朝のホムロン(Homlong)は曇り。気温10°C。フィヨルドにはいつの間にか大型客船が入っている。
今日は自転車休養日で、世界遺産ガイランゲルフィヨルド(Geirangerfjord)のクルーズとハイキングだ。晴れれば最高だが、今回の旅は雨でなければ良しとしているので、まあいいだろう。このあたりの気候は晴れの日が少なく、降水日がかなりあるのだから。
キャンプ場のコテージで朝食。オレンジジュース、野菜スープ、ハム・チーズ・葉っぱ・トマトのサンドイッチ。朝はこれがほほ私たちの定番だ。
私たちの宿からクルーズ船の出るガイランゲル(Geiranger)までは2.5km。7時半、少し早いが徒歩でぶらぶら向かうことにする。牧草地に放たれたヤギを眺め、野花を観察し、滝を眺め、クルーズ船乗場に到着。
出航30分前だが、私たちが乗船する船の前には、すでに人の列ができている。クルーズには60分と90分の二種類あるが、私たちは90分コースの後半にスカーゲホラ(Skagehola)で下船し、ハイキングに入る。朝一便だ。
周辺をぶらついていると乗船時刻になったようで、列が動き出す。切符はレシートが兼ねていて、iphoneらしきもので非接触で読み取られる。ハイテクなのにちょっとびっくりだ。
出航時刻ぴったりの08:45、船はゆっくり動き出し、港のすぐ先に停泊している大型客船を廻り込むようにして進んで行く。
すぐに船は左手に見えていた私たちが宿泊したキャンプ場の前を通過する。
右手に昨日下ってきたジグザグの『鷲の道(Ørnesvingen)』が現れ、その先にフェンス滝(Gjerdefossen) が落ちている。
このフェンス滝がガイランゲル側を出発して最初に見える滝だ。水量はあまりないが、スーッと落ちる姿は清々しい。
少し進むと、正面にはデンと座った岩山。その下にこちらに向かってくる船が見える。あれはガイランゲルフィヨルドの先にあるスンニルフィヨルド(Sunnylvsfjorden)の奥のヘルシルト(Hellesylt)からやってきた定期船だろう。
その右には白い滝が見える。
持参滝(Bringefossen)だ。
この滝はガイランゲルからは見えず、フェンス滝の向こう側なのであまり存在感はないが、うねって流れる姿は特徴がある。
ガイランゲルフィヨルドは左に大きなカーブを描いている。
このカーブに差し掛かると、持参滝の先に、このフィヨルドでもっとも有名な『七姉妹(Dei Sju Systrene)』と呼ばれる滝が見え出す。あの滝がこのフィヨルドの主役といっても良い。
『七姉妹』が近付いてきた。その先でフィヨルドは右にカーブし、先に雪をまだらに残した山が見える。
目を凝らすと、『七姉妹』の手前の崖の上に家が見える。あれは17世紀からあった二つの農場だが、上部の岩壁が崩落する危険があるため、放棄されたという。
『七姉妹』は一本の滝ではなく、細い幾筋もの滝から成る。『七姉妹』だからその数はきっと七本なのだろう。
この滝の落差は250mから300mほどだそうだ。
日光の華厳の滝が100mだから、その三倍近くあることになる。
豪快さはないが、幾筋もの流れが独特の雰囲気を作っている。
『七姉妹』の向かいには『求婚者(Friaren) 』という滝があるが、これは帰りに。
ガイランゲルフィヨルドは今度は右にカーブしていく。
真っ白な雲が少し開いて、青空が顔を見せた。陽の光を受けた斜面が輝いて見える。
さて、『七姉妹』の先には『花嫁のベール(Brudesløret)』という、美しい名の滝があることになっているが、実はこの滝は水量が多い時期しか現れない。残念ながらこの時は見られなかった。
しかしそれがどんなものかを予想させる一筋の流れがあった。極めて細く水量が少ない流れは、斜面から空気中に勢い良く飛び出して、ほとんど霧のようになって落ちていく。こうした流れがそこら中に発生して、全体がベールのように見えるらしい。
左手に、ガイランゲルフィヨルドの主要な滝としては最後の、ユースール滝(Ljosurfossen)が現れた。
滝を見るベストシーズンは、6月から7月上旬の雪解け水が多い季節だろう。この時はすでにそれがほとんどない時期になっているので、全体的に水量は乏しく感じられる。
ガイランゲルフィヨルドはさらに右にカーブしていく。
突き当たりに山が見えてきた。あの山はガイランゲルフィヨルドとスンニルフィヨルドの出合いにある。
ガイランゲルフィヨルドの入口までやってきた。
先ほどから見えていた山がぐっと大きくなってくる。
右手に建物が現れた。どうやら廃屋のようだ。これもおそらく農場だったのだろう。
『七姉妹』の上の農場を見ても感じたことだが、こんなところにどうやってアクセスするのか不思議だ。どこかに道があるのだろうか。まさか船だけってことはないだろう。
ガイランゲルフィヨルドとスンニルフィヨルドが出合うと、船はヘルシルト方面に舵を切る。
スンニルフィヨルドの奥にちらっと見える集落がヘルシルトだ。
ガイランゲルとヘルシルトを結ぶフェリーもあるが、私たちのクルーズ船はここでUターンしてガイランゲルへ戻る。
スンニルフィヨルドからガイランゲルフィヨルドを見ると、幾重にも重なる岩山が美しい。
ガイランゲルフィヨルドの南西端にある山はノッケニッバ(Nokkenibba)。
このあたりの山はみんなそうだが、ゴツゴツした岩山で、山頂付近が凸凹だ。あそこに上るとさぞ素晴らしいフィヨルドの景色が見られるだろう。
ガイランゲルが近付いてきた。
『七姉妹』とその向かいの『求婚者』が対になって見える。『求婚者』は『七姉妹』にプロポーズしたのだが、あえなく『七姉妹』に断られたそうだ。
『求婚者』は高さはないが水量が豊富で、下部が末広がりになっていて見応えがある。
『求婚者』のすぐ先で、船は岸に近付く。ここが私たちのハイキングのスタート地点のスカーゲホラだ。
着いてみてびっくりなのは、そこには桟橋も何もなく、ただ岸辺の岩に梯子が置かれているだけだったことだ。船はゆっくりゆっくり岸に寄って行き、係員が梯子を引き上げて船に渡した。
7〜8人の乗客がここで下船し、恐る恐る梯子を渡り上陸した。
私たちを降ろすとすぐ、船はガイランゲルへ向かって行った。
梯子の先はほんの数人が溜まれるだけの小さなスペースがあるだけで、先に降りた乗客が動き出すのを待つ。
ここでフィヨルドを振り返ると、船から見たのとはまた違った味わいがある。
下船場からはいきなり上りが始まる。
下に見える小さな空間が先ほど私たちが船を降りたところだ。
この上りはすぐに岩場になり、そこに設えられた岩の階段をよじ登るようにして進んで行く。
上って行くにつれ、フィヨルドの表情は変わっていく。
クルーズは動的に変化するフィヨルドの景色が楽しめるが、このハイクは静的な美しさを堪能できる。
だがそのためには、こんなもの凄いところを行かなければならない。
このコースは私たちにとってはかなり難易度が高い。
『七姉妹』を私たちが乗った船より大型の船が通り過ぎていく。あれはおそらく、ガイランゲルとヘルシルトを結ぶフェリーだろう。
雲の合間から差し込む陽の光で、フィヨルドの水の色が微妙に変化している。
持参滝が見えてきた。
その前のフィヨルドはターコイズ・グリーンとでもいうべき色に変わっている。
『七姉妹』方面はどの高さから見ても魅力的だ。
上に建物が見えてきた。スカーゲフラ(Skageflå)に着いたようだ。
ここはかつて山羊を中心飼っていた農場だったが、裏山の崩落などにより1916年に放棄されたそうだ。どうしてこんなところに農場?と思うが、ここは豊かな牧草地で、大麦も栽培していたらしい。そもそもフィヨルドに平坦な場所はない。そこで生活していくには、どんな小さなところでも動物が飼えれば、それは農業に適した場所となったのだろう。
ここには道らしい道はない。人や動物の移動はもちろんだが、ここで作られた乳製品はいったいどうやって運んでいたのか。
ちなみにSkageflåのSkageは『突き出した岬』を意味し、flåは『山側のフィールド』という意味だという。
『突き出した岬』から見たフィヨルドだ。
こんなところで生活するのは、やはり自然への挑戦と言うほかないだろう。
ここはとうの昔に放棄されたが、建物は残され、おそらく観光客のために維持されているようだ。
屋根はもちろん伝統的な草屋根だ。
こうして見ると、ここには若干の平場があると言えようか。
建物の後ろの岩壁は恐ろしいほどに切り立っている。
その上から小さな『花嫁のベール』が被る。
足元には可憐な花が咲いている。
スカーゲフラからは少し平地が出てきて、森の中を進んで行く。
しかしその平地もすぐになくなり、こんな崖を行くことになる。
振り返れば、時が完全に停止したようなガイランゲルフィヨルドだ。
深いエメラルド・ブルーのフィヨルド。そこに落ちる一筋の滝は持参滝だ。
難所に差し掛かった。また強烈な岩場が現れる。
この岩場を上り終えると崖に細道が続く。
ここは僅かな間だが、平坦。
崖の岩から薄い青紫色のツリガネソウのような花がたくさん生えている。
崖の斜面が少し緩むと、今度は森の中になるが、足元は岩でかなり歩き難く、何度もコケそうになる。
いつしかこの森の中の道は下りになった。どうやらピークを越えたらしい。
道が分岐していたので、フィヨルド側の枝道に入ってみると、再び持参滝が見えてきた。フィヨルド側はこれまで急斜面の崖だったが、ここはフィヨルドとの間にスペースがあり、不安感がない。
持参滝は何段にもなっており、途中で広くなっているところがあるのが特徴だ。
この持参滝が見えるポイントから正規のルートに引き返せば良かったのだが、先にも行けそうな道が続いていたので行ってみた。
すると途中からその道は怪しくなり、ほとんどなくなってしまった。僅かに感じられる先人が通った跡を行くが、最後は薮漕ぎに。ありゃりゃ。
なんとか正規ルートに戻ると、そこに古い小屋が現れた。
ホムローンセートラ(Homlongsætra )というところで、ここはかつて夏の間の牧場として使われたらしい。
ホムローンセートラからは下りが顕著になる。
だが足元はご覧の通りで、慎重に下って行く。
ホムローンセートラから2kmほど下ると、ようやくガイランゲルが見えた。フィヨルドにはまた別の大型客船が入っている。
このガイランゲル眺望ポイントの先は、大きな一枚岩だ。
この岩を滑り落ちるようにして下ると、私たちが宿泊しているホムロンのキャンプ場に辿り着く。
遅めの昼食を済ませ、一休みして、夕方に買い物と滝を見るため、ガイランゲルに出かける。
ガイランゲルの街中には一本の川が流れている。その川は滝のようになっていて、横に遊歩道が設えられている。
自転車を停めて、鉄骨でできた階段の遊歩道を上って行く。
すぐ横を流れる川は怒濤の流れで、結構迫力がある。
階段は全部で327段あるそうだ。その階段を上り切ると、一番上には滝の落ち口があった。
水しぶきを上げて激しい音をたてながら流れ落ちる水。
その落ち口の横に立って振り返ると、下にガイランゲルの街とフィヨルドが見える。
いつの間にかこんなに上っていた。
滝の上にはノルウェイ・フィヨルドセンター(Norsk Fjordsenter)が建っている。
この時はすでに閉まっていたが、ここはフィヨルド地方の歴史や文化についての展示がなされているようだ。
ノルウェイ・フィヨルドセンターの先にも川の流れは続いている。良く見れば、それは先の山合いから流れ出ている。あの流れは私たちのキャンプ場から見えていたものだ。
ガイランゲルフィヨルドは世界遺産の名に恥じぬ素晴らしいものだ。クルーズも良かったけれど、スカーゲホラからのハイキングは予想以上の素晴らしさだった。しかしこのハイキングが意外ときつくて、休養日のはずが、かなり体力を使ってしまった。
明日はこのガイランゲルフィヨルドを高みから見下ろす展望台に上る。ダルスニッバ(Dalsnibba)海抜1,500mだ。果たして上り切れるか。