ラ・グラップ・ドールとチャペル
私たちがいるのは、フランス国境から僅か500mのところにあるベルギー最南端のトルニー村。
高台にエルミタージュと呼ばれている小さな庵とチャペルが建ち、そのすぐ下には有名なオーベルジュのラ・グラップ・ドールがあります。
水汲みポンプがある小さな広場
チャペルの横の道はエルミタージュ通りと呼ばれており、これを上って行くと、大きな真っ黒の水汲みポンプがある小さな広場に出ます。
チャペル裏の家
この村の家々の多くは土色の石で造られていますが、この石は柔らかく劣化しやすいのか、上から土だかセメントだかで補修してあるものも見られます。
エルミタージュを通してフランス方面を見る
さらに坂を上って行くと、エルミタージュの裏手に出ました。エルミタージュは『隠れ家』というような意味合いの言葉のようですが、小さな修道院のような施設にも良く用いられ、ここでは一人の修道女が自給自足で信仰生活を送っているといいます。
その横にはワインを作るための小さなぶどう畑があり、遠くにはフランスとの国境を流れるシエール川(La Chieres)と、その向こうのフランスの景色が見えています。
花々で飾られた建物
エルミタージュの裏でこの村はおしまいになるので、坂を下り、村の中の建物を眺めてみます。
花々で飾られた建物その2
どの建物もみんな、きれいな花々で飾られています。
大扉のある建物
アルデンヌはかつてより牧畜や農業が主産業で、古い建物は大抵、大きな扉を一つ持っています。
これは馬車などの乗り入れに使われたもので、その周辺は家畜用のスペースだったところが多いようです。こうした用途が必要なくなった現在は、そうしたところは改修され、車庫や居住のためのスペースとして利用されています。
共同水場に飾られた花
さらに坂道を下って行くと、村の中心あたりで小さな建物の前に出ました。
その前は、赤いきれいな花で飾られています。
ローマ時代の共同水場
外気に解放されたこの小さな建物は、ローマ時代の共同の水場だそうです。
建物の中には現在も小さなプールがあり、きれいな水が流れています。
水色の扉の家
この周辺の建物もみんなきれいで、ここは珍しく水色の扉。庭の植栽も見事です。
オレンジの瓦屋根
ここまでいくつもの村を巡ってきましたが、屋根は黒いスレート葺が多かったように思います。しかしこの村ではこうしたオレンジの瓦が多く見られます。
壁の石からもわかるように、このあたりでは瓦になる土が産出するのでしょう。
植物で覆われた建物
珍しく、生垣のある家が現れました。これはベルギーに来てから始めて目にするものです。
この建物の壁は大半が蔦で覆われています。これも比較的珍しい。大きな扉が二つあり、窓がほとんどないことから見ると、この建物は住宅ではなく、別の用途に使われているものでしょう。
ワイン蔵
こちらの建物の外壁にはワイン樽が吊り下げられていて、CAVEの看板が出ています。
ベルギーでもほとんどこの村でしか作られていないというワインの貯蔵蔵でしょう。
葡萄を持つ像
この建物の大きな扉の上には、葡萄を持った人の像が掲げられています。
聖母子像
こちらは別の建物の角にあった聖母子像。
ホテルの朝食
トルニー村の散策を終えて、ホテルのレストランで朝食です。
B&Bは朝食付きですが、一般にホテルでの朝食は宿泊料に含まれず別料金となることが多いのですが、この村にはカフェも食料品店もありません。ということで、ここでは朝食付きとなっています。ジュースにハム、チーズ、パンといったものが朝食の定番で、シリアル、ベリー類のジャム、ヨーグルト、果物など食べ放題です。
トルニーを出発
朝食付きは費用の面を別にすれば面倒がなく、ありがたい反面、デメリットもあります。多くの宿泊施設の朝食は、8時からで、遅い所は9時からということもあるのです。つまり、朝早くは出発できなくなるのです。ヨーロッパの夏は日没時刻が遅いので、朝遅く出、夕方遅くまで走ればいいだけなのですが、B&Bのチェックインは大抵18時までなのがネックになることがあるのです。
この日はB&Bに宿泊するので、少し早めに出発したかったのですが、朝食開始時刻が8時半だったので、少し遅めのスタートとなりました。
エルミタージュ通りの坂を上る
これまではベルギーの南端に向かって走ってきましたが、ここからは大きくUターンし、アルデンヌ地方を北上します。
まずはエルミタージュを横目に見ながら坂を上り、トルニー村の東端に出ます。
エルミタージュの先にフランスの丘が広がる
せっかくフランス国境の近くにいるのですから、ここでちょっとだけフランスを覗いて見ることにします。
村を出れば、西下がりの斜面地の中にエルミタージュが見え、その先の見えない国境線の向こう側にフランスの丘が広がります。
トルニーのぶどう畑
道端にぶどう畑が現れました。これがベルギーでごく僅かに生産されているワインのぶどう畑。
トルニーからフランスへ
右手にシエール川(La Chieres)の谷を眺めながら、まずはちょっとした上りです。
フランスのアルデンヌ
この上りが下りに転じると、どうやらここからがフランスのよう。
しかしフランスに入ったからといって、特別変わったことは何もありません。地図上の道路にD29Cの名が現れるくらいです。
フランスの森
シャレンシー(Charency)でD29に入ると、道はシエール川沿いからその支流のドルロン川(Le Dorlon)沿いを行くようになり、穏やかな上りとなります。
谷が狭まり、いつしか森の中へ。
フランスの麦畑
森を抜けると今度は畑の中。
フランスの丘を上り下りする
ワロン、アルデンヌは自然豊かで、そこを走る道もほとんどが車が少ないカントリーロードなので、自転車の旅としては最高のロケーションです。
畑の中を行くサリーナ
しかしそんなところでも注意しなければならないことがあります。それは村々がひどく小さいので、レストランや食料品店がどこにでもあるとは限らないということです。
つまり水を買ったり、食事をしたりする場所が限定されるということ。ですから基本的には出発地で、一日分の水と、途中にレストランがなくとも何とか凌げる程度の食料を仕入れるようにしています。しかしこの日の出発地にはミニスーパーなどはないので、朝食を少し余分にいただいて、補給食にさせてもらいました。ベルギーの水道水は飲めるので、水は問題ありません。
ラ・マルメゾン
フランスの最後の村、ラ・マルメゾン(La Malmaison)を過ぎると、畑から森に入り、ベルギーに戻ります。
ベルギー国境へ向かうサリーナ
ちょうど国境線上で上りが終わり、ベルギー側は下りに。このあと500mほど国境線上を走りますが、その後はフランスに戻ることなく、ベルギーのアルデンヌ地方を北上して行きます。
ベルギーの丘を行くサイダー
ベルギーに戻ったとたんに、これまで厚い雲で覆われていた空が開き、青空が広がるようになります。
牧草地の牛さん
その下で草を食む牛さんは気持ち良さそう。
サン=レミ
サン=レミ(Saint-Remy)を過ぎると、もうフランスからは離れたと思っていたのに、また1kmほど国境線上を走ります。このあたりの国境は複雑に入り組んでいるのです。
上りが始まる
鉄道の線路を越えると、また上りが始まったようです。ここから今日の終着地まで、上り基調となります。
広いアルデンヌの丘
森が遠ざかり、周囲は畑と牧草地に。またあの広いアルデンヌの丘になりました。
ミュシー=ラ=ヴィル
ミュシー=ラ=ヴィル(Mussy-la-Ville)に入りました。
この村にはレストランが一軒あったのですが、お昼には少し早いので、次の街に向かいます。
ロバさん
アルデンヌで一番よく見かける家畜は牛ですが、馬やロバもいます。馬にはスレンダーなボディーのいかにも競走馬らしきものと、もうすこしがっちりした馬とがいます。現在の農業で農耕馬を使うことはまずないと思いますが、こうした馬は何のためのものでしょうか。
そしてロバさん。この方はどうして飼われているのかな。愛玩用?
サン=レジェール
サン=レジェール(Saint-Léger)はちょっとした規模の街で、カフェやレストランがありそうなので、ここでお昼にします。
大きな街とはいっても中心部は数百mなので、自転車でちょろちょろと見て回ると、カフェらしきものがニ軒、ミニスーパーが一軒で、レストランはなし。
サン=レジェールのカフェ
近い方のカフェに入ると、ここで食事はできない、レストランは6km先、といいます。しかし簡単なピザならあるというので、これを昼食代わりにすることにしました。
簡単な昼食のあと、ミニスーパーで夕食の材料を買い求めます。今宵の宿のある村には、レストランもミニスーパーもないのです。
深い森に入る
サン=レジェールを出れば、そこは深い森で、4kmほど続きます。
この森の中で、突然雨が降り出します。こちらに来て始めて天気予報を見た時は、どう理解してよいのかわかりませんでした。いつでもどこでも、下半分が黒い雲の下に雨、その上にお日様マークなのです。アルデンヌのお天気は、一日のうちに、曇りとお天気そして雨があるのが当たり前、といったところなのです。
ヴァンス
この森を抜けるとヴァンス(Vance)で、ブイヨンを流れていたスモワ川を渡ります。ここでその川は、ほとんど小川といっていいものになっています。
この街角で乗馬を楽しむ人々に出会いました。ヨーロッパではまだまだ乗馬の文化が残っているところもたくさんあります。そういえば、ベルギーの自転車道の標識には、人、自転車に加え、お馬さんのマークがあるところも多い。こうしてみると、先ほど見た、ちょっとがっちりした馬やロバは乗馬用のものかもしれませんね。
丘の中の穏やかな上り
この道はアベ=ラ=ヌーヴ(Habay-La-Neuve)へと続きますが、ここで進路を北東に変え、『美しい村』の一つ、ノーブルサール (Nobressart) に向かいます。
牧草地を行くサリーナ
道は相変わらず牧草地の中の穏やかな上り。
雨はあがりました。
アシー
この牧草地の中にあるアシー(Hachy)を抜けると、
アシーとノーブルサール間の森
森が2kmほど続くようになります。
ノーブルサール周辺の牧草地
この森を抜ければ、きれいな、まるで芝生かと思うような牧草地が現れ、
ノーブルサールと美しい村の標識
美しく小さな村ノーブルサールに到着します。周囲の丘を見渡せば、複雑なうねりを見せ、段状になっているようにも見えます。
村の入口にはどこでも、写真の上にある村の名が示された標識があります。ここではその下に『美しい村』の標識も。大抵こうした標識の周辺は、きれいな花々で飾られています。
白い壁の家
ヨーロッパの街は大抵、かなり小さな村でも、ある密集した面で都市を構成します。しかしこのノーブルサールは、面ではなく線。面を構成するだけの人口がないのでしょう。この村の住戸は数えられくらいしかありません。
また、このあたりの主産業は農業や牧畜ですから、農村型の密度の低い集落なのです。
ノーブルサールを貫く道
そうしたノーブルサールを貫く道に沿って、淡いプラスターの壁にグレーのスレート屋根の家々が並んでいます。
伝統的な構成の家
木の格子窓、壁と異なる色で塗られた窓枠、干草小屋の小窓などが可愛らしいこの村は、1970年代から村の伝統を守る活動をしているそうです。
伝統的な構成の家その2
大きな扉があるところは納屋などで、大抵その隣に住居ゾーンが付いた構成のようです。納屋の上部は干し草置場になっているようです。
材木を運搬するトラクター
ノーブルサールを出れば、本日の宿泊地ルッフテモン(Louftémont)に向かうだけです。
ここで珍しく、農耕車に出会いました。木材を運搬しているトラクターのようです。
アンリエの森
ノーブルサールの先で、先ほど通った森のさらに深い部分に入って行きます。
このあたりはアンリエの森(Forêt d'Anlier)と呼ばれる自然公園の一部のようで、ここは4kmほど続きます。
ヴレサール付近
この森を抜けるとすぐにヴレサール(Vlessart)に辿り着きます。
数軒の民家がまばらに並ぶだけのこの村に繋がるようにして、西1kmほどのところに今宵の宿があるルッフテモンはあります。
ルッフテモンへ
右手の丘の上に何かよくわからない塔が見え出すと、そこがルッフテモンです。
ルッフテモンの教会
そして左手の下には教会の塔が見えてきます。あそこがルッフテモンの中心でしょうか。
この塔を横目に教会方面への道と直行する道を西へ向かえば、村外れにひっそりと建つ一軒の家が、私たちの今宵の宿です。このB&Bには目立った表示も何もなく、本当にこの家? という感じ。
ベル・ビュー クリーク
小さな鉄の門扉を開け、玄関の呼び鈴を鳴らします。しばらく待つも誰も現れません。実はこのB&Bからは、到着する一時間前に電話して、と言われていたのですが、寄るつもりにしていた大きな街アベ=ラ=ヌーヴに行かなかったので、電話できなかったのです。つまり、ここに今、人はいないかもしれないのです。
まあ、早く着いたことだし、場合によっては隣の家で電話を借りればいいか、と思っていました。ともかくもう少し様子を見てみようと庭先に廻ると、家の中で子犬がワンワン。あれ、犬はいるな、と思っていると、先ほどの呼び鈴は聞こえなかったようで、玄関の扉が開けられました。やれやれ。
出てきたのは感じのいい女主人で、私たちがアルデンヌを自転車で旅していると知ると、かなりびっくりした様子で、アルデンヌはとてもきれいだけれど、どこも坂ばっかりで大変でしょう、とねぎらってくれました。そして自転車なのを心配してか、夕食は予約してくれれば準備できたけれど、大丈夫か、と聞いてくれます。私たちは夕食の準備があることを伝え、もしビールがあるならもらいたいと言うと、にっこりして、もちろんあるわよ、どんなのがいい? と冷蔵庫から何種類か持ってきてくれました。
この中からオルヴァルとベル・ビューのクリーク(Belle-Vue kriek)をいただきました。ベル・ビューのクリークはフルーツ・ランビックと呼ばれるタイプで、野生酵母から自然発酵させたランビックに、酸味の強いブラック・チェリー(クリーク)を漬け込み、二次発酵させたもの。色はきれいなルビーで、泡立ちはクリーミー。チェリーの甘酸っぱさがあり、爽やかでサイクリングのあとにぴったりです。