デュエルンのキエフ便り 1

“ジオポタの匠”“風の旅人”として多くの伝説を作ってきたデュエルン・レーフェンス
2006年1月、デュエルンが愛車“轟カル号”と共に向かった先はなんとウクライナのキエフ。
ついにジオポタ・キエフ支部誕生!

この章はキエフのデュエルンから送られてきたメイルを一部改訂して編集したものです。 日付けの新しいものが上になっています。

(編集/サイダー、監修/デュエルン)
2006.01-2006.02


02月26日(日)2006年 買物事情続編

キッチンで洗濯機をまわしながら夕食の準備していて、ふと窓の外に目をやると、いつの間に降り出したのか、外はすっかり銀世界になっていました。 春はまだ先のようです。

買物事情の続きです。
和食材以外にこの国で手に入らないものに、軟らかい食パンと軟らかいステーキ用牛肉※があります。 日本ではとにかく軟らかいものが尊ばれる傾向にありますが。

来た当初はこの硬いパンはどうしても口に合わなかったのですが、最近は美味しく食べるコツを会得しまして、かりっとトーストしてからマーガリンをぬり、上にチーズやイクラ、サラミ、スモークサーモンを載せて食べると極めて美味で、軟らかいパンでは味わえない食感です。

伝統的なウクライナ料理はボルシチをはじめいろいろあるようですが、メニューに英語が表記されているようなレストランは極めて高額で、これまでに一回しか行った事がありません。 一般庶民が利用するようなレストランは言葉の問題で、何が出てくるかは神のみぞ知るです。 外食のときはどうしてもリスクの少ない外国レストランに行くことが多いです。 しかしこういったレストランも客の対象はあくまでもウクライナ人ですから、メニューも味付けもこちらの人の嗜好に合わせているようです。

日本レストラン(ロシアのチェーン店)もありますが、日本もどき! ここで、やきとり、すき焼き、うな丼を食べたことがありますが、日本食と思わなければ、それなりに美味しいです。 スーパーではカップヌードルを売っているのに、レストランでは麺類は見当たらない。 日本レストランのメニューにはチャーシュー麺があるけれど、その麺は蕎麦かそーめんの類。 中華レストランで何とかヌードルとあったので期待して注文したら、小さい器に数本の麺が入っているのみ。

ここはやはり異国。 郷に入れば郷に従う、が賢明のようです。

※ ありました。 同じ店の同じケースに! (03.05)


02月25日(土)2006年 買物事情

先週の土曜日から暖かい日が続いていて、このまま春になるのでしょうか?
きょうも薄曇りながら0度前後で過し易いです。 きょうはこちらの買物事情を紹介します。

市街とバスアパートの周りを含め、街の中心部には食料品や日用雑貨を扱う店があまり目に付きません。 こちらの建物はアパートもオフィスも商店も皆似たようなファーサードで、外から見ても何だか判らないケースが多く、何の変哲もないドアを開けたら、中は大空間の店舗だったりします。 もちろん看板が読めればこのようなことはないですが、なにぶん文盲なもので。

土日は郊外(郊外といっても地下鉄2駅程度)のスーパーへ買物に行きます。 日本の標準的なスーパーに比べると、とてつもなく巨大です。 十数倍はあるでしょう、商品の品揃えの多さにも圧倒されます。 それに安い! 酒も安い!! 和食さえ求めなければ、日本の数倍食生活が楽しめるでしょう。 米や日本酒はあります。 先日、オランダ製のキッコーマン醤油と何処製か判らないキッコーマンのテリヤキなるソースを見つけて買ってきました。

歩道の画廊スーパーのレジ袋は有料です。 小売店では袋その物を用意していないので、ぶらり立ち寄ってたくさん買ってしまうと、持ち帰るのが大変です。

ホームセンターはさらに規模が大きく、家一軒分の材料から、造園、照明、電化製品、家具のすべてが、ここで揃ってしまう。 店内の通路も広く、フォークリフトが走り回っている。

写真はきょうぶらりと散歩にでた街の光景です。 歩道が100mぐらい画廊に早や変わり。


02月19日(土)2006年 キエフ中央駅とメトロ

きのう、きょうはものすごく暖かく、雪、氷が融けだしました。
これはこれで大変です。 歩道はシャーベットのようになり、車は雪解け水を跳ね飛ばして走り去るし、頭上の梢からはしずくが落ちてきて。

中央駅きょうはキエフの中央駅へ時刻表を探しに行ってきました。 残念ながら英語版は手に入らない。 この駅は街の中心部からだいぶ外れたところにあり、地下鉄とも接続していないので極めて不便です。※

外観もさえないですが、さすが中央駅で内部はすばらしいです。 それぞれのホームをつなぐコンコースはラウンジを兼ねており、たくさんの売店や飲食コーナーがあり、日曜日とあって旅行客でにぎわっていました。

『アスタナ行きがどうの、モスクワ行き、ブカレスト行き』 など場内アナウンスを聞いていると、さも自分が外国を旅行しているかのような錯覚を覚えます。 やはり駅はいいですね! 旅情をそそります。

空港を設計するためにこの国に来ているのに自分自身は飛行機が嫌い、空港が嫌いですから、矛盾してますね。

メトロのエスカレーターキエフで何が一番おすすめかと聞かれれば、迷うことなく地下鉄と答えるでしょう。

こちらの地下鉄はパリ同様メトロといい、入口にはMのサインが付いています。 三本の路線が街の中央部で交差して、それぞれ郊外へと延びています。

乗り方はいたって簡単で、改札横の窓口でプラスチック製のコインを買い(日本円で約10円、回数券のプリペイドカードもあります)改札機に入れて中に入ればあとはどこまで乗ろうが、一日中乗っていようがこの10円のみ。 改札階からホームまでは、ながーーーーーーーーーーーい、めまいがするほど長いエスカレーターで降ります。 最初に乗ったときは度胆を抜かれました。 あまりに長く、到達地点が見えません。 それに恐ろしく早い! 遊園地の絶叫マシーンよりもスリリングです。 こちらの人は新聞、雑誌を読み出したり、コンパクトを取り出して化粧を直したり、若いカップルは抱き合ったりしています。 このエスカレーターに乗るだけで100円は出しても良いくらいです。

ホームも造りは古いですがたいそう立派です。 床は御影石、柱や壁は大理石で仕上げられ、シャンデリアで照明している駅もあります。 車両は古く、集電方式は丸の内線と同じ三線方式です。 車内の広告の貼り方は極めて雑で大判の粘着シートでべたりです。日本のやり方を教えてあげたい。 車内にもホームにもモニターが付いていて、CMを流し、駅が近づくと駅名を表示するのは、山の手線同様です。

※ 中央駅には地下鉄が接続していました。(02.26)


02月16日(木)2006年 ウクライナ語

きょうは、アパートに住んでから始めて定時に帰れたので、一人で晩酌をしているところです。
今宵はこちらの言葉について報告します。

ウクライナ語はロシア語の一方言みたいなものと、ある本に書いてありましたが、だいぶ違うようです。 互いの会話には通訳が必要で、商品は二つの言語が併記されているし、ロシア語のテレビドラマは字幕が付きます。
アルファベットも違います。 数年前まではソ連邦でしたから、よほどの地方でない限り、誰でもロシアが話せますし、世代によってはウクライナ語の方が苦手というケースもあるようです。 実際には両語がチャンポンになっているようで、外国人にとつては、さらに難しくしています。

この国に来て、早くも一月が過ぎましたが、未だ、まったく文字が読めません。
アルファベットが33文字もあり、内、英語と共通するのは6文字のみ、五つ覚えて二十忘れる年頃になりましたから、それは大変です。

この国は観光立国を目指していないと見えて、英語表記は皆無に近いです。
店の看板にしろ、商品にしろ、公共交通機関にしろ・・・・・・・文字が読めないから暗中模索です。

早くアルファベットを覚えて、文字が読めるようなれば、あとは想像力を高めて、おぼろげながらも理解できるのではと思っているところです。

がらりと話題が変わりますが・・・・・・・
テレビの17chで、毎朝、7時30分から7時55分まで美容体操をやっています。
中央に室内プールのある豪華な部屋のプールサイドで、ひものようなレオタードやシースルーのレオタードを身に着けた6人のお嬢さん達がつぎつぎに現れて、懐かしいヒットソングをBGMに美容体操を披露します。 体操にしては少しセクシー過ぎるきらいはあります。
これを見て感じたのは、彼女たちは異常に足が長すぎるように思いました。 もう少し短い方が全体のバランスが良いように感じます。

番組の終了と同時を部屋を出ると、8時に迎えの車が来るので、ピッタリです。
蛇足ですが、レオタード姿のお嬢さんを見たいがためにテレビをつけているのではなく、懐かしいヒットソングと時計代わりが目的ですから、誤解の無いように!!


02月13日(月)2006年 家主カテリーナ

カテリーナとデュエルン日曜日にアパートのインターネットがケーブルTVのプロバイダーと契約してつながりました。

先週末はインターネットの工事やアパートに持ち帰った仕事の処理で忙しく、どこへも出かけず部屋で過ごしました。

金曜日に出入国と税関の処理時間を調査するために、現国際空港へ行ってきました。 この部分に立ち入る許可をもらうのに2週間も掛かり、何をするにも待たされるのがこの国の特徴です。

調査には公団のインフォメーション担当スタッフが立ち会ってくれることになっているので、空港ロビー待っていると、現れたのは、ファッションモデルのような長身の美女!! 連れ立って税関の区域に入ってまたまたびっくり。 ここの女性役人の制服のスカートの短いこと! これ以上短いとスカートの役目を果たさないほど。

この国も財政難で国家公務員の制服の布地を削減したのでしょう(笑)

インターネットの契約に家主のサインが必要なので、日曜日に来てもらいました。 彼女はカテリーナという名前で、帝政ロシアの有名な女帝エカテリーナも日本語で違うだけで、同じカテリーナだそうです。 写真では雰囲気が伝わらないと思いますが、横顔が若い頃のオリビア・ハッセーによく似ています。


02月07日(火)2006年 ウクライナはヨーロッパではない?

こちらに来るまではウクライナはヨーロッパに近いのかなと思っていましたが、全く違います。 やはりソ連です。 EUに加盟を望んでいるようですが、かなりの隔たりを感じます。 むしろ本家ロシアの方がヨーロッパ化が進んでいるように思います。 旧ソ連から独立した国々はウクライナ同様どこも指導的立場の人間の頭が旧ソ連の体制から抜け出せなくてだめですね。 世代交代しないと変わらないと思います。

しかし、ウクライナ人は好きになるかも知れません。
この国の人にとって、日本人に会うのは、おそらく始めてだと思いますが、いままでのところ奇異な目で見られたり、嫌な思いをした事が一度もないです。


02月05日(日)2006年 日常の出来事

ケーブルカーの駅きょう(日曜日)は一週間ぶりに快晴です。 しかし寒い、昨日までとは打って変わり、-15度です。

アパートに住んで一週間たち、これまでにテレビのリモコンが故障しているとか、シャワーヘッドのお湯の出かたがおかしい、などマイナートラブルの苦情を家主に言ったら、きょうの11時に直しに来ると言う。

少女のような家主は、きょうは亭主を連れてやってきた。 何度会っても可憐な少女の印象は変わらない。 この人、本当の少女時代はどんなだったのか想像してしまいます。 流暢な英語で一人まくしたて、亭主は彼女に指示されるまま、もくもくとシャワーヘッドの交換などをやっている。 彼とは最後まで言葉を交わさなかったから、おそらく私同様英語が苦手なのでしょう。

アパートの電話から国際電話を掛けるためのカードの存在と売っている所を家主から教わったので、午後早速買い物に出たものの、降りる駅を一つ間違えてしまい、外に出たら偶然目の前がケーブルカーの駅でした。 せっかくだから当然試乗!


02月04日(土)2006年 キエフの建築事情 アパートと通り

アパートの窓からの眺めアパートの窓からの眺めです。右側が小さい広場になっていて、その下が地下鉄の駅です。

アパート住まいを始めて一週間たちました。 このところずっと天気が悪く一週間以上太陽を見ていません。 毎日雪が降ったりやんだりです。 でも暖かく過ごし易くはあります。 今日はキエフの建築事情についてお知らせします。

郊外も旧市街地も今が建築ラッシュです。 2 年前に訪れた上海と似たような状況で、街の至るところで工事中の建物を見ることができます。 郊外は高層住宅、旧市街は商業ビルが多いようです。

私のアパート緑の窓の2階上が私の部屋です。木枠の窓がサンルームです。温かくなったら、通りを眺めながら、ここで一杯やるのもよさそうです。

住宅は30階建て程度が一般的で、構造は割り箸のように細いコンクリートの柱と同じくコンクリートの床から出来ていて、梁はありません。 壁は外壁、間仕切り壁、バルコニーの手摺壁すべてレンガ積みです。 アパート近くの超高層ビルも構造は同じです。 地震国の日本人から見るとまさに身の毛がよだつ思いです。 旧市街のアパートは4~6階建てでレンガ造ですが、どれも築100年以上は経っていそうな建物ばかりで、借りたアパートもはっきり行ってボロです。 それでも高層アパートを避けたのは、構造以外にも致命的な問題があり、それは別の機会にお話します。

アパートの前の通りアパートの前の通りです。新緑の季節が楽しみです。

暖房は事務所、店舗、ホテル、住宅を問わず温水による地域暖房が完備していて、街のあちらこちらにお湯を供給するプラントの煙突が見えます。 暖房の必要な季節は人が住んで居ようがいまいが、休みだろが24時間暖房しています。 どんな建物でも窓はペアガラスを入れた寒冷地仕様の断熱サッシュ使っていて、気密性が高く結露もなく、遮音性も高いので街路の騒音がほとんど気になりません。

おまけ

きょうも雪ふるなか街へ出かけてみました。

二度こちらの人に尋ねられました。 一度目は地下鉄の車内で隣のおばさんに乗り換え駅の確認らしき事を。 二度目は道で! こちらが訊きたい!!

おまけは、こちらの女性の話題です。

日本で得た知識では、ウクライナの女性は若い内はスリムで美女が多いけれども、少し年がいくと太って…というものでしたが。 タモリのテレビ番組トリビアの泉的に言えば、それはガセネタです。

どの民族でも歳をとれば太ってくる傾向はあるし、この国がことさらそうとはいえないようです。 長身の人も確かに多いですが、私くらいの小柄な女性もたくさんいます。 老いも若きもとにかくおしゃれです。 高価そうな毛皮のコートを身にまとい、その下は以外と薄着です。 若いひとはこの寒いのにミニスカートや、へそ出しルックも時々見ます。

事務所の通訳は長身の美女で、30代半ばかと思ったら40半ばで二児の母だという。 家庭の主婦という生活感が全く感じられない。 アパートの家主は、最初にあった時は可憐な美少女のように見えて、それでいっぺんに気に入り決めてしまいましたが、二度目に会ったとき若い男を伴っており、夫かと思ったらなんと息子だという! びっくり仰天!!

このようにこちらの女性の年齢はまったく予想できない。 女性の社会進出は日本よりも進んでいて、国会議員(最高会議の半数は女性)はじめ、あらゆる部分で活躍しています。 事務所のある会社は技術系のコンサルタントながらやはり半数は女性です。 こちらの女性はきわめて親切で優しく、面倒見がいいですが、一方で気の強いところもあって、男女のカップルを見るとたいていは女性の方が主導権を握っているようです。 10文句を言うと、20返ってくると聞きました。 ともかく美しい女性の多いことは間違いなく、一歩外へ出れば目の保養、心の保養になります。 写真は2005年ミスキエフです。(雑誌のグラビアより) いくら綺麗でも直接カメラを向けるわけにはいかないので。 機会があれば写真を撮らしてもらいます。


01月29日(日)2006年 アパートに引越しました

きのう(土曜日)無事アパートに引越しできました。
この歳になって始めての、外国での生活の始まりです。
今日は小雪が降っていますが、暖かく過ごしやすいです。
こちらに来てから買い揃えた衣類を身にまとい、スーパーのレジ袋を提げて出歩くと、いっぱしのキエフ住民になった気分です。

午前中は買い物を兼ねて街へ散策に出ました。 アパートの近くに建築中の超高層ビルがあるのでそれを目印に帰れるかと思って出たものの、やはり迷ってしまいました。 どの通りも皆似たような街並みなもので。
午後は始めて地下鉄に乗り、郊外のショッピングセンターへ日用雑貨の買い物に出かけました。 駅の出口にロシア語で自転車(唯一覚えた単語です)と書いてあってその下にVELLOと書いた看板がありました。 ベロってミニベロのベロですよね、何語ですか?  近くに自転車のプロショップありそうでした。 次の機会にのぞきに行こうと思っています。 帰宅後やっと自転車を組み立て始めました。

引越しと自転車が一段落したので、ブルーチーズとサラミとロシアのキャビアをつまみに一人祝杯をあげているところです。
ここでの生活の心の支えになっているのは、やはりジオポタMLと自転車です。 マリーさんの声も聞きたいね!!
ここでの見聞は毎日がエキサイティングです。


01月26日(金)2006年 小さな観光--ペチェルースカ大修道院

ペチェルースカ大修道院まだ、まともに観光をしていないので、いずれゆっくり写真を撮って送るつもりですが、先々週買い物のついでに寄ったペチェルースカ大修道院のスナップを添付します。

ここは広大な敷地にたくさんの教会や修道院、博物館があり、地下の洞窟にはおびただしい数のミーラが安置されていました。 そこをロウソク一本に火を灯して巡るのですが、かなり気味が悪いです。 11世紀ごろモンゴルの侵略を受けて、教会が徹底的に破壊され、修道士が地下に洞窟を掘って隠れ住み、死後もそこに埋葬されたもので、エジプトのミイラ(プロのミイラ職人が作成)と違い、温度、湿度などの環境により自然にミイラ化したものらしいです。

ここ数日晴天に恵まれ、小春日和のようです。 気温もマイナス15度程度に上がり、朝の挨拶が『今日は暖かいですね!』です。 東京の常識からするとかなり変ですよね! それほど先週の寒波は強烈でした。 車のワイパーがまったく利かなくなり、窓の内側が凍りつき、外に出た瞬間に鼻毛が凍ります。 時間の経過とともに露出している顔の部分が痛くなり、10分が限界のようでした。


01月25日(水) 2006年 ちょっとだけ自転車の話

東京は雪が降ってたいへんそうですね!
こちらも雪が降ると交通渋滞で通勤に2時間もかかりました。 海外を旅するのと、海外で仕事をするのとではまったく次元が違うものですね。 予想以上に大変です。 そのうち慣れてくるでしょうが。

アパートに落ち着いたら早速自転車を組み立てます。 早く自転車に乗れる季節がくればいいですね! 地元の女性でMTBを持っている人と、暖かくなったら自転車でキエフ市内をツーリングする約束をしたので今から楽しみです。

キエフは山の上に造られた街なので至るところ激坂だらけです。 自転車には不向きかも知れません(あの人を別にすれば)。 先日派手なライダースーツを身に着けたMTBのおじさんを見かけましたが、どうやらプロのメッセンジャーらしいです。 フルサスの本格的なマウンテンバイクでしたが、タイヤはノーマルなブロックパターンでスパイクは付いていないようでした。


01月24日(火)2006年 第一報 気温は-25度

早いものでこちらに来て2週間が矢のように過ぎてしまいました。
きょう、やっとのことで仕事場のEメールが接続できるようになりましたので、ジオポタキエフ支部より第一報を送ります。

キエフ市内から高速道路を飛ばして1時間ほどのところにある空港近くのホテルに滞在中で、そこからキエフ郊外の職場までこちらの空港公団から提供されている車で送り迎えの毎日です。 言わば軟禁状態。 一人ぶらりと街へ出かけるには寒すぎます。 きょうは-18度で寒さもだいぶ和らぎましたが、先週から月曜日までは本当に寒く、-25度まで計れる温度計が振切れました。

土曜日にキエフ中心部のアパートに移り住むことになりました。 やっとキエフでの一人住まいがスタートします。


01月08日(日)2006年

デュエルン、キエフへ向け出発!

キエフ便り 2
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uploaded:2006-03-01