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牛久沼周辺の谷津田巡り

開催日 2026年07月04日(土)曇り
参加者 コテッチャン/サイダー
総合評価 ★★
難易度
走行距離 71km
累積高度 400m
地域 首都圏
茨城県

谷津を行くコテッチャン
桂川と清明川を繋ぐ谷津

コース紹介

稲敷台地の谷津田を巡り、観音寺に立ち寄って金剛力士像の阿吽の呼吸を体感したあと、日本一大きな牛久大仏を仰ぎ見、泊崎大師堂から牛久沼を眺めます。

地図:GoogleマップgpxファイルGARMIN ConnectRide With GPS

発着地 累積距離 発着時刻  ルート 備考
ひたち野うしく駅
START 発09:25 一般道 上野07:54→08:57ひたち野うしく/1,040円
1998年開業/常磐線で最も新しい駅
二所ノ関部屋
1km 着09:30
発09:30
谷津道
稀勢の里の部屋、横綱大の里
乙戸川の谷津に下る
観音寺
26km 着11:45
発12:00
谷津道
創建1226年、本堂:1707年再建
金剛力士像:造立1650年、乙戸川の谷津
牛久大仏
29km 着12:10
発12:10
一般道 高さ120m、青銅製大仏立像として大きさ世界一
霊園内にWC、駐車場150台
昼食
30km 着12:20
発13:30
一般道 とき和/刺身定食1,350円、唐揚げ定食1,000円
小川芋銭記念館
雲魚亭
43km 着14:20
発15:20
一般道 河童の絵で有名な画家、河童の碑
住井すゑ文学館/『橋のない川』、和菓子 和楽
アヤメ園 45km 着15:25
発15:40
一般道
5〜6月が見頃
園内と三日月橋の袂に河童の像
茎崎橋 50km 着16:00
発16:00
一般道 欄干に河童の絵
茎崎運動公園:WC、自販機、眺望
泊崎大師堂
はっさきだいしどう
56km 着16:25
発16:35
一般道 茨城百景 牛久沼碑、牛久沼眺望
七浦大明神
みどりの駅 71km 着17:10 - みどりの菜々遥
TX線:みどりの駅20:30→21:11新御徒町/1,070円
日の入り19:00

ひたち野うしく駅

関東地方は6月7日に梅雨入りしました。これは去年より16日も遅いのですが、実は去年はかなり早く入り、今年は平年並みだそうです。去年は空梅雨ぎみでしたが今年は梅雨らしい天候が続いていて結構雨の日が多く、ここまで走ることができませんでした。この週末は日曜日に日光方面を予定していましたが、天気予報では雨。関東地方は土曜日なら東部の平野部に限ってなんとか走れそうです。ということで予定を変更。そのあたりが庭のコテッチャンのストックコースを走ることに。

やって来たのは常磐線の『ひたち野うしく駅』。この駅は常磐線では最も新しい駅で、1998年の開業です。

ひたち野うしく駅の駅前をスタート

この場所は1985年に開催された「国際科学技術博覧会(つくば万博)」のアクセス駅「万博中央駅」(臨時駅)が置かれていた場所でした。万博終了後に臨時駅は解体され、しばらくは広大な空き地や林が広がる何もないところでしたが、1990年代後半から新駅設置に向けて急速に区画整理が始まりました。その後「ひたち野ニュータウン」として完全に生まれ変わりました。

二所ノ関部屋

7月は名古屋場所です。っていきなりですが、大相撲です。私は大のとはいいませんがそれなりの相撲ファンで、毎場所楽しみに見ています。特に近年は特徴ある元気な力士が増えて、かなり面白くなっていると思います。ここ二場所は怪我で休場していましたが、もっとも新しい横綱である第75代横綱大の里(おおのさと)もその一人です。大の里は第72代横綱稀勢の里(現二所ノ関親方)の部屋に所属しています。

その二所ノ関部屋は確か阿見町(あみまち)だから、このあたりだよな〜と思って探してみると、ありました。それも駅から僅か1kmというところに。ひたち野うしく駅は『うしく』とあるように牛久市なのですが、阿見町は牛久市に隣接しており、二所ノ関部屋はその境に位置しています。来週から名古屋場所が始まるので、部屋ごと名古屋に移動しているのでしょう。この時、建物には人気がなく、力士の姿は見えませんでした。しかしそれにしても、建物が大きく立派でびっくりしました!

乙戸川の谷津を行くコテッチャン

ここは茨城県。境といえば利根川を境界としてその南部は千葉県です。千葉県北部から茨城県南西部にかけては台地が広がっており、これら利根川を挟んだ両側の台地を総称して「常総(じょうそう)台地」と呼ばれることがあります。茨城県側は「常陸(ひたち)台地」、そしてその中でも特にこのあたりは「稲敷(いなしき)台地」と呼ばれます。二所ノ関部屋がある阿見町は稲敷郡です。「稲敷」は奈良時代の古文書にまで遡る、1300年以上の歴史を持つ非常に由緒ある古代地名です。

今日は稲敷台地を走るのですが、ここは非常に谷津(やつ)が多い地形です。谷津は谷戸(やと)とも呼ばれますが、台地が雨水や湧き水によって長い年月をかけて浸食され、樹枝状に削られてできた細長い谷のことです。この谷の底は湿地帯になっており、そこに作られた田んぼを「谷津田」と呼びます。すなわち今日はこれらの谷津田を巡る企画です。

二所ノ関部屋からまずは乙戸川(おっとがわ)の谷津に下ります。

蓮田

するとすぐに蓮田(はすだ)が現れました。蓮田と言ってもピンとこない方もいると思いますが、これは蓮根を栽培している池で、レンコン畑と呼ばれることもあります。茨城県はレンコンの生産量が日本一(シェア約半分)で、その一大拠点が霞ヶ浦の南側に位置するこのエリアにあります。

ハスの花

この時期は葉っぱは大きくなり、ハスの花が咲き出して、とてもきれいです。

乙戸川の谷津田

蓮田の先は田んぼ。これが谷津田です。

谷津は木の枝のように複雑に入り組んだ形をしていて、伝統的にはその中に田んぼが築かれます。その縁には道が連続しているので今日の前半はこれを伝って行きます。

上長の谷津

乙戸川の谷津を小池まで下ったところで、枝分かれした小さな谷(支谷:しこく)に入ります。ここは上長(かみおさ)地区で、地元では「うら谷津」と呼んでいる美しい谷津田があり、地元の農家や茨城大学の学生たちが協働で再生・保全活動を行っています。

谷津田の周囲には大抵道がありますが、それは非舗装のところもあり、ある谷津から他の谷津に移動する際はいったん丘を上らなければならないこともしばしばです。

谷津の上の丘の畑

谷津の上の丘にはこうした畑が多く見られます。ハート型をした緑色の葉が地面を覆うように密集して茂っています。これはサツマイモですね。

サツマイモは水はけの良い土壌を好むため、このように土を高く盛った「高畝(たかうね)」を作って植えられます。茨城県は、サツマイモの生産量が鹿児島県に次いで全国2位(干し芋の生産量はダントツ日本一)です。この地域の水はけが良い火山灰土(関東ローム層)の台地は、まさにサツマイモ栽培にうってつけの土地となっています。

桂川の谷津を行くサイダー

今度は桂川の谷津に下りました。田んぼの中の緑色の稲はスクスクと伸びているようです。今日は日差しがないのが残念ですが、陽の光を浴びたこの時期の田んぼはそれはそれはきれいです。

もっともこの時期に日差しがあると、暑くて走れないので、今日は曇りでありがたいのですが。

大水溜まり

昨日は雨だったので条件が悪いところは走りにくいかも、と思ってはいたのですが、ついにこんな大きな水溜りが出てきました。水深は深くないので、ゆっくり走って渡りきることができました。

小さな谷津

桂川の谷津から清明川の谷津に移るのですが、ここはその二つを繋ぐ小さな谷津です。

清明川の谷津

清明川の谷津は、幅が100m〜300m程度と比較的狭いわりに、源流(阿見町中心部)から霞ヶ浦の河口付近まで、本流に沿って延びる谷の長さは約10km強にも及び、台地に入り込む無数の細い支谷が非常に発達しています。まるで毛細血管のように台地を複雑に侵食しており、局所的でプライベート感のある里山風景(うら谷津など)が多数点在しています。

左の丘の上に見える巨大な建物は、1984年(昭和59年)に造成が完成した工業団地の一角です。当時、隣接するつくば市(筑波研究学園都市)の開発・発展に伴い、その周辺地域に先端技術産業や製造・研究拠点を誘致する一環として整備された歴史があります。丘の上の森を伐採して、巨大な工業団地が造られたのですね。

飯倉谷津

清明川の支谷である飯倉谷津に入りました。上長から飯倉にかけてのエリアは、里山保全地区(うら谷津)の主要な一部になっています。

飯倉の丘越え

飯倉谷津のどん詰まり付近からは再び丘に上って桂川の谷津を目指します。ここは森です。工業団地やアウトレットなどができる前の原風景です。

首都圏中央連絡自動車道付近

報徳で道を間違えて少しうろうろしましたが、なんとか予定のコースに復帰。ここはなんとすぐ側を首都圏中央連絡自動車道が通っています。

桂町の小さな谷津

首都圏中央連絡自動車道の南側で桂町の小さな谷津に入りました。

谷津の合流点から牛久大仏の頭を見る

桂川の谷津に出るとコテッチャンがなんだかニヤニヤしています。

『サイダー、なんか気がつかない?』と言うのですが、ナンジャラホイ! コテッチャンが指差す方を見ると、丘を覆う木々の先に何か人工物が飛び出して見えています。なんだろうと思ったら、

『あれは牛久大仏の頭さ!』と。

桂川

ということでこのあとは牛久大仏を目指します。

まずは桂川に沿って下ります。写真は谷津の真ん中を流れている桂川です。この川は1kmほど下流で乙戸川に注いでいます。

谷津は地形としては川の作用(侵食)でできたものなので、多くの場合その真ん中には川が流れているのです。

乙戸川の谷津

二所ノ関部屋から下りた乙戸川の谷津の下流に出ました。この谷津の幅は300m〜600m以上(中下流部)もあり、このあたりではかなり大きな方です。その長さは約17km(乙戸沼付近〜小野川合流)ほどあるようです。

倒れた木に通せんぼ

谷津田の縁を牛久大仏へ向かって北上して行くと、あれ〜! なんと倒れた木で道が塞がれています。ここは農耕車くらいしか通らないので影響は小さいですが、早く片付けてね。私たちは木の枝を払ってなんとか通り抜けられましたが。

観音寺仁王門

コテッチャンは大の仏像好きで、ジオポタ仏像探検班の班長です。すぐ近くにこの辺りではちょっとした由緒のあるお寺があるので覗いてみました。鎌倉時代前期の1226年創建とされる、天台宗の威徳山観音寺です。

参道に咲く百合

この参道にはオレンジ色の百合が咲いていました。緑を背景としたオレンジ色の花はかなり目立ちます。

阿形(那羅延金剛)

仁王門は1706年(宝永3年)建立のようで、左右に金剛力士像が安置されています。向かって右が阿形(那羅延金剛)、左が吽形(密迹金剛)で、これらは1650年(慶安3年)に造立されたものと考えられています。

江戸時代の地方寺院に見られる金剛力士像は、鎌倉時代の運慶・快慶系の力強い作風とはかなり異なる特徴があります。観音寺の仁王像にも、次のような江戸時代らしい特徴が見られます。

吽形(密迹金剛)

  1. 誇張された筋肉表現

    胸筋・腹筋・上腕筋が大きく盛り上がり、解剖学的な自然さよりも「強さ」を強調しています。

  2. 顔の表情が類型化

    鎌倉彫刻のような緊迫感や個性よりも、定型的な表現が中心です。

    • 阿形(那羅延金剛)は大きく口を開く。
    • 吽形(密迹金剛)は口を結ぶ。

観音寺本堂

本堂は江戸時代中期1707年(宝永4年)に再建されたようで、間口・奥行ともに12.6mの方形。当時の屋根は茅葺だったのではないかと思うのですが、今日は金属板葺になっています。正面中央に向拝を設け、参拝空間を強調しています。

牛久大仏へ向かうコテッチャン

観音寺のお参りが済んだら、谷津から丘に上って牛久大仏を眺めましょう。

最初にこの牛久大仏を目にした時は本当にデカイと感じましたが、今見ても大きいですね。全高は120mで、日本最大の仏像です。青銅(ブロンズ)製の立像としては世界最大であり、ギネス世界記録にも登録されています。この大仏と周囲の霊園を管理・運営しているのは浅草本願寺です。

カッパのマンホール

ここでこんなものを発見しました。カッパのマンホールです。ひょうきんでいいですね。

3度目の乙戸川の谷津

牛久大仏の近くで昼食を頂いて、午後の部開始です。

三度目になりますが、乙戸川の谷津を通ります。

小野川へ向かう

ここで谷津巡りはおしまいにして、牛久沼に向かうことにします。

乙戸川からその南を流れる小野川へ向かえば、そこはやっぱり木々が鬱蒼とした森なのでした。

トウモロコシ畑

その森を抜ければ、今度は背高のトウモロコシ畑です。実はまだ付いていないようです。

遠山町の小谷津

午後の部は牛久沼がメインなのですが、そこへ向かう途中にも小さな谷津がありました。このあたりは本当に谷津だらけです。

常磐線の低いガード

常磐線に出ました。このガード下の高さが凄いです。たったの1.6mしかありません。頭をぶつけないように慎重に潜り抜けます。

常磐線のE531系

常磐線には様々なカラーリングの列車が走っていますが、これは青い帯で、普通列車(中距離電車)用としてはもっとも新しい2005年にデビューしたE531系です。

常磐線とほぼ平行して走る『つくばエクスプレス』は常磐線の混雑緩和を主目的に「常磐新線」として計画・建設されたのですが、採算上の都合でJR東日本が手を引いたことから、常磐線と競合関係となりました。そのためJRは競合区間である上野駅 - 土浦駅間に、この新型車両を投入し、130km/h運転を行う特別快速を新設しました。デビュー当初から普通列車としては土浦以北まで走っていたのですが、E531系は特別快速というイメージが強いようです。

小川芋銭記念館『雲魚亭』

常磐線の先には牛久沼があるのですが、道路が湖畔から少し離れているため、沼はしばらく見えません。牛久沼の北岸に沿って北へ向かうとほどなく、小川芋銭記念館『雲魚亭』が見えてきます。

雲魚亭内観

小川芋銭(おがわ うせん)は牛久出身の日本画家で、カッパの絵を多く残したことで知られています。

雲魚亭は芋銭が最晩年に自宅敷地に建てたアトリエで、現在は小川芋銭記念館として公開されており、芋銭の愛用品や複製画が展示されています。

カッパの絵

芋銭は画家であると同時に俳人であり、多くの作品は絵に俳句などが添えられています。

河童の碑「誰識古人画龍心」

雲魚亭から、牛久沼を望む小道を少し歩いた木立の中にひっそりと佇む「河童の碑」(かっぱのひ)は、芋銭の偉業と彼の人柄を讃えるために、没後の1951〜1952年頃に友人や関係者、小川家によって建立された石碑です。

そこに刻まれているのは芋銭が晩年に描いた『河童図』と、同じく芋銭が作った七言漢詩「誰識古人画龍心」です。「誰識古人画龍心」は「だれか知る古人画龍の心(だれかしるこじんがりゅうしん)」と読むようです。「なぜ(実在もしない)河童ばかり描くのか」と問われた芋銭が、人々に答えた言葉とされています。意味は「昔の人が龍を描いたときの本当の心(精神)を、一体どれだけの人が分かってくれているだろうか(いや、分かりはしない。私の河童の絵も同じなのだ)」ということのようです。

住井すゑ文学館

雲魚亭のすぐ近くに作家の住井すゑの文学館があります。

住井すゑは奈良県出身ですが、その夫の郷里であるこの地に移住し、以来ここで執筆活動を行ないました。大作小説『橋のない川』は大ベストセラーとなり、映画化もされました。

住井すゑ文学館は2021年(令和3年)オープンで、内外ともにきれいに整備されており、執筆に使われた書斎が一部再現されているほか、自筆の原稿や愛用の万年筆などの貴重な資料が展示されています。

住井すゑ文学館から牛久沼を望む

住井すゑ文学館の庭からは牛久沼が見えました。もう少し見晴らしが良いといいのですが。

くずバーを頬張るサイダー

この近くには和菓子屋さんがあるのでちょっと立ち寄ってみました。この店はどら焼きが有名なのですが、今日は暑いので冷たいものを求めました。葛をベースにしたアイスの『くずバー』(200円)は、食べやすくてちょうどよかったです。

田んぼの先に牛久沼

くずバーで体を冷やしたら、近くのアヤメ園に向かいます。

ここまで牛久沼はチラッとしか見えませんでしたが、ここに来てようやく、田んぼの先にその姿を現しました。

牛久市観光アヤメ園

稲荷川を渡る三日月橋が見え出すと、その袂に牛久市観光アヤメ園があります。アヤメの花は5月ごろに、それとよく似たハナショウブは6月ごろに見頃となりこの時期はもうないのですが、ちょっと覗いてみましょう。

沼の畔の湿地帯の中に大きなしだれ柳が立っており、その周囲に蓮やハナショウブなどが植えられています。ここはアヤメ園という名ですが、湿地帯なので水はけの良い乾いた土壌を好むアヤメではなく、水辺や湿地を好むハナショウブがメインのようです。

カッパ像

その中にカッパ像が2つあります。これは「河童の碑」に描かれていたものをある彫刻家が立体化したものだそうです。

よく見ると、一般的にイメージされる「頭にきれいにお皿が乗って、クチバシが尖っている」という漫画のような河童とは少し違い、背中を少し丸めたような独特の哀愁漂うポーズで、どこか人間くさい感じがします。

アヤメ園のハスの花

その横ではハスがそろそろ見頃になりつつあります。

「河童と犬の像」小島功作

ちょっと奥にもう一つカッパの像がありました。これは日本酒「黄桜(きざくら)」のCMキャラクターである、あの色っぽくも愛らしいカッパのイラストを描いた小島功(こじま いさお)が手がけたもので、河童の総本山とも言える牛久沼と小川芋銭へのリスペクトを込めて制作したものだそうです。

アヤメ園と稲荷川

アヤメ園の駐車場横にトイレ兼展望台があるので上ってみました。

手前側の川が稲荷川で奥側が谷田川、左に見えるのが牛久沼です。

三日月橋のカッパ像

アヤメ園でカッパ像を眺めたら三日月橋で稲荷川を渡ります。

この三日月橋の袂にも芋銭のカッパがいました。先ほどのアヤメ園のものとまったく同じですね。

新地町の田んぼの縁を行く

稲荷川と谷田川に挟まれた狭いところは「新地町(しんちちょう)」と言い、稲荷川に沿って田んぼが築かれてます。

戦国時代、この地域を治めていた岡見氏が、牛久沼に突き出た天然の要害であるこの高台に新しく「東林寺城」を築きました。本城である牛久城や周囲の古い集落に対して、「新しく構えられた拠点(城・またはそれに伴い拓かれた新しい土地)」という意味で「新地」と呼ばれるようになったという説が有力です。

茎崎橋のカッパ絵

谷田川の茎崎橋(くきざきばし)を渡ります。その欄干にはカッパがたくさん描かれています。これは芋銭や小島功のような大家の作ではないようで、一般的にカッパというとイメージされるようなキャラクターとして描かれています。

下岩崎付近の田んぼを泊崎大師堂へ

茎崎橋からは谷田川沿いを下って、牛久沼に大きく突き出た半島の先端に位置する泊崎(はっさき)大師堂へ向かいます。

ここにも青々とした田んぼが広がっています。ずっと先に見える先っちょが大師堂がある泊崎です。

バナナの木?

コテッチャンが以前このあたりで道端にバナナが生っているのを見たというので、バナナの木を探しつつ進んでいきます。するとありました、バナナの木。この時は残念ながら実は生っていませんでした。

ところでバナナに大変よく似た植物にバショウ(芭蕉)があります。どちらも同じ「バショウ科バショウ属」に分類され、見た目はそっくりです。バナナは寒さに弱いのでこのあたりの路地ではほとんど実をつけないどころか、冬も越せず枯死してしまいます。一方のバショウは寒さに強く、バナナよりだいぶ小さいですが実をつけます。この木はおそらくバナナではなく、バショウだと思います。

ちなみに俳人 松尾芭蕉(まつお ばしょう)の俳号は、このバショウに由来しています。

大型の真っ白な百合

バナナの実は見られませんでしたが、百合の花が咲いていました。とっても大きくて真っ白です。頭が重いので倒れそうなのですが、うしろからロープで引っ張ってありました。

下から泊崎大師堂を見上げる

半島の先端にある泊崎大師堂に到着。

泊崎大師堂

泊崎大師堂は、平安時代の初期、弘法大師が諸国を巡礼していた際にこの地を訪れ、自ら一晩で木造の大師像を彫り上げて安置したのが始まりと伝えられています。

お堂自体は大変小さなものですが、今日ここは『茨城百景 牛久沼碑』があることからもわかるように、牛久沼の景勝地として知られています。

泊崎大師堂より牛久沼を望む

この日は陽の光がないので写真は今ひとつですが、ここからは牛久沼の絶景が見られます。特に夕暮れの、夕日が空と湖面とを赤く染める時間帯がいいです。

西谷田川に沿って北上

さて、本日はこれにて終了。このあとは西谷田川に沿って北上し、つくばエクスプレスの「みどりの駅」を目指します。

吹き上げる農業用水

田んぼの縁を走って行くと、横を通っている農業用水のパイプが壊れたのか、水が噴き上がっています。

その水が薄日を反射してキラキラ輝いてきれいです。

女郎蜘蛛

この噴水の横では大きな女郎蜘蛛が巣を張って餌となる虫がやってくるのを待ち構えています。

満面の笑みを浮かべるコテッチャン

みどりの駅に到着。この駅の開業は、つくばエクスプレスの秋葉原駅〜つくば駅間の全線開業と同じタイミングの2005年なので、すでに20年以上の歴史があります。しかし駅前には飲食店は少なく、居酒屋は焼鳥屋一軒しかありません。最近は焼鳥屋でもけっこうなお値段を取るところが少なくないので、少し離れたところにある、美味しいご飯と楽しいお酒を売りにしている店に入り反省会です。

コテッチャンはこの辺りはほとんど庭のようにしていてよく走るようなのですが、彼の作ったルートをちょっとアレンジしたこの日の谷津をメインにしたコースを大変気に入ったようで、とても喜んでくれました。よかった〜


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