友部駅
先週末の都心は天気が良く桜は満開で、最高の花見ができました。しかし今週末の土日は両日とも雨予報なので、1日早めて金曜日に花見サイクリングに出かけました。
やってきたのは茨城県のJR友部(ともべ)駅です。早々に身支度を整えて、水戸線の一つ隣の宍戸(ししど)駅方面へ向かいます。
彼方に吾国山
先に筑波山地の北東部に連なる山列の中央に位置する吾国山 (わがくにさん/標高518m)が見えてきました。今日は桜を愛でながら、筑波山の北側を越え、あの山々のずっと向こうまで走ります。
光明寺の枝垂れ桜
宍戸駅の北側には枝垂れ桜で有名なお寺が三つあります。光明寺(こうみょうじ)、唯信寺(ゆいしんじ)、完全寺(かんぜんじ)。この三つをあわせて「宍戸桜三ヶ寺」などと呼ばれています。
ここは光明寺。写真は本堂前で、川端康成筆の「南無阿弥陀仏」の石碑が見えます。そのうしろの枝垂れ桜は姿がいいですね。山門前にはこれより勢力がある大きな枝垂れ桜があり、どちらも満開です。
赤みが強い枝垂れ桜
境内にはこれら以外にもより赤みが強い枝垂れ桜があります。
唯信寺の枝垂れ桜
光明寺のすぐ南西隣には唯信寺(ゆいしんじ)があります。その鐘楼の横にはかつては大木だった枝垂れ桜があります。だいぶ前に太い枝が折れたことなどから現在その樹勢は衰えていますが、長く残って欲しいと思わせる木です。
唯信寺の枝垂れ桜その2
唯信寺の境内にはこの大木以外にも、より鮮やかな色の枝垂れ桜が何本も植えられています。この時はご住職がその下を掃き掃除されていました。
唯信寺の鬼瓦
コテッチャンが、なにか妙なものがある、と指差す方を見ると、確かに黒い妙なものがあります。近づいてよく見れば、これは唯信寺本堂の鬼瓦でしょう。こうして見るとかなり大きいですね。
これで宍戸桜三ヶ寺の二つを見ました。残るは完全寺ですが、その境内は枝垂れ桜を保護するため、檀家以外立ち入り禁止になっているので、これはまたの機会にして次の目的地へ向かいます。
難台山と愛宕山
宍戸の枝垂れ桜を楽しんだら、常磐線の岩間駅方面へ南下します。涸沼川を渡り、北関東自動車道の下をくぐり抜けてゴルフ場の脇をかすめて進めば、ちょっとした森を抜けたり、田んぼの中を走ったり。本日のコースは関東平野の真っただ中の、美しい田園風景を見ることができます。
田んぼ道に入ると、正面に難台山 (なんだいさん/標高552.8m)、左手に愛宕山 (あたごさん/標高306m)が見えてきます。愛宕山は地元では「あたごやま」と呼ばれることも多いです。どちらも低い山ですが、なかなかいい感じです。ちなみに難台山という名前には歴史があり、南北朝時代に南朝方の拠点として「難台山城」が築かれた場所だそうです。難攻不落の城であったことが、その名前の由来にもなっていると言われています。
一方、愛宕山の方はかつては岩間山と呼ばれていました。江戸時代の国学者・平田篤胤(ひらた あつたね)が記した『仙境異聞(せんきょういぶん)』という書物(天狗にさらわれた少年の体験談をまとめたもの)の中では、この山は「岩間山」として登場します。地元に伝わる「十三天狗」の伝説でも、「昔、岩間山といわれた愛宕山には…」と語り継がれています。しかし、平安時代に京都の愛宕神社から分霊を祀り、「愛宕神社」が山頂に鎮座するようになったことから、次第に「愛宕山」という呼び名が定着していったようです。さらに、愛宕神社が勧請されるさらに古い時代には、「風穴山(ふうけつさん)」とも呼ばれていました。山頂付近に風が吹き出す穴があったことが由来とされています。
このあとは左手に見える愛宕山に上ります。
三社神社
愛宕山の上り口にあるのは、下郷地区の人々が古くから五穀豊穣や家内安全を願って守ってきた、地域固有の氏神様である三社神社。
天正宮の桜
その三社神社を過ぎると緩い上りが始まります。先に見事な桜が見えてきました。ここは天正宮(てんしょうぐう)といいます。
天正宮の鳥居
天正宮は昭和中期にできた新しい宗教法人で、富士信仰(富士講)の流れを汲む教団とも深い関わりがあるため、立派な富士塚があるといいます。ここでサリーナが合流したので、その富士塚を見に行きます。
公誠殿
天正宮の境内には神楽場池があり、その畔にこんな八角形の建物が立っています。扁額には篆書体に近い独特の筆致で「公誠殿」 とあり、信仰の中核となる社殿のようです。
岩間富士
この横にあるのが富士山の溶岩をトラック100台以上運んで造られたという富士塚で、なんと本物の富士山の500分の1の大きさだそうです。よく見ればその形も本物にそっくりですね。近づけば、『開山 富士山』と彫られた石があちこちに置かれています。
愛宕山へ
岩間富士を眺めたらいよいよ愛宕山を上ります。
序盤は針葉樹林の中で見晴らしがありませんが、
桜並木
上の道に合流すると周囲がひらけて明るくなり、今がちょうど満開の桜並木になります。この並木は見事。
上るサリーナ
その桜並木の中をゆっくり上り詰めて行きます。
上るサリーナとサイダー
勾配は平均で9.5%ほどありかなりきついですが、満開の桜が心を慰めてくれます。 😅
下に岩間のまち
ヘアピンカーブをいくつか回ると、下に岩間のまちが見えます。だいぶ上ってきました。
あたご天狗の森公園
天正宮から2kmほど、高度で200m近く上ると、愛宕神社の大鳥居がある「あたご天狗の森公園」に出ます。ここからの眺めは最高で、売店もあって休憩するのにぴったりです。
愛宕神社の大鳥居と桜
しばらく眺めを楽しんで休憩したら、愛宕神社の大鳥居をくぐってさらに上ります。
愛宕神社の階段
着いた先にあるのは愛宕山山頂に立つ愛宕神社です。
愛宕神社拝殿
筑波連山の山頂にある神社はどこも登山をしないと辿り着けないのですが、ここだけがその例外で、車でも登ってくることができます。
しかし拝殿前までは物凄い急角度の階段が続いています。
愛宕神社拝殿の天狗面
愛宕山には天狗たちが住んでいたという伝説があり、天狗にまつわる場所が多くあります。この拝殿の軒下にも天狗の面が納めされており、内部にも巨大な面など、いくつかが奉納されています。そしてこのさらに奥にある奥社の裏手には天狗を祀った「十三天狗の祠」と呼ばれる石の祠があります。
愛宕山からの眺望
この愛宕神社の前からの眺望も素晴らしいです。
愛宕山を下る
愛宕神社にお詣りしたら、愛宕山を南へ下ります。
山根池付近から見る愛宕山
山根池まで下って振り返れば、先ほどまでいた愛宕山が桜の木々の上に見えます。
梨畑の中を行く
ここからは石岡市の八郷地区へ向かうのですが、周囲は梨畑で、ちょうどこの時期はきれいな梨の花が見られます。
もう少しするとりんごも同じような花を咲かせます。この二つはどちらもバラ科で非常によく似ていて区別するのはちょっと難しいのですが、いくつか見分け方があります。まず花の色ですが、梨は真っ白ですが、りんごの花は蕾が濃いピンクで、開いても花びらの外側にうっすらとピンクが残るのが特徴です。この花は真っ白ですね。
梨の花
花の形は、梨は一箇所からバラバラと散らばって咲く印象ですが、りんごは中心のひとつが先に咲き、それを囲むように周りが咲く(中心花と側花)、独特の咲き方をします。そして雄しべの色も違います。写真の雄しべは先端が赤紫色をしています。これが梨の花の大きな特徴です。りんごの花は、ここが黄色っぽいことが多いです。
もう一つの見分け方は栽培方法の違いです。写真の背景には、水平に張られたワイヤー(棚)が見えます。梨は「棚仕立て」といって、枝を水平に誘引して栽培するのが一般的です。一方、りんごは通常、立木(樹木のような形)で育てられます。5月に入ってから、少しピンク色が混じった可愛らしい花を見かけたら、それはりんごかもしれません。
農薬散布車
畑の中では真っ赤な小さなかわいらしい作業車がなにやら作業をしています。これは農薬を散布しているのですね。
筑波山と菜の花
梨畑が終わると先に筑波山(つくばさん/標高877m)が見えてきました。足元には真っ黄色の菜の花!
道端の桜
そして道端のあちこちに桜。のどかないい道です。
筑波連山
正面は筑波山の北に位置する加波山(かばさん/標高709m)、その右は燕山(つばくろさん/標高701m)です。
浦須の畑道
石岡市の八郷地区中心部が近づいてきました。しかし裏道を行けばまだまだこんな楽しいところがたくさんあります。
うしろに愛宕山
振り返れば先ほど上った愛宕山あたりの山々が見えます。
佐久良東雄旧宅
八郷は茨城県内でも珍しく、茅葺き屋根の民家がたくさん残っている地区です。これは歌人佐久良東雄(さくらあずまお)の旧宅で国の史跡に指定されています。
佐久良東雄旧宅長屋門
立派な長屋門があり、その奥に茅葺屋根の主屋と土蔵とが立っています。
柿岡の菜の花と桜
里の菜の花と桜も満開です。
タンポポ
タンポポも!
八郷中心部を行くサリーナとコテッチャン
次の目的地は筑波山の西側にある真壁です。ここからは筑波山のどこかを越えてその西側に出なければなりません。昨年9月に石岡筑西線に上曽トンネルが開通したので、今回はその旧道で上曽峠(うわそとうげ)を越えることにします。
綿引家住宅
筑波山の麓の上曽までやってきました。ここでまず昼食においしいおそばをいただきました。そして石岡筑西線へ向かったのですが、すぐ近くに茅葺き屋根の民家があったのを思い出したので、立ち寄ってみました。
この家はこのあたりの古い民家ではめずらしく二階建で、平面形も四角形ではなくL字形をしています。この建物はかつては松本屋という屋号を持つ旅籠を営んでいたといわれています。二階の欄干などがその面影として残っています。
筑波流と呼ばれる軒先の凝った意匠
石岡筑西線は古くは銚子街道と呼ばれていたようで、様々な物資が銚子から、利根川、霞ヶ浦を通って高浜で荷揚げされ、この上曽を経て下館に運ばれていました。ここは上曽峠の手前で荷の積み替えが行われた場所で、かつては上曽宿と呼ばれていました。そんなわけでここに旅籠があったのでしょう。
茨城県南西部の茅葺き屋根は筑波流と呼ばれるもので、凝った意匠が特徴です。その一つが軒の意匠です。深く差し出された軒の縞模様は「トオシモノ」または「段葺き」と呼ばれます。ここでは 6 本のトオシモノに小口を白く塗った竹の「クダ」と呼ばれるものが施されています。
キリトメ
棟の端部は「キリトメ」あるいは「キリトビ」と呼ばれ、特徴的な意匠が施されることが多いです。ここは「本」という文字と、そのまわりに「クダ」の美しい装飾が施されています。
上曽トンネルへ続く新道
さて、ここから峠越えです。これは上曽トンネルへ続く新道で、正面あたりにこれから越える上曽峠があります。
上曽の旧道
こちらが旧道の石岡筑西線です。旧道のまわりには見応えがある建物がいくつか残っていて、そうしたものを眺めながら上るのも楽しいです。
上曽峠への上り
街並みが途絶えると周囲は針葉樹に覆われるようになります。この峠道には眺望がなく、視覚的にはあまり楽しめる道とは言えませんが、車の通りがほとんどないことで安心して上れます。
上曽峠
上曽峠に到着。残念ながらここにも眺望はありませんので、一息ついたらそそくさと真壁へ下ります。
真壁/上宿通り
下りはあっという間に終わり、真壁の街に入りました。うしろが下ってきた上曽峠がある山です。
伊勢屋旅館
真壁の街は戦国時代末期に形づくられ、江戸時代初期に完成したといわれています。町割りはそれから今日までほどんど変わっていないようです。そうした中に歴史的な建造物がひっそりと息づいており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。ここは雛祭りで有名で、その時分は大勢の人で賑わいますが、それ以外の時期はとても静かなところです。
この伊勢屋旅館は明治中期の建物で、元は料亭でその後旅館業へと転換したそうです。
潮田家住宅
その向こうの角に立つ潮田家住宅(うしおだけじゅうたく)は呉服太物商だったようですが、現在は商いはされていないようで店は閉まっていました。時代の流れで仕方ないことかもしれませんが、店が開いていないのは寂しいですね。
旅籠ふるかわ
これは築160年の古民家を改装し比較的新しくオープンした旅館で、たしか「旅籠ふるかわ」といったと思いますが、表札は「旅籠まかべ」になっています。オーナーが変わったのかもしれません。奥は木村家住宅。同じようなスケールの建物が二棟並んでいるのがいいですね。
山中家住宅長屋門
これは山中家住宅の長屋門。間口は13.5mあるそうです。中央部の門口は欅材で豪壮な構えです。しかし左右の部屋の壁は漆喰塗で腰は簓子下見板張なので、街路景観に馴染んでいます。
桜餅を頬張るコテッチャンとサイダー
真壁にはお気に入りの白川菓子店があるので、ここでちょっと休憩です。桜の季節なのでここは桜餅をいただきました。
なつかしの森永ミルクキャラメル
この白川菓子店でなつかしいものを発見、森永ミルクキャラメルです。これ、まだ売っていたんですね。コテッチャンは奥様へのプレゼントとして1つ購入しました。
そのキャラメルの器が載っているショウケースの中には、かつて結婚式の引き出物としてよく使われた、 落雁の鯛の木型が展示されていました。ご主人によると今でも注文があれば作るそうで、つい最近も結婚式用として作られたそうです。
真壁神武祭
この日は神武天皇遥拝殿で真壁神武祭が行われたそうです。神武天皇は神話・伝説上の人物で、日本の初代天皇として日本書紀や古事記に登場します。
神武天皇を祀る神社としては奈良の橿原神宮(かしはらじんぐう)が有名で、そこでは日本書紀に書かれている神武天皇の崩御日をグレゴリオ暦に換算して4月3日とし、この日に神武天皇祭が行われています。これに習い、全国の神武天皇を祀る神社では4月3日付近に同行事が行われているようです。
谷口家住宅
これは谷口製糸所とその経営者の住居の建物群です。土蔵や門などが連続する景観は真壁でも特に美しいものです。
加波山
さて、これで真壁はおしまいにして、次の目的地の雨引観音(あまびきかんのん)へ向かいます。
右手には筑波連山の加波山(かばさん/標高709m)が見えます。筑波連山は筑波山の北に、弁天山、きのこ山、足尾山、丸山、加波山、燕山、雨引山、御嶽山と並んでいます。加波山は筑波山に次いで標高が高い山です。
雨引山
そして雨引山が見えてきました。中腹に白いものが見えますが、あれは桜です。雨引観音は桜でも有名なのです。
雨引観音への上り
雨引観音へはいくつかのルートがありますが、今回は林道東山線を行きます。
雨引観音の桜を見上げる
えっさこらさと上っていくと、視界が開けて上に桜の花が見えます。どうやら雨引観音に着いたようです。
林道東山線出口
林道東山線の出口に到着。このすぐ上が雨引観音です。
雨引観音の桜と筑波山
雨引観音の駐車場の奥にある桜の木からやってきた方を眺めると、遠方に筑波山が見えます。
雨引観音に到着したコテッチャンとサリーナ
この桜の木の下で記念の一枚。
ちょっと疲れた!
仁王門
雨引観音は正式には雨引山楽法寺(あまびきさんらくほうじ)といいます。創建587年とされる古刹で、この時期は桜で有名ですが、他にも三千株とも五千株ともいわれる紫陽花や紅葉の名所としても知られています。
雨引山とはちょっと変わった名ですがその名の由来は、嵯峨天皇の代に干ばつが国中を襲い、雨を祈願して天皇自らが写経したものをここに納めると大雨が降ったので、勅命によりここを雨引山と定めたことからだそうです。
本堂
現在楽法寺は安産、子育ての霊場とされていますが、これは光明皇后が安産を祈願したことに始まるようです。 延命観世音菩薩を本尊とし、坂東観音霊場第二十四番札所にもなっています。現本堂(観音堂)は1682年(天和2年)築。
六角堂から筑波山を望む
六角堂から筑波山方面を望めば、下に桜の花が雲のように広がり、とても幻想的。
雨引観音から関東平野を見る
こちらは広〜い関東平野!
孔雀
面白いことに雨引観音ではさまざまな動物に出会えます。ヤギやウサギが放し飼いにされ、孔雀もいます。
白い孔雀
これは檻の中に入っていますが、珍しい白い孔雀。
雨引山を下る
動物を眺め、桜を眺め、筑波山を眺めたら、雨引山を下ります。
つくばりんりんロードと筑波山
雨引山から下ったら、つくばりんりんロードで岩瀬駅方面へ向かいます。
岩瀬駅前の桜
岩瀬駅前にも大きな桜の並木があります。
今日は各地でたっぷり時間を使ったのでだいぶ遅くなってしまいました。もうあまり陽が残っていないのでここで上がりにしてもよかったのですが、天然記念物で名勝の磯部桜川公園がすぐ近くなので、覗いてみることにしました。
磯部桜川公園付近の磯部通り
磯部桜川公園には30数種類の桜があり、主に公園の主役は山桜です。そして桜川特有の11種(桜川匂・樺匂・梅鉢桜、白雲桜、薄毛桜、初見桜、初重桜、源氏桜、大和桜、青毛桜、青桜)があるそうです。どうやら天然記念物はこの11種のようです。ここの桜はソメイヨシノより開花が遅いものが多いのですが、この日はすでにかなり咲いていました。
国指定 天然記念物「桜川のサクラ」
国指定 天然記念物「桜川のサクラ」という石碑が立っています。
ここは世阿弥の謡曲「桜川」の舞台です。これはごく簡単にいえば、「木の花(桜)は散ってもまた咲くが、親子の別れはそうはいかない」という母の心情が、美しく舞い散る桜の情景とともに描かれている名作です。
櫻川磯部稲村神社
公園の奥には櫻川磯部稲村神社があります。
この神社に伝わる「桜児物語(さくらこものがたり)」という話が、謡曲「桜川」の元になったと言われています。境内やこの周辺は、物語の母と子が再会を果たした場所とされており、文学的・歴史的に非常に重要なところです。
磯部の周囲を取り囲む山々
磯部は周囲をぐるりと山に囲まれていて、山桜も楽しめます。特に北にある高峯は、山そのものが桜で彩られ、ダイナミックな景観を楽しめるところです。これはまた次の機会に訪れたいと思います。
