スコットランドの旅の最終日は幸運にも晴れだ!
今日は二つイベントがある。一つはエディンバラの郊外にある、世界遺産にも登録されているフォース橋を観に行くこと。もう一つは、夜、エディンバラ城の入口のエスプラナード広場で行われる、ミリタリー・タトゥー(The Royal Edinburgh Military Tattoo)を鑑賞することだ。
まずはフォース橋へ向けて出発。宿はホリールード公園(Holyrood Park)のすぐ近くなので、その公園内を廻って行くことにする。
石畳の道を行けば、木立の向こうに真っ青な芝生かと思われるような地面が見えてくる。ここら一帯がアーサーズ・シート(Arthur's Seat)を中心としたホリールード公園だ。
『アーサー王の王座』を意味するアーサーズ・シートは250mほどの小高い丘で、その外周をクイーンズ・ドライブが通っているので、これで半周することにした。
アーサーズ・シートの北からクイーンズ・ドライブは緩い上り坂になる。これを上って行くとちょっとした池があり、白鳥が浮かんでいる姿が目に入る。
池の先にアーサーズ・シートのてっぺんが見えてきた。あそこがエディンバラで最も高い地点だ。ここは三億年前には火山だった。
アーサーズ・シートには下からハイキング道があり、観光客の多くはそのハイキング道を使って登ってくる。一方、クイーンズ・ドライブは車も通れるが、その主な利用者はジョガーとサイクリストのようだ。
アーサーズ・シートの南に出ると視界が開き、南西にペントランド・ヒルズ・リージョナル・パーク(Pentland Hills Regional Park)の丘が見える。
さらに進むと『ソールズベリーの崖(Salisbury Crags)』が現れ、その左手の彼方に、エディンバラ城と教会の塔のようなスコット記念塔(The Scott Monument)が見えてくる。
ソールズベリーの崖の横まで来たら、エディンバラ城目掛けてホリールード公園を下り、市街地に入る。
クラーク・ストリートを渡り、ザ・メドーズ(The Meadows)に入れば、ここもとても広い公園だ。
気持ちのいい歩行者と自転車用の道がその中を通り抜けている。道の両側には木立、その先は何もない原っぱ。
ザ・メドーズの隣にはブランツフィールド・リンクスというゴルフ場がある。これがエディンバラの真ん中だから恐れ入る。
その先にすくっと建つ塔は、バークレー・ビューフォース教会。
振り返ればゴルフ場のきれいな緑の絨毯の先に、先ほどまで走っていたアーサーズ・シートが見える。
ブランツフィールド・リンクスから北上すると、エディンバラ城の南東に出た。
この城はロイヤル・マイルからアプローチすると高台に建っていることがわからないが、こうして見るとまさに天然の要害の地にある。
お城の西を廻って進むと、プリンシズ・ストリート・ガーデン(Princes Street Gardens)に出る。
この公園はお城のすぐ下と線路を越えた北側のゾーンに分かれるが、ここは北側でプリンシズ・ストリートに面している。
ここで振り返ると、お城がとんでもない高さにある。城の南面より北面の方が高低差が大きいのだ。
プリンシズ・ストリートの北側は新市街だ。新とは言ってもその歴史は18世紀後半まで遡る。
ジョージ・ストリート(Georg St)はその新市街の背骨で、東のセント・アンドリュー・スクエアと西のシャルロット・スクエア(Charlotte Square)を繋いでいる。
そのジョージ・ストリートのシャルロット・スクエアの突き当たりに建っているのが、ドーム屋根を載せたウェスト・レジスター・ハウス(West Register House)だ。
この周囲にはアダム様式の建物が建ち並んでいるが、中でもこの地区を計画したロバート・アダムス(Robert Adam's)によるスクエア北側のジョージアン・ハウス(Georgian House)が見どころとされている。
シャルロット・スクエアは文字通りスクエアで四角形だが、その北には円形もしくは楕円形の広場を持つ空間がいくつかある。
これらは建物が閉じた広場を囲んでいるという点ではスクエアと同じだが、雰囲気はだいぶ違い、より柔らかで親密な感じがする。
円形の広場をいくつか通って出たのはストックブリッジ。
リース川(Woter of Leith)に架かる橋の先には右手に時計塔を持つ建物が、その奥の左手には真四角の平面に三角帽子の屋根を載せた塔が建っている。
この橋の手前のサンダース通り(Saunders St)に入ると、次のディーン橋(Dean Bridge)からリース側沿いは遊歩道になる。
木々に囲まれたリース川は静かな流れだ。
この遊歩道を進んで行くと、セント・バーナードの井戸(St. Bernard's Well)がある。18世紀の半ばにここで泉が発見され、それを井戸としたらしい。セント・バーナードは当時この近くの洞穴に住んでいた人の名だそうだ。
当時は水を飲むことは健康に非常に良いことだとされていたようで、多くの人々がここに水汲みにやってきたという。だがその水は、どうやらあまりうまいものではなかったらしい。この建物の中にはギリシャ神話で健康の維持や衛生を司る女神ヒュギエイアがいる。
ひっそりとした川沿いの道をなおも行くと、ディーン・ヴィレッジ(Dean Village)に出る。
ここはかつて穀物の製粉で栄えた村で、たくさんの水車と穀物倉庫があったらしい。現在はそうした施設の多くがフラットになっている。
ここの中心はウェル・コート(Well Court)で、その横の道を入るとリース川に出る。
そこに架かる橋からの眺めはなかなかいい。
19世紀の終わり頃建てられたウェル・コート。その中で一際高いのは時計塔だ。
ディーン・ヴィレッジの先のリース川沿いにも遊歩道は続く。しかし、橋のすぐ先に通行止めらしき表示が。
その表示の前でどうしようか考えていると、加藤登紀子さんの若い時にそっくりな、ロスから来たというアーティストっぽいある雰囲気を持った女性が、この先で小さな崩落があるけれどそれはごく狭い範囲なので行けるわよ。という。
その言葉を信じて進んでみることにした私たち。彼女の言うように、通行止めの原因の場所は、崩落というより道に土が僅かに流れ込んだだけで、難なく越えられるものだった。
だがこの遊歩道はちょっとワイルドだ。昼でもかなり薄暗く、夜ならここを行くのはかなりためらわれるだろう、そんなところだ。
森の中をどんどん行くと、少し開けたところに出た。
だがこの開けたスペースはごく一部で、すぐにまた暗い森の中を行くようになる。
リース川の遊歩道が終わるとA8に出る。A8はヘイマーケット駅のすぐ北を通る幹線道路で、このあたりにはローズバーン・テラスやウェスト・コーツという名が与えられている。
ここからA8の上を横切っている、英国の自転車道(National Cycle Network)の1号線に入る。
自転車道1号線は、南はドーバーから北はシェトランド諸島までの長大なネットワークを築いている。National Cycle Network は、そのすべてが自転車専用道というわけではないが、ここは自転車と歩行者だけの空間だ。
木々に囲まれ、外部から遮断された気持ちのいい道が続く。
クイーンズフェリー・ロードをくぐると、NCN1号線からローカルな自転車道が分岐する。NCN1号線はフォース橋が架かるクイーンズフェリーへと続き、ローカル自転車道は海へと続いている。
私たちはフォース橋へは海からアプローチすることにし、ローカル自転車道を行く。
グラントン(Granton)でウェスト・ショア・ロードを渡ると海だ。いや、ここはまだ川かもしれない。
いずれにしてもこのあたりがフォース川と海の接点だ。
左手に視線を移すと、狭まった水面の先に赤い橋が架かっている。あれがフォース橋だ。
その先には白い斜張橋も見える。こちらはフォース道路橋の先に建設中の新しい橋だ。
海辺には道があり、これを辿って行くとフォース橋に辿り着く。
ここは特に自転車道ではないようだが、ほとんどそんなもんだ。
穏やかなカーブを描く海岸線の先に干潟が広がるようになる。
その中に見える小島はクラモンド島(Cramond Island)で、あそこまで歩いて渡れるようだ。
そのクラモンド島のあたりまでやってきた。ここの海岸はかなり広い干潟で、クラモンド前浜(Cramond Foreshore)という名が付いている。
ここには干潟には付きものの、千鳥のたぐいがいっぱい。
クラモンド前浜の先に流れ込むのはアーモンド川(River Almond)。
その川面には小型のヨットがたくさん浮かんでいる。
アーモンド川沿いはまたまたワイルド・ロードとなる。細い地道を行くと、遺跡ともただの廃墟とも見える建物の残骸があり、その先は人の背丈ほどの階段だ。
階段脇のアーモンド川を見れば、こちらにも段差がある。
薄暗くちょっと寂しい道を進んで行くと、ついに道はなくなったかに見えた。しかし横に上に上る階段がある。
ここは川辺まで崖が迫り、下のパスが通せなかったからか、崖を利用して上から降りてくる階段を造り、それをパスの一部としたらしい。
橋に出た。そこの川面はまるで鏡のようだ。
ここはほとんど流れがなく、その上スコットランドの川はみなそうであるように、この水もまた黒いので、より反射が強く、水面が鏡のようになるのだ。
アーモンド川の対岸からNCN76号線に入る。
ここにはスコットランドでは珍しく、麦畑がある。
道はいつの間にかゴルフ場に入ったらしい。
日本のゴルフ場を自転車が走っていたら大騒ぎになるだろうが、こちらではなんのことはない。そこには誰もいないし、仮にいたとしても敷地が広大だから、道まで球は飛んで来ないのかもしれない。
ゴルフ場の先にはお城が建っている。このダルメニー・ハウス(Dalmeny House)はローズベリー伯爵の家で、どうやら現在も個人の所有らしい。19世紀の前半にゴシック・リバイバル様式で建てられたこの建物は、また、スコットランドで最初のチューダー・リバイバル様式の建物でもある。
おそらく、先ほどのゴルフ場もこのあたり一帯の庭園もすべて、この家が所有しているのだろう。
ダルメニー・ハウスの前から道は、より海側の森の中へ入って行く。
この森は薄いが、海は時々ちらっと見える程度だ。
木々の合間から赤いフォース橋がちらちらと見え出す。
その木々がなくなり、森を抜けると、真ん前にバーンと鉄の赤いかたまりが出現する。
フォース橋は巨大だ。そして圧倒的な鉄の量。『鋼の恐竜』の別名の通りだ。
この橋は鉄道橋で、ひっきりなしに列車がやってくるが、それがみんなアリンコのように見える。
19世紀の末に完成したフォース橋は、全長2,530mのカンチレバートラス橋だ。カンチレバーの支間距離は521mで、建設当時は世界最長、現在でも世界第二位の長さだという。
当時、テイ橋をはじめとし、いくつもの橋が強風により崩落したことから、この橋は風の影響を考慮して設計されたというが、それにしてももの凄い鉄の量だ。
フォース橋に並行して架かる吊り橋はフォース道路橋。この橋ができたことにより、赤い鉄道橋を『フォース鉄道橋』と呼ぶこともある。
フォース道路橋のさらに向こう側には、新しい斜張橋が建設中である。ごつい鉄道橋を見たあとでこれらの橋を見ると、これらがどれほどスレンダーに感じることか。
鉄道橋を間近でたっぷり眺めたら、クイーンズフェリーで昼食だ。クイーンズフェリーは小さいながらも、歴史を感じるいい村だ。
村の入り口付近に鉄道橋が良く見渡せるイタリアン・レストランが見つかったので、そこでしばし寛ぐことにした。
クイーンズフェリーからは道路橋へ向かう。
フォース道路橋に上って鉄道橋を真横から眺め、さらにそれを渡って対岸のノース・クイーンズフェリー(North Queensferry)駅から列車に乗って、鉄道橋を渡るのだ。
フォース道路橋は車だけでなく、当然、人も自転車も通れる。どこかの国とは違うのだ。
この橋も鉄道橋同様2.5kmもあり、直線だから先まで視線が通っていて、かなり長く感じる。もっともこの2.5kmを渡る間は、隣の鉄道橋をゆっくり眺められる。
どうです、すごく長く感じるでしょう。
フォース橋は、三つあるカンチレバーの高さは104mで、長さは415m。それを繋ぐガーダー橋の長さは106mで、満潮時の海面からの高さは46m。
スコットランドの20ポンド紙幣の一部には、このカンチレバー橋の原理を実演した写真が載っているそうだが、そのガーター橋の部分に座っているのは、当時、工事監督だった渡邊嘉一だ。
この時は運良く橋の改修はされていなかったが、この橋はよく改修中の写真を見かける。ペンキを塗っても塗っても終わらず、終わってもまたどこかが剥げている。そんなことからこちらでは、いつまでたっても終わらないことを、『フォース橋にペンキを塗る』というそうな。
とにかくこの橋は、どこから見ても迫力がある。
2.5kmの間、フォース橋のプロフィールを眺めたら、道路橋から下ってノース・クイーンズフェリー駅へ。そのフラットフォームに立つと、線路の先に異様な姿の鉄道橋が見える。
橋の下や道路橋から見ると、橋まで遠いが、ここからは驚くほど近くに見える。カンチレバー橋の末端にある柱が、とてつもなく巨大なのに驚かされる。
さて、列車に乗ってフォース橋を渡る。
柱をくぐり抜け、赤くてごつい鉄骨が交差する中を進んで行く。下にはインチガービ(Inchgarvie)という小さな島が見える。
列車の一番前か一番うしろで、線路が見えるところに陣取ればまた違ったかもしれないが、列車の速度が早く鉄骨まで近いので、窓際を赤い色が矢のように飛び去って行くだけで、構造がよくわからない。この橋はやっぱり外から見た方がいいだろう。
ともかく、フォース橋は素晴らしかった。
エディンバラに戻ったら、スコットランド最後の晩餐に出かける。夜の部のミリタリー・タトゥーがあるので、お城の近くのシーフード・レストランにした。このレストラン名は、英語のUndineではなくONDINEとあったので、タクシーを呼ぶ際に仏語風に『オンディーヌまで』と言ったら通じなかった。ここでは『オンダイン』だそうだ。
貝や海老といったシェルフィッシュには、生で食するのと焼きとがある。生はこれまで何度かやってみたので、ここは焼きを頼んでみた。これは生より味が凝縮し、うまい。思えばスコットランドでは魚介類ばかりで、肉をあまり食べなかったな。魚介類とカレーと中華、私たちにはとてもいい食環境だった。
ロースト・シェルフィッシュをたっぷり楽しんだら、いよいよ最後のイベント、ロイヤル・エディンバラ・ミリタリー・タトゥーの会場であるエディンバラ城のエスプラナード広場へ。