今日はニセコ滞在の実質最終日。さて、どのように過ごしましょうか。『小樽で海鮮丼を食べるのは?』『小樽までは片道70km超、見所も多くて時間不足だよ』『じゃあ洞爺湖は?』などワイワイ話し合い。
そうしたら、レイナが蘭越町の西にある寿都町を見つけました。『あまり混んでいなさそうだし、途中にいくつか見所もあって海鮮丼も食べられそう!』ということで、寿都町へドライブすることに決定。
では出発。いつものレイの運転で、まずは西へ。昆布駅、蘭越駅を経由して、丘陵地の間に広がる緑の田畑を通り過ぎていきます。
ところで、内陸なのに『昆布』という地名は不思議ですね。正確にはわかっていませんが、アイヌ語からきた、あるいは太古の大津波で山に昆布がたくさん上った、という説があるそうです。
蘭越町の共栄というところで、『ここを左!』とレイナ。r267から入る林道は『民有林林道 蘭越・磯谷線』といって、ハイキングコースになっているようです。
『え、ここに本当に入るの?』とは、運転担当のレイ。細い林道の両側は木々が生い茂る深い森です。対向車が来たらヤバそう、ダートになったら。。と不安げなレイですが、乗っているだけの人々は『大丈夫、大丈夫』とノーテンキ。
『素敵な絶景があるみたいよ』とはレイナ。意を決して、くねくねの細い坂道を慎重に上っていくレイ。
しばらく進んだところで『あ、上を見て見て~』とサリーナ。見上げると、森の上に白い風車がブンブンと回っています。どうやら目的地は近いようです。
森を抜けるとそこは開けた高台になっていました。丘陵地の先には海、そして積丹半島が見えます。
ここは、寿都町の磯谷高原というところです。
この開けた場所には、1996年まで町営磯谷牧場があったそうです。
寿都町は全国でも有数の強風の吹く町で、その風を有効活用しようと早くから風力発電に取り組んでいました。
ブイ~ン、ブイ~ンという音と共に羽が回って、風車はかなりの迫力。足元の影がビュンビュン動いてちょっと恐ろしいくらいです。
2021年から稼働するここ『尻別風力発電所』には、蘭越町と寿都町とにまたがって合計10基の風車が建設されています。
北の方を眺めると、日本海の奥の積丹半島までに渡せます。
『おお~、絶景!』と景色に見惚れる一同。
東の方へ目をやれば、尻別川に沿った蘭越町の田畑の風景が広がっています。
雲がなければ羊蹄山も見えるそうですが、この日は残念ながら雲の中。
こちらは西の風景。これから向かう方面です。寿都湾の向こうに突き出るのは弁慶岬。
他には誰もいないジオポタ独占の絶景で記念撮影です。
『ほらね、来てよかったでしょう』と、えへんです~は中央のレイナ。『仰る通り』と左のレイ。『さすが女王様~』と右のサリーナ。そしてカメラはサイダー。
この磯谷高原からは、林道がさらに西の先の日本海近くまで続いています。林道の西側は道幅も少し広く、勾配も緩いので難なく下りをクリア。
そして、日本海に出てきました。ここは寿都湾、そして彼方に見えるのは弁慶岬。このあたりも、かつては鰊漁で賑わったといいます。
海沿いのR229を進んでいくと、次の見所が現れました。『旧歌棄佐藤家漁場(きゅう うたすつさとうけぎょば)』として国の史跡に指定されている鰊漁の親方の住宅です。
1890年頃の建築というこの建物は『カクジュウ佐藤家』と呼ばれ(『カクジュウ』は屋号)、屋根には六角形の天窓を持つ和洋折衷のつくり。
“鰊御殿”は、通常は親方の住宅と漁夫の溜まり場・宿泊スペースである番屋が併設されていますが、この建物は親方の住宅のみ。番屋は、現在はありませんが、かつて海側に別棟として建てられていたそうです。
美しく均整のとれた建物、そして風雨に耐えてきた板壁には風格が感じられます。
この建物には現在も佐藤家の子孫の方々がお住まいで、内部を見ることはできません。建物は2015年に町に寄贈され、一般公開に向けての調査や保全整備を進めているとのこと。
詳しい説明記事はこちら。
ところでこの海辺から南西方向、寿都湾の最も深い海岸を眺めると、海辺にたくさんの風力発電の風車群が立ち並んでいてびっくり。
手前は『風太風力発電所』、奥の方は『寿の都風力発電所』といって、2003年頃から整備されてきたそうです。さすが、寿都町は『風のまち』。
この海辺の国道R229は、函館と小樽を結ぶR228、R5と合わせて『日本海追分ソーランライン』の愛称で呼ばれています。ソーラン節は、鰊漁の際に歌われた『鰊場作業唄』が元になっているそうな。
そのR229をさらに進むと、次の鰊御殿が現れました。こちらは『橋本家』。写真は蔵です。
そして、この橋本家の蔵を利用した『そば処 鰊御殿「昌の屋」寿都店』がありました。
入ってみたいけれど、まだ11時。そして今日は海鮮!という思いもあり、心残りながら通り過ぎます。
蕎麦屋の隣の建物が、1899年築の橋本家の母屋です。現在は復元保存のための調査・修復中とのこと。
橋本家は獲れたニシンで漁の資金や資材を貸し付ける商人だったそうです。商家の住まいだったこの建物は、1949年からは『恵比寿屋旅館』、そして『鰊御殿』と名を変え、2011年まで旅館業を営んでいたそう。『泊まってみたかったなあ』とサリーナ。
そして、橋本家の前の海辺には、小さな祠と鳥居がありました。
これは恵比寿神社。恵比寿様の形をした石が網にかかり、それを祀っているのだそうです。
『はい、次はお寺に行きますよ』と、本日のツアーガイドのレイナ。海辺の道から一本内陸に入ったところにある西光寺にやってきました。
お目当ては『保護記念樹木』とされているケヤキの木ですが、みんなでお寺の周りを探してもなかなか見つかりません。
レイナがスマホで色々調べた結果、『このお寺入口にある並木がそうみたいですよ』。ケヤキといえば、すうっと高く伸びて枝が扇のように広がる綺麗な樹形をイメージしていたので、幹や枝が無骨に曲がっている意外な姿にびっくり。ケヤキは北海道には自然分布していないそうなので、寒さに耐えてちょっと違う姿になったのでしょうか。
この数本のケヤキはお寺を作るときに植えられ、地域の人々に愛された『仏木』として北海道の保護記念樹木に指定されたようです。巨木が大好きなジオポタメンバー・ベネデッタの代役としてケヤキを抱きしめるレイ。
続いて海辺の道に戻り、風車群の下に入ろうとしましたが、そこはダートの細い道でした。
風車群は離れて見ればいいか。。とR229に戻ります。
もう少し先に行けば風車の下に舗装路もあったようですが、まあ、R229から並んでいるのを眺めるのもいいでしょう。
青空と海の間に並ぶ風車群を眺めつつ、お腹が空いてきたのでどんどん先へ。
やってきたのは寿都漁港のすぐそばにあるダイマル大谷会館。メニューは海鮮だけでなく、カレーやチャーハンなど色々あります。しかし『ウニはない』との張り紙が。。
『でも、やっぱり海鮮丼でしょう』と、豪華な定食を頼んだのはレイナ。
他の3人は、お刺身付きホッケ定食。
ホッケは美味しかったけど、お刺身はイメージした量より少なく、『もうちょっと食べたかったなあ』と思う3人でした。
さて、お腹も満たされたので、寿都漁港の周辺をちょっと散歩しましょう。
漁港のすぐ横には道の駅『みなとま~れ寿都』があります。その漁港側の入口付近に置いてあったのは、鰊漁で使った保津船。大正から昭和初期まで実際に使われていた船だそうです。
道の駅に入ると、そこでレンタサイクルを発見。何と、全てターン(Tern)の折り畳み自転車です。
レンタサイクルとしては珍しい気がしますね。折り畳み機能を使うことがあるんでしょうか? とはいえ、我々ジオポタとしては試乗してみたくなりますね。
道の駅を出て、漁港をぶらぶら歩きます。奥に見える水色の建物は寿都漁協。
漁協のお魚カレンダーによれば、この時期8月に獲れる魚は、柳の舞、ホッケ、ホタテ、スルメイカ、ブリ、カレイといったところ。
ちょうど漁船が帰ってきました。たくさん獲れたかな?
こちらの船はたくさんのライトをぶら下げているので、イカ釣り船でしょうか。
そんな港の岸壁を何気なく覗いてみると、黒くて丸っこくてトゲトゲのものが。どう見てもウニでは? こんなところにもいるんですね。
次に来るときには、ウニがたくさん獲れてウニ丼を食べられるといいな。
さて、再び車に乗り込み、さらに海辺を先へ、先へ。
次の目的地は、目の前に長く伸びた弁慶岬です。
そして、弁慶岬に到着。広い駐車場に車を停めると、駐車場の先にでん、と武蔵坊弁慶の銅像。ところで、なぜここに弁慶?
伝説では、追手を逃れた義経と弁慶がここに滞在。弁慶は岬に立って援軍を待っていたが援軍は来なかった。。
実は、この岬一帯はアイヌ語で『破れたところ』という意味の『ペル・ケイ』と呼ばれており、それを和人が『べんけい』と発音したことが伝説の発端だとか。
弁慶像の先にある弁慶岬灯台は、明治年間の1888年頃建設されたといいます。弁慶像と灯台周辺の散策路には、鮮やかなピンクのハマナスが咲いていました。
車に戻り、R229で弁慶岬を回り込むと程なく寿都町から島牧村へと入ります。『次はまた眺望の良いところですよ』とレイナ。
R229からの小さな分岐を何とか発見し、車一台通るのがやっとの細い道を上っていくと、すぐにダートになりました。午前中に眺めた磯谷高原の絶景を思い描き、慎重かつ大胆に?車を進めていくレイ。対向車が来たらどうするのかね~
何とか眺望が開けている所に出てきました。ここが歌島高原です。車を停めて少し歩いてみましょう。
とりあえず、右手に向かって歩きます。そちらにはNHKの中継所があり、島牧村が一望に見渡せるスポットらしい。
写真はもっと奥の高台にあるNTTの無線中継所です。
ススキに囲まれた小道を行くレイナとサイダー。
背後には、日本海と島牧村の湾曲した海岸線が見渡せます。なかなかの景色ですが、全体に霞みがかり、山の上の方は雲に隠れていてちょっと残念。
小道の左手には日本海が。こちらも雲に覆われてくっきりとは見えません。
NHKの中継所は電波塔が2本。特にそこ自体に見所があるわけではないので、そのまま引き返します。
『すごい絶景があると思ったのにな~』とサイダーがつぶやく。
しかし日本海と反対側の南を見れば、丘陵地に緑の森がずっと広がり、幾重にも続いています。
『ん、これは北海道らしい景色だね~』とサイダー。
あたりはもう秋の雰囲気。ススキや草の葉っぱに覆われ花などは見当たりませんでしたが、ようやくピンクの一輪を見つけました。
エゾカワラナデシコ。最後の花が残っていたようです。
車に戻り、歌島高原を出発。
日本海と島牧村全体を見渡せるこの景色は、晴れていれば確かに絶景でしょう。
とその時、目の前の道の脇の草むらに動くものが。ぴょん、と跳ねて一瞬のうちに道を横切り姿を消しました。
子鹿が挨拶に来てくれたのでした。今日の行程はこれでほぼ終わりですが、『鹿を見られてよかったね~』と、皆満足気です。
帰る途中、寿都湾の深部にある寿都温泉『ゆべつのゆ』へ。1995年開業のこの町営温泉では『美肌』『癒し』の2種類の泉質が楽しめ、何と特産のバジルを入れたお湯も!(金土日のみ)。写真を撮り忘れましたが、立派な施設です。
お風呂でゆっくりまったりしたら、帰りは内陸の道を行きます。函館本線に沿ったR5を走って蘭越町に入り、蘭越駅の近くのミニスーパーで買い物して帰宅。
今日は、2週間のニセコ滞在の最後を飾るドライブ。短期間の旅ではなかなか訪れることのない、小粒でキラリと光る隠れた名所を発見できました。そして、コテージでの夕食も食べ納め。最後の夕食は、豪華なナスとベーコンのトマトパスタ、トマトとツナとミントのサラダ。実は、冷蔵庫の食材を使い切るためのメニューでした(笑)
コテージライフもあとわずか。名残惜しいですが、明日は昼前にコテージを出発します。