スイス・アルプス・サイクリングを順調にこなしてきた私たちは、一昨日ベルンに予定の通り辿り着きました。 天候不順を考慮して二日の予備日を設けていたので、今日、明日の予備日をどう使うか? うれしい誤算です。 チューリッヒまで走ろうか? いやいやルツェルンはきれいな街らしいから、ルツェルンまで走って・・ 二つ三つ案はあったのですが、最終的にはインターラーケン付近で展望ハイキングをしようということになりました。
インターラーケンはベルナー・オーバーラントにあり、自転車でベルンに向かう途中に見えた高い白い山々に囲まれています。 そしてベルンからは列車で一時間と、意外と近いのです。 そのインターラーケン周辺でも特にハイキングコースが多い、ミューレンに行くことにしました。 お天気ならその上のシルトホルンの展望台からの眺めはすばらしそうです。
朝起きると空には雲。 残念なことに今日は雨模様です。 少し考えて、展望台はだめでも運がよければハイキングはできるかもしれないと、予定の通りミューレンへ向かいました。
インターラーケンで乗り換えた列車の窓にはポツポツと雨が当たり始めました。 あ〜〜あ。。と嘆きつつラウターブルンネンに到着です。 シルトホルン展望台に上るのであればバスでシュティヒェルベルクのロープウェイ乗り場まで急がねばなりません。 しかしどうみても展望台は無理。 ということで、とりあえずここのシュタウプバッハの滝でも眺めようと街外れに向かいました。
駅から南に向かって歩き出すころには雨は上がっていました。 シュタウプバッハの滝は駅から数分でその姿を見せます。 街からあまりに近いので少々びっくり。 300m近い崖の上から落ちる水の大半は霧になり、途中で岩に当たって砕け散った白い飛沫は周囲の岩肌に吸い取られて、この水はほとんどが下まで届かない。
シュタウプバッハの滝を眺めているうちに、空はわずかに明るくなってきました。 それならばこの谷を進んで、もう一つの有名なトゥリュンメルバッハの滝まで行ってみよう、ということになりました。
ここラウターブルンネン近くは谷が深く、左右はごつごつした岩肌をむき出した絶壁に囲まれています。 しかしハイキング道の先は谷が開けていて、白い雪を冠った山が見えています。 この白い雪山を目指して歩き始めました。
このあたりの山の上への物資輸送手段の多くはヘリコプターに頼っているようで、この曇り空の中を荷物を吊り下げたヘリコプターがあっちに行ったりこっちに来たりしていました。
谷の見返りはこんなふう。 谷間にポツポツと民家が建ち、草原の上には低く雲がたなびいています。 雰囲気としてお天気は恢復基調のようです。 やや恢復した空には先のヘリコプターとは違い、カラフルなパラグライダーが舞い始めました。
草原の中には一筋の川が流れています。 硫黄泉のように薄青く白く濁っています。 その川を渡り東の山の麓に辿り着くと、そこがトゥリュンメルバッハの滝です。
入口で切符を買うと道は山の中へと続いています。 近くに水が流れているようで、ゴーという豪快な音は聞こえるのですが、滝は影も形もありません。 少し上った先でエレベーターに乗りますが、このエレベーターが面白い。 斜度45度はあろうかというエレベーターとケーブルカーの間の子のようなもので、なんと建設は1912年とのこと。
そのエレベーターを下りると、山頂に出たかと思いしもどうやらそうではなく、山の中腹らしい。 あのゴーッという音が格段に増し、数歩進めばそこに、岩場をくり貫いたようなところに豪快に注ぎ込む滝が現れました。 この滝、その先はうねうねとうねったトンネル状の岩の中に消えて行きます。
足元は地響きのようにわずかに振動しています。
『お〜、こりゃあすごい〜』 と感嘆の三人。 しかしここで驚くには少し早すぎたのです。 ここからも道は上へ上へと続き、岩山の中へ導かれて行きます。 そこは裸電球だけの洞窟です。 足元は滑り、ごつごつした壁からは水がしたたり落ちるような洞穴の中を進んで行くと、耳をつんざくようなドドドドドーッという音。 そしてさっきは軽い振動だった地面はまるで地震かと思われるような揺れ!
この岩窟の中を滝が縦横無尽に駆け巡っているのです。 時には縦に落ち、時にはスパイラル、そして場合によっては真横に飛び出す。 写真ではほとんど表現不可能ですが、これは本当に凄い! 世の中に滝は無数にあれど、こんな滝は初めて見ました。 ビックリ眼、でんぐり眼を繰り返しつつ今度は下に下りながら、何層にも渡る水のショーを楽しんで外に出ました。
びっくり仰天のトゥリュンメルバッハの滝ですが、よくよく考えれば、地表に現れることは少ないけれど、地球の地面の中にはこういった水の流れがあちこちにあるに違いない、と思わせる、そんな経験でした。 ミシュラン三ツ星のこの滝、ジオポタも三ツ星です!
興奮しつつ地表に戻った私たちを待っていたのは、とても現実的な雨。 しばし滝の入口の休憩所でお茶をしながら雨が上がるのを待ちます。
半時間ものんびりしていると、その雨も上がったようです。 さてどうしよう? ここまで来たからにはとりあえずシュティヒェルベルクのロープウェイ乗り場まで行ってみよう、ということになりました。
谷の真ん中に戻り、川沿いの道を南に進みます。 草原からちょっとした林の中を通り、再び視界が開けるとロープウェイ乗り場です。
ここの周りでは西の山からも東の山からも滝が落ちています。 アルプスの山々の氷河から流れ出た川がこれらの無数の滝を作っているのです。
このロープウェイ乗り場の名前はシルトホルンバーン。 バーンは道や進路を指す言葉なのでシルトホルン行きの駅という意味ですね。
ここでシルトホルン展望台のカメラモニターを見ると真っ白、展望台からは何も見えないのです。 この雲が低いままでは展望台はダメだろうということで、ここで最終決定です。 展望台行きは諦めて、アーメントフーベルからミューレンまでのハイキングを楽しむことにしました。
いつもの通りロープウェイは豪快に高度を上げて行きます。 急斜面にへばりつくようにして建っている家々を横に見ながら、雲がどんどん近づきます。
ジンメルヴァルトで乗り継ぎ、ミューレンに着くとそこは意外と立派な村でホテルやレストランが軒を連ねています。 この村は一般の車が乗り入れ禁止になっているので街中に車はほとんどなく、静か。
そんな中の一軒のレストランで昼食です。 高度が上がったので、目の前には白い雪を戴いた山がいくつか見えています。 席に着くと間もなく雨がパラついてきたので屋外の席から半屋外のテラス席へと移動して、丁度お隣になった早期リタイア組のアメリカ人カップルの旅の話などを聞きながら昼食を楽しみました。
パラッときた雨も上がったところで、アーメントフーベルに向かいます。 ミューレンからアーメントフーベルへのケーブルカーは、緑の草原の山中にコンクリートの橋脚で浮かせた上を走っています。 この浮かせたあとの角度でも相当なもので、スイスの鉄道技術の一端を垣間見ます。
さてそのケーブルカーでアーメントフーベルに上がれば、そこにはでデ〜ンといくつも山が並んでいます。 あれっ、いつの間にか雲は退き、青空が見えます。 お天気だ〜
『お〜っ、なんか知らんがこの山、すごいね〜』 と山はど素人のサイダー。 近くの看板で確認すれば、これらは彼の有名なベルナー・オーバーラントの御三家、アイガー3,970m、メンヒ4,099m、ユングフラウ4,158m(写真左から)とのこと。
駅を降りた途端にこんな山々が見渡せるとは、おったまげた〜。。
このあたりにはたくさんハイキングコースがあるのですが、私たちはポピュラーで比較的歩きやすい、ノースフェイス・トレイルを行くことにしました。
『ヤッホー〜』 と叫びつつ、アイガー、メンヒ、ユングフラウを後ろにハイキングを始めます。 雨上がりで空気が特別に澄んでいて、気持ちがいい。
超有名どころのこれら三山は名前こそ聞いたことがあるものの、それに連なる山々はいずれも4,000m級にもかかわらず、まったく知らぬ名です。 ユングフラウから南にグレッチャーホルン3,938m(写真左端に僅かに見える)、ミッタークホルン3,895m、グロースホルン3,762m、そしてラウターブルンネン・ブライトホルン3,782m(ツェルマットから見えるブライトホルンとは違う)と連なります。 これらは山塊として、とてもきれいです。
ノースフェイス・トレイルは前半は西へ向かいます。 その西側への眺めは御三家のある東側とはまったく異なり、ちょっとのんびりした風景。 緑の谷から森林限界を越えた山へと連なっています。 この山の頂上には人工物が見えます。 これが最初上ろうと思っていたシルトホルン展望台です。 今ならこの展望台からの眺めもすばらしいことでしょう。
このシルトホルンに向かってしばらく進み、ぐるっとUターンするとルートは御三家のある東に向きを変えます。 ちょうど方向が変わる高台にレストランがあり、アイガーとメンヒを後ろにパチリ。
穏やかに下ってきた勾配はここから上り基調になります。 この日は午前中雨模様だったせいか、ハイカーはほとんど見当たりません。 なんとこんな素晴らしい景色をジオポタ(いえいえ今日ばかりはジオ・アルピニスト気分)の三人が貸し切りです。 あ〜、なんてすばらしい〜。 目の前に迫る山は手に取れそうなくらい近い感じなのです。
山というのは面白い。 空の雲はどんどん姿を変え、ちょっと歩くだけでも山そのものもどんどんその姿を変えて行きます。 それはもちろん、ここがそのユングフラウなどとは谷を一つ越えただけで、僅か数kmしか離れていないからです。 ここでは最初は気付かなかったユングフラウの裾野が大きく落ち込んで、すごい谷になってゆくのがわかり、その上には暖かくなる一方の地球の気候に抗して、かろうじて残っている氷河がいくつか見えます。
午前中に見たトゥリュンメルバッハの滝は、こういった氷河などから流れ出す水が作り出す地下の水路の一つがたまたま現れたものなのでしょう。 こういった氷河がなくなれば、トゥリュンメルバッハの滝も姿を消すことは疑う余地がありません。
標高が下がるにつれ、手前の山で隠れていたユングフラウの隣のメンヒとアイガーが再びその姿を表しました。 その手前、こんなところにも人家があるのにはちょっとびっくり。 世の中の不思議で人間ほど不思議な生物はいないでしょう。 どうしてこんな高所にまで家を建てるのでしょう?
目の前にはたなびく雲。 先の谷には一筋の川。 上には氷河の群。
ため息しかでない道をゆっくり下り続けます。 アイガーは北壁はまったく見えなくなり、変わりにユングフラウやメンヒの量傀から飛び出そうと上半身をひょこっと突き出しているように見えます。 その周りを白い雲が包み込んでいます。
今日はお天気じゃあないのが残念だと出発のときは思いましたが、なんのなんの、時とともに変化する雲、その雲のおかげで変化する山々が眺められるのは、快晴のときとはまた違った楽しみを与えられたようです。
徐々に高度が下がり、さっきまで目の前に見えていた雲は遥か高くに去り、一筋の川にしか見えなかった川には幾筋もの小さな川が流れ込んでいるのがわかるようになります。 他にもたくさんの川が谷に落ちて行くのが見えます。
道は急激に落ち込み、谷に吸い込まれそう。
ユングフラウから再び目を南にやります。 続く山々は白い雲に覆われつつもその頂を先ほどよりも明瞭にしています。 ここで心奪われるのは、それらの山々の手前に山が現れ、その手前にも山が現れ、そしてそれらの足元には輝くばかりの緑が広がるということです。 さらに草原の中程を横切る窪みには、はっきりとは見えないけれど小川が流れているはずです。
こういった幾重にも重なる自然に、スイス・アルプスというのを感じます。
この私たちが進んだノースフェイス・トレイルにはレストランもあり、そこへ物資を運ぶルートもあります。 しかし何度もいうようですが、そういったもの以外にも民家はあるのです。 こんなふうに。 こういった家は心強い味方のような気もしますが、やはりここでどういう暮らしをしているのか、ちょっと気になりますね。
山を眺め、谷を眺め、草原を眺めているうちに下にミューレンの街が見えてきました。 その向こう、さらに谷を隔てた先には例によってベルナー・オーバーラントの御三家、アイガー、メンヒ、ユングフラウが並んでいます。 ここから見るとミューレンが崖っぷちにあるのがよくわかります。
終盤は少々疲れてきたので、ノースフェイス・トレイルの最後をちょっとショートカット、舗装路になったところでその下を行く正規ルートへ入らず、そのまま舗装路でミューレンへ戻りました。
ミューレンでは子供たちのデュアスロン大会が開かれていました。 小さな子にはお父さんなのか、大人が並走して安全を確保しているようです。 ランもバイクも山坂で結構大変そうですが、スイスではあちこちでこういった催しが行われているようで、スポーツ文化の深い浸透が感じられました。
この日のノースフェイス・トレイルのハイキングは、ツェルマット周辺のそれとはまた違った味わいと楽しさがあります。 こちらの方が景色もコースとしても穏やかな感じですが、御三家を含む雄大で趣がある景観がすばらしい。