ボベーダレン(Bøverdalen)のエルヴェセーテル(Elveseter)の朝の気温は11°C。今は曇りだが、午後には雨になるという。
今日はボブラ川(Bøvra)が流れるボベー谷(Bøverdalen)を上って、標高1,434mの峠を越え、ソグネフィヨルド(Sognefjorden)の最深部になるルストラフィヨルド(Lustrafjorden)のショルデン(Skjolden)へ下る。道はFv55の一本道で、これは『18の景観ルート』の一つになっており、ソグネ山岳地帯(Sognefjellet)を通るため、ソグネ山岳道路(Sognefjellsvegen)とも呼ばれる。
出発の準備を整えていると、ドイツ人の観光客が声を掛けてきた。
『あらまあ、あなたたち、こんな坂だらけのところを自転車で旅しているの? とても信じられないわ〜』 と言ってバスに乗り込んだ。自転車に乗らない人々の反応としては、これが普通なのかもしれない。
宿を出るとすぐ、ボブラ川の向こうにノルウェイの中でもっとも高い山が集まっているヨートゥンハイメン山地(Jotunheimen)の山が見える。あの山塊の中にノルウェイの最高峰、標高2,469mのガルフピッゲン(Galdhøpiggen)があるのだが、その山頂は今見えている山に隠れているようだ。
左手にはボブラ川が流れ、右手には小規模な牧草地がある。その牧草地の中では牛が草を食んでいる。
ノルウェイは寒いので農作物はあまり採れず、農業の主力は牧畜だ。だが山岳地帯のため、放牧地はみんな狭い。
ガルフピッゲンの次の山塊が見えてきた。
その一番手前に見えるのは山頂に雪を残したロフタ(Loftet)、標高2,170m。
今日は標高1,434mの峠を越える。出発地は標高670mなので、少なくとも800m近く上らなければならない。
宿を出たあとすぐにちょっとした上りがあったが、その後はしばらく平坦だ。だがここに来て両側の山裾が寄ってきて、谷が狭まってきた。
ぐっと谷が狭まったところから、上りが始まった。
そしてなんとここに来て風が強まってきた。向かい風できつい。昨日は午後、風に苦しめられたが、今日は序盤からか・・・
ロフタのある山塊が近付いてきた。
その山塊は奥まで続いていて、奥になるほど高い山が連なっているように見える。一番後ろの山の山頂は完全に雲の中だ。
振り返れば、昨日から上ってきたボベー谷がきれいに見えている。
道脇にちょっとしたスペースが現れた。ここには小さな案内板が立っていて、ヴァイヤシュレッ(Vegaskjelet)とある。
先ほどまで前に見えていたロフタのある山塊が奥に延びているのが見える。
ボブラ川はロフタとガルフピッゲンの間の谷から流れてきている。その谷を行く川の名はライラ川(Leira)だ。
実はここで気付いたのだが、このライラ川は本日の出発地のエルヴェセーテルの東でボブラ川に合流しており、今日これまで横を流れていたのはこのライラ川の方だったのだ。だからここまでボブラ川と言った流れはライラ川と読み替えてほしい。
ここでボベー谷は終わり、ヴァイヤシュレッからは谷が狭くなる。
このあたりの坂はきつい。谷が狭まったからか、風はますます強くなってきていて、飛ばされそうになる。
この坂を上って行くとすぐにまた案内板が出てきた。ここは標高がちょうど1,000mになったあたりで、案内板にはヴェガシュレッ(Vegasjelet)とある。これは先の案内板の表示にあるものとは一文字違うだけ。この違いは、ノルウェイ語には二つの言葉があるのでもしかするとそのためかもしれないが、良くはわからない。
それはともかく、ここからはライラ川の谷が真っすぐに見える。
ボベー谷方面を振り返ると、谷の手前の方は木々に隠れて見えなくなっているが、ロムあたりの山々はきれいに見えている。
こちら側の谷は山の傾斜が緩く、凹凸も多いのでU字谷には見えない。
ヴェガシュレッから少し上ると、道は下りになる。せっかく1,000mまで上ったのに。。。
ここからは別の谷が始まる。下に見える川は迂回して現れたボブラ川だ。この先の谷はU字に見えてきた。
ルスターセッテル(Rustadseter)まで下ると、川幅が広がりバーベートゥーン湖(Bøvertunvatnet)になる。この湖の畔で小休止。
寒い。上りは発熱しているのでまだよいのだが、運動せずにいると途端に寒くなってくる。ここの気温は10°Cだが、風があるため体感的にはより寒く感じる。
ここは両側から急斜面の山が迫ってきている。
バーベートゥーン湖が終わると谷は急激に狭まり、道脇には細い川が流れるだけになる。
そして道は再び上りになった。
谷はどんどん狭くなっていく。
ここはU字谷の中なのがはっきりわかる。
道脇には細いボブラ川が流れていて景色はいいのだが、風が半端でなく強くなってきており、アヘアヘだ。
小さな橋に差し掛かると、左手から滝が流れ落ち、先にちょっとした駐車スペースが現れる。
ここはナフサイ(Nufshaug)というところのようだ。
先を見ると少し谷が開いて、空が広くなっているように見える。
この少し先のヒロスブ(Krossbu)にはホテルがあるので、そこで休憩だ。
上りに向かい風、そして寒さでへろへろなのだ。
今日まで見掛けなかったと思うが、ここには道の両側にポールが立っている。
雪国によくある、積雪時でも道がどこにあるか知らせるためのものだ。
道の両側の岩場が低くなってきて、雲が近付いてきた。
空がパッと開けて、なんとかヒロスブに辿り着いた。
ここまで24kmで4時間も掛かってしまった。予定より1.5時間超過だ。それだけきつかったということだが、予定に坂は折り込み済みなので、ここは風が凄かったということだ。
シンプルな外観のこの建物は、1900年頃から営業しているホテル。
私たちが到着するとちょうど、車でやってきた女性が大きなリュックを背負って山へ向かっていく所だった。ここを拠点にして山に入るハイカーは結構いるようだ。
さて、私たちは一先ずここでコーヒー(30NOK=450円)休憩を。暖まる。
時計を見るとすでに13時なので、ホテルの横の小屋の軒先を借りてここで昼食にする。
その横では羊がゴロゴロしている。
ヒロスブからは山の頂部を覆う氷が見える。雪が解けて、水分を多く含んだ状態で凍ったものだろう。
ここの海抜は1,270mなので、1,434mの峠まではもうちょっとだ。あの氷の天辺あたりの高さだろうか。
弁当を食べ終えたら出発だ。だが気温は8°Cしかない。風も強く吹き付けていて、寒い寒い。サイダーはフリースの上に軽量ダウンを着て、さらにレインジャケットを羽織っている。手袋はもちろん指付きのフリース素材だ。
すぐにヒロスブのホテルが下に見えるようになり、ボブラ川と岩山が続いているのが見える。
ヒロスブからは三つのヘアピンカーブが続く。
ボブラ川の谷は開いて穏やかに延びていくが、道はそちらではなく別の方角を向いている。
三つ目のヘアピンカーブを曲がると道は直線基調になり、周囲の山々が良く見えるようになる。
これがソグネ山岳地帯だ。
だが風はビュービュー!
海抜1,400mを超えたあたりで、道脇に雪が現れ出した。
そんな中で、子供たちが雪遊びをしている。
えっこらよっこらと上って、ついに峠に到達したらしい。
小さなポールに『1,434m』の文字が見え、近くの標識にファンテスタイン湖(Fantesteinen)とある。
峠はファンテスタイン湖の畔にあり、先にはかなり雪を残した山が見える。
ここで久々にサイクリストに出会った。オランダ人のカップルで、最終的にはリューカン(Rjukan)へ行くという。リューカンはとても美しいところだそうだ。
私たちと同じ三週間の旅だが、彼らはテント泊でもの凄い荷物を持っている。これはとても私たちには真似できない。
ひとしきり峠からの眺望を楽しんだら、いよいよ待に待った下りだ。
先に見えていた雪山が近付く。あの雪は万年雪だろう。いや、氷河だ。
峠からはちょっと下るが、それからは細かいアップダウンが続く。
ソグネフィヨルフュッタ(Sognefjellshytta)を過ぎると、たくさんの小さな湖の向こうにあの山が見える。ここは荒涼とした中にも美しさがある。(TOP写真)
この道は景観道路の名に相応しい。もう8月だから雪はあまり残っていないが、一月早ければ周囲は真っ白だったに違いない。
『わ〜、ここはいいわね〜』 と言って景色に見とれながら走るサリーナ。
だが寒い。計器の気温は7°Cを示しているが、体感気温は0°Cくらいだ。
車が数台停まっている所にやってきた。
ここはメフェレット(Mefjellet)という所で、ちょっとした休憩ポイントになっている。しかしここには売店やレストランはおろか、トイレさえない。
荒野に彫刻がいくつか置かれている。
その中で一番有名なのがこの写真のもので、ここの紹介には必ずといっていいほど取り上げられているものだが、正直どこがいいのかよくわからない。
ここは彫刻より周辺の山の方がずっと美しい。
ここには古くからのケルンが残っていて、それは保存対象物となっているという。
『新たなケルンを作らないで!』と注意書きがある。
湖の先の山の雪を良く見ると、下の方は水色だ。
降り積もった雪はいつしか氷になり、その厚い氷の層を光が抜け出ると、他の色は吸収され、青い色になるのだ。
ファンテスタイン湖の端までやってきた。もういい加減下りになるだろうと思っていたのだが、先に見えたのは延々と続くと思われるアップダウンだった。
この坂を見た途端に心が折れそうになった。しかも空から冷たいものが落ちてきた。雨だ。残り距離はまだ30kmほどある。少し急いだ方がいいかもしれない。
これまで雲に隠れていて気付かなかったが、うしろにかなり高い山が聳えている。そしてその周りには巨大な氷河がある。
あれはヒロスブの東にあるスメールシュタッブ大塊(Smørstabb)の氷河だ。今日の序盤に出てきたロフタの奥にあるものだ。このあたりの谷はみんな、あのような氷河がゆっくり流れて、岩を削り出して造られたものだ。
いったん道は大きく下るが、またフラットになる。そしてその先に左カーブの下りが現れた。
いよいよ下りだ!
と思った。しかしこの期待はあっさり裏切られることに・・・
上って下る。
と、ヘアピンカーブが出てきた。だがその先に見える道はかなりの距離を上っているように見える。
え〜〜〜〜〜っ! そんなところあったっけかな。。。
ヘアピンカーブを一つ、二つ、三つ、四つ、五つと廻っていく。トゥルタグレ(Turtagrø)まで下ると、ホテルが現れた。
寒くて凍えそうなのでここでお茶にしようかとも思ったが、雨が強くなると困る。ホテルの手前で一本の道が分岐し、どんどん山の中を上って行っている。さっき上で上りに見えた道はこちらで、私たちの道は下りだった。良かった〜
海抜200mまで下ると、下にフォルトゥーン(Fortun)の村が見えてきた。今日は山の中を走っていたので集落といえるほどのところはなかったから、ここが今日初めて見る集落になる。
いつの間にか周辺の山は緑に覆われるようになっていた。
ヘアピンカーブを四つ廻ると直線の下りになり、谷に沿って落ちていく。
フォルトゥーンの家々が見えてきた。
谷間に家が建ち、その周囲を牧草地が取り囲む。このあたりではどこにでもある景色だが、美しくも荒涼としたソグネ山岳地帯から下りてくると、とたんに懐かしい感じがする。
フォルトゥーンはそれなりの村のようで、小さいながらもCoopがあり、教会が建っている。
私たちの今宵の宿はここから3kmほどのところにあるキャンプ場で、キッチン付きだ。そんなもんで、ここのCoopで食材を仕入れる。
フォルトゥーンで下りは終わり、それ以降は平坦だ。
だが氷河が削った谷は続いている。
左手の岩場から落ちる滝が見えてきた。
私たちの宿は、この滝の真正面にあった。
ここはルストラフィヨルドからは3kmほど奥まっている。海の畔ではなくまだ山に囲まれているが、なかなかいい感じの所だ。
ここはキャンプ場だが私たちはキャンプはやらない。泊まるのはコテージだ。いや、コテージだと思っていたが、実は二階建てのアパートメントのような建物の一室だった。一棟建のコテージより雰囲気は劣るが、まずまずそれなりに快適なところだ。
濡れたカッパを脱ぎ捨て、シャワーで身体を暖める。Coopで買ってきた缶ビール500ml(30NOK=450円)で喉を潤し、ひと息付いたら共用キッチンで調理を開始する。共用キッチンはいろいろな人が料理するのを見られるので、なかなか楽しい。
ノルウェイ人のおばさん達は膨大な量の玉ねぎとズッキーニを炒めてシチューにしている。さらにジャガイモを茹でてポテトサラダに。後からやってきたカップルは大きなピザを温めただけ。そしてそのさらに後からやってきたフランス人の家族は、ニンジンを洗ってポリポリかじり出した。
私たちは、カリフラワーのスープ、白身魚と玉ねぎのソテー、ねじりんぼうパスタのトマトソース・チーズ和え、トマト・葉っぱ・ポテトサラダのサラダだ。パスタのトマトソースは粉末を戻すタイプのもので、その説明書きがまったく分からず、ノルウェイ人のおばさんに解読してもらったのだが、その通りやったら失敗だった。(笑)
さて、今日のコースは風と雨とアップダウンに苦しめられたが、"National Tourist Routes" の一つなだけに、とても素晴らしいものだった。明日は自転車休養日で、近くの滝でも見に行こうと思っている。