1816-01

リュブリャナ

スロヴェニア・クロアチア 1

開催日 2018年07月31日(火)晴れ
参加者 サリーナ/サイダー
総合評価 ★★
難易度
歩行距離 10km

竜の橋から大聖堂を望む
竜の橋から大聖堂を望む

コース紹介

スロヴェニアの首都リュブリャナを。丘の上に聳えるお城からリュブリャナの街とユリアンアルプスを眺め、中央市場を冷やかしたら、リュブリャニツァ川に架かる三本橋、竜の橋、靴屋の橋を渡り、大聖堂などが建つ旧市街を散策します。

動画(04'58" 音声:一部にあり)

地図:GoogleマップgpxファイルGARMIN ConnectGPSies

発着地 累積距離 発着時刻  備考
リュブリャナの宿 START 発09:15 泊:Galeria River、朝食:部屋
リュブリャナ城
Ljubljanski Grad
1.2km 着09:40
発11:40
7.5€(オーディオガイド付10€)
中央市場
Glavna tržnica
2.0km 着11:50
発12:45
竜の橋(Zmajski most)、肉屋の橋(Mesarski most)
昼食:魚介の店(蛸サラダ4€、いわし焼5.5€、ビール2.5€)
リュブリャニツァ川の堰
Zapornica na Ljubljanici
2.9km 着12:55
発13:05
Plečnik設計
プレシェーレン広場
Prešernov trg
4.5km 着13:30
発13:35
Prešeren像三本橋(Tromostovje)
Vurnikova hiša(アールヌーヴォー)
市庁舎
Mestna hiša
5.2km 着13:50
発14:00
Robbaの泉
宿 6.0km 着14:10
発17:15
休憩
靴屋の橋
Čevljarski most
6.2km 着17:20
発17:20
Cobbler's Bridge、Plečnik設計
聖ニコラオス大聖堂
stolnica sv. Nikolaja
6.9km 着17:30
発17:50
バロック様式
国立・大学図書館
Narodna in univerzitetna knjižnica
8.0km 着18:00
発18:00
Plečnik設計、夏休みなのか休館
トルノーヴォ橋
Trnovski most
8.8km 着18:15
発18:15
川沿いにTrnovski pristan(Plečnik設計)
宿 10.0km 着18:45 夕食:Gujžina/44.2€
泊:Galeria River/93€
時差: -7h(サマータイム)/日の出05:20ごろ、日の入21:20ごろ /為替レート:1€=133円/

聖ヤコブ教会聖ヤコブ教会

早朝、窓を開けると正面に聖ヤコブ教会(Cerkev sv. Jakoba)の尖塔が、手前にリュブリャニツァ川(Ljubljanica)が流れているのが見えます。

丘の上のリュブリャナ城丘の上のリュブリャナ城

視線を左に移すと、丘の上に建つリュブリャナ城(Ljubljanski Grad)の塔が見えます。

宿が入っている建物宿が入っている建物

2018年の夏休みはスロヴェニアとクロアチアのイストラ半島。

スロヴェニアの首都リュブリャナ(Ljubljana)に昨夜着いた私たちが泊まった宿は、旧市街の外れのこんな一角にあります。

聖ヤコブ橋とリュブリャニツァ川聖ヤコブ橋とリュブリャニツァ川

さて、今日はゆっくりリュブリャナ旧市街の散策です。

宿のすぐ横にある聖ヤコブ橋(Šentjakobski most)を渡り、まずはお城へ。

ガルスの岸壁通りガルスの岸壁通り

リュブリャニツァ川の右岸はガルスの岸壁通り(Gallusovo nabrežje)で、花崗岩の舗装の遊歩道が続いています。

次の角を曲がるとレヴスティコフ広場(Levstikov trg)、ゴルニー広場(Gornji trg、上の広場)、スターリ広場(Stari trg、古い広場)が交わるところに出ます。trgは英語のsquareのことらしいので広場と訳して良いと思いますが、この三つは広場というよりは『通り』と呼んだ方が良いかもしれません。

ヘラクレスの泉とスティシュキ邸ヘラクレスの泉とスティシュキ邸

この交差点にはヘラクレスの泉(Herkulov vodnjak)があります。これは20世紀に造られたもので、かつてここにあったバロック様式の噴水(現在は市庁舎にある)に基づいて、それを現代的な解釈で構築したものだそうです。

このあたりの建物は中世からあるようで、多くは17〜18世紀に改修されたバロック様式のファサードを持っています。ヘラクレスの泉のうしろの旗がある建物は初期バロック様式のスティシュキ邸(Stiški Dvorec)。17世紀初期の建築ですが、現在のファサードは18世紀のもののようです。

ゴルニー広場ゴルニー広場

ヘラクレスの泉からは中世の建物が残るゴルニー広場を行きます。

先に見えるのは17世紀末に建てられた聖フロリアン教会(Cerkev sv. Florjana)。

お城通り入口の建物お城通り入口の建物

聖フロリアン教会の角まで来たら、お城通り(Ulica na Grad)に入ります。

お城通りお城通り

ここからはごつごつした石畳の急坂です。

最初のリュブリャナ城は11世紀に建てられたようなので、このお城通りもその頃からあるのかもしれません。

チコリーチコリー

しばらく石畳を登っていくと周囲から建物が消えて、木々の中を行くようになります。

その足元に青いきれいな花が咲いていました。これはたぶんチコリーでしょう。サラダなどに入っているあのちょっと苦い葉っぱの。チコリーの和名はその名もキクニガナ(菊苦菜)です。

お城付近より聖フロリアン教会方面を見るお城付近より聖フロリアン教会方面を見る

だいぶ登ってきました。南西側の眺望が開くと、先ほど通った聖フロリアン教会が下に見えます。

赤茶色の屋根があるゾーンがほぼ旧市街です。

野草野草

道がVターンしてほぼ平らになると、斜面一面に小さな野草が咲き乱れています。ヨーロッパでは良く見掛けるものばかりですが、日本では高原で見られるようなものが多いようです。

ここリュブリャナは比較的穏やかな気候で、気温は夏は札幌くらい、冬は札幌より少し暖かいようです。

ところがこの夏は日本もひどいですが世界的に酷暑のようで、今日は34°Cにもなるそうです。7月の最高気温の平均は26°Cだと言うのに! この時まだ9時台なのに、すでに気温は30°C近くになっています。そんなんで、ここまで登ってくる間に汗だくです。

お城へ続く並木道お城へ続く並木道

お城へ続く並木道に入りました。

ん、この木、もしかして紅葉が始まっている?

お城の入口付近より北東を望む
お城の入口付近より北東を望む

この並木道の先にちょっとした駐車場が現れると、そこがお城の入口です。この入口付近からは北東方面が良く見えます。写真からもわかるようにこちら側には比較的新しい建物が並んでいます。

リュブリャナ城チケット売り場リュブリャナ城チケット売り場

石造のお城の外に軽快な鉄骨造の小さなチケット売り場が見えます。

私たちはそこでオーディオガイド付のチケットを購入しました。

リュブリャナ城入口リュブリャナ城入口

緩いスロープを上ってアーチの門をくぐると、お城の中庭に出ます。

お城の外側は石積みの壁がそのまま見えますが、中庭側の壁は白く塗られていてなんだかモダンな雰囲気もあり、中庭に立つといつごろの建物なのか見分けが付きません。

お城の中庭お城の中庭

奥に聳える見張り塔だけが、かつてここが要塞だったことを示しています。

城内には所々に数字が書かれた札があり、その数字をオーディオガイドに入れると日本語の説明が聞けます。リュブリャナ城の概要はこうです。

最初の城は11世紀に建設され12世紀に再建されますが、14世紀にハプスブルク家がスロヴェニアに入ってくるとこの要塞を破壊し、15世紀後半に新しい城を建設し始めます。この新しい城は最初は壁、塔、木造兵舎のみで構成されていました。

テラスでオーディオガイドを聴くサイダーテラスでオーディオガイドを聴くサイダー

新しい城の目的は、15世紀から16世紀かけて最も頻繁に行われたオスマントルコの侵略に対して防衛することでした。 また、農民の反乱もまれではなかったようです。

17世紀と18世紀には軍の病院と兵舎として使われるようになります。 19世紀初頭にナポレオンがリュブリャナを占領すると、ハプスブルクとの間に戦争が起こりました。 フランス人が去った後、ハプスブルクは城を刑務所として使いました。 結局ここは第二次世界大戦の終わりまで刑務所として使われます。

その後、要塞としての機能を失った城は魅力を失い、様々な変遷を辿り現在の姿、用途になりました。

五角塔内部五角塔内部

五角塔は15世紀には城の入口だったようで、南からの攻撃に対して防衛機能も持っていたようです。

出入口は二つ残っていて、大きい方は馬車用で小さい方は人用らしい。

五角塔外観五角塔外観

外部を見るとどうやらこの小さな盛土の先に橋が架けられていたようです。

スロヴェニアの歴史展示場スロヴェニアの歴史展示場

見張り塔の横の建物はスロヴェニアの歴史を展示するスペースになっています。

荒々しい煉瓦の壁と天井。

展示場入口の彫刻展示場入口の彫刻

その入口に置かれている彫刻はマリア様でしょう。

古い車輪古い車輪

展示品の中でもっとも興味を引かれたのがこれ。木製の古い車輪(レプリカ)です。解説には世界最古とあったように思うけれど、どうだったかな。車輪の起源は古代メソポタミアで、今から6000〜7000年前にさかのぼるそうです。

それはともかく、車輪は人類の発明の中でももっとも重要なもの一つであることは間違いないでしょう。このディスクホイールは木と木の繋ぎ方など、とにかく見ていて飽きません。

チャペルチャペル

チャペルは城でもっとも古い部分の一つです。

元々はゴシック様式で、木製の天井、4つの尖った窓、ギャラリーがありましたが、それらはバロック様式に変えられています。18世紀には地方知事の紋章が装飾として加えられています。教会の建物がこのような世俗的な内容で装飾されることはまれで、これは異例というほかありません。

見張り塔より中庭を望む見張り塔より中庭を望む

これら以外にも古井戸や監獄として使われたところなどがあります。

しかしここの最大の見どころはやはり見張り塔からの眺望でしょう。

北西の眺望北西の眺望

北西には三本橋(Tromostovje)とフランシスコ会受胎告知教会(Frančiškanska cerkev Marijinega oznanenja)が見えます。

そのはるか彼方にうっすらと山が見えます。あれがきっとオーストリアとの国境に横たわるユリアンアルプス(Julian Alps)でしょう。あそこへは旅の後半に向かいます。

西の眺望西の眺望

西にはコングレス広場(Kongresni trg)とウルスラ会聖三位一体教会(Uršulinska cerkev svete Trojice)。

南西の眺望南西の眺望

南西にはリュブリャニツァ川と私たちが宿泊している宿が。

北東の眺望北東の眺望

そして北東にジョセフ教会(Cerkev sv. Jožefa)。

中央市場中央市場

お城をざっと巡ったら下界へ下り、中央市場(Ljubljanska tržnica)を覗きます。市場はどこでも楽しいもの。その地域の人々がどんなものを食べているのか、使っているのか、それらがいったいいくらぐらいなのかが一目で分かるのもいいところ。

こちらは野外市場で、このすぐ先のリュブリャニツァ川沿いに肉や鮮魚を扱う屋内市場があります。

おなじみ野菜おなじみ野菜

八百屋にはだいたい日本でもおなじみのものが並んでいます。

中には超巨大なものや変形大のものなど、あまり日本では見掛けないようなものもあります。

セロリとセロリルートセロリとセロリルート

これはセロリの根っこ。セロリルートとかセロリアックと呼ばれているものです。

焼いたり茹でたりもしますが、スープやキャセロールにすることが多いようです。

果物屋果物屋

こちらは果物屋さん。

ラズベリー、おいしそう。旬ですね今頃が。

ストリートフードキオスクストリートフードキオスク

この中央市場にはもちろん飲食店がありますが、ストリートフードキオスクとでも言うような屋台風の店もたくさんあります。

私たちはその中の一軒、魚介類を扱うここで昼食です。蛸サラダと鰯焼きを。ビールはスロヴェニア産のラシュコー(Laško)。

屋内市場屋内市場

この建物が屋内市場。ヨジェ・プレチェニク(Jože Plečnik、1872年 - 1957年)による設計で、列柱がどこまでも並ぶ長いファサードを持っています。中には色々な店が入っていますが地上階は土産物屋とレストランが目に付きます。

リュブリャナ出身のプレチェニクはウイーン分離派の巨匠オットー・ワーグナーに学び、ウィーンそしてプラハに仕事を残しました。プラハ城の改修は彼の手によるものです。その後スロヴェニアに戻り、リュブリャナの主要な建築や都市計画の多くを手がけました。師匠のワーグナーがアール・ヌーヴォーの影響を受けた建築様式から最終的には洗練された近代建築に到達したのに対し、プレチェニクは終始、より古典的なモチーフを好んでいたようです。

肉屋の橋に掛けられた愛の錠肉屋の橋に掛けられた愛の錠

この中央市場からすぐのところには二つの有名な橋が架かっています。その一つは肉屋の橋(Mesarski most)で、この名はこのあたりに肉屋が多かったことから来ているそうです。ここにはプレチェニクがデザインした橋が架けられる予定でしたが、それは第二次世界大戦の勃発により実現しませんでした。2010年に素敵なモダンな橋が架けられました。

ヨーロッパの人々の愛の願掛けには錠がよく使われます。二人でここに来て錠をカチャっとやるのでしょうか。それとも一人相手を思いつつか。鍵はどうするのかな。外れないように川ポチャ?

竜の橋竜の橋

もう一つは竜の橋(Zmajski most)です。この橋は19世紀末の地震で壊れた木造の肉屋橋に代わって架けられたものだそうで、その名の通りにこの橋には竜が四匹います。橋が建設された20世紀初頭には別の名が与えられましたが、竜の彫刻があることからいつの間にか竜の橋と呼ばれるようになったようです。

北岸から振り返ると、竜の橋の向こうに屋内市場が建ち、その上に聖ニコラオス大聖堂(stolnica sv. Nikolaja)のドームと尖塔が見えます。(TOP写真)

ちなみにリュブリャナの市章はお城の上に竜が載ったものです。竜はリュブリャナのシンボルなのです。

遊覧船遊覧船

竜の橋を見たら、リュブリャニツァ川の少し下流にある堰を見に行きます。

川と言えば遊覧船ですね。セーヌ川も隅田川も、そしてこのリュブリャニツァ川もです。

リュブリャニツァ川の堰その1リュブリャニツァ川の堰その1

プレチェニク設計の堰です。後方上部に見えるのはお城です。

三本の柱の間、二ヶ所に障壁が仕込まれでいて、それが上下することで水量を調整できるようになっています。

リュブリャニツァ川の堰その2リュブリャニツァ川の堰その2

柱は石で覆われており、頂部は古代エジプトの寺院風で、そのすぐ下には古代ギリシャ建築に見られそうな植物の柱頭飾りのようなものが見えます。低部にはイオニア調の柱頭があり、この反対側の上流側には竜頭飾りが載った低いドリス調の柱があります。

様々な場所と時代のモチーフをあちこちにちりばめている。

三本橋とフランシスコ会受胎告知教会三本橋とフランシスコ会受胎告知教会

堰を見終わったところで引き返して、リュブリャナのシンボルの一つの三本橋です。ここには13世紀から木造の橋が架けられていたそうですが、現在架かる中央の橋は19世紀半ばの石造です。20世紀の前半にその両側にプレチェニクの設計による歩行者専用橋が加えられました。三本の橋が架かっているので三本橋。

後方のピンク色の建物は17世紀中期に建てられたフランシスコ会受胎告知教会。外観はルネサンス様式で内部はバロック様式のようです。

プレシェーレン広場側から三本橋を見るプレシェーレン広場側から三本橋を見る

三本橋はプレシェーレン広場(Prešernov trg)に向かって架けられており、広場の反対側の正面の丘の上にはお城が建っているのが見えます。

三本橋側面三本橋側面

現在は旧市街に車は入れないので、中央の橋も歩行者と自転車のためのものになっています。

横から見るとプレチェニクの脇橋は地上階とその下の川の階が繋げられているのがいるのがわかります。

プレシェーレンの銅像プレシェーレンの銅像

三本橋の先のプレシェーレン広場には、スロヴェニアを代表する詩人だというフランツェ・プレシェーレン(France Prešeren)の銅像が立っています。

そのうしろの建物は19世紀末に設計されたネオルネッサンス様式のリュブリャナ中央薬局(Centralna lekarna Ljubljana)。奥に見えるのはウィーン分離派スタイルで20世紀初頭に建てられた最初のリュブリャナ百貨店だった建物(Urbančeva hiša)。

水浴びする人々水浴びする人々

この広場の真ん中に人々が集まって、なにやらワイワイガヤガヤやっています。

良く見ると路面が濡れており、一瞬噴水かと思いましたが、実はこれ、上部に細い水道管が渡されていて、そこから水が落ちてきているのです。シャワー! 暑いこの日、これ、とっても気持ちいい。

ハウプトマンハウスハウプトマンハウス

19世紀後半に建てられたハウプトマンハウス(Hauptmanova hiša)はリュブリャナ地震でも倒壊せずそのまま残った数少ない建物の一つで、20世紀初頭にウイーン分離派スタイルで改修されました。

ファサードには色彩豊かな幾何学模様の緑青赤のタイルが用いられています。壁とキャノピーの下には花の装飾も見られます。

ヴュルニクハウスヴュルニクハウス

プレシェーレノフ広場から続くミクローシュチェヴァ通り(Miklošičeva cesta)はアールヌーボー通りとも言われています。その通称の通りに、ここにはアールヌーボースタイルの建物がたくさん並んでいます。

その中でも一際目を引くのがこのヴュルニクハウス(Vurnikova hiša)。超ド派手!

ロッバの泉ロッバの泉

アールヌーボー通りから戻り、市庁舎(Mestna hiša)に向かいます。市庁舎の横の市広場(Mestni trg)にはヴェネツィア生まれの彫刻家フランチェスコ・ロッバ(1698-1757年)によるロッバの泉(Robbov vodnjak)があります。ここに置かれているのはレプリカだそうで、オリジナルはスロヴェニア国立美術館にあるとか。

この泉は有名なローマの噴水をモデルにしていると言い、オベリスクの下部にバロック様式の大理石の彫像が三体あります。これらの像はカルニオラ地方(リュブリャナを含むスロヴェニア中央部)の主要な三つの川を象徴するものだそうです。

市庁舎中庭市庁舎中庭

市庁舎は15世紀後半に建設されましたが18世紀の前半に現在見ることができるバロック様式で再建されました。この時は改修中で外観は見られませんでした。

内部にはロッバによるナルシスの泉という彫刻があり、奥には美しい中庭があります。

古井戸と壁の装飾地図古井戸と壁の装飾地図

壁にはリュブリャナの地図が描かれています。これはイタリアからもたらされたスグラフィット技法によるものだと思います。

スターリ広場スターリ広場

市庁舎を出たらいったん宿に戻って休憩することにします。

スターリ広場を南下して行くといい感じのレストランがずらり。今宵の食事場所の見当を付けながら歩きます。

ベルク通りベルク通り

これは私たちの宿の前のベルク通り(Breg)。ここもレストランやカフェがずらり。

靴屋の橋靴屋の橋

一休みしたら第二部の開始です。まずは靴屋の橋(Čevljarski most)。ここにも13世紀には橋が架けられていたそうです。名前の由来はやはりここに製靴屋が多かったことからのようです。

コリント式とイオニア式の柱頭を持つ柱が並ぶこの橋もプレチェニクの手によるものです。

ストリタール通りストリタール通り

川沿いを行き、三本橋から延びる通り(Stritarjeva ulica)に入れば、正面にお城が聳えています。

聖ニコラオス大聖堂聖ニコラオス大聖堂

角を曲がってセントラルマーケット方面に向かうと、そこに聖ニコラオス大聖堂が建っています。

二本の塔とドームとを持つ大きな建物ですが、周囲に建物が建て込んでいて、正面性が失われています。近付けば近付くほど、塔もドームも見えなくなります。バロック様式で18世紀初頭に建てられましたがドームは19世紀半ばに載せられたようです。

南側の扉南側の扉

南側の通りに面してポツンと扉があります。ここは教会堂の横になるのでメインの入口ではありません。

立派な装飾が施されたこの扉を鑑賞してメインの入口を探します。

西側の扉西側の扉

西側の路地に入ればこれまた立派な扉があります。この両側には塔が建ち、上部には聖人の彫像が置かれています。これが本来のメインエントランスでしょう。しかし現在、ここは細い路地です。そしてこの扉は固く閉ざされている雰囲気。

で、ぐるりと一周しましたが、他に扉はないようです。仕方がないので向かいのカフェの人に訊くと、最初に見た扉を押せば中に入れるはずと言います。そう言えばあの扉は取手だけ輝いていました。

そう、教会は扉はたいてい自ら開けなければならないのです。まあ、それは分かってはいたはずなのですが。。。

聖ニコラオス大聖堂内部聖ニコラオス大聖堂内部

外観はパッとしませんが、内部は見事なバロック様式です。

聖ニコラオス大聖堂天井聖ニコラオス大聖堂天井

天井はバロックにお決まりのだまし絵。

聖ニコラオス大聖堂オルガン聖ニコラオス大聖堂オルガン

オルガンもバロック!

コングレス広場コングレス広場

聖ニコラオス大聖堂からは国立・大学図書館(Narodna in univerzitetna knjižnica)へ向かいます。

リュブリャニツァ川の左岸に渡りコングレス広場に出ます。広々としたまさにスクエアとその隣の緑地。この広場もまたプレチェニクの手になるものです。

国立・大学図書館国立・大学図書館

国立・大学図書館は20世紀前半にプレチェニクの設計で建てられました。この建物はおそらくプレチェニクの最高傑作です。外壁にはレンガと様々な形状の石が組み合わされています。

しかしこの建物の魅力を知るには内部を見なければなりません。ところが夏休みなのか何なのか、この日はこの建物には人っ子一人見当たりません。まあ、メインリーディングルームなどの主要空間には特定の日時にしか入れないことは分かっていたのですが、まさか建物に一歩も入れないとは。 残念、残念、残念!

トルノーヴォ教会とトルノーヴォ橋トルノーヴォ教会とトルノーヴォ橋

プレチェニクの手になるものをあと三つ。

一つは国立・大学図書館のすぐ南にあるクリザンケ・サマーシアター(Poletno gledališce Križanke)なのですが、こちらはちょうど上演日に当たり入れず。オーマイガ〜

もう一つはトルノーヴォ教会(Trnovska cerkev)の前の橋(Trnovski most)です。ピラミッドをより尖った形にした端部のモニュメントは教会の尖塔をモチーフにしたもので、欄干の中央部には教会の守護聖人の聖ヨハネの石像などが組み込まれています。驚くことにこの橋には樹木が植えられています。並木のある橋はこれまで見たことありませんね。

トルノーヴォの護岸トルノーヴォの護岸

最後の一つはリュブリャニツァ川のトルノーヴォの護岸(Trnovski pristan)です。pristanは英語のportの意味らしいのでかつてここに船着場があったのか、または現在もその機能があるのかもしれません。

この護岸は階段状桟敷風になっており、散歩をする人やのんびり過ごす人たちによく使われています。そして日本以外ではあまり見掛けたことがないのですが、ここでは柳の木が並木として使われています。

SUPSUP

ここは特に若者に人気の場所で、彼らは『リュブリャナ・ビーチ』と呼んでいるそうです。この時ちょうどSUPを楽しむ人々が大勢やってきました。

さて、これで本日の散策は終了。スーパーで買い物をして部屋で一休みです。こちらの物価は東京より少し安いようで、特にビールは500mlで1€しないものもあり、オレンジジュースも1Lが0.7€とかなり安いです。うれし!

最初の晩餐最初の晩餐

さて、夕食です。宿のスタッフに紹介してもらったスターリ広場にあるレストランへ。

酸っぱいカブと豚肉のシチュー(Bujta repa)にはキビの実が入っているようです。ザウアークラウトから作られるヨータ(jota)に似ていますがちょっと違います。

もう一品はポークのスモークハムソース掛け(Svinjsko meso v sunkini omaki)。こってりしたホワイトソースにソテーされたポテト添え。

さて、明日はここリュブリャナを出てポストイナに移動し、ポストイナ鍾乳洞とプレジャマ城を巡ります。距離は短いですが、いよいよ自転車に乗り出します。

スロヴェニア・クロアチア TOP 翌日へ >
世界自転車コースリスト GEO POTTERING home