日本の夏は暑い。今年の東京の8月は35度を超える日が続き、台風も例年になく多くやって来て、異常気象も叫ばれている。9月に入っても雨の日と暑い日が入り乱れて、何だかちょっとおかしい。
それはともかく、暑い夏でもちょっとは走りたいとぞ、いう我らが面々。涼しさを求めるには北へ向かうか標高の高いところへ向かうか、基本的にはこの二つしか無い。しかし、北海道は遠いし、標高が高いところは上りがきついと決まっている。
そこで、近場であんまり上りがきつくなく、涼しげなところということで、木陰が多い林道を選んでみた。
都心から一時間。東京都の西の端の八王子は、まず駅の北側が発展し、南側は比較的最近開発された。
かつてからの市街地である駅の北口はごちゃごちゃしていて、自転車を抱えたグループが集うにはあまり適さない。一方の南口は駅前がゆったりしているので、今回はこちらに集合。出発時の気温は28°Cだ。
まず向かうは市街の北を流れる浅川。
南口から中央線の線路を越えて北口側に出るのは簡単で、その後ちょっとした商店街と住宅街を抜けると、浅川に架かる暁橋だ。
浅川には自転車道があるが、ここはすぐに上の車道と合流するので車道を進むが、その車道もここが自転車道かと勘違いするほど狭く、あまり車は通らないので問題なし。
浅川に沿って西へ進むと、先にいい感じの山並みが見えてくる。
あの中に、これから向かう林道盆堀線と入山峠はある。
八王子市役所のところで浅川に南浅川が合流する。そしてそのすぐ先で浅川に城山川が合流してくる。城山川沿いに入ると、それまでの広々とした河川敷がなくなり、住宅街となる。
城山川には大沢川が合流する。浅川の暁橋からここまでずっと、ほとんど自転車道といっていいような道が続いていて、安心して走れる。
その自転車道のような道がなくなると普通の道に出る。標識には『大沢川桑の葉通り』とある。
この道をどんどこ行くと浅川を渡る。ここで再び西の山々が見えてくる。
浅川の先で突き当たるのが陣馬街道だ。陣馬街道はかつては甲州街道の裏街道で、古くから残る住宅もちらほら見られ、現在も少し交通量がある。
ここまで来ると、ぐっと山が近付く。
道沿いには浅川が流れるが、その姿は八王子の暁橋で見たものからは想像ができないくらい細く、また、きれいだ。
陣馬街道に入ってからは、ごくわずかに上っているのが感じられるくらいの傾斜が続く。
圏央道の高架をくぐり抜け恩方中学校を過ぎると、左右の山の間に分け入る感じで、周囲は一気に鄙びてくる。
『夕やけテニス』の標識が現れると、最初の休憩地点の『夕やけ小やけふれあいの里』はもうすぐだ。
その『夕やけ小やけふれあいの里』の手前には『北浅川恩方ます釣り場』があり、鱒釣りを楽しむ釣り人の姿がちらほら。
『夕やけ小やけふれあいの里』はキャンプ場、バーベキュー場、宿泊施設などがある農林業体験型施設で、その中の農産物直販所で休憩。
この日の東京の最高気温は31°Cの予報で、さすがにここに来て暑くなってきた。気温を見ると、ちょうど31°Cだ。
農産物直販所の横には吊り橋があり、その下を浅川が流れている。そこはちょうど滝になっていて涼しげだ。
さらに涼しさを求めて、道路を挟んだ反対側の山の中にある宮尾神社に登ってみることにする。その境内は木立に囲まれていてかなり涼しく、流れていた汗がスーっと引いていく。
ここには童謡『夕焼小焼』の歌詞が刻まれた碑が立っている。
作詞者の中村雨紅はこの神社の宮司の三男だったそうだ。
夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘がなる おててつないでみなかえろう からすといっしょにかえりましょ 子供がかえったあとからは まるい大きなお月さま 小鳥が夢を見るころは 空にはきらきら金の星
宮尾神社のすぐ先には、ちょっとレトロな上恩方郵便局が立っている。
今日は土曜日なので休業だが、ここはまだ現役の郵便局だ。
この郵便局のすぐ先で、浅川は二手に分れている。一方はクライマーに人気の和田峠方面から流れてくる案下川で、もう一方は同じ和田峠に続く醍醐林道方面から流れてくる醍醐川だ。
我らが目指す林道盆堀線の入口は醍醐川沿いにある。
左手を流れていた醍醐川が右手に移ると道幅がぐっと狭まり、『養蚕農家 炭焼三太郎』の看板が掛かったこんな家が現れる。これは通称三太郎小屋で、ここで炭焼き塾が行われていたようだ。
この辺りは戦前はみな農家で現金収入を養蚕で得ていたが、戦後その養蚕がだめになり、炭焼きなどをして生計を立てていたという。このあたりの炭を特に案下炭と呼んだらしい。
三太郎小屋を過ぎると急に山深くなり、いよいよ林道盆堀線の入り口に到着する。
『は〜、あそこが林道の入口かぁ〜』と興味津々の面々。
渓流醍醐川の『にしげいと沢橋』が林道盆堀線の入口で、橋の先に黄色い車止めが見える。
いよいよここから林道に突入だ。
一軒の住宅の横を過ぎると、周囲はすぐに木々に覆われ始める。この上り始めの勾配は5%程度で、わりと上りやすい。
しかし路面には、数日前の大雨で流れ出した木の枝や石ころなどが多数落ちているので、それらを除けつつ慎重に進んで行く。
直線だった道が最初のカーブに差し掛かると、一気に勾配が上昇し10%ほどになる。
カーブを乗り越えてもこの急坂はしばらく続く。ここはエッコラヨッコラと腰を落ち着けてゆっくり上って行く。
しばらくすると勾配は8%ほどで落ち着き、ペースで上れるようになる。
しばらくして左側に谷が開けてくると、右手に湧き水が現れる。これはちょっとひと息付くのに丁度いい。甘くておいしい水だ。
「日本の夏は暑いですねぇ。」と言いながら、ミャンマー帰りのヨンチェスが上って行く。
確かに日本の夏は暑いが、この山の中は下界よりだいぶ涼しく、気持ちいい。ここの気温は27°C。下より4°低くなっている。
湧き水の先で道は急カーブを描き、谷を廻って上って行くのが見える。
道はその上にも見えている。ここはつづら折れなのだ。
このカーブからは、陣馬山から続く稜線が南に見渡せる。
このあたりがこの林道の上りの前半で、もっとも開けていて眺めのいいところだ。
これまで左手にあった谷がいつの間にか右手に移っている。
つづら折れの最中に橋を渡っているのだが、上るのに必死で橋の存在に気付かなかったようだ。
その谷向こうの山を見ると、そこにあったはずの木々は最近伐採されたようで、すっかりなくなっている。
手前の木々に隠れこの右手の谷が見えなくなると、カーブの先に入山トンネルが現れる。このトンネルの入口はスレンダーで、林道によくあるちょっと恐ろしげなそれと違い、わりと入りやすい。
ここまでは林道入口から、距離2.7km、標高差250m、平均斜度9%で、初級者にはちょっときつく、実際、私たちのメンバーの多くがある程度の距離を押し上げている。しかし、押し上げるのも乗って上るのも、時間的には大差がない。
トンネル内はなんとか現象とやらで極めて涼しく、気持ちいい。抜け出るのがもったいないと思うほどだ。
トンネルを抜けるとパッと視界が開く。このトンネルは抜けた先の明るさがとても新鮮だ。
あへあへと上ってきた面々が、浅川の支流の小津川の谷を見下ろす。
トンネルの少し先で東の眺望が開ける。手前には立川あたりが、遠くには新宿の超高層ビル群が見えている。
空気が澄んだ日にはスカイツリーも見えるのだが、この日はそれはちょっと残念。
峠はトンネルであることが多い。入山トンネルを抜けても下りにならない道を見て、『あれ〜、ここが峠じゃあないの?』と訝る面々。この林道盆堀線にあっては入山トンネルは峠ではない。入山峠まではまだ半分近くの行程が残っているのだ。
しかしここからはかなり勾配が緩くなり、ほぼ平坦といった道がしばらく続く。そしていったん下って上りに。
この最後の上りは少し勾配がきついが、一踏ん張りで入山峠に辿り着く。
入山トンネルからあとは、この峠まであっという間だ。
この峠には眺望はなく、簡単な標識があるだけだ。しかし世の中には何の表示もない峠もたくさんあるから、小さくともこうした標識があるのはうれしい。
その標識の前で、とにもかくにもの記念撮影。
しばしの休憩後、入山峠からあきる野側へ下り出す。この下り始めは北西に視界が開け、いい気分だ。
しかし、あっという間に下ってしまい、その写真を取り損ねた。
あきる野側の路面は八王子側より荒れており、ところどころ穴ぼこも開いているので慎重に下る。
盆堀川まで下るともう眺望はまったくないが、代わりに盆堀川の流れが目と耳を楽しませてくれる。
この川にはあちこちに小さな滝がある。
こんなのや、
こんなのなど。
高度がそれなりにあり、森の中なので涼しい上、こんな滝がさらに清涼感を与えてくれる。ここで気温を見てみると、何と24°Cしかない。涼しいわけである。
道の勾配が穏やかになると、周囲は針葉樹で囲まれ出す。
この森もいい雰囲気だ。
森が開き道脇に駐車場が現れるとそこが林道盆堀線の出口だが、八王子側と異なり、こちら側には車止めもゲートもない。
この出口のすぐ先は砂利の採掘場かなにかのようで、ダンプカーが出たり入ったりしているのでちょっと注意が必要だ。
林道を出てからも鄙びた道が続く。
あきる野側で最初に現れるのは盆堀の集落で、傾斜地に民家が立っている。ここもなかなかいい雰囲気。
この集落の一番下には小宮神社がある。今日の昼食はその向かいの地中海料理を出すメリダにした。その外観も欧風なこのレストランのオーナーは芸術家で、しばらくヨーロッパで生活していたというので、レストラン名のメリダはおそらくスペインの街のメリダのことだろう。
イカ墨のスパゲッティやアンダルシア風パエリャを頂いたが、どちらも本格的なパエジェーラ(パエリャ鍋)でサーブされた。
メリダをあとにしなおも下ると、盆堀川が秋川に合流し檜原街道に出る。
もうここは武蔵五日市駅のすぐ傍で、交通量が一気に増す。
ここからは檜原街道ではなく、秋川沿いの細道を進む。
この道は交通がほとんどなく、秋川が近くて気分よく走れる。
このあたりの秋川はそれなりに川幅はあるがまだ浅く、渓流の趣だ。
そんな川の中では、釣り人や家族連れが思い思いの過ごし方で楽しんでいる。
道が穏やかなカーブを描いた先でいきなり真っすぐになると、周囲の雰囲気ががらりと変わり、小さな畑が続くようになる。
その隅っこには、『この先行き止まり』の標識が。
しかし大丈夫。畑の中の地道を突っ切ると、その先にはとてつもなく立派な橋が架かっているのだ。
その橋の上から秋川を覗くと、カップルや家族連れで賑わっている。ここは武蔵五日市駅からほど近い秋川橋河川公園バーベキューランド前の河川敷だ。
バーベキューランドをかすめ、いったん武蔵五日市駅前に出たら、裏道で東京サマーランドを目指す。
表通りの五日市街道はかなりの交通量だが、この網代を通る道はほとんど車が来ないので快適に進むことができる。
引田橋を渡りそのすぐ先で民家の脇を入れば、小さな青い水門があり、そこから秋川に沿って極めて細い道が伸びている。ここは自転車もすれ違えないくらいで、今にも草に埋もれてしまいそうだ。
『うわ〜、今日もサイダー道があった〜』 と何やら嬉しげな面々だった。
この細道は100mほどで終わり、やや広がって自転車道らしき道となる。
先には六枚屏風岩と東京サマーランドの観覧車が見えてきた。
この道はどうやら普通の道のようなのだが、幅員が狭いため車はまったく通らない。
ここは秋川の水面が近く、気持ちよく走れる。
しばらく行くとごく普通の道に出る。その先には圏央道が上空を走っているのが見える。
ここ秋留橋の交差点の手前で河川敷に下りる細道があるのだが、見落として交差点の先まで行ってしまった。戻ってやり直し。
この細道はどうやら遊歩道のようだが、まあ自転車道といってもいいだろうか。
入口付近には草薮の地道があったりして、ちょっと楽しい。
ほどなく河川敷から短い階段で小さな堤の上に上がる。
堤の上は桜並木で、ここも悪くない。
この堤はいつしか終わり、一般的な自転車道のような道になる。林道盆堀線は涼しかったが、ここまで下りてくると、さすがに暑さを感じるようになる。気温は33°Cまで上がっている。
東秋川橋の袂には『秋川ふれあいランド』があるので、そこでトイレ&補水休憩をとる。
秋川は東秋川橋の手前と先で二度、ほぼ直角に曲がり、その先で多摩川に合流する。
多摩川の左岸には有名な多摩川自転車道があるので、睦橋 (むつみはし)を渡り福生南公園に入る。
秋川の河川敷もこのあたりでは結構広くなるが、多摩川のそれは一段と広い。
福生南公園は多摩川の河川敷に造られた細長い公園で、テニス場や野球場があるが、休憩施設のようなものはない。
トイレと補水は先ほど済ませたので、ここはスルーし、多摩川自転車道に入る。
多摩川自転車道の下流域は極めて混雑しているが、このあたりは幅員も狭く、混雑もそう激しくはない。
しかし、東京環状線、八高線とくぐり抜けて行くに従い、自転車道の利用者は徐々に増えてくる。
先に中央線の高架橋が現れると、本日の終着地の立川だ。この線路沿いの道は交通量が少なく、立川駅付近まであまりストレスなく行くことができる。
さて、今日は涼しさを求めて行った林道盆堀線だったが、結果これは大正解だった。
都心から八王子までは電車のアクセスも良く、そこから林道盆堀線入口までもかなり快適な道だ。そして肝心の盆堀線は上りはそれなりにきついが、木々があってかなり涼しいし、眺望もそれなりに楽しめる。あきる野側の盆堀川沿いはひんやりしていて、最高に気持ち良かった。秋川に下ってからの道もなかなか雰囲気が良く、走りやすい。
峠と名が付くものは最低でも今回の入山峠くらいの上りがある。林道盆堀線をある程度押す覚悟があるなら、それなりに坂道が上れるよ、という初級者が峠に挑戦する場としてもいいコースだろう。