10月も中旬を過ぎてようやく少し涼しくなってきたと思ったら今度は雨。暑すぎた夏に続きこの秋の天候も例年とは少し違うような気がします。ここ数日間ずっと雨続きでしたが日曜日は曇りらしいということで都心の緊急企画を発動。今年は乗鞍イベントがあったので山方面の企画が多く、都心の平地は久しぶりということもあってかいつもより少し多めの参加となりました。
上野公園大噴水前
コースは私たちの定番コースの一つです。上野から浅草に出て浅草寺にお参りし、隅田川の土手を北上。荒川を渡って葛飾区を横断し、中川を辿り水元公園に入って彼岸花を眺めます。
午後は江戸川に出てこれを南下。とんがり帽子の取水塔を眺め、矢切の渡しで江戸川のあっちとこっちを行き来し、柴又帝釈天にお参りしたら、旧中川の静かな水辺を行き、東京スカイツリーの足元をかすめて上野に戻るというものです。
上野公園大噴水横を行く
ということで集合は上野公園の大噴水前。この日ここでは『サルサストリート2024 UENO de BUENO!』というイベントが行われるようで、白いテントが張られていました。
ここ上野公園は江戸時代は寛永寺の境内で、この大噴水あたりには根本中堂が立っていました。
輪王寺前
上野公園を出てそのすぐ北の道を東へ向かいます。上野は寺町でたくさんお寺がありますが、写真の横は東京国立博物館の東側に位置する輪王寺。
この輪王寺の場所は江戸時代は寛永寺の伽藍の一部であり、開山堂または慈眼堂と称されていました。寛永寺の開山である天海(慈眼大師)が死去すると、ここに天海を祀る開山堂が建てられたのです。
かっぱ橋本通り
輪王寺の先でたくさんの線路を跨ぐと道は急降下し、真正面に東京スカイツリーが見えるようになります。今日のスカイツリーはてっぺんは雲の中です。
この通りは『かっぱ橋本通り』といい、江戸時代に浅草寺に詣でる御成道として整備されました。
西浅草2丁目
明治時代には馬車鉄道が通り、上野と浅草を結ぶ幹線道路として賑わいを見せていたそうです。
現在は鉄道はなくなりましたが、ちょっとレトロな雰囲気の商店街が続いています。
伝法院通り
かっぱ橋本通りの先は『伝法院通り』を行くことにしました。2〜3年前、この通りにある土産物店など32店が不法占拠だとして区から立ち退きを求められたので何か変化があるか確認したかったのですが、今の所かつてと変わったところはないように見えます。
浅草寺仲見世と宝蔵門
伝法院通りを行けば必然的に『仲見世』に出ます。コロナウイルス感染症が治って以来仲見世を通るのは初めてなので、お客がどの程度回復しているのかちょっと見てみましょう。
外国人観光客の姿はかなり目立ちますが、中国や韓国、東南アジアの方々はコロナ前に比べると少ないような気がします。今日はお天気が今ひとつなことが影響しているかもしれませんが、全体としてみても盛期よりはやや少ないようです。
浅草寺五重塔と宝蔵門
浅草寺の五重塔と宝蔵門は古い建造物ではありませんが、こうしてみると立派ですね。
宝蔵門の奥には本堂があるのでこれにお参りしたら、その東に立つ二天門を見学しましょう。
二天門
浅草寺の建造物は第二次大戦時にほとんどが焼失しましたが、この門はそれをくぐり抜けて現在に至っています。
1649年頃に浅草寺の東門として建立されたものと考えられている二天門は、浅草寺境内に残る江戸時代初期の古建築として貴重な存在なのです。当初は随身門と呼ばれていましたが明治時代の神仏分離によって安置されていた随身像が浅草神社に遷座され、鎌倉の鶴岡八幡宮から広目天と持国天の像が奉納されため、二天門と改められたそうです。
隅田公園
二天門の前で記念撮影したら隅田公園に入ります。
ここでコテッチャンが合流。こちらを向いてにこやかに微笑むのは電動の新車で登場のマージコ。
タマスダレ
二天門から続く道が突き当たった隅田公園の入口付近の足元には白い玉簾 (たますだれ)が咲いていました。この花は南米のブラジルあたりが原産で、日本には明治時代初期に渡来したそうです。
ケイトウ
その隣ではケイトウが咲いています。
ケイトウにも色々な色があるのですね。これは最近はあまり見かけなくなったのでちょっとなつかしい植物です。
隅田公園を行くフミリン
立ち止まったところで一休みしたら隅田公園内を北へ向かいます。
隅田川の土手を行くミルミル
隅田川の土手に上ってさらにどんどこ。
桜橋
すると優雅なX字形を描く人道橋の桜橋に出ます。
桜橋から見る東京スカイツリー
桜橋の上で東京スカイツリーを眺めましょう。雲の中に頂部が隠れて全体が見えないスカイツリーというのはなんだか乙ですね。
隅田川
対岸の墨田区側に渡って土手上をさらに北上します。
長命寺桜もち 山本や
するとすぐに長命寺で、高速道路の向こう側に桜もちの山本やが見えます。この山本やの前を通るとどうも足が止まってしまいます。
桜餅を頬張るユッキー
ということで、今回も桜餅、いっただっきま〜す!
ユッキーは桜の葉っぱごと食べていましたが、アタシは食べないな〜 まあ、これは好みで。
隅田川の土手を行くペタッチ
桜餅を頬張ったらなおも隅田川を遡ります。
白鬚橋
見えてきたのは1914年(大正3年)に架けられた優雅な曲線を描く白鬚橋。
白鬚橋を渡る
近付けば、時代を感じるボツボツのリベットがたくさん打たれています。リベットは現在は使われなくなった技術ですが、真っ赤に熱せられた鉄のピースを一つづつ職人が取り付けていくという、もの凄く大変な工事なのです。
石浜神社前の遊歩道を行く
白鬚橋を渡って再び隅田川の右岸に戻ります。浅草寺は台東区でしたがここは荒川区です。
白鬚橋から北の隅田川の土手上には気持ちの良い歩行者と自転車のためのゾーンが伸びていて、安心して走れます。
汐入公園
かつての運河の入口に架かる瑞光橋を渡るとその先は汐入公園になりますが、引き続き歩行者と自転車のためのゾーンが伸びています。
堀切橋
千住汐入大橋で隅田川を渡り、さらに堀切橋で荒川を渡ります。
葛飾区宝町2丁目
さらに綾瀬川を渡り葛飾区に入れば、あとは中川に向かって街中をどんどこ。
この葛飾区を横断するところが今ひとついい道ではないのですが、今日は日曜日で車が少ないのでササッと行ってしまいましょう。
中川/うしろに中川大橋
中川に出ました。
この中川縁にも歩行者と自転車のためのゾーンが伸びていて、快適!
中川/先に中川橋
葛飾区の亀有に入りました。江戸時代の17〜18世紀前半、ここには東西葛西領の灌漑を主な目的とする古利根川(現中川)を堤で締切って造られた亀有溜井がありました。しかしこれから行く水元公園に1729年(享保14年)に小合溜井が造られるとこの亀有溜井の締切堤が廃され、中川を掘り割ってそれまで45mほどだった川幅を約3倍の144mほどに拡幅するという大工事がなされ、中川はほぼ現在の姿になったのです。
中川/うしろに中川橋
その中川をどんどこ行きましょう。
水上スキー
おっと、水上スキーだ。お天気だったらもっと気持ちいいだろうにね。
ペタッチ、マージコ、コムラン
ここでメンバー紹介。先頭は最近は車輪行ばかりになったペタッチ。真ん中は今夜ディズニーの衣装合わせで早退しなければならないマージコ。右は自走参加できる企画とあって久々に参加のコムラン。
ユッキー
昨夜和歌山から帰ってきたばかりなのでちょっときついユッキー。
サリーナ、ミッチー、コテッチャン
夏バテで一週間休んだけれど最近復活したサリーナ。先日乗鞍を制覇してきたミッチー。里帰りから帰ってきて初めての参加となるコテッチャン。
中川/うしろに飯塚橋
飯塚橋を渡って中川の左岸に出ました。飯塚橋は北側にはスロープが設置されていますが、気がつかずに南側の階段を上ってしまいました。失敗。
西水元水辺の公園
中川左岸の土手上にも歩行者と自転車のためのゾーンがありますが、これは『西水元水辺の公園』の先でなくなり、その先は両側にガードレールで車道から隔離された歩道が続くようになります。ところがこの車道は一方通行で一車線分しかなくとても狭いのです。歩道には自転車可マークがないので車道を走るべきですが、ちょっと走りにくいです。
新大場川水門
しかし狭い一方通行のためかこの時は車はまったく通らず、ほどなく新大場川水門に出ました。
大場川
新大場川水門からは大場川に沿って道は伸びています。
この道はさらに狭くなり歩道もなくなるので、車が来るとやはり走りにくいものとなりますが、マリーナなどがある大場川の眺めが楽しめます。
この大場川沿いの細道が都道に合流するとすぐに水元公園の入口です。今回はそのすぐ先にある閘門橋を覗いてから公園に入ることにします。
閘門橋
閘門橋は正式名称を弐郷半領猿又閘門(にごうはんりょうさるまたこうもん)といいます。弐郷半は三郷市にかつてあった地名で、そこにあった水利組合がこの地(旧地名が猿ヶ又)に造った閘門ということから来ている名です。1909年(明治42年)建造の煉瓦造のアーチ橋で、面白いことに上流側と下流側でアーチの門数が異なります。都内にある煉瓦造のアーチ橋はこれただ一つだけだそうですからかなり貴重なものと言えます。
先ほど見た新大場川水門ができたためこの水門はその役目を終え、現在は人道橋として使用されています。
閘門橋より大場川を望む
さて、その閘門橋を渡ってみましょう。流れは大場川で、右手の木々が生えているところが水元公園です。
水元公園の小合溜
閘門橋を渡ったらいよいよ水元公園に入ります。この入口近くにはカワセミがよく来る池がありますが、今日はカワセミさんはお休みのようでその姿を見ることは叶いませんでした。
カワセミ池の先には小合溜(こあいだめ)が続きます。小合溜は小合溜井(こあいためい)とも呼ばれ、江戸幕府8代将軍徳川吉宗が農業用水を貯めておくために造らせました。これができたことによって東葛西領の多くの町村の水田を潤す水源となったため、ここを『水元』と呼ぶようになったようです。
水元公園のポプラ並木
小合溜の反対側には背の高いポプラの木が並びます。
水元公園の紅葉
今年の夏はそれはそれは暑く、そしてここのところ急に冷え込んできたので今年の紅葉は良いかもしれません。ここでもすでにちょこっとですが紅葉が始まっていました。
水元公園メインロード
時は正午。そろそろお腹が減ってきた〜ということで、昼飯処へ急ぎます。
涼亭
やってきたのは水元公園の真ん中あたりにあるお蕎麦屋さん。
昼食風景
マージコは豪華海老穴子天丼、ユッキーはかき揚げそば、あたしは穴子天ざる。
小合溜の先にみさと公園
天ぷらでお腹を満たしたら小合溜でカモでも眺めましょう。と思ったら、この日はあんまりいませんでした。まだ北の方から戻ってきていないようですね。
小合溜を間に挟んだお向かいは埼玉県三郷市の『みさと公園』です。
水元大橋
さて、午後の部開始です。まずは水元大橋を渡って公園の南側のゾーンに入ります。
『彼岸花の丘』
水元大橋のすぐ南には『彼岸花の丘』があります。
2〜3日前、埼玉県の巾着田の彼岸花が満開との情報があったので、今年の彼岸花は大分遅いんだなと思っていたのですが、ここの彼岸花はほぼ終わりでした。
彼岸花
それでも一部にはまだ見られるものも。
江戸川自転車道
以上で水元公園はおしまいにし、江戸川に出てこれを南下します。
とんがり帽子の取水塔
金町までやってくると、こち亀や寅さんでおなじみの取水塔があります。
とんがり帽子とまあるい帽子
手前がとんがり帽子で向こうがまあるい帽子。
矢切の渡し
取水塔の少し南には『矢切の渡し』があります。矢切は千葉県側の地名で『やきり』と静音が正しい発音ですが、『矢切の渡し』は『やぎりのわたし』と濁音のようです。これはおそらくヒットした歌謡曲の影響でしょう。近くにある矢切駅やバスの停留所の名も『やぎり』。
矢切の渡しに乗るの図その1
この渡しは江戸時代初期に江戸幕府が地元民のために設けた利根川水系河川15ヶ所の渡し場のうちの一つです。いわゆる農民渡船と呼ばれたもので、15ヶ所のうち現存するのはここだけです。かつては官営でしたがその後は民営となり、明治時代の初期からとある家が運営運行しているそうです。
矢切の渡しに乗るその2
この日はうまい具合に空いていたので乗ってみました。ところが驚いたことに、いきなりモーターを使って進んでいくではありませんか。おいおい、櫓は使わんのかいな。
かつては最初は櫓でこいで、ちょっと行ったらモーターだったと思うけれど・・・ 見れば船頭はまだ若いので代替わりしたのでしょうか。渡っている間、寅さん風の解説があるのですが、これがまた何と言おうか・・・ ごちそうさまでした。
柴又帝釈天参道と二天門
矢切の渡しにちょっとがっかりしたら、お次は柴又帝釈天といきましょう。特に寅さんが好きなわけではありませんが、このお寺さんはなかなか見応えがあるし、観光的なところはあるものの、参道がやっぱり面白いです。
柴又帝釈天二天門
裏側からアプローチしたので参道はあとで巡るとして、まずはその突き当たりにある二天門。日光東照宮の陽明門を模して1896年(明治29年)に建てられたそうです。さすがに陽明門を模したいうだけあり彫刻も立派。
帝釈堂
二天門をくぐると総欅造りの帝釈堂です。その前には『瑞龍の松』というなかなか見事な松の木があります。幹は上方にまっすぐ伸び、枝は北、南、西の3方に長く伸びています。この姿が龍のようだということでその名が付いたようです。
彫刻ギャラリー
帝釈堂は『彫刻ギャラリー』を是非どうぞ。その圧倒的な彫刻群は目を見張るものがあります。
彫刻ギャラリーの彫刻
こうした彫刻がお堂をぐるりと取り囲んでいます。ちなみにこれらの彫刻はそれぞれ奥まで一枚の木の板から彫り出されているそうです。
帝釈天出現の図
ここの本尊は日蓮聖人が自ら彫ったと伝えられている帝釈天の板仏だそうですが、それは秘仏で非公開で見ることができません。しかし帝釈天を描いた絵などがいくつかあります。この写真は説明書きに『祈願によって帝釈天が出現し、ご神水が湧き出る様子』とあります。
大客殿より邃渓園を望む
彫刻ギャラリーとセットになった有料ゾーンに邃渓園(すいけいえん)があります。これは1965年(昭和40年)に向島の庭師によって作られた池泉庭園です。
邃渓園を通して大客殿を望む
邃渓園内には直接は入れませんが、大客殿と回廊を巡って見ることができます。
高木屋
さて、帝釈天のお参りが済んだらその参道を歩いてみましょう。
こちらはご存知『男はつらいよ』の寅さんの実家『とらや』のロケ現場の高木屋さん。明治元年創業の和菓子店で、寅さんの好物の草だんごのほか、焼だんごなどが売られています。数軒隣に『とらや』というお店があり、こちらは第1作から4作目まで撮影に使われたところだそうですが、建物はその後建て替えされたとのこと。
セキトメ飴の飴切りパフォーマンス
寅さんとは関係ないお店ですが、『セキトメ飴』の飴切りパフォーマンスが面白いです。トントン、トントン、トトトントントンと軽やかなリズムが素晴らしい!
この日は真ん中に立つ新人と思われる女性のための研修も行われていました。
高砂橋
さて、帝釈天とその参道を満喫したら中川に出て高砂橋を渡ります。
東四つ木コミュニティ通り
江戸川から中川を渡り荒川に出るまでの葛飾区内は午前中同様にあまり楽しくはありませんが、大通りを避けて小さな道を進みます。
木根川橋を渡る
荒川に出ました。
河川敷へ下るユッキーとコムラン
木根川橋で荒川を渡ったところでユッキーとコムランが離脱。
荒川サイクリングロード
残った面々は荒川サイクリングロードをどんどこ南下します。
さすがに広い荒川は空も広く、気持ちよく走れます。
木下川排水機場
木下川排水機場のところで荒川を離脱し、旧中川沿いに入ります。
旧中川
旧中川は中川が荒川放水路の開削によって分断された尻尾で、その両端に水門が設けられたため、ほとんど流れがない川になっています。
墨田区立花6丁目付近
そのため河岸は親水公園のようになっていて、水が近くて気持ちがいい空間ができています。
ここも歩行者と自転車の専用スペースでポタリングにはもってこいのところです。
北十間川と東京スカイツリー
今日は旧中川の末端まで行かずに、北十間川が流れ込んだところで北十間川沿いに入ります。
先には例の東京スカイツリーがバーンと。
十間橋から見る逆さ東京スカイツリー
十間橋から見ると見事な逆さ東京スカイツリーが北十間川に映っているのですが、残念ながらカメラには入り切りませんでした。
東京スカイツリーを見上げる
北十間川沿いをそのまま進めば東京スカイツリーの足元に出ます。
勝海舟像
東京スカイツリーを見上げた後は隅田川に出て墨田区役所の前のデッキに立ちます。するとそこにおわしますは幕末の英雄の一人、勝海舟さん。
勝海舟は本所亀沢町(現墨田区両国)で生まれ、幼少期はこの付近で生活したのだそうです。
吾妻橋より東京スカイツリーとアサヒビール本社ビルを望む
その隣のアサヒビールの本社と黄金の火の玉を眺め、吾妻橋を渡ります。
吾妻橋の西詰からはこれらの建物と東京スカイツリーが並んで見えます。
雷門とチワワのマッキー
浅草寺の雷門の前を通り新仲見世でちょっと買い物をしたら、出発地の上野に向かいます。
不忍池のコサギとカルガモ
上野公園を通り抜け、不忍池に下りました。
ここにいるのはコサギとカルガモだけで、他のカモたちはやはりまだ北からやって来ていないようです。
不忍池前にて
時は17時。今日はお日様がでていないせいもありますが、すでに弁天堂に火が灯っていてすっかり夕方です。日がずいぶん短くなりました。
打ち上げ火鍋
久しぶりの反省会は中国鍋の火鍋。四川風の麻辣スープと優しい味の鶏白スープの二味で、浸けだれは自由にブレンドできます。具は羊肉、鶏肉、鶏団子、豚肉、野菜いろいろ、芋の春雨、中華麺で、お腹いっぱい。ごちそうさまでした〜
