タリン(エストニア)、ツェースィス(ラトヴィア)
バルト三国その2


ツェーシスの子どもたちツェースィスの街角で見かけた子供たち

◆エストニアのタリンへ

12時発のバスでリーガからタリンへ向かう。 車窓から松林越しにちらちらとバルト海が見えます。 隣の席に金髪のすごく可愛い少女が乗っていました。 ロシア語が話せるか聞いたら、話せるという。 12才のポーランド人でした。 両親と思しき人が少し離れた後部座席に乗っていて、変なことに気が付きました。 この少女、母親とはロシア語で話していますが、父親とは英語で話しているのです。 どういうことでしょうか?

エストニアの国境では、パスポートのチェックに1時間もかかりました。 国境は高速道路の料金所を殺風景にしたような感じで、トイレがあるきりあとは何も無い! 小雨が降っていて寒い。 拳銃を所持した国境の係官が出たり入ったりいやに厳しく、ピリピリしています。 この事情は帰国後にオリガさんから話をきいて判明しました。

無事に国境を通過して、午後6時ごろタリンに到着。 タリンの宿泊は安いホステルの個室にしました。 シャワー、トイレは共同だけれどもすごく清潔に感じ、フロントもすこぶる愛想のいい美女でした。 このホステルは旧市街の雰囲気のいい通りに面していて、思わず嬉しくなりました。

タリン旧市街

タリンの城壁タリンの城壁

タリンは起伏の激しい土地に築かれた街で、さらに高い石灰岩の丘に築かれた城を中心にしたトームペアと呼ばれる地域と市民が築いた下町の二つ部分から成っています。 大部分の城壁が現存している稀有な存在です。 石畳の迷路のような曲がりくねった路、坂道と階段の街、平らなところはほとんどなく、広場すら傾いています。 トームペア城はいまでも議会として使われているほか、旧市街の建物は多くの教会、ホテル、レストラン、博物館、美術館、土産物店などが軒を連ね、観光に特化している印象です。

タリンの旧市街は城壁に囲まれた中世の都市で、その城壁の大半が現存している極めて貴重な遺産です。

城壁の内側城壁の内側

城壁の内側はこのような木造の回廊がめぐっています。

トームペア城トームペア城

トームペア城を外側から見る。 城を城壁の中側から見ると宮殿のファサードをしています。

着いた夜にさっそく散策に出ました。 夜は9時半ごろまで明るい。 トームペアの方から100人前後の若者がなにか叫びながら隊列を組んで坂道を下りてきました。

トームペアの公衆便所トームペアの公衆便所

翌日、街に出るとあちこちの建物のガラスが割られています。 いたずらにしてはひどすぎるなと思ったけれども、そのときは昨夜の若者たちと関連づけて考えませんでした。 トームペア城も鉄条網とバリケードで包囲されていているし、街にはたくさんの警察官が出て警戒に当っています。 何も知らない私はノー天気にポタリング。 帰国後にオリガさんから電話があり、タリンで暴動に巻き込まれなかったか心配していたとか。 彼女曰く、何でもロシアの武将の銅像をどこかに移設することを政府が決定して、それに反発したロシア系住民が暴動を起こしたそうです。 最近のエストニアとロシアの関係悪化が背景にあるようです。 さすがはオリガさん、世界のニュースに通じています。

トームペアにあった公衆便所は、コインロッカーのようにコインを入れると開く仕組になっていました。

ラエコヤ広場ラエコヤ広場

朝の9時にあちこちの教会の鐘が鳴り出し、それぞれ音色とリズムが違い、あたかも音楽を奏でているようで感動的です。

旧市庁舎前のラエコヤ広場です。 オープンカフエがたくさん店を出しているが、あまり客はいません。 なぜならば気温が0度前後と、屋外で寛ぐには寒すぎます。

エストニア土産エストニアで買った唯一の土産。 素朴で表情がいいと思いませんか。

新市街

人力タクシー原宿でもお馴染みの人力タクシー

新市街の中心部は現代建築が建ち並ぶ近代都市で、リーガのような19世紀の建築などをみることはできません。 人口もリーガの半分以下、トラムもトロリーバスも走っていますが、小規模で静かな落ち着いた都市という印象です。

タリン港タリン港

ここからヘルシンキ、ストックホルムをはじめ各地へフェリーや高速艇が発着しています。

◆ラトヴィアのツェースィスへ

当初の計画では、内陸部を通って国境を自転車で越える予定でした。 しかし、接続のバスがあるのかないのか、時刻などさっぱり分らないので断念。 来たときと同じルートで一旦リーガへ戻り、バスを乗り継いでツェースィスへ行くことにしました。

聖ヨハネ教会13世紀に建てられた聖ヨハネ教会の前で

エストニアに入るときは1時間もかかった同じ国境を、ラトヴィア側からはたった5分で通過。 リーガに着くと、タリンに比べてやはり全体的に薄汚い印象がします。 バスターミナルで30分後に発車するツェースィス行きのキップを買いました。 実はこのときちょっとしたミスを犯したのです。

白樺林の中を走ること2時間、ツェースィスに到着。 ホテルは真新しい家族的な小さいホテルで、何もかも新しく気持ちが良いのですが、部屋の暖房があまり効いてなくて、すこし寒い。

ここで問題発生! リーガで換金をしなかったので、ラトヴィアのお金を小銭しか持っていませんでした。 リーガのような都市ではあちこちに両替所があり、24時間営業しているところもありますが、ここ田舎町では両替できる銀行は一軒しかなく、着いたときはすでに閉まっていました。 しかも明日は5月1日メーデーです。 銀行も商店も休業! 万事休す。

翌日アルークスネに行く予定にしていましたが、アルークスネ行きのバスはなんと早朝の5時30分と6時35分の一日2本しかないという。 お金がなく、そんな早朝にチェックアウトもできないので、アルークスネ行きは断念して、ここにもう一泊することにしました。

ツェースィス散策

ツェーシス城1207年に建てられたツェースィス城

ツェースィスはリーガに次いで古い町で、14世紀の城址を中心にした小さなのんびりした地方の町です。 ラトヴィアの国旗はもともとはこの城の戦旗でした。 この町でメーデーの日、市民マラソンならぬ市民自転車レースが開催されていました。 あちこちから自転車を積んだ車が集結して、町は自転車一色、中心部は車を通行止めにして仮設トイレも設置され、スタート地点は大音響でF1ような音楽が流れ、ムードが盛り上がります。

ちびっ子自転車レースちびっ子自転車レース

朝、ちびっ子の部がスタートし、昼前レーシングチームの部がパトカーを先導にスタート。 揃いのレーシングスーツでかっ飛んで行きます。

一般の自転車レース午後はいよいよ一般の部がスタート、これだけの自転車がどこに待機していたのかおびただしい数です。 老若男女、なかには二人乗りもありました。 最後部が走り抜けるまでにかなりの時間を要しました。

リーガへの列車リーガへの列車

ツェースィスの3日目、小雪が舞っています。 朝、無事に両替できて、きょうの予定はリーガに戻るだけ。 リーガ行きのチケットを買いにバスターミナルに行ったところ、 鉄道駅の駅舎でバスのチケットも売っていて(田舎の町はこのケースが多い)、ちょうど良い時間にリーガ行きの列車があったので、これ幸いと鉄道で戻ることに決定。

まもなくやって来たのは3両編成のディーゼルカーで、この列車に乗ってリーガに戻りました。 入口付近は1列シートになっていて、自転車や乳母車を置いておけるスペースが作られています。 車内はがら空き、私の乗った車両は10人程度の客しか乗っていません。 デッキに近い席だからか、横揺れ大きいが、この揺れも鉄道らしくて悪くありません。 途中から雪が本降りになり、リーガに近づいたら雨に変わりました。

ヨーロッパの鉄道のプラットホームなぜこんなに低いのか、去年キエフの中央駅をぶらついていて、判ったような気がすします。 鉄道はもともと馬車から発展したもので、馬車の停まる道にはホームがない。 キエフ駅の一番手前のホームは駅広から段差なしバリアフリーで行ける。 車でも行ける。 ホームは鉄道にとって道と同じではなかろうか。

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uploaded:2007-06-04