のいち駅
高知近郊で面白そうなところはないかな? と探していると高知市の東にある香南市から安芸市まで続く高知安芸自転車道を発見。安芸市内にもそれなりの見所があるようなので、このサイクリングロードを使って安芸の観光をすることにしました。
高知龍馬空港から向かったのは、貸し自転車がある野市駅です。今回は仕事のついでなのでいつものMy自転車ではなく、貸し自転車を利用することにしたのです。
国道55号線
野市駅にある観光案内所で自転車を借りて出発。国道55号線で東へ向かいます。国土交通省の大規模自転車道の案内図によると、高知安芸自転車道の西の起点はこの国道が海岸に出たところよりさらに西に1.5kmほど伸びているようですが、今回は時間節約のためにその起点へは向かわず、国道で海岸まで出ることにしました。
この国道は交通量が結構ありちょっと走りにくいので、時間に余裕があれば国道を使わず小さな道で自転車道を目指した方がいいと思います。
堤防の上を行く
国道が海岸線に出るあたりの赤岡町には、絵師金蔵(略して絵金)が描いた六尺四方、二曲一双の屏風絵を収蔵する絵金蔵が面白そうですが、余裕があったら帰りに、ということにしました。
その絵金蔵の案内板を横目に進み、国道が海岸線に出たところで、ごめん・なはり線の下をくぐり、海岸に出ました。堤防の上に歩行者自転車道の標識があるので上ってみました。ここは数メートルごとにエキスパンションの凹凸があってちょっと走りにくいものの、海がよく見えます。
堤防の上から行く手を望む
荒波の土佐湾の向こうにサイクリングターミナルがある小高い出っ張りが見え、さらに先には室戸岬まで続く陸地が見えています。
見晴らしが良く快調に走っていたら突然路面は砂利道に。数メートルで舗装に戻ったものの、行く手の堤防は突然プツンと途切れ行き止まりに。下に下りるスロープはもちろん階段さえない。こういった整備のしかたはちょっとひどいですねぇ。
少々逆戻りして下の道に下りると、その道も途中で終わり一旦国道に出なければなりませんでした。100mほど国道を進んでまた海岸に戻ります。このあたりはまだ自転車道の整備が不完全なのでしょうか?
ヤ・シィパーク
ともかく、戻った海岸沿いの道には行き先の案内標識が出ていて、なんとなくサイクリングロードらしくなっています。長屋風のアパートの前やちょっとした林の脇を抜けると車道に突き当たりました。ここがヤ・シィパークで『道の駅やす』や広場などがあります。
ここから自転車道は国道に沿ってやや内陸を行くのですが、そちらは帰りに使うことにして、行きは海岸沿いを廻って行くことにしました。
夜須からの上り
夜須川を渡ると小さな入江になっている手結海水浴場になり、ウィンドサーフィンを楽しむ人々を数人見かけました。そのすぐ先にある橋の手前には、大きな標識に何時から何時まで通行止めとあります。どうやら船を通すために開閉式の橋になっているようで、この時は問題なく通れましたが、帰りに見るとこの橋は大きく跳ね上がっていてびっくりしました。
その橋を渡ると佛岬でちょっとした上りになります。貸し自転車のサドルは高くならず、ハンドルも極端に体に近いので乗車ポジションが悪く、坂道はとても大変です。
『こりゃ~大変! アセアセ。。』 とサリーナが必死に漕ぐ。
自転車道入口の案内標識
佛岬からは下りとなり、手結岬をぐるっと廻ってサイクリングターミナルの前を通り、再びちょっと上って国道に出ました。サイクリングターミナルからは後ろに伸びる細道を使って自転車道に出られたのですが、案内表示などがなかったので国道まで上ってしまったのです。
その国道を少し行くと自転車道への大きな案内標識が出ていました。
高知安芸自転車道
少し戻るようにしてその道を下るとようやく高知安芸自転車道に出ました。ここは国道に沿っていますが少し低いところを走っているので、車が見えずに快適です。
国道と並走する高知安芸自転車道
7~800mほど進むと今度は国道と同じ高さを走るようになり、普通の歩道といった感じに。
海岸沿いを行く
西分駅の手前で国道が『ごめん・なはり線』より内陸に入ると、自転車道は国道を離れ、線路に沿って海岸沿いを進むようになります。このあたりは所々で海への視界が開け、気分良く走れます。
『気分いいけど、ケツいて~』 とはドンとすわったママ車ポジションのサイダー。
松林と線路とお接待所(写真は帰路)
自転車道のすぐ脇を『ごめん・なはり線』の高架が走り、反対側の松林の先にはちらちらっと海が見えます。高架の下にある小さな小屋はお遍路さんのための休憩所のようで、宿泊も可能なのか男女別になっていました。
自転車道に設けられている案内標識
自転車道にはこんな案内標識が所々に設けられています。ここは自転車道っていう表示も欲しいですね。
お龍・君江 姉妹像
走り出して一時間と少々、16kmほどのところとなる和食の琴ヶ浜に到着です。ここには坂本龍馬の妻お龍とその妹君江の姉妹像があります。なんでもこの像は高知市の桂浜にある龍馬像を向いているのだとか。
松林の中を行く
お龍と君江の像から東に数百メートルは松林の中を進みます。ここの地名は琴ヶ浜松原というらしいのですが、ぴったりの名前ですね。海の音を聞きながら、松の木の間からの木漏れ日を受けて進むここは、とてもいい気持ち。
海辺を行く
松林を抜けると海がぐっと近づいたように見えます。砂浜には小さな漁船が置かれ、自転車道近くの茂みにはウチワサボテンも見られます。
お接待所
海辺が再び木々に覆われ海面が見えなくなる頃、道端に少し大きめの掘建て小屋のようなものが現れました。入口には『お接待所』と手書きの看板が出されています。中を覗くと、数組のテーブルと椅子が設えられ、お遍路さん3人とここの主人なのか帽子を被った女性2人の人形が置かれています。壁には遍路関係のものなのか、びっしりと張り紙が。
ごめん・なはり線を越える(写真は帰路)
赤野の駅を越えると自転車道は上り坂となり『ごめん・なはり線』の線路を跨ぎます。下には赤野川が土佐湾に注ぐのが見え、道端にはもうすぐ咲き出しそうな桜の並木が現れ出します。
ごめん・なはり線
曇りだった空はここにきて青みを増してきて、土佐湾もきらきら輝いています。ちょうどそこに『ごめん・なはり線』のたった一両だけの列車がガタコトと音を立てて過ぎて行きました。シャッターチャンスを逃し写真には写っていませんが、意外と新しそうな車両でした。
安芸近くの海
ごめん・なはり線の線路を越えるとほどなく『赤野休憩所』に着きます。自転車道から階段をちょっと上ったところにあるこの休憩所は、この時は工事中で立ち入れませんでしたが、海への展望所としての広場のようで、安芸生まれの作曲家・弘田龍太郎の歌碑『雨』があります。作詞は北原白秋、
雨がふります雨がふる 遊びに行きたし傘はなし ・・・
弘田の歌碑は安芸市内にもあちこちにあります。
安芸到着 カリヨン広場
赤野休憩所から一漕ぎすれば、安芸の街の入口にあるカリヨン広場に到着。この手前には自転車道の案内がなく、どこが自転車道なのかよくわかりませんでしたが、なんとなく進むとこの広場に出ます。
後方に見える緑色の屋根の建物は安芸ドームと呼ばれる体育館で、そのさらに奥に市営球場があり、阪神タイガースのキャンプ地として使われているそうです。
安芸の街
先の国土交通省の大規模自転車道の案内図によれば、このカリヨン広場から東に2kmほどまで自転車道は延びているようなのですが、どこがそうなのかわからなかったので、安芸駅に向かうことにしました。
適当に走ると、旧道らしい結構立派な古い建物が残っている通りに出ました。中には写真のように土佐漆喰の壁に水切り瓦を持つ大きな建物もいくつか。昭和初期の駄菓子屋かと思われる店先には、旧式の朱色の円筒型の郵便ポストも現役で活躍していました。
安芸駅から野良時計へ向かう途中の家並み
安芸駅には『ぢばさん市場』が併設されています。地元の野菜や特産品、阪神タイガースグッズなどが置かれていて、ちょっと覗いただけですが結構楽しめます。
その安芸駅から北へ向かうと、こちらにも城下町の面影を残したお屋敷が残っていました。
野良時計
お屋敷を抜け広い道に出ると、見事な菜の花畑。そしてその菜の花畑の前には、野良時計があります。野良時計は明治時代に時計の仕組みを独学で学んだこの地の人が、歯車から分銅に至るまでを、たった一人で作り上げたものとのことで、当時野良仕事をしていた人々に時を告げたものだそうです。
この野良時計の横にある高園茶屋でお昼にしました。ちりめん丼は、ちりめんじゃこをごはんにまぶしただけの簡単なものですが、意外とおいしい。安芸の海ではたくさんシラスが取れるそうで、取れたその場で釜揚げにするのだそうです。ちなみにこのあたりではシラスのことをドロメと呼ぶようで、酢醤油などで味付けされたものが酒の肴の定番です。
土居廓中
ちりめん丼を楽しんだあとは、野良時計から少し北にある土居廓中武家屋敷(どいかちゅうぶけやしき)を巡ります。
ここではいくつか独特の建築様式を見ることができます。雨から土佐漆喰の壁を守るための水切り瓦に土と瓦で造られた練塀など。
野村家
土居廓中には40軒ほどの武家屋敷が残っているそうですが、そのうちで最古かつ唯一公開されているのが野村家です。
通りに面した門をくぐると、ちょっとした空間があり、そこから玄関との間および庭との間にもう一つ門が構えてあります。これは『塀重門』といい、外敵の襲撃を防ぐためのものだそうです。玄関は狭く三畳しかなく、これも立ち回りが困難なように作られているとのことです。
土用竹の生け垣
さきほどの塀は瓦の練塀でしたが、このあたりには土用竹やウバメガシの生垣もたくさんあります。こうした生け垣はどこも大変よく手入れされていて、とてもきれいでした。
安芸の山並
土居廓中からは安芸城跡を巡り、そのあと岩崎弥太郎の生家に向かいました。岩崎家はお城跡からは大分離れていて、当時の岩崎家が下士で身分が低いかったことが伺えます。
写真は岩崎家へ向かう途中の風景で、左手の山の麓に岩崎家はあります。
岩崎弥太郎生家
田んぼの中の今でもひなびたところと言ってよい所に岩崎家はありました。NHKの大河ドラマ『龍馬伝』では、ひょこひょこと龍馬が岩崎家を尋ねてくるシーンがありますが、高知と安芸は40kmも離れているので、あれはきっと作り話ですね。それにそもそも龍馬と弥太郎は幼なじみではないそうな。
岩崎家の蔵
茅葺きの母屋は農民の家ならわかるけれど、とても武士の家とは思えない大きさです。武士とはいっても当時の身分の低い下士であれば、こんなものなのでしょうか。
しかしその母屋の横と後ろには立派な蔵が建っていました。この蔵は弥太郎が財を成して後に建てられたのでしょう。妻上部には三菱の御紋も見えます。三菱の紋は岩崎家の家紋『三階菱』と土佐藩主家の山内家の家紋『三つ柏』を掛け合わせたものだそうです。
畑の中を行く
『龍馬伝』のおかげでこのあたりの観光地は結構な賑わいだそうで、岩崎家にもバスツアーの方々が来ていました。
もうちょっとのんびりしたいところですが、貸し自転車の返却時刻は17時。これに遅れるわけには行かないので、岩崎家はさらっと一巡りして帰路に着きます。ここはサイクリングロードじゃあないけれど、ほとんどそれといってもいいような、畑の中の道で快適快適。
安芸の海岸
来る時には通らなかった安芸の海岸に出てみました。するとそこにはドロメではないけれど、小魚がいっぱい干されていました。鯵やサンマくらいの大きさの魚も干されています。
安芸を後に
安芸ドームに寄り、掲示されている阪神タイガースの写真を眺めた後、高知安芸自転車道に戻って野市駅に帰ります。来るときはほとんど無風でしたが、帰りはなんと向かい風。漕いでも漕いでもなかなか前に進みません。ここは風が強いようで、海に面する民家の前には巨大な鉄の暴風スクリーンが設けられていました。
旧土佐電鉄安芸線のトンネル
えっこらえっこら進み、海側が木々に覆われるようになると風は静まり、その後は順調に進むことができました。サイクリングターミナルへの分岐を過ぎると、土佐電鉄安芸線が通っていたことが良くわかるところに出ました。トンネルです。このすぐ先にももう一つトンネルがあります。
トンネル先の高知側の風景
二つのトンネルを過ぎると急に視界が開け、空が明るくなります。高知側は夜須付近の景色です。海辺の静かな集落がのどかでいい感じでした。このすぐ左手に、来るときに通った海岸沿いの跳ね上げ橋があります。民家の屋根の上からピョンと突き出した橋は、とても大きく奇妙に見えました。
香我美駅のチューリップ畑
ヤ・シィパークの前を通り抜け、来る時に行き止まりだった堤防には上らず、下の道を進みます。行きに香我美駅の北側にチューリップ畑を見かけたので寄ってみることにしました。国道55号線のすぐ北側の一角だけが赤・黄・ピンクとカラフルに色分けされています。
ここは毎年この時期に『かがみ花フェスタ』としてチューリップ祭りのようなものをやっているのだそうです。毎年チューリップで描かれる模様は違い、今年は坂本龍馬だそうです。ビールケースで作られた展望台に上ってみると、ん~~ん、坂本龍馬か~??
香宗川
『かがみ花フェスタ』の会場からは野市駅へ向かいます。赤岡町の絵金蔵は結局時間がなくて寄れませんでした。国道を避けて香宗川沿いに北上すると、そこは結構広い道ですが交通量は少なく、眺めがよく快適に走れました。
自転車返却制限時刻の17時ぴったりに野市駅に到着。いや~、貸し自転車、ママ車での60kmはきつかった~