強烈な暑さの夏は去り際を心得ていたようで、一気に涼しくなり秋になりました。しかしそうなった途端に秋雨前線がやってきて、毎日しとしとの雨。
そんな雨の合間に見える晴れマークを狙って、秋一番の企画は温泉ポタリング!
やってきたのは栃木県の那須塩原駅。今朝方まで降っていた雨はどうやら上がったようで、空には青い色も見え始めています。
那須も塩原も温泉地として有名なところですが、私たちがこれから向かうのはこのどちらでもありません。私たちはここから東へ向かい、阿武隈山地の中にある、鄙びた湯岐温泉(ゆじまたおんせん)に浸かります。
『温泉だって聞いたので久しぶりに出てきました〜』 と言うサリーナを先頭にどんどこ。
那須塩原駅はかつては東那須野駅と言い、急行も停まらない小さな駅でしたが、東北新幹線の開業に伴い現在の名称になりました。その後、黒磯市と西那須野町、塩原町が合併し那須塩原市が誕生します。ここは市の名前から駅名が付いたのではなく、その逆なのです。
那須塩原駅周辺はあまり開発が進んでいないようで、あっという間に市街地を抜け出て、周囲には田畑が広がるようになります。
『おいらは阿武隈山地だって言うから出てきたぜ。おいらの辞書に平地はないのさ!』 と語るは、シンチェンゾー。
ここはコスモスがきれい。
畑の中に大きな建物が見えてきました。長屋門です。うしろには立派な屋敷林も見えます。
この家は農家だと思いますが、かつては庄屋でも務めていたのでしょうか。
『今日は”美肌の湯”と聞いて、楽しみにやってきました〜 最近お肌の調子が悪くて困っているんです〜』 と、朝からハイテンションのクッキー。
『肌の調子が悪いのは年のせい。温泉に入っても直らないぞ〜』 とのサイダーのコメントに、怒り心頭のクッキーでした。
カントリーロードをどんどん行くと、小さな花をびっしり付けた植物が植えられた畑が現れました。
これはそば畑です。真っ白できれい。
左のマージコ爺は毎度毎度、孫娘のクッキーの世話係です。家まで迎えに行き、駅では輪行の手伝いをし、切符を買ってあげなければなりません。
『わしももういい年なんで、そろそろどこかに嫁に行ってくんないかな〜』 とマージコ爺。
このあたりの田畑の半分は稲作で、黄金色の田んぼの中を行くのはとても気持ちいいです。
この時期は草花もきれい。
秋の定番のコスモスに加え、なにかなつかしい感じのするカンナ、ダリア、サルビア、朝顔などが咲いています。
小一時間快調に走ると、大田原市の黒羽に入ります。
今日のルート上では街は僅かしかないので、ここでコンビニエンスストアに寄って飲食物を調達します。
ここには那珂川が流れています。この川は那須岳山麓に源を発し、150kmの旅をして茨城県の大洗で太平洋に注ぎます。
那珂川同様に私たちも那須岳の近くからやってきたので、ここまでずっと下りでした。
ところが那珂川を渡った途端に上りが始まりました。
那珂川のすぐ東はかつて黒羽城が建っていたところで、小高い丘になっているのです。
この丘を上り松葉川を渡ると、道は野上川に沿って東に伸びて行きます。
黒羽高校の手前で空から冷たいものが落ちてきました。今日は雨が残るかどうかという微妙なところでしたが、ここでついに降ってきたのです。しかし遠くの空は明るく、これはすぐに上がりそうなので、民家の軒先をお借りしてちょっと雨宿りをさせていただきます。予想の通り5分ほどすると雨は上がったので、再出発です。
いつの間にか周囲は山になっています。そのうち谷がだんだん狭まってきました。これから私たちはあの山に分け入ります。
この左手の山は、栃木県、茨城県、福島県の三県に跨がる八溝山(やみぞさん、1,021m)で、茨城県の最高峰です。茨城県の山では筑波山(つくばさん)が有名ですが、標高は八溝山の方が高いのです。
山に囲まれた田んぼの中のカントリーロードをどんどこ行くと、道端に真っ赤な花が咲いています。彼岸花です。そういえば明日はお彼岸の中日ですね。(TOP写真)
スペースがなくなりカントリーロードはおしまいになり、R461に出ました。この道は栃木県内では日光北街道や黒羽街道と呼ばれているようです。
R461に入ると道ははっきりと上りと分かるようになります。
八溝山の名は、八方に深く谷が刻まれていることに由来しているそうです。つまり尾根と深い谷がいくつもあることになります。そんなんでかこの道も、これからは上りと下りの繰り返しになります。
まずは唐松峠を越えます。私たちが国道に出たところからだと、距離3.5km、平均勾配4.0%。
ゆったりとした右カーブが左カーブに変わり、さらに小刻みのカーブを繰り返すと、急な左カーブとなり、その曲がりの頂点が唐松峠でした。最初の上りにしたらちょっと長くて、ちょっときついです。
なんとか唐松峠に上ったら大田原市の須佐木に下ります。
ここは少しスペースがあり、田んぼが築かれています。
須佐木で小さな武茂川を渡ると、すぐに明神峠への上りが始まります。
道はr13大子黒羽線になっており、これを上り出すとほどなく明神トンネルが現れますが、ここには旧道があります。この旧道のピークが明神峠です。
旧道は今ではほとんど交通がないようで、枯れ枝や落ち葉が散乱し、かなり荒れています。
武茂川から明神峠までの上りは平均勾配7.6%とちょっときつめですが、距離は1.7kmと短いので、ダメージはあまりありません。峠で一呼吸つくも路面が濡れていて座れないので、そそくさと下り出します。雨の日や雨上がりの時にきついのは雨そのものではなく、座って休憩できないことであることはよくありますね。
明神峠を下った先で脇道に入れば小さな田んぼがあり、刈り取られた稲が稲木に掛けられ、天日干しされています。
かつてはこんな風景は田舎に行けばどこでも見られましたが、今では稲木を見掛けることは少なくなりました。
この先で r205須賀川大子線に入れば道は上りに。1.6km進むとまたトンネルが見えてきますが、ここにも旧道が残っています。
その旧道に入れば、道は先ほどの明神峠よりもさらに荒れています。しかもコケの生え際なのか、滑る滑る。あやうくスッッテンコロリといきそうになったので、押しに入ります。ツルツル、スベスベはお肌だけにしてほしいものです。
歩いても滑って自転車を押し上げるのに難儀しましたが、なんとかピークに辿り着きました。
そこには茨城県と大子町(だいごまち)の標識が立っています。ここは栃木県と茨城県の県境なのです。
ピークからも用心しながら自転車を押して進み、下の r205須賀川大子線に下りました。ジオポタ方式で、脇道があるところはなるべく幹線道路を避けて進んで行きます。 r205須賀川大子線を逸れると鄙びたいい道で、横に茶畑が現れました。
茨城県の大子町はお茶の最北限の産地で、静岡と比べると茶摘みは一ヶ月も遅いそうです。このあたりのお茶は奥久慈茶のブランドで販売されています。そして今ではあまり行われない『手もみ茶』も少量ながら作られています。
畑の中の細道に入れば、稲やお茶の他に背の高いトウモロコシも見られます。
その先にあまり見掛けない低い木が植えられています。これはこんにゃくです。私たちが食べるこんにゃくは、この木の地下茎である蒟蒻芋と呼ばれる部分から作られるのです。
『え〜、こんにゃくってこんな木だったんですかぁ〜 知りませんでした〜』 と、初めてこんにゃくの木を見たクッキー。
刈り取られた田んぼ、もうすぐ刈り取りに入る田んぼ。
ここには、彼岸花、こんにゃく、田んぼと、並んだ並んだ。
田舎らしいいい景色が続きます。
そうそう、稲木はところにより、いなぎ、いなき、いのきなどと呼び方が異なります。また、稲掛け(いねかけ、いなかけ)、稲機(いなばた)、稲架(はさ、はざ、はせ、はぜ、はで)とも呼ばれるそうです。
稲木に稲を掛けて干すことを稲木干し、または稲架掛け(はさかけ)と呼びますが、このあたりではおそらく『おだがけ』と呼ばれているはずです。この『おだ』は小田と書くようですが、これがどこから来ているのか私は知りません。
さて、お腹が減ってきました。このあたりで唯一食事ができる施設である奥久慈茶の里公園に入ります。
ここで蕎麦をいただいて満腹に。あ、おいしいかき揚げが一つ100円でした。安っ! あとここで賞賛すべきはお茶です。さすがにお茶の産地だけあります。
お腹を満たしたら午後の部開始です。
午後もカントリーロードをどんどこ。
周辺は田んぼ、先には山。ここにはこの二つしかありません。
道は穏やかながらも上りです。
r159上野宮下金沢線に出ました。道は本日四番目の名も無きピークに向かっています。ちょっとへこへこ。
この道、峠が近づくにつれ、本当に県道かと思えるほど狭くなります。まあ、おかげで車はほとんど通らずに安心して進むことができます。
『今日は意外と上りが多いんですね〜』 と、マージコがヨタヨタ行きます。
ピークを過ぎると道幅が広がり二車線になりました。ここで、切り出した丸太を積んだトレーラーが上ってきたのにびっくり。こんな巨体であの狭い峠が越えられるのでしょうか。
右にr160梨野沢大子線を分けると、またまた上りです。
『え〜、この上り、聞いていませんよ〜』 と、不意な上りにアセアセのクッキー。
でもこの上りは短く、すぐに終わります。
小ピークまで一気に上って下ると、八溝川を渡ります。
八溝川の周囲には少しスペースがあり、田んぼにはわらぼっちが置かれていました。
最近の稲はコンバインで刈り取られることが多く、稲藁も自動で裁断され田んぼに散布されるので、稲木同様にわらぼっちも見なくなりました。稲木やわらぼっちがあるということは稲刈りが手作業で行われているということですね。
大子町の町付に鄙びた寺の入口があったので入ってみました。
ここは慈雲寺で、山門は1,280年(弘安3年)建立とのこと。奥には苔むした石段が続いていてなかなかいい雰囲気ですが、この参道を歩く人は今はいないようで、ちょっと荒れ気味です。
奥には三面大黒天とも呼ばれる弁財天・毘沙門天・大黒天と顔が三つある大黒さまがいらっしゃるのですが、これは拝めず。
八溝川に沿って下り、JR水郡線の下野宮駅までやってきました。
今日のルートは人里は離れていないので何かあったら困るようなところではないのですが、飲食物を補給できるところはあまりありませんでした。しかしそれもここまで来ればなんとかなると一安心。
水郡線に沿って流れているのは久慈川。この川は八溝山の北側斜面に源を発し、124kmの旅をして日立市と東海村の境界から太平洋に注いでいます。
川の中に腰まで水に浸かって釣りをしている人がいます。この川は日本でも有数の鮎の釣場だそうですから、鮎釣りでしょう。
この久慈川から東の山の塊が阿武隈山地です。阿武隈山地は今は阿武隈高地と呼ばれるようですが、私は幼いころ阿武隈山地と習ったので、どうも阿武隈高地はしっくり来ません。
久慈川に沿って北上すると、まもなく赤い吊り橋が見えてきます。
これは福島県の矢祭山駅の前に架かる『あゆのつり橋』です。先ほどの下野宮駅は茨城県で、この二つの駅の間に県境があるのです。
あゆのつり橋の北に見えるのは矢祭山(やまつりやま)。その南斜面は矢祭山公園になっており、ツツジや紅葉の名所です。山の緑を割って見えている白いところは岩肌で、この山自体が岩でできていることを示しています。このあたりにはこうした岩が露頭したところが何ヶ所もあります。
あゆのつり橋を渡ると小さな渓流があります。これを奥に進むと、
『おりこうさん』と『合格さん』いう名の小さなお地蔵さんのようなものがあり、小さな滝があります。
さらにその先に夢想滝が落ちています。
この滝の落差は10mちょっとほどでそう高くはありませんが、黒い岩肌を滑るようにして流れ落ちる姿が美しい。
滝の横の上には巨大な岩山が突き出ていて、抉り取られたような凹みに小さな祠があり、不動明王が祀られています。ここは古くから『弘法護摩壇』と呼ばれるところで、弘法大師が滝に打たれ、念仏を唱え、護摩をたいて国家安穏を念じたところと伝わっています。
この夢想滝までは雰囲気が良く、あゆのつり橋から5分ほどと近いのでお勧めです。
さて、吊り橋まで戻ったあとは駅の北側のR118南郷街道に出ます。吊り橋側には何もありませんが、このR118沿いには土産物屋などが数軒並んでいて、鮎の塩焼きなどが食べられます。
土産物屋で一服したら矢祭山を出て、本日の終着地の湯岐温泉に向かいます。
宿の近くには何もないので、東館のコンビニエンスストアに立ち寄りちょっと買い物をして、田川に沿って上り出します。
少し広い道に出ると道端に国道の標識が。なんとこのR349にはセンターラインがありません。
ここは阿武隈。さすがです!
道脇に棚田が現れました。
棚田自体はそれほど珍しくはありませんが、ここのそれは一段一段の高さがかなりあります。
ということで、ここからはかなりの斜度の上りになります。ここが本日一番の上り。
下の方は緩いので平均勾配は大したことはないのですが、中盤以降は10%を越えるところも出てきて、へこへこ。押したり引いたりしてなんとかこの坂を上り切ります。
R349から町道に入ると道は下りに。そしてr111高萩塙線に出ると、だらだらながらもまた上りが始まります。
しかしこれが今日最後の上りとあって、全員最後の気力を振り絞ります。
湯岐温泉に辿り着く直前、道脇に小さな滝が落ちています。
これは不動滝。小さいながらも姿がきれいな滝です。しかし上りの途中なのでここで立ち止まるものはおらず。この滝の紹介は明日にしましょう。
この滝の先で、
『わ、わたし、もうダメです〜』 と、クッキーがぱたっと停止。湯岐温泉の入口まであと100mほどなのに。
湯岐温泉へ続く道はr111高萩塙線から折り返すようにしてあります。もちろんこれは激坂! この激坂を上り出すとすぐ、湯岐温泉の入口を示す、太い丸太を加工した標識が立っています。
温泉の名称の湯岐は、花崗岩の割れ目から湯が湧き出ていることに由来するとされており、ここには共同浴場『岩風呂』と旅館三軒がありますが、私たちは入口に一番近い和泉屋旅館にお世話になります。
湯岐温泉は1,534年(天文3年)からあるそうで、和泉屋旅館はかつて水戸学の学者・藤田東湖が長逗留したことで知られています。現在の当主は20代目だそうですから驚きです。
泉質は単純アルカリ泉でぬめりがあり、古くから中風の湯として知られているそうですが、今風に言えば『美肌の湯』でしょう。美しい人はより美しく、そうでない人もそれなりに、ってやつです。(笑) 源泉温度が40度ほどと低いため、ゆったり長時間浸かるのに適しています。
確かにこの湯はいつまでも浸かっていられそうで、気持ちええの〜