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新春午づくし

開催日 2026年01月04日(土)快晴
参加者 コテッチャン/コムラン/ジーク/コンタ/ミッチー/サリーナ/サイダー
総合評価
難易度
走行距離 34km
累積高度 300m
地域 首都圏

コース紹介

新春干支シリーズ、今年は『午(うま)』。馬に関係する場所を巡ります。


集合場所  上野公園 大噴水南側
集合時刻  09:50
解散場所  上野公園
持物    健康保険証、緊急時連絡先(実家など)のメモ、ライト、チューブ
企画者   サイダー
決行案内  開催前夜


地図:Googleマップgpxファイル/GARMIN Connect/Ride With GPS

発着地 累積距離 発着時刻 ルート 備考
上野公園 START 発10:00 一般道 大噴水、馬上の小松宮彰仁親王像
湯島天神 2km 着10:15
発10:35
一般道 干支の馬(午)の絵馬
神田明神 3km 着10:40
発11:00
一般道 神馬あかりちゃん
厩橋 6km 着11:15
発11:25
一般道 江戸時代、幕府の米蔵があり荷駄馬用の厩があった
御厩河岸の渡し/歌川広重:御厩河岸
浅草寺駒形堂 6.5km 着11:30
発11:40
一般道 「駒形」の地名の由緒ともなった馬頭観音を祀る
葛飾北斎:馬尽 駒形堂・御厩川岸・駒止石
仲見世商店街 7km 着11:50
発12:10
一般道 生珍味 浅草左馬
矢先稲荷神社 8km 着12:15
発12:30
一般道 やさきいなりじんじゃ
拝殿に馬の天井画100枚
浅草寺 9km 着12:35
発12:45
一般道 浅草神社の正月行事に江戸時代は流鏑馬
馬場、馬市
馬道交差点 9.5km 着12:50
発12:50
一般道 馬道:僧が馬術鍛錬のため浅草寺の馬場へ通った
江戸時代初期には南馬道町・北馬道町があった
隅田公園 10km 着13:10
発14:00
一般道 4月に浅草流鏑馬
madei
馬頭観音
千住東
15km 着14:25
発14:30
一般道 道端に立つ小さな開放型の覆屋
馬頭観音
足立区扇
21km 着15:00
発15:10
一般道 道端に立つ瓦屋根の小さな木祠
馬頭観音
北区豊島2丁目
26km 着15:40
発15:45
一般道 道端に立つ文字だけの石塔
庚申塔や石仏群 が点在するエリア
馬頭観音
北区上中里
28km 着15:55
発16:00
一般道 道端に立つ粗末な覆屋
東覚寺 31km 着16:15
発16:25
一般道 馬頭観音、谷中七福神、赤紙仁王様
浄名院 33km 着16:35
発16:45
一般道 約三万体の地蔵尊像
上野公園 34km 着16:50 - 新年会:LA COCORICO 5,500円
日の入り16:41

馬頭観音を祀る都内の寺

浅草寺駒形堂 「駒形」の地名の由緒ともなった馬頭観音が祀られている。毎月19日開帳
両国回向院
人形町大観音寺
練馬区本寿院

■神社

熊野神社 葛飾区 神馬3頭
千束八幡神社 大田区 源頼朝の名馬池月

■馬頭観音

足立区扇 馬頭観音堂
足立区千住東 馬頭観音
北区豊島2丁目 馬頭観音 庚申塔や石仏群 が点在するエリア
北区上中里 馬頭観音 北区上中里2-4-4付近
田端 東覚寺 馬頭観音/谷中七福神/赤紙仁王様 江東区南砂 中央寺 石像馬頭観音坐像 写真は出てこない
江東区北砂 妙久寺 馬頭観世音供養塔 どのようなものか不明
富岡八幡宮「馬頭観音社」 所在未確認
江東区猿江2-2-17 猿江神社 馬頭観音社 小さい

■その他

上野桜木 浄名院 約三万体の地蔵尊像
旧安田庭園 駒止稲荷神社 北斎《馬尽 駒形堂・御厩川岸・駒止石》
大宝元年(701)、大宝律令で厩牧令が出され、全国に国営の牛馬を育てる牧場(官牧)が39ヶ所と、皇室に馬を供給するため、天皇の命により32ヶ所の牧場(勅旨牧)が設置された。東京には「檜前の馬牧」「浮嶋の牛牧」「神崎の牛牧」が置かれたと記録にある。 檜前牧は浅草付近であったと「東京市史稿」では推定している。
浅草馬二町会 旧町会名「馬道二丁目町会」 この「馬道」という町名は、江戸初期の頃からあるといわれ、年月を重ね住居表示の変遷や町域の変更を経て、「浅草馬道」から「馬道」がなくなり現在の町名「浅草」になりました。現在の「浅草」になる前の旧町名「浅草馬道二丁目」が「浅草馬二町会」の区域になっています。 「馬道」の由来は、江戸時代から新吉原へ行く遊客が馬に乗って通った道だったからなど諸説ありますが、中でも浅草寺境内に馬場があり、僧が馬術を練習する際に通ったところ、その通路を馬道というようになった説が一般的です。


「旧浅草馬道  「馬道」という町名は相当古くからあり、「御府内備考」によるとすでに江戸時代初期には南馬道町、北馬道町の名があった。ちょうど浅草寺境内から二天門を通り抜けた左手に南馬道町、その北隣りあたりが北馬道町である。享保十五年(一七三○)には二天門の右手に南馬道新町ができるなどして浅草寺の東側一帯に浅草寺子院街として発展したが、明治十年(一八七七)この付近が整理統合され浅草馬道町ができた。そして昭和九年(一九三四)さらに浅草馬道町は隣接する幾つかの町を合併して町域を広げるとともに、町名を浅草馬道に改めた。  町名の由来は諸説あるが、むかし浅草寺に馬場があり、僧が馬術を練るためその馬場へ行くおりこの付近を通ったところ、その通路を馬道というようになったと言われている。 台東区」
馬市 藪の内/江戸名所図会 「馬市  藪の内といへるにあり 毎歳十二月なかばのころ 南部駒三歳立なるを ここに出して売買す」
馬市は、毎年12月中旬、2歳または3歳の南部駒(なんぶこま)100~150頭を南部藩から曳(ひ)いて来て、売買した市です。南部藩の馬宿(うまやど)をつとめる馬喰(ばくろう)3軒が藪の内にありました。その昔は府中六所宮(ふちゅうろくしょのみや)と浅草、麻布十番の3か所で開かれていましたが、享保年間(1716~1736)に府中六所宮の馬市が中止となり、その後は、この浅草薮の内と麻布十番の2か所だけで行われるようになりました。現在の台東区花川戸二丁目あたりに該当します。

■昼食候補

ボン花火 03-5830-1180
ASAGE CAFE 浅草蔵前店 050-5589-7348
明るい農村 おむすびとサンドイッチ
日本自転車コースリスト GEO POTTERING home