グロットリ(Grotli)の朝は曇り。11°C。今朝方まで雨が降っていたが、それはどうやら上がったようだ。
私たちのホテルの朝食は少し遅めで、8時からとのこと。今日は85km走らなければならないので、8時には出発するつもりでいたが、ノルウェイの日没は遅いので何とでもなるだろう。しかしあまり時間を無駄にしたくないので、自転車をスタンバイしておいてから食堂に向かう。
今日のコースはまずロム(Lom)まで下ってロム・スターヴ教会を見学し、そこで方向転換し『18の景観ルート』の一つに数えられるソグネ山岳(Sognefjellet)に入り、ボベーダレン(Bøverdalen)=ボベー谷を遡る。
ここからロムまでは、基本的にはRv15の一本道だ。
行く手を見ると昨日までの景色とはずいぶん違い、高い山は見当たらず空間が広い。実は山の高さは昨日までとあまり変わらずやはり1,500mクラスが並んでいるのだが、ここの標高が高いのと、極めて谷が広いので高さを感じさせないのだ。
道脇にはオッタ川(Otta)が流れる。今日はこの川がロムまで供をしてくれる。
『今日は休養日じゃあないの? 一昨日のハイキングで筋肉痛だし、昨日は海抜1,500mもあるダルスニッバに上ったから、今日は走れるかどうかわかんないわ。』 と、サリーナは少しご機嫌斜め。
『ロムまでは下りだし、その先は20kmくらいしかないから大丈夫だよ。一応バスも走っているからなんとかなるんじゃない。』 と機嫌を取るサイダー。
隣を流れるオッタ川はいつの間にか岩場を流れるようになっており、滝のように渦巻いている。
20kmほど走るとポルフォス(Pollfoss)のホテルの前を通過する。
昨日の走行距離は僅か50kmで今日は85kmだから、距離だけで考えればここに宿泊してもよかったのだが、昨日はダルスニッバがあったのでグロットリ泊にしたのだ。その分今日の距離が延びてしまった。さてこれが吉とでるか凶とでるか。
ポルフォスを過ぎるとオッタ川に二本の川が流れ込み、その幅がぐっと広がる。
木造の橋が現れたので近付いてみると、床板が何箇所か抜け落ちており通行止めになっている。
ここは対岸に道があるので覗いてみようと思ったのだが、それは叶わなかった。まあどうせ、あまり走りやすくない砂利道だろうけれど。
橋の先はオッタ川が広がり、ヘイギェボット湖(Heggjebottvatnet)になる。これはこのすぐ先でオッタ川が塞き止められているからだ。
それにしても静かな湖面だ。
ドンフォス(Dønfoss)までやってきた。ここはキャンプ場やスーパーマーケットがあるところで、チェックポイントの一つだ。
Rv15はここでオッタ川を渡りその南を行くようになるが、北にも道は続いている。Fv485だ。Rv15はガイランゲルとロムを結ぶ幹線道路で、それなりに車の通りがあるので、ここでFv485に入る。
Fv485はカントリーロードだ。この道に入ると車の気配が完全に消える。そして周囲はまさにカントリー。
しかしカントリーロードというのは幹線道路に比べアップダウンが多いものだ。ここもその例外ではなく、少し上らなければならない。だがやはり車に煩わされることなく走れるというのは、サイクリングにとっては大事なことだ。
牧草地では羊が草を食んでいる。ノルウェイの農業の主力は酪農で、放牧されているのは牛が多いけれど、羊や山羊も少し見かける。
昨日までいたガイランゲルではもの凄い崖地に農場があったが、ここのそれは極めて一般的なところにある。
山が下りてきて、斜面がほぼ平らになったところだ。
Fv485は少し山側を行くので見えなくなっていたオッタ川だが、ここで右手に戻ってきた。
そして左手には美しい牧草地が広がる。
Fv485ははビスモ(Bismo)の入口でRv15に合流する。
ここでRv15に自転車道が付くようになったので、これを使ってビスモの中心部へ向かう。ビスモにはホテルやスーパーマーケット、レストランがある。
この付近にはオッタ川の南を行くFv484があり、特にビスモに用がなければこれを使うつもりにしていたのだが、つい自転車道の誘惑に負けてふらふらとRv15に入ってしまったのだ。
そんなわけで、ついでにビスモのスーパーに立ち寄り、小休憩だ。
交通量が多い道路に自転車道はとてもありがたい。
ノルウェイはこうした道にはできる限り自転車道を併設しようとしているようだ。
ビスモの先でRv15からFv483が分岐する。今度はここでRv15の自転車道が途切れたこともあり、すんなりFv483に入る。
そのFv483はすぐに川を離れ上りになるが、川沿いに細い自転車道が続いている。
この自転車道はすぐになくなり、結局Fv483まで上らなければならなくなるが、その間にこんな動物を見た。リスだ。
ノルウェイは自然豊かで動物はたくさんいるのだと思うが、実際に見かけたものは意外と少ない。
少しえっこらよっこらしてFv483に上った。そこからはオッタ川の谷が良く見える。
谷の中の農地は多くは牧草地だが、ここには麦畑が広がっている。
Fv483を行くサリーナ。
ここはのどかな谷。昨日までいたガイランゲルフィヨルドの狭い谷と切り立った岩壁を見たあとでは、景色の変わりように唖然とするほどだ。
Fv483はロムまで通じていないので、ロムの10kmほど手前でRv15に復帰する。
さすがにロムがすぐ近くなだけあり、交通量がちょっと多くなってきた。
Rv15からFv483が通る対岸を見てみると、こんなだ。
ゆっくりと流れた氷河が削り取った、緩やかな斜面の山がどこまでも続いている。
ロムに着いた。
ここは正確にはロム市のフォスバーム(Fossbergom)というところだが、現地でロムと言えばここを指すようだ。Rv15とソグネフィヨルドへ向かうFv55が交わる交通の要衝でもあるが、この村の人口は千人に満たない。
村の中を流れるのはボブラ川(Bøvra)で、これはRv15のところでプレスト滝(Prestfossen)となって落ちている。
Prestは司祭のことのようだ。プレスト滝の名は、次の写真を見るとなんとなく頷けるかもしれない。
プレスト滝のすぐ横にはロム・スターヴ教会(Lom stavkyrkje)が建つ。
この教会はノルウェイのスターヴ教会としては最大規模のものの一つで、12世紀後半に建築されたと考えられている。当初の平面形は方形だったが、17世紀の増築により十字平面になった。
左の丸太が横に積まれたところが1634年増築、手前に張り出した袖廊部分が1663年の増築。
袖廊の手前の面の材料は、本体の接続部分にあったオリジナルを移動して使っており、屋根から飛び出した塔もこの時期の増築だそうだ。
アプスはこれらの少し後の、中世の終わり頃付け足されたらしい。
この村に黒死病がやってきたのは1349年だという。それから長い間この教会は打ち捨てられたに違いないが、ほぼ300年の間、姿を変えずに存在し続けた。
16世紀になり宗教改革の波がやってきて、この教会もカトリックからルター派に改めるための工事が行われる。1608年、聖歌隊席の上に天井が張られ、イエスの洗礼の図などが描かれた。
何層にもなった複雑な屋根の形状と、外壁を含めた柿葺きの屋根が美しい。
スターヴ教会といえばこの竜頭飾りを思い起こすが、これはすべてのスターヴ教会にあるわけではない。
ここの竜頭飾りは、中世に作られたオリジナルが1950年代まで載っていたが、現在はその保存のため、レプリカに置き換えられているという。
北側の壁には中世に作られた木製の装飾柱が残っている。
柱頭に載る動物がいかにも中世的だ。
内部には木の柱が林立する。 その数約30本。
これらの柱の上部にはアーチ状の板が渡され、さらにその上はXXで繋がれている。アーチ状の板は方杖的、XXの部分は合成梁的な効果があると思われる。
小屋組は露出している。多くのスターヴ教会がのちに手が加えられ天井が張られていることを考えると、これは珍しい。
上から一枚の旗がぶら下がっている。これは古い村旗で、そこに描かれているのは田畑の灌漑のシンボルだそうだ。ロムは非常に乾燥した土地で、灌漑用の水はどこかから持ってくるほかなかった。灌漑水路が敷設されたが、灌漑できないところは木の鋤を使って水を撒いたという。現在の市の紋章はこの鋤だ。
柱の上部とXXの間をよく見ると、梁が柱よりだいぶ出っ張っている。そのコーナ部は平面的に弧が描かれている。これらは水平剛性を増すための仕掛けで、コーナー部のRは火打梁のような効果を期待したと考えられるだろう。側廊の天井にも同様の構造が見られる。
内部装飾は時代とともに変化する。ここには中世に描かれた絵画も残っているが、比較的有名なのは説教壇のアーカンサスの葉をモチーフにしたバロック様式の装飾で、18世紀の終わりに作られた。
この装飾は18世紀にノルウェイの教会の内部装飾として流行したもので、このあたりにはこうした木彫装飾の熟練工が多く存在していたらしい。
ロムを出ようとしたところに小さな博物館があったので入ってみた。
サリーナのうしろの二階建ての建物がそれだ。
ここはこの村の歴史や農耕機械などが展示されている。
パネル上段左に見えるのがロム市の紋章で、その下がその絵柄の元になった木の鋤だ。人々はこの鋤を使って田畑に水を撒いていたのだ。
手前にちらっと写っているのが灌漑用水用の木のパイプで、これは上部がオープンになっている。
ロムからはボブラ川が流れるBøverdalenを行く。BøverdalenのBøverはボブラ川のBøvraからきており、dalenは谷だ。つまりボベーダレンはボベー谷ということになるが、これはまた、その周辺の地域の名にもなっている。
この谷にはボブラ川を挟んで、Fv55とFv467が通っている。Fv55は『18の景観ルート』の一つでソグネ山岳道路とも呼ばれるものだが、私たちはより交通量が少なそうなFv467を行くことにする。
Fv467は細かい砂利の舗装で、まずは上り。しかも風がかなり強くなってきて前に進まない。
そのうち下りになって、下にあったボブラ川が道脇に現れる。この後はこのボブラ川が私たちの供をしてくれる。
川の色は翡翠色だ。
これは氷河湖のある地方ではよく見られる現象で、ノルウェイの川でも良く見られる。鉱物が細かい粒子状になり水の中に混じっているためだ。このすぐ南はノルウェイの中でももっとも高い山が集まっているヨートゥンハイメン山地(Jotunheimen)なのだ。
砂利道だった路面がアスファルトに変わると、ボブラ川は岩場を流れるようになる。
この山側では馬が飼われていた。
ヨーロッパでは乗馬が盛んな国が多いが、ここノルウェイでも何回か馬に乗っている人を見かけたので、これはそうした目的で飼われているのかもしれない。
ロムから10kmほどでFv467はFv55に合流する。ここからはFv55の一本道だ。
先に雪を残した山が出てきた。あのどこかにノルウェイの最高峰、標高2,469mのガルフピッゲン(Galdhøpiggen)があるはずだ。ガルフピッゲンはノルウェイのみならず、スカンジナビアと北ヨーロッパの最高峰でもあるそうだ。
徐々に雪山が近付いてきた。あのあたりはみんな標高2,000mを越える山ばかりだ。
横を流れるボブラ川の表情が落ち着いてきた。
ボブラ川の名は動物のビーバーから来ているというので、ここにはかつてビーバーがいたのかもしれない。だが、現在、ビーバーはノルウェイではごく一部にしか生息していないのでどうかな。
ロム以降は序盤にちょっとした上りがあったが、その後は急坂はなく、ごく穏やかな上りが続く。
しかし風は止まず、ハヒハヒだ。
ルーイズハイムホテル(Røisheim Hotel)までやってきた。このホテルは古い農家を利用したもので、感じのいいログハウスのコテージが並んでいる。
出発からすでに77km走っているので、この辺りで泊まりたかったのだが、ここは2,000NOK(3万円)とちょっと高い。ノルウェイでは決して高額な方ではないが、私たちには予算超過だ。
ルーイズハイムホテルのところで道はボブラ川の右岸に移動する。
あの山が近付いてきた。しかしどうやらここからノルウェイの最高峰のガルフピッゲン山頂は見えないようだ。それは少し奥まった所にあるので、手前の山に隠れてしまっているのだろう。
家がパラパラ建つようになると、ユースホステルとCoopがあるガルビグダ(Galdbygde)を通過する。
この小さな村には正八角形の教会が建っている。
教会というのは長方形か十字形と相場は決まっている。正八角形の教会を見たのは初めてのような気がする。
ボブラ川がまた少しざわついてきた。
いったん緩んだ勾配がここで上昇しているらしい。
道に小さな橋が架かっている。その上からボブラ川を見ると、この先は渓谷になっている。
ゴツゴツした岩場と白く濁ったボブラ川の対比がいい感じだ。
この渓谷のすぐ先に私たちの今宵の宿はあった。へろへろ〜っと入口の門に近付く。なんとか今日も辿り着いた。
この入口の門の先にはサガ・コラムという記念碑が建っている。しかしこの場所にこの柱はどう見てもそぐわない。
この柱は1925年に製作が開始されたもので、ノルウェイの歴史がバイキング時代から描かれている。頂部で馬に跨がるのはノルウェイの最初の王だ。元々は国会議事堂の前に置かれるはずだったが、この彫刻家が戦争中ナチスを支持していため、議会はこの計画を中止した。そこで美術好きなこのホテルのオーナーが、1992年にここにそれを持ってきて建てたということのようだ。
さて、今日一日を振り返って見ると、メインイベントのロム・スターヴ教会はなかなか見応えがあった。その前後の谷は、昨日のガイランゲルフィヨルドとはまったく異なった表情で、共に穏やかな景色でありながら微妙に違うのが面白い。
明日はここからさらに景観ルートのソグネ山岳道路で、ソグネフィヨルド(Sognefjorden)の最深部になるルストラフィヨルド(Lustrafjorden)のショルデン(Skjolden)へ向かう。峠は1,400m超えで、累積登坂高度は1,000mを超えることになる。またきつい一日になりそうだ。せめて今日のような向かい風が吹かないことを祈ろう。