凄い。 スイスの山岳の乗り物はみんな凄いけれど、この車両は出入り口一カ所につき座席が一列しかない。 そうしないと車両の中が階段だらけになってしまうからでしょう。 そして座席に座れば傾斜した天井しか見えないのだ。 線路の勾配は30度以上はありそう。 そこをまるでジェットコースター並みの速度で走り、高度差700mほどを僅か3分で繋ぐというしろもの。 恐れ入りました。
今日は運がよかった! ツェルマット初日にして晴れ、ご来光も拝めました。 ハイキングは前半と後半とまるで違う雰囲気で、これも丸。 マッターホルンを背景にして水遊びも出来たし、言うことなしです。
宿に戻ったら、ジャグジーに浸かりながら予備日だった明日の計画をしなくちゃあ。