マリヴォー・ホテル
夜遅くにブリュッセルの空港に到着した私たちは、そこから列車で北駅まで移動し、タクシーでホテルに向かおうとしました。ところが駅前のタクシーの運転手、『マリヴォー・ホテル? それなら近いから歩いて行けるよ。次の角を曲がって真っすぐ・・・』と親切に説明してくれます。
目の前に客がいるというのに、これじゃあ商売にならないじゃあないか、と思いつつも、そんなに言うのなら歩いてみようかということで、スーツケースを引きずり、てくてく。この運転手の言うとおり、ホテルには10分ほどで到着しました。
チェックインしてシャワーを浴び、早々にベッドに入ります。
ノートルダム・デュ・フィニステール教会
さて、一夜明けた8月7日、ベルギーの初日は首都ブリュッセルの観光です。
明日からの自転車旅に備え自転車を組み立てたあと外に出れば、なんと朝8時の気温は14°Cと、猛暑の東京からは考えられない涼しさ。ホテル近くのカフェで簡単な朝食を済ませ、ブリュッセル観光の中心であるグラン=プラス(Grand-Place)に向かいます。
この通りはグラン=プラスの北西にある証券取引所(Bourse)の前を通る繁華街で、朝のこの時間帯は静かですが、日中は大変な人出となるところです。
ノートルダム・デュ・フィニステール教会内部
その中にノートルダム・デュ・フィニステール教会(Notre-Dame du Finistère)があります。18世紀のルネッサンス様式建築のようですが、バロック的な丸みを帯びたデザインが、ちょっとかわいらしい。
グラン・プラスへ入る小径
この道を進んで行くと、所々でグラン=プラスに建つ市庁舎の塔が見え出します。この塔はブリュッセルのあちこちから見え、シンボルタワー的な存在です。
その塔が小径の先に見えると、そこがブリュッセルの中心グラン=プラスです。この広場は中世から続くもののようで、そこに至る道はみんなこんなふうに細い。
市庁舎
グラン=プラスには立派な建物が並びますが、一際目立つのはこれ。
とにかくどこからでも良く見える塔を持つ市庁舎は15世紀の建築で、フランボワイヤン様式(後期フランスゴシック様式)。
市庁舎その2
塔の高さは96mあり、その先端にはブリュッセルの守護聖人、大天使ミカエルがいるようなのですが、これはほとんど見えないくらい。
『王の家』とギルドハウス
市庁舎の向かいに建つ『王の家(Maison du Roi)』は、12世紀ごろのパン市場の木造建築に起源を持ち、その後15世紀に石造となり当時の行政庁がおかれたようです。『王の家』の名称はその主がスペイン王になったからとのこと。
『王の家』
現在の建物は19世紀の再建でネオゴシック様式。
ギルドハウス
グラン=プラスには様々なギルドに起源を持つ建物も並びます。壁に飾られたレリーフなどがそれぞれの職業を表しており、建物にはそれにちなんだ名前が付けられています。(GRAND PLACE Bruxellesに詳しい)
『王の家』の横にあるものを紹介すると、左から、地方行政官の室(La Chambrette de l'Amman)、鳩 (Le Pigeon) --画家あるいは左官の組合、黄金の汽艇 (La Chaloupe d'Or) --仕立屋の家、天使 (L'Ange)、ジョセフとアンナ(Joseph et Anne)、鹿(Le Cerf)、といった具合です。
ギルドハウスその2
こちらは市庁舎の横で、左から、タボール山(Le Mont Thabor)、薔薇(La Rose)、黄金の木(L'Arbre d'or)--ビール醸造業組合、白鳥(Le Cygne)--肉屋組合、そして最古のギルドハウスである星(L'Étoile)。
白鳥のレリーフ
その肉屋組合のレリーフは白鳥。なぜ肉屋が白鳥なのかな。かつては白鳥を食べていた?
セルクラースの像
『星』の足元に人だかりがあったので行ってみると、そこには一体の像があり、みんななでなでしています。この像、一瞬、優雅に横たわる女性かと思いましたが、実は、14世紀にフランドル軍のブリュッセル占領から街を取り戻した英雄セルクラース(Éverard t'Serclaes)で、この像をなでなですると幸せになれると言われているそうです。
女性が横たわっているのではなく、ここで暗殺された死の姿のようです。
ガルリ・サンテュベール入口
グラン=プラスの一ブロック東にはもう一つの見どころ、ガルリ・サンテュベール(Galeries royales St-Hubert)があります。これは1847年設計のガラス屋根のアーケードです。もっとも有名なアーケードの一つに、ミラノのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガレリアがありますが、こちらの設計は1861年なので、ガルリ・サンテュベールの方が古いことになります。
ガルリ・サンテュベール
このアーケードは何もかもが美しい。
ガルリ・サンテュベールその2
見事なプロポーションと見事な装飾。
ガルリ・サンテュベールその3
ガルリ・サンテュベールは三つのゾーンからなり、肉屋通り(Rue des Bouchers)を挟んで繋がるメインとなる二つ、女王のギャラリー(Galerie de la Reine )と王のギャラリー(Galerie du Roi )があり、
ガルリ・デ・プランス
そして、王のギャラリーから分れる少し狭い、王子のギャラリー(Galerie des Princes )があります。
楽器博物館
グラン=プラスとガルリ・サンテュベール見たあとは、楽器博物館を訪れることにしました。
この建物は、元はオールド・イングランド百貨店で、アール・ヌーヴォー様式ということに興味を引かれたこともあるのですが、ここにはめずらしい楽器がたくさんあり、その音を聴くこともできると聞いたからです。
楽器博物館の鉄の装飾
外観は黒い鉄でできており、いかにもアール・ヌーヴォーの細やかで繊細な装飾が施されています。
中東の弦楽器
さて、展示されている楽器ですが、これは本当に興味深いものがありました。西洋の楽器でも古い木管のオルガンやオリヴィエ・メシアンの『トゥランガリーラ交響曲』で使われたオンド・マルトノ (Ondes Martenot) などはちょっと感動ものです。
しかし、なんといっても面白いのは見知らぬ国の楽器です。 アジア、アフリカ、南米と、ありとあらゆるところから集められた楽器が所狭しと並んでいます。展示品の一部はガイドフォンによって電子的にですが、その音を聴くことができるのが楽しい。
弦楽器の多くは中東あたりに起源を持ち、それが各地に伝わり、日本では琵琶や三味線に、ヨーロッパではギターやバイオリンとなって定着しました。その中東の楽器の中で、かなり興味を引かれたのがこれです。世の中に弓で弾く楽器は多いけれど、これはその弓に鈴が付いています。
白ビール二種
たっぷりと楽器鑑賞したら、屋上のカフェで昼食です。
ベルギーと聞いてビールが思い浮かぶ方がどれくらいいるのかわかりませんが、ベルギーはビールで有名で、日本でもベルギービールとして知られています。驚くことにベルギーの醸造所は100を越え、1000種以上のビールが造られています。
ビールは酵母の性格から下面発酵のラガータイプと上面発酵のエイルタイプに分けることができます。ベルギーでもラガータイプのものはたくさんありますが、一般的にベルギービールとして知られているのはエイルタイプのものです。今回の旅は、こうしたベルギービールを味わうのも楽しみ。ベルギービールリストという面白いペイジを見つけました。
ということで、まず食前酒に白ビールを二種。白ビールはその名のとおり白っぽいビールで、原料に大麦のほか小麦を使ったもので、ドイツのヴァイツェンが有名ですが、ベルギーの白はこれとは少し風合いが異なります。その主な理由は、コリアンダーやオレンジピールなどの香辛料が加えられており、また小麦麦芽だけではなく、生の小麦も使用して醸造されるからでしょう。
飲み口は爽やかで、軽やか。
オルヴァル
ベルギービールの分類の一つに修道院ビール(アベイ・ビール)というのがあります。かつては様々な修道院でビールが醸造されていました。しかし現在、それらのほとんどは修道院では醸造されなくなり、醸造を民間業者に委託するようになったのです。これらの総称が修道院ビールです。
こうした中、現在でも脈々と修道院内で醸造を続けているところがあります。これらはトラピスト会の修道院によるもので、修道院ビールとは呼ばずに、特別にトラピストビールと呼ばれます。このトラピストビールを名乗れるのは世界に数カ所しかなく、ベルギーにそのほとんどがあります。
私たちが大好きなオルヴァルも、そのトラピストビールの一つです。ビターで深い味わい!
あっ、ビールのつまみにはベルギー名物の一つらしい、北海で獲れる灰色の小海老のコロッケ(Croruettes aux crevettes)を。
公共レンタサイクル
午後はぶらぶらと寄り道しながらホテルに戻ります。
これは街角で見かけた公共のレンタサイクル。パリやバルセロナなどにあるのと同様のシステムのレンタサイクルがこの街にもありました。
楽器博物館近くにはたくさん美術館があります。王立美術館やベルビュー博物館もありますが、マグリット美術館を覗いてみることにしました。シュールレアリスムを代表する画家の一人とされるマグリットですが、実はこれまで、よくわからない、というのが本音だったので。
個人名を冠した美術館だけあり、若い時から晩年までの作品が一通り揃っていて、代表作もいくつか見ることができます。面白いのは、あの捕らえどころのない画風はかなり若い時から現れていて、同じようなモチーフがたびたび現れるということ。だからって、なにもわかった気にはならないけれど。
市庁舎の塔
ここからもあの市庁舎の塔が見えます。
ノートルダム・デュ・サブロン教会
マグリット美術館の先のノートルダム・デュ・サブロン(Notre Dame du Sablon)教会に入ってみました。
ノートルダム・デュ・サブロン教会内部
14世紀初頭に弓の射手組合というギルドによって建てられた小さな礼拝堂に起源を持つこの建物は、15世紀に市庁舎と同様のフランボワイヤン様式で建て直されたようです。
小さいものの整ったプロポーションで、内部のステンドグラスが見事。マグリットのあとで、ここは癒しの空間。
プチ・サブロン広場から見るノートルダム・デュ・サブロン教会
この教会の横あるのは、プチ・サブロン広場(Place du Petite Sablon)。
こちらも小さいけれど、ノートルダム・デュ・サブロン教会との関係が良く、緑があって気持ちのいい広場です。
プチ・サブロン広場の噴水
その中に小さな噴水があり、16世紀にスペインの専制政治に抵抗して処刑されたという、二人の伯爵の像が建っています。
プチ・サブロン広場を囲む像の一つ
この広場の周りには中世のギルド職人の像が48体立っています。これは絵描きさんでしょう。
古そうな建物
プチ・サブロン広場のすぐ横にちょっと古そうな建物がありました。この建物、周辺のそれらに比べ一段と背が低く、あちこちに壁がばらばらにならないようにするためのタイロッドの頭が見えます。
ノートルダム・デュ・サブロン教会とグラン・サブロン広場
ところで、プチ・サブロンと言うからにはグラン・サブロンもあるのでしょうか。果たしてそれは、ノートルダム・デュ・サブロン教会のすぐ北西にありました。
グラン・サブロン広場 (Place du Grand Sablon)の周囲はベルギーを代表するチョコレート店が並び、土曜と日曜に骨董市が立ちます。
グラン・サブロン広場の骨董市
銀の食器に陶器、ガラス器にアクセサリーなどが所狭しと並んでいます。この店は絵画とちょっとした置物が多いよう。
客で賑わう肉屋通り
いったんホテルで休んだあと、夕食に向かいます。
目指すはグラン=プラス近くの肉屋通り(Rue des Bouchers)と呼ばれるあたりで、かつてここには肉屋が集まっていたそうですが、時が移り、現在は大飲食街になっています。
満員の店先のテーブル
このあたりの賑わいは凄い。あらゆる店が軒先にテーブルを出しでいますが、そのほとんどがお客でいっぱい。
多くのテーブルには小さなバケツのような容器が置かれています。これは全部、ムール貝。
魚介の棚
ブリュッセルは海からは少し離れていますが、良く見れば、ここには魚介がたくさん並んでいて感激です。
シェ・レオンにて
私たちは肉屋通りの中にあるベルギー料理の店シェ・レオン(Chez LEON)に入りました。ここはホテルの方のお薦めの店で、それは偶然にもベルギー観光局のダミアンさんのお薦めの店でもありました。
まずは店の名を冠したビールで乾杯。
灰色小海老のトマト詰
食事は、明日から過ごすワロン地域のアルデンヌ地方は海から増々遠ざかることを考えて、ここは海の幸を。
まずは昼間コロッケとして食べた灰色小海老クルヴェット・グリーズ ( Crevettes Grises)のトマト詰(Tomates aux crevettes)。これはエビサラダとでもいいましょうか。こんな小さな海老でもちゃんと海老の味がします。もっと野菜が多くて、マヨネーズがないほうがいいけどね。
お決まりのムール貝
そしてここでの決まり事のようなものとなっているムール貝を。実は私たちはムール貝はあまり好きではない。だって、ムールは貝の中ではあまりおいしい方ではないでしょう。でもここのものは一味違うというので試してみたのです。
これはこれまで食べたムールの中で一番おいしかった。貝そのものはヨーロッパで食べるムールとあまり違わないように思うけれど、セロリやネギの入ったシンプルだけれど絶妙なソース。これが決め手ですね。
サン・ミッシェル大聖堂
このあたりから、アルデンヌ地方から戻ってきたあとのベルギー最終日の様子。
サン・ミッシェル大聖堂(Cathédrale Saints-Michel-et-Gudule)は、13〜15世紀のブラバント・ゴシック様式で、パリのノートルダム大聖堂に良く似てた一対の塔を持っています。
サン・ミッシェル大聖堂その2
全体にパリノートルダムを一廻り小さくしたような感じですが、パリがやや厳めしい感じがするのに対し、こちらはより優しく、瀟酒な雰囲気を持っています。
サン・ミッシェル大聖堂内部
内部は、高さに比べ柱が太く見え、さらにそこにある彫刻がゴシック特有の上へと延びる上昇するような空間指向を阻害しているようにも見えます。しかし、ステンドグラスはきれいだし、全体としてはたいへん立派なものです。
大賑わいのジュリアン君付近
プチ・ジュリアンとかマヌカン・ピスと呼ばれる、ブリュッセルの代名詞のような小便小僧付近は観光客で大賑わい。このジュリアン君には世界中から着物が送られてくるそうですが、この日は赤白青のトリコロールでした。
Eglise Notre-Dame des Riches Claires
Eglise Notre-Dame des Riches Clairesは17世紀のフレミシュ・ルネッサンス様式の教会だそうですが、この造形はユニーク。
聖ゲーリー・ホール
聖ゲーリー・ホール(Halles Saint-Géry)は、1882年に建てられたフレミッシュ・ネオ・ルネッサンス様式の屋内市場でした。第二次世界大戦のあとまで市場として栄えたようですが、1977年に閉鎖され、周辺の多くの建物とともに放棄されてしまいます。
その後この地区の再生計画が作られ、この建物は1999年に展示施設やカフェとして蘇りました。
聖ゲーリー・ホール内部
鉄の繊細な構造がきれい。
BrugsとAffligem Blond
ここで白ビールのBrugsの生と修道院ビールのAffligem Blondの生を。
旧証券取引所
19世紀の始めにナポレオンの命により設立されたブリュッセル証券取引所ですが、建物は19世紀後半のネオ・ルネサンス様式と第二帝国様式が組み合わさったもので、かなり立派。ロダンの彫刻もあります。なんとこの建物、この通りの景観改修工事の一環として建築されたというから驚きです。
サント=カトリーヌ広場近くのレストラン
お昼時、アルデンヌ地方から戻ってきた私たちが目指すは、やはり魚介のレストランです。アルデンヌはハムやチーズは素晴らしかったのですが、予想のとおり、魚介があまりなかったのです。
旧証券取引所の北にあるサント=カトリーヌ広場(Place Sainte-Catherina)付近にはシーフードレストランがたくさん集まっているというので行ってみました。
魚介皿を食す
飛び込みで入った店ではロブスターが人気のようでしたが、私たちはロブスターのスープと、さっと茹でただけの魚介の盛り合わせを。
クルヴェット・グリーズ
その中に、あの灰色小海老、クルヴェット・グリーズもありました。この海老は身だけではなく、殻もちょっと灰色がかっています。
ランビック・ビール
時間が飛んで夕刻、最後の晩餐に向かいます。その前にちょっと一杯。
ベルギーにはビールを専門に出すビア・カフェと呼ばれるものがあります。そうした中には何百種類も置いてある、Delirium CafやBier Circusといった店もありますが、私たちはホテル近くのA la Becasseに向かいました。
ここでやらなくちゃあならないのは、空気中に浮遊する野生酵母や微生物による自然発酵のビール、ランビックを飲むこと。実はこの日は、近くにあるカンティヨン醸造所(Cantillon Brewery)を訪ね、そこでランビックを飲むつもりでしたが、日曜日なのを失念していて果たせなかったのです。ランビックはベルギーの中でもこのブリュッセル周辺の僅かな地域でしか醸造されていないそうです。
ランビックにもいくつか種類がありますが、ここはグース(Gueuze)を。グースは、1〜2年以上熟成させたものと未熟成のものをブレンドし、瓶内で再発酵・熟成させたもの。なぜか壷に入れられて出てきたのはTimmermansのものとのこと。発泡は弱く、濁りがやや強く、かなり酸っぱい。やはり原始的な味です。壷で出てきたということは、もしかしてグースではなく素のランビック?
最後のビール
場所を変え、食事の友に、ブリュッセルのブラセリー・デ・ラ・センヌ(Brasserie De La Senne )の生と、ここから20kmほどのところにあるデンデルモンデ(Dendermonde)のカルメル会修道院のビール、カリメリッツ・トリペルを。
後者は大麦と小麦に加え、オート麦が原料として使われています。アルコール度数8.4%のこのビールは300年に渡り造り続けられたもので、独特のエレガントなグラスに注がれます。
夜の市庁舎
最後に夜のグラン=プラスの散歩を。
ブラバン公の館
夜の『王の家』
さて、次からいよいよワロン地域のアルデンヌ地方の自転車旅をお伝えします。