2012年ゴールデンウィークツアーの最終日は、北アルプスの白馬から大糸線に沿って南下し、松本までの予定。
しかし朝起きれば空には低く雲が立ちこめ、天気予報によれば昼頃には雨とのこと。それなら大町で温泉に浸かって帰るのもいいかな、と思いながら白馬の宿を出発。
村の中の桜は満開。後ろには北から順に、白馬三山の白馬岳(しろうまだけ2932m)、杓子岳(しゃくしだけ2812m)、白馬鑓ケ岳(はくばやりがたけ2903m)がかすかに白い頂を見せています。
そしてさらに南に、唐松岳(からまつだけ2696m)、五竜岳(ごりゅうだけ2814m)と続きます。
白馬村の出口の平川にやってくると、昨日は気付かなかった鯉のぼりが川を渡っています。
そういえばもうすぐこどもの日ですね。
ここ白馬村には、今回の旅の出発地である日本海に面した糸魚川と城下町松本を結ぶ旧街道、千国(ちくに)街道が通っていました。この街道は『塩の道』とも呼ばれ、山奥の信州にとっては貴重だった塩を日本海から運ぶ道でもあったのです。
白馬から北部の小谷にかけては石仏が多く残されており、昔の面影を色濃く残しているそうですが、そちらは次回にして、今日は南に下ります。
飯森で大糸線の線路を渡り、姫川沿いに出ます。
姫川はここから新潟県の糸魚川へと下って行き、日本海に注ぎます。つまり『塩の道』はこの姫川と同じルートを取っていることになります。
飯森からは姫川に沿う姫川自転車道で姫川源流自然探勝園を目指します。
飯森から南下する道は現千国街道のR148とこの姫川沿いの道しかありません。
国道を行くのは気が進まなかったのと、姫川自転車道は昨日その一部しか通っていないようなので、再びこちらを。
後ろに白馬の山々が遠ざかって行きます。
r33白馬美麻線を越えると、左手に昨日出てきた地道が現れました。しかし自転車道はそちらではなく姫川沿いを行っています。
このあたりで自転車道は狭くなり、ちょっと地道となり、その脇を流れる姫川も細くなります。
このあたりの姫川はとても浅く、水はきれいに澄んでいます。
姫川自転車道は造りが自転車道らしくなく、ただ小川の脇、畑の中を通るだけの道といった雰囲気が良く、ちょっと地道があったりするのも楽しい。
今日、曇りなのは残念ですが、曇りは曇りでしっとりとした情緒があるようにも思えます。
小さな橋を越えると、道は再び地道に。
この川には、静かに釣りをする人々もとても良く似合います。
穏やかなカーブをいくつか描きつつ進むと、いつしか姫川の土手はなくなり、川面がぐっと近づきます。
道の先は木々で塞がれています。
その木々の生えているところが姫川源流自然探勝園でした。
姫川自転車道はここで突き当たっておしまいになり、そのまま探勝園の中に入ります。
この園には塀も門もなく、ただ自転車道の突き当たりに『名水百選 姫川源流湧水』と書かれた石の碑があるだけ。
その碑の後ろが姫川の源流となる湧水とされる場所です。
姫川の源流は古くは青木湖だったようですが、その流れは佐野坂の地すべり堆積物によって堰き止められ、今の源流はこの後ろにある親海(およみ)湿原とされています。
姫川源流自然探勝園はこの親海湿原を含み、木道や歩道が整備されています。
私たちはこの木道を少しだけ散策することにしました。
木道の足元、湧水の周囲には特別な花が咲いていました。
その一つがこのミズバショウ。こんなにきれいなミズバショウははじめて見ました。
紫の可憐なこれは、たぶんカタクリ。
木道の外側には小さな黄色い花が群生。
それは福寿草。
透き通った黄色の花びらが幾重にも重なり、ちょっとロマンチックで幻想的な花です。
木道は湧水を廻って少し高い位置に上りました。
ここからは姫川へと流れ出る湧水が俯瞰できます。
上の写真でもわかるように、湧水はあちこちから湧き出ているように見えます。
その中でこの写真の流れは南流と呼ばれており、親海湿原側からの力強い一筋です。写真手前が上流。
姫川源流自然探勝園の散策路はまだまだ続きますが、私たちは一番下にある木道だけで切り上げ、佐野坂峠へ向かいます。
探勝園を出るとすぐに姫川の支流があり、その先には例によって後立山連峰の山々が見えています。この流れに沿って行けば、佐野の集落の中を通るR148に出ます。
小さな流れの脇では桜とこぶしが満開。
佐野坂峠は現在ではR148にあるものを指すと思いますが、私たちが目指したそれは『塩の道』だった旧道にあるものです。
そこへのアプローチはサンアルピナ白馬さのさかスキー場への上り。
この上りを行くと、いきなりスキー場のリフトが現れ、ゲレンデに入ってしまいます。しかし良く見ればリフトの左側にかすかに道らしきものが。
方向を変え、その道らしきものの方に寄れば脇には僅かながら雪が残っている。(写真は戻ってきた時のもの)
ここでも桜は、いくらか葉を出しているものの、満開です。
道らしきものは大糸線の際を上り出し、どうやらこれが間違いなく佐野坂峠への旧道だと確信できます。
しかしこの道は地道で、木の枝が積もり、荒れ放題。
峠まではわずかに1kmほどなので、なんとかなるだろうと先へ進みます。
上り出すとすぐにサリーナが遅れ始め、後ろの方でなにか叫んでいます。どうやらここは進めないから引き返そうということらしい。
これを無視して上ると、広葉樹の樹間から佐野方面が見えるようになります。たいして上っていないように思えますが、ここまで佐野の集落からは50~60mほどの高度差があるようです。
この先で道端にわずかに雪が。
佐野坂峠を行くこの細道は『塩の道』であり千国街道でした。
ここには佐野坂西国三十三番観音像と呼ばれる石像が並んでいます。
高遠片倉村の石工によって創られた千手観音や十一面観音が一番から三十三番まで順番に、道端の木陰にひっそりと佇みます。
二番観音像までやってきました。
その前には佐野坂西国三十三番観音像について記された案内板があり、その奥には、鬼が投げようとしたがびくともせず、その爪あとが残っているといわれる鬼石があります。
ここで道の先を見ると、そこには道の全面を覆う雪が。
この道に並ぶ観音様はどこかちょっとかわいらしく、ユニークに見えます。
しかしサリーナの顔は仁王様のように怖い!
佐野坂峠まであと200m。自転車がなければ進めるかもしれませんが、あの雪の中を自転車を担いで行くのはしんどいし、仁王様も怖い。
ここで佐野坂峠、撤退と相成りました。
サリーナは下りも押しで、サイダーはなんとか乗車して、上ってきた道を佐野の集落へ下ります。
ちなみにこの『塩の道』は佐野坂峠を越えると、仁科三湖の一番北にある青木湖の西の畔で三十三番目の観音様とお分れして湖畔の木立の中の細道を進み、中網湖の西岸へと続いて行きます。そこから小熊黒沢林道で木崎湖の湖畔に抜けようと思っていたのですが、これはいつかまたの日に。
上り始めたスキー場まで下ると、ちょうどそこで雨が降り始めました。ここで完全撤退です。
一番近い駅、大糸線の南神城駅へ向かえば、佐野の集落の中にこんなものが。
道祖神です。信州は道祖神の宝庫で、特に松本・安曇野地方にはその数が多く、白馬村にも50余があり、これは形態上、双体神祝言像と呼ばれるものだと案内板にあります。二基ありますが、右のものに二人彫られているので、この案内は右側のを指しているのでしょう。
その右側のものは男らしき像が盃のようなものを持ち、女らしき像がそこに酒を注いでいるように見えます。祝言って、飲み会なのね。
さて、南神城駅に辿り着けばそこは小さな無人駅。1~2時間に一本しかない電車は運良くすぐにやってきました。この電車に揺られながら、走れなかった安曇野の風景を眺めつつ、帰路に着きました。