スカイ島の三日目はポートリー(Portree)の北にあるトロッターニッシュ半島(Trotternish)を巡る。
そこは風光明媚なところとして知られ、クワラング(Quiraing)やオールドマン・オブ・ストー(Old Man of Storr)といったトレッキングにも最高なところがあるという。しかし今日の天気は曇りらしい。
いったんポートリーの街に出てミッジ・スプレーを購入する。ミッジ(midge)は小さなブヨのような虫で、こいつに刺されるととんでもないことになるのだ。
その後、時計廻りに半島を廻り出す。もしクワラングで晴れていたら、そこでトレッキングするつもりだ。まずは昨日やってきた道B885で、半島西のケンサレイア(Kensaleyre)にあるエア湖(Loch Eyre)を目指す。
走り出すと早々に、トロッターニッシュ半島を南北に貫く山塊、トロッターニッシュ・リッジが見えてくる。
クワラングはこの尾根のさらに北にあるのだが、ここから見える山々の山頂はいずれも雲の中だ。
道の周囲は草原。
ここは原野というより草原という言葉の方がぴったりくる。人家が近くにあるので、牧草地として多少人の手が加えられているのかもしれない。
ロン・アン・エイリアニック川(Lon an Eireannaich)に向かってなだらかに落ちる斜面では、羊がのんびり草を食んでいる。
黒顔さんだが、英国ではこの種がもっとも一般的だそうだ。
B885からカーボスト(Carbost)に抜ける道に入ると、前方の山に掛かっていた雲がだんだん落ちてきた。
この調子では山の上からの眺望は望めそうもない。しかしスコットランドの天気は非常に変わりやすいから、いい方向に変わることを期待しよう。
雲の変化を眺めつつ進むと、ロン・アン・エイリアニック川を渡る。
この川もまた他の川同様、黒い。
徐々に山の形が変わり、正面の山からは厚い雲が退き、山頂が見えてきている。
もっともこの山は低く、より高い山の頂は相変わらず雲に覆われているのだが。
内陸側は山が近付き、奥の山は手前の山に隠れて見えなくなっている。
この向こうの東海岸にはオールドマン・オブ・ストーを抱える山、ザ・ストー(The Storr)があるのだが、どうやらそれは見えないようだ。
ここに見えている山々はおおよそ標高300mほどしかない低いもので、山というより丘なのだが、トロッターニッシュ・リッジの最高峰ザ・ストーに限っては719mもある。
スコットランドの国歌はアザミだが、ヘザーもそこら中で見かける。ヘザーに良く似た花にヒースがあるが、それは春に咲くそうなのでこの赤紫の花は、たぶんヘザーだろう。
ヘザーはツツジ科の低木だが、その花はツツジとはまるで違うので、野山で見る限りツツジ科とは思わない。ところがこんなふうに道端に並んでいると、なんとなくツツジのように見えるから不思議だ。
カントリーロードが終わりA87に入ると、道端に民家が現れるようになる。ケンサレイアに入ったらしい。
左手には西海岸に続くエア湖が見えてくる。
いつの間にか道脇の湾はエア湖からスニゾート・ビーグ湖(Loch Snizort Beag)に変わっている。
小さな丘を上って下るとスニゾート・ビーグ湖の出口にある半島と、さらにその先にうっすらとウォーターニッシュ半島(Waternish)が見えている。
ウォーターニッシュ半島の上には低い雲がたなびいている。
その雲がぐるりとほぼ360度、私たちの周囲を取り囲んでいる。内陸の山の頂はたぶんあの雲の中だろう。
さらにひと丘越えるとちょっとした半島が見えてくる。
その付け根にあるのがウイグの村だ。
ここで振り返りウイグ湾の南西を見ると、小さな半島の先にウォーターニッシュ半島が霞んで見える。
一方、先のウイグ側の海辺には、丸い砦のようなものが建っている。スコットランドには古城がたいへん多いが、こんなところにもそれらしきものがあった。
ウイグのすぐ南でコノン川(River Conon)を渡るが、その奥にはフェアリー・グレン(Fairy Glen)という美しいところがあるようだ。その中に Castle Ewen という文字が見えるが、それとこの砦とは何か関係があるのだろうか。
天候によってはここからそのフェアリー・グレンに行くことも考えられるのだが、雲が退いて青空が広がってきているようなので、ここは当初予定の通りクワラングへ向かうことにしよう。
クワラングの上り口にあるウイグ村に到着。
ウイグはポートリー以北で唯一街らしいところで、アウター・ヘブリディーズ諸島へのフェリー乗場を始め、スカイ島ビールの醸造所やカフェがある。
Ella'sというちょっと洒落たカフェで一休み。ヴィクトリアン・レモネードとジンジャー・ビールという名のジンジャーエールのような飲物を試してみたが、どちらもまずまずの味だ。
カフェで休憩中、クワラングへ向かうかどうかの最終判断をする。
代案は北部の海岸線を廻るもので、そこにはスカイ島博物館があり古いクロフト・ハウス(croft house)が見学できるのだが、ここはやはり雲がさらに退くことを期待してクワラングへ上ることに決定。
標高0mまで下ってしまったので、ここからの上りはちょっときつい。
えっこらよっこらと上ってウイグ湾を見下ろす。
ここまで天気はまずまずで、ここの眺めはとてもいい。
問題はこの先、山に掛かっている雲がどうなるかだ。
クワラングはトロッターニッシュ・リッジの北にあり、そのトレイル・ヘッドまでは260mの上りだ。
海岸道を離れて山越え道に入ると、すぐ前に低く雲がたなびいている。この雲が去ってくれないと、クワラングへ上る意味がないのだが。。
道は谷間を行くので広大な眺めはないが、両側から落ちてくる山の穏やかな斜面が複雑な景色を作り出していて、結構気持ち良く上れる。
心なしか青空は僅かに広がっているように見える。
上り出してしばらくたつが、こんなところにも羊がいる。
ウイグからここまでは相当な距離があるが、牧羊家はどうやって羊を管理しているのか不思議だ。
道は Rha川の谷を上っている。その川がこれだ。
もちろんこの川も泥炭層から滲み出した有機物の影響で、黒い。
原野の中を黙々と上る。
Rha川は増々細くなり、今にもなくなりそうだ。
高度が上がってきた。ここまでの写真には写っていなかったが、ウイグを出てからも、山頂付近を覆っていた雲は退かず、そのまま居座っている。
周囲が霧っぽくなってきた。雲の中に突入したのだ。
先へ進めば進むほど、視界が悪くなってくる。気温も見る見るうちにどんどん下がってくる。
そんな中をどんどこ行くと、
Rha川の滝に出た。まさかこんな野っパラの中に滝があろうとは予想だにしていなかった。
この滝がある崖の向こうがトロッターニッシュ・リッジで、クワラングはこちら側にある。
この滝まで来るとクワラングのトレイル・ヘッドまではあと僅かだ。
心なしか緩くなったように見える坂道を上り詰めて行くと、道端に止まっている車が目に付き出す。
この峠道の頂点であり、クワラングのトレイル・ヘッドとなるところに到着したのだ。その東側にはこの写真にある'Cuith-Raing'と書かれた案内板がある。
Cuith-Raing はゲール語の表記であり、これはクワラングのことだ。
そして西側には『クワラング経由フローディガーリーまで2.8マイル』の標識がある。ハイカーが大勢やってきているようで道端には車がたくさん駐車してある。
クワラングにはスカイ島でも一二を争うトレッキング・コースがあり、険しい岩山の間から海峡を隔てた英国本島やトロッターニッシュ・リッジの見事な景色が眺められるという。
しかしご覧の通り今日は残念なことにここは雲の中で、ほとんど視界がない。
このクワラングの入口でしばし天候の変化の好転を期待して待ってみるが、風はあまりなく、雲が立ち去る気配はない。
残念ながらこれではクワラングをハイクしても仕方がないので、下界へ下ることに決定。
ここは岩山で道はその岩を強引に切り取って作られている。
ごつごつした岩肌を横目に慎重に下り出す。
最初のヘアピンカーブを過ぎると一瞬雲が退き、上の岩場が見えてきた。
ここはほとんど崖のような急激な斜面で、上は岩場、下の少し緩やかなところは植物で覆われている。その植物の間をごくごく小さな滝が落ちている。
ここで岩場を眺めていると突然、先にとんがり帽子の山が現れた。
ちょっと風が吹いてきたようだ。
雲は徐々に西の山側へと移動し、とんがり山の横にひだひだの崖も見えてくる。
これがクワラングだ。
少し下って見上げてみると、ひだひだ崖はとんがり帽子の先まで続いている。
岩の塊から亀裂の入った岩場となり、さらにそこからこぼれ落ちて分離したような岩場が、見事な景色を作り出している。あそこをトレッキングできたらさぞ素晴らしかったろう。
だがこの晴れ間は数分しか続かず、この素晴らしい景色はすぐにまた雲の中となってしまった。
ここはたとえ数分といえども、この景色を眺められたことを感謝すべきなのかもしれない。
クワラングが雲の中へ消えてしまったので、あとは一気に東の海岸線へ下る。ここに来て空は真っ白になってしまった。あの晴れ間は一体何だったのか。
下った先には英国本島とスカイ島を隔てる海峡があり、その先に英国本島がうっすらと見えている。
クワラングから下った最初の村はスタフィンだ。
ここにはレストランが数軒あるので、その一つで昼食をとる。
道端に真っ黒な羊がいた。顔が黒い羊は良く見かけるが、体全体が真っ黒なのは珍しい。
black sheepは『厄介者』という意味だが、これは、黒い羊はその毛を染めることができなかったので価値が低くかったことから来ているという。今は染められるようになったのかな。
トロッターニッシュ半島の東海岸には、いくつか見どころがある。その最初はキルト・ロック(Kilt Rock)だ。昼食後はまずそこへ向かう。
もうすぐそのキルト・ロックというところで、道脇にただ 'Museum' とだけ書かれた案内板が立っていた。その向こうに荒い石積みの家が見える。その入口付近に農機具や挽き臼が置かれており、このあたりの歴史や農業を紹介したミュージアムだとわかったので入ってみた。展示はほぼ予想の通りだったが、恐竜やアンモナイトの化石まであったのには驚かされた。
'Museum'のすぐ先にちょっとした駐車場が見えてくる。ここがキルト・ロックだ。キルト・ロックのキルトはスコットランドの民族衣装で、あのスカートのように見えるキルトのことだ。
それは海岸に続く断崖絶壁だった。今日は視界が悪く写真ではよく見えないが、なるほどキルトのような襞を持つ岩がかなりの距離続いている。その中に一筋の滝が落ちている。メルト滝(Mealtfalls)だ。
ここで写真を撮ってくださるという方がおられたので。
見学から戻ると、入口のところでキルトを纏った方がバグパイプを演奏している。この楽器はスコットランドでは一般的なグレート・ハイランド・バグパイプで、軍楽隊も使用している。その音はけたたましく、構造上演奏の途中で音を止めることができないので、ずっと鳴りっぱなしだ。
この方は左利きのようで、通常とは逆の右側に楽器を持って演奏している。動画(45" 音声:あり)
キルト・ロックの次はアン・レスイル(An Lethallt)だ。
ここはアブハイン・アン・レスイル川の谷で、両岸の断崖が海へと続く。
こうした要所には、Staffin Ecomuseum による案内板がある。それによると東海岸には13のポイントが設けられ、それらを繋ぐルートが設定されている。この案内によると、次のスポットは Tobhta Uachrach だ。
Tobhta Uachrach もまた、海岸線の構成美だ。
緑に覆われた台地が海に落ちて行き、あるところではそのまま海となり、あるところでは緑の絨毯を敷いたような平場を作っている。
Tobhta Uachrach を出るといよいよオールドマン・オブ・ストーだ。
前方に立ちはだかるのがトロッターニッシュ半島の最高峰、ザ・ストーだ。
海岸から立ち上るその姿は、見る場所によりだいぶ異なる姿となる。
ここからはてっぺんが真っ平らに見える。
ぐっとその裾野まで近付くと、この山もまた岩の塊であることがわかり、その表面はうっすらと緑で覆われてはいるものの、荒々しい凹凸が見て取れる。
稜線の真ん中から飛び出した、剣の先のような姿のものがオールドマンだ。
道が廻り込んでザ・ストーを北東から見上げると、ごつごつした岩襞が連続する。
さらに進んで真東になると、上部の岩襞の下に細長い岩が立っているのが見える。これがオールドマンだろう。
オールドマンは日本語にすれば『老人』となるだろう。この岩は見る角度によっては人のように見えるといい、ずっと昔からここに立っていることからオールドマンと呼ばれるようになったらしい。
ここにもいいトレッキングコースがあるようだが、すでに17時を回っているのでこれは断念。
オールドマンを過ぎると先に頭が平らな山が見えてきた。いやこれは標高300mほどしかないので丘と呼ぶべきかもしれない。
この丘は地図では気が付かなかったのだが、レザン湖の東の海辺にあるもので、ポートリーまで続いている。
そしてこちらがその丘の西にあるレザン湖(Loch Leathan)だ。
スコットランドのLochは湖以外に細長く入り組んだ湾や海峡を指すこともあるが、これは紛れもない湖だ。
道はレザン湖とザ・ストーの間を抜けて進む。
振り返ればレザン湖の向こうにザ・ストーが見え、その右端に鋭い釘のよう尖ったオールドマンが立っている。
レザン湖は細い水路を経てファーダ湖(Loch Fada)に繋がる。それを過ぎるとあとはポートリーへ向かうだけだ。
先にスリガチャンにあるスガー・ナン・ギリアン(Sgurr nan Gillean)が見えている。あの山は本当に特徴がある山だ。
例の海側の丘とトロッターニッシュ・リッジの南端との間の谷を進んで、ポートリーに入る。
ポートリーの湾は Loch Portree と表記するのでポートリー湖となるが、これは海の入り江だ。
ポートリーはスカイ島観光の拠点の街で、この時期は定員オーバーの観光客で賑わう。昨日は夕食を食べ損ねそうになったので、この夜はレストランを予約して、おいしいシーフードにありつくことができた。
さて、明日はスカイ島を離れマーレーグまで戻り、そこから蒸気機関車ジャコバイト号でフォート・ウィリアムへ向かう。