小豆島・豊島(てしま)の旅も三日目。今日は小豆島から豊島に渡り、アートと鄙びた集落を巡ります。
小豆島の土庄港(とのしょうこう)発の一番のフェリーに乗り、いざ豊島へ。
快晴! 青い空と輝く海が眩しいほどのいいお天気です。
海には小さな船と、フェリー・オリーブラインの姿が見えます。
ものの10分も経たないうちに、小豆島はずいぶん後ろに遠ざかりました。
『今日は豊島なんですね。豊島ってあんまり良く知りませんが、楽しみ〜』 と、今向かっている豊島に夢を膨らませるクッキー。
小豆島と豊島は航海時間30分と、とても近いです。うしろに遠ざかる小豆島を眺めている間に、前方の豊島が大きくなってきました。
左手に見えている浜は、上陸したらすぐに向かう予定の王子ヶ浜。右手の山が豊島の最高峰壇山(だんやま)でしょう。私たちが乗っているフェリーが着く唐櫃港(からとこう)は、この写真の少し右のあたり。
豊島の唐櫃港に到着です。
小豆島の土庄港は大きな港でしたが、この唐櫃港は、船の切符売り場らしき小屋が一つ建つだけのひっそりしたところ。私たちを降ろしたフェリーが次の目的地に向かって出航すると、もうここはがらんとしています。
出発準備を整えてフェリー乗場を後にし、王子ヶ浜に向かいます。
フェリー乗場の横は漁港で、小さな漁船がたくさん並んでいます。
ほどなく唐櫃八幡神社の鳥居の前に出ます。
ここには室町時代に造られた香川県で最古の鳥居があるそうですが、この正面の鳥居は新しそうに見えるので、きっとそれは奥にあるのでしょう。その鳥居はここ豊島で採れた豊島石でできているそうです。
鳥居の横をさらに進んで行くと王子ヶ浜です。島の北東部にあるこの小さな浜はとても美しい。
右手には人よりも牛が多いと言われる小豊島(おでしま)が見え、その先の小豆島は大深山が近い。
海は波がなく、穏やかそのものです。
渚に寄せる海の水はほとんど音を立てず、ここが本当に海なのかと驚くばかりです。
さて、この王子ヶ浜の海は本当に素晴らしいですが、ここに来た本来の目的は別にあります。
クリスチャン・ボルタンスキーの『心臓音のアーカイブ』
浜辺にひっそりと建つ建物の中に入ると、そこでは稀にしか体験できない経験をすることができます。
真っ暗闇の空間の中に人の心臓の音が響く。その鼓動に会わせて光りが明滅する。言葉で言い表せばたったこれだけのことですが、これがとてつもないインパクトを与えてくれます。
数十秒間隔で鼓動は別の人のものに変わり、この違いもまた面白い。指紋は一人ずつ違うと言いますが、心臓音もおそらくそうなのでしょう。その差、もの凄く大きいです。
『ぎゃ〜〜、この人の音、テクノよ、テクノ! こっちはスイングしちゃってる〜』 と、始めて聞く心臓音にびっくり仰天のクッキーでした。
あ〜、面白かった! でも、人によっては緊張したり、怖いと感じることもあると言うから、人の感性っていろいろですね。
すっかり感動したクッキーはここに自分の心臓音を録音して残したかったのですが、ちょっと時間がかかるのでこれはまたの機会に。
さて、豊島のアート第一弾で衝撃を受けた私たちが次に向かうのは、豊島美術館。
王子ヶ浜からカントリーロードを進んで行くと、
『唐櫃のシンパク』があります。この木は県の保存樹だそうです。
たいへん立派な木なのですが、昨日小豆島の宝生院で国の特別天然記念物のそれを見てしまっているので、正直言ってあまり感動は覚えません。
シンパクからはちょっと広めの道になり、上りになります。
その道から小径に入りさらに上って行くと、突然、森の影からUFOのようなものが現れます。
『え〜、これ、一体なんですかね〜』 と、目の前に現れた物体を不思議そうに眺めるクッキーでした。
小径からとんでもない広さの道に出ると、下に瀬戸内海が広がっています。
ここは空間が開け、空も海も広々としています。しかし、人が多い・・・
坂道を少し下ると、そこが豊島美術館の入口です。UFOの正体はこの豊島美術館なのです。
さっそく入場しようとすると、な、なんと一時間待ち! こののどかな豊島で、まさかそんなことが起ころうとは、まったくもって思ってもみませんでした。
いや、ちょっとは思ったのですが、芸術祭期間中じゃあないし、大したことはなかろうと。
まあ、幸いなことに、この周辺は棚田を使った菜の花畑がちょうど見頃なので、これを一廻りすることにしました。
素晴らしい眺め!
棚田の上部から見ると、豊島美術館はこんな格好をしています。
景色を阻害せず、かといってそれに完全に溶け込むこともせず、元あった風景をより豊かにしているようにさえ見えます。
さて、棚田を巡っているうちに一時間が経ちました。
豊島美術館は三つの施設から成ります。地面の中にあるチケットオフィス、その少し先にカフェ・ショップ、そして一番奥に美術館本体。
美術館本体はすぐそこに見えるのですが、そのアプローチは美術館へ直接ではなく、反対の海側へ延びています。
緑に覆われた地面の中に穏やかな弧を描く道を進むと、青い瀬戸内海に吸い込まれそう。そしてこの道は方向転換すると、今度は森の中へ。
森の先にひっそりと美術館の入口はあります。絶妙なアプローチ。ここは、内藤礼の『母型』を展示するための専用空間です。建築設計は西沢立衛。
中に入ると、床も壁も天井も無機質なコンクリート。コンクリートシェルによる一体の壁天井には、大小二箇所の穴が開いていて、そこから光りと風が入ってきます。床に反射した光りは、穏やかな曲面の壁天井に拡散していく。
床には、、、所々小さな穴が開いているようで、そこからごく少量の水が湧き出る。気が付かないほど微妙な勾配を持った床を、この水はゆっくり、ゆっくり移動していく。
一滴の水が二つ三つと集まると、その小さな塊は別の場所へとまたゆっくり移動する。これを繰り返すうちに、小さな塊は徐々に大きくなっていき、時に蛇のような長さになったかとおもうと、その尻尾がちぎれるように、いくつかに分れたりする。まるで水滴が生き物になったようにも見える。この静かな動きが、あちらこちらで起こってる。
上を見れば、光りの淡いグラデーション。その中に突然、青い空。そしてごく微かに頬をなでる風。ここは建築空間とアートとが完全に一体となった異次元空間だ。
『こんな美術館、見たことないですね〜 それにしてもたった一滴の水がこんなふうになるなんて、面白いですね。』 と、水滴の動きを凝視し、最後には大笑いしてしまうクッキーでした。
展示室内部の写真撮影は禁止なので、カフェの写真からそれを想像してみてください。
豊島美術館、たっぷり楽しみました。
さて、ここからは少し上にある唐櫃の集落へ向かいます。美術館の前の道は激坂です。この坂道を観光客がレンタル電動アシスト自転車で颯爽と上って行きます。
『きゃ〜、速い〜。わ、私、置いていかれるぅ〜』 と、必死でアシスト自転車を追うクッキー。
唐櫃の集落に入ると、道端に小さな四海霊神宮が建っています。
横にある石碑によると、この集落の起こりは南北朝時代、14世紀の半ばごろらしい。
時はすでに12時半。昼飯時になっています。豊島は極端に飲食店が少なく、それもこの唐櫃か家浦にしかありません。そこでここで昼食です。
唐櫃で唯一の食堂とも言える島キッチンは満員で、食事は売り切れ。そのすぐ横で臨時営業していた、『みかん小屋』と言ったか、そこのキーマカレーを。外部のテラス席は島キッチンと共用のようで、この気持ちのいいスペースで頂きました。
島キッチン周辺の唐櫃の集落はなかなか魅力的なのですが、ここはもう一度通るので見学は後ほどということにして、豊島の最高峰檀山に上ります。
檀山に向かって上り出すとすぐ、十輪寺です。門の前に立つ仁王像とその後ろの大銀杏が印象的だったのでちょっと覗いてみます。
1867年(慶応3年)建立という護摩堂の柱を支えているのは、面白いことにお相撲さん。その上には龍と鶴の彫刻が見えます。
十輪寺を出ると、道は一応舗装はされているものの山道といった風情になり、激坂に。
ここは乗って上るより押した方が速いくらいです。
周囲は鬱蒼とした森。
その木々の合間から北の小豆島が見えます。こうして見ると小豆島って、複雑な地形ですね。
さらに登って行くと、今度は下に唐櫃港が見えるようになります。
ずいぶんと上ってきました。
この道、まったく人も車も通らず、かなり荒れています。
『なんか、この道、怖いですね〜。ここって熊、いるんですかぁ〜』 と、あまりの山深さに驚くクッキー。
ん〜〜ん、熊はいないと思いますが、最近はイノシシが出没するようになったと聞いたような。
森の中に鳥居が見えます。豊峰権現社。
この周辺はスダジイなどの常緑広葉樹の森で、中には、幹周が2mから3.5mにもなる推定樹齢100〜250年のスタジイの大木が七本もあるそうです。この大木を見たいと少し散策しようとしたのですが、今はここへ足を踏み入れる人はあまりいないようで、森はちょっと荒れ気味。そんなんで、これは断念。
豊峰権現社の先で道は二手に分れます。一方は檀山の山頂へ、もう一方は檀山岡崎公園展望台へと続いています。檀山の山頂にも展望台があり、二つの展望台を巡るのはどうかなと思ったのですが、眺望はこのどちらも捨て難いと聞いたので、両方とも行ってみることにしました。
まずは檀山岡崎公園展望台へ。砂利道に入って進めば、その突き当たりに小さな東屋があります。ここが檀山岡崎公園展望台です。ここの眺望は南180°で、中央に高松の屋島がはっきり見えます。東は淡路島あたり、西には瀬戸大橋が見えますが、これは写真でははっきりしないでしょうね。
ここで記念撮影を。ところがいつも自撮り棒を取り出してくれるシロスキーもジークもおらず、手を伸ばしてトライするも失敗続き。
『サイダー、超へたですねぇ〜』 と、クッキーのお叱りを受けるサイダーでした。写真はようやく撮れた一枚。
檀山岡崎公園展望台で南の景色を堪能したら、次は檀山の山頂に向かいます。
檀山山頂への枝道に入ると、そこからは激坂です。ゆっくり押し上げて進むと、電波塔のようなものが見えてきます。どうやらあそこが檀山の山頂(340m)のようです。
電波塔の横に、より低い木造の展望塔があります。電波塔、じゃま。。それはともかくこの展望塔に上れば、そこにはぐるり360°の眺望が待っています。これは見事!
ここは先ほどの檀山岡崎公園展望台より少し標高が高いので、瀬戸大橋もより良く見えるようです。カメラを望遠にして瀬戸大橋にトライ。なんとか見えるでしょうか。
そして再び記念撮影。ここではサイダーが何度トライしてもうまくいかず、
『私が撮りま〜す!』 とクッキーがパチリ。すると、あれあれ、うまいじゃあないか。(笑)→TOP写真
檀山の山頂からは家浦へ下ります。
唐櫃側に比べこちらの家浦側の道は広く、舗装の状態も良好。森が明るいのは道が広くて南斜面だからでしょう。
下に家浦の集落が見えてきました。ここが豊島で一番大きな集落です。
家浦の先に見えるのは井島(いしま)と岡山県の玉野市あたり。
家浦には小学校と中学校があり、家浦港からは岡山県の宇野や、高松、直島、犬島を結ぶ船が出ています。
今日の宿はここ家浦にあります。予定時刻をだいぶ過ぎてしまいましたが、無事に宿に入り、一休みして島巡りの続きに出かけます。
宿のおかあさんが、『もう豊島横尾館はご覧になりましたか、なかなか面白いですよ。』 とおっしゃるので、その豊島横尾館を覗いて見ることに。
豊島横尾館は横尾忠則の作品を展示する空間です。建物は古い民家を改修したもので、『母屋』『倉』『納屋』から成ります。
建物のあちこちに色ガラスが用いられており、この色ガラスを通して見える空間は、それだけでシュールに感じます。ま、いろいろ面白いと言えば面白いのですが、ここの空間には危険がいっぱい。あっちをぶつけたり、こっちで蹴躓いたり。。アートって怖いのね!
さて、家浦を出たら時計回りに島を一周します。
家浦の北西にあるのは硯の集落です。
家浦には様々な施設があり、まちを感じられますが、そこからごく僅かに離れただけのこの硯にあるのは、昔から何一つ変わらない、そんな景色です。
ここにあるのは小さな浜とその奥の小さな漁港だけ。硯の人々の多くはきっと漁で生計を立てているのでしょう。
硯からは北に小豆島を見ながら、唐櫃の集落に上って行きます。
豊島美術館の周辺には棚田がありましたが、その多くは廃耕田で菜の花畑になっていました。しかし、その上に位置するこのあたりの田んぼには水が入り、もうすぐ田植えのようです。
硯から上って行くと、唐櫃の集落の入口付近に『清水の霊泉(唐櫃の清水)』があります。
弘法大師伝説はここにも。大師が喉の渇きを潤すため地面を掘ったら清水が湧き出たというもの。この清水は現在でも水道水源として、また灌漑用水として利用されているそうです。このすぐ横には清水観音堂(しみずかんのんどう)が立っており、これはこの地の人々が水をいかに大切に感じていたかを物語っているように思えます。
唐櫃の集落に入りました。瓦屋根に焼き杉の外壁という民家が軒を連ねています。
この島は豊島石という角礫質凝灰岩でも有名だそうです。この民家の土留めに使われているのがそれでしょう。
この石は耐火性に優れているので、現在では茶室の炉に使われることが多いそうです。また水分を含みやすく苔が付きやすいために、日本庭園の石灯籠にもよく用いられるとか。有名な桂離宮の灯籠のほとんどに、この豊島石が使われているそうです。
雰囲気のいい唐櫃の集落を眺めながら、次の集落の甲生(こう)へ向かいます。
瀬戸内海に浮かぶ小豊島を目の前に見ながら、ほぼ等高線に沿って延びる県道を行きます。
このあたりの道端には白い花を付けたみかんの木がたくさん。豊島はみかんの産地でもあるのです。
道が大きくカーブした先には鰯浜展望所があります。
ここからは、高松の平べったい屋島や、その隣に突き出た五剣山あたりが良く見えます。
道が穏やかに下り出すと、先ほどまで正面にあった小豊島がうしろに見えるようになります。
その向こうに見えているのは小豆島です。
等高線区間が終わり、甲生へ豪快に下り出します。
先には直島とその周辺の小島が見えるようになります。
甲生に下ってきました。
ここには、幕末から明治にかけて材木商として栄えた片山家があります。その庭には、琉球から持ち帰ったと言われている県の天然記念物である樹齢200年の大ソテツがあります。
片山邸を眺めたら、甲生の海岸を行きます。
クッキーのうしろに見えるのは直島。その左に見える小さな島は柏島でしょう。
甲生には見事な菜の花畑があると聞いていたのですが、それは残念ながら見つかりませんでした。
もしかしたらこんな棚田が一時期、菜の花畑になっていたのかもしれません。
時はすでに18時近く。すっかり遅くなってしまいました。
このあと予定していた神子ヶ浜と、長年この島を苦しめた不法投棄現場跡地はやむなくパスすることにして、家浦に戻ることにします。
甲生からはちょっとした山間を抜けなくてはなりません。最後に少しだけえっこらよっこらして、家浦に下ります。
今宵の宿は民泊です。民泊は最近話題になっていますが、法令的なことはともかく、利用する側にとっては普通の民宿とほとんど変わりありません。ここは一軒家の貸し切りで、静かで快適。このあと、おかあさんがおいしい食事を用意してくださいました。
豊島は素晴らしいところでした。『心臓音のアーカイブ』と豊島美術館は必見! アートにこんなにワクワクしたのは久しぶりです。ひっそりとした唐櫃の集落は美しく、檀山からの眺めも最高でした。そうそう、檀山岡崎公園展望台と檀山山頂展望台はどちらよいか。これは一長一短。全体の雰囲気と南の高松方面の景色は前者、360°ぐるりの景色が楽しめるという点では後者です。
ともかく、今日はとっても満足な一日となりました。
さて、明日は小豆島に戻って寒霞渓に上ります。寒霞渓までは延々と続く長〜い坂道です。果たして上り切れるでしょうか。