東海大学前駅
2月は中旬まではひどく冷え込みましたが、ここに来てそれが和らぎ、4月並みの暖かさという日も出てきました。このまま春になってしまうということはないでしょうが、冬はもう終わりですね。
今年になってからまだ富士山を見ていません。今週末も4月並みの暖かさだそうです。3月に入ると春霞が多くなり、富士山は見えにくくなりそうなので、空気がまだ澄んでいるうちに富士山を見に出かけることにしました。
住宅街を行く
やってきたのは小田急線の東海大学前駅。渋沢丘陵や曽我丘陵から富士山がよく見えるところです。
いつもはこれらの丘陵地を巡り、曽我梅林で梅と富士山を眺めるというコースをとるのですが、今年の梅はそろそろおしまいらしいので、梅林は周囲の梅の咲き具合を見て、訪ねるかどうするか決めようと思います。
弘法山
秦野駅周辺の地図を眺めていると、弘法山公園が目に止まりました。この公園には展望台があり、富士山の眺めが良いらしいのです。ということで、最初に弘法山公園へ向かうことにしました。
東海大学前駅前から住宅地を抜けて進んでいくと、前方に低い山が見えます。最初は頭が丸い山、そして次に、二つのピークを持つとんがり帽子の山が現れます。このとんがり帽子が弘法山のようです。
上るサリーナ
弘法山を目指して上って行きます。谷の奥にたどり着くと道は弘法山を後にし、別方向へ向かいます。
弘法山公園は実は3つの山、弘法山、権現山、浅間山から成り、私たちが向かう展望台は権現山にあるのでした。
秦野市南矢名
だいぶ上ってきました。先ほど通過した住宅地が下に見えるようになりました。
気持ちの良い朝日を浴びながら、斜面をゆっくり上っていきます。
権現山へ向かうサリーナとシュンシュン
周囲が木々に覆われてくると、そろそろ目的地です。
桜がある風景
左に下る道が現れて視界が開くと、下にピンク色の大きな木が見えます。桜です。水無川の河川敷には早咲き桜の「おかめ桜」というものが植えられているのでそれかもしれません。
ダッシュするシュンシュン
目的地が近づくとシュンシュンがダッシュ。あっという間に見えなくなってしまいました。
浅間山駐車場
浅間山駐車場に到着。
公園の名は弘法山、駐車場の名は浅間山、向かう展望台があるのは権現山。
ん〜ン、頭がコンランスルゾー! 😅
権現山へ
ということで、浅間山駐車場に自転車を駐めて権現山の山頂にある展望台に向かいます。
富士山とサリーナ
この展望台までは距離は大したことはありませんが、勾配がかなりきつくてアヘアヘ!
しかし途中から富士山が見えて、山頂からの眺めはどんなだろうとワクワクさせてくれます。
権現山の展望台
休み休み登ること10分。ようやく権現山の山頂に到着しました。展望台はこの登り切ったすぐのところにありました。
さっそく展望台に登ってみましょう。
展望台より大山を望む
まず真北には、広場を下にし、先に大山が見えます。この山はきれいな円錐形で、丹沢山地の中でも一際目立ちます。
展望台から見る秦野の街と富士山
そして真西を見れば、富士山!
下は秦野の街で、その中を水無川が流れています。
展望台から見る富士山
富士山の冠雪はここのところだいぶ遅くなっていて、確か去年は例年に比べ三週間も遅かったと思います。しかし現在はたっぷり雪を被っており、真っ白な雪化粧をした美しい姿を見せています。
秦野盆地と富士山
ほぼ360度近い眺望を得られるこの展望台、なかなかいいです。
山から下る
富士山と大山の眺めを楽しんだら、山を降ります。
金目川
ガーっと下って、秦野の街中を流れる金目川まで降りてきました。
大山をうしろに渋沢丘陵へ上る
秦野の市街地は意外と細かいアップダウンがあり、ちょっとひーこらする場面もありましたが、なんとか抜けてその南端までやってきました。
県道を渡ると周囲は畑に変わり、渋沢丘陵への上りが始まります。
秦野の南から見る大山
ひとこぎして丘の上に出ると、先ほどまでうしろに見えていた大山が右手に見えるようになります。
これはいい眺め! お天気も最高で爽快な気分です。
震生湖
大山の眺めを楽しみつつ少し行くと震生湖です。
この湖というか沼は、1923年(大正12年)の関東大震災により小さな沢の斜面に地滑りが生じ、流れをせき止めたところに水が溜まって形成された堰止湖です。
現在は川が接続していませんが、地下水脈で周囲の水系とつながっているそうです。ここではよく釣り人が糸を垂らしているのですが、この時は橋の架け替え工事が行われており、人気はほとんどありませんでした。
秦野福寿弁財天社の鳥居
震生湖にはメインのアプローチ以外に降り口がいくつかあります。これはその一つで、湖の畔にある秦野福寿弁財天社の参道にもなっています。この弁天様へは震生湖からも行けるのですが、この参道を下ったほうが趣があるかもしれません。
雑木林を抜ける
震生湖の周囲をぐるりと回るようにして進んで行くと、雰囲気の良い雑木林の間を抜けます。
みかん畑のシュンシュンとサイダー
その先でパッと視界が開くと、みかん畑が広がっています。ここは高台なので気分良し。
みかん畑から見た富士山
今年はみかんはすでにおしまいでしたが、震生湖付近では雲に隠れてしまっていた富士山が再びその姿を現していました。
梅の大木
みかん畑から下ると、大きな梅の木がある家の前に出ます。数年前にここを訪れた際にはとてもきれいな花を咲かせていましたが、今年はずいぶん早くに咲いたようで、もう終わりかけでした。
八幡神社上の丘から大山を望む
鄙びた小さな八幡神社の横から再び丘の上に上ると柑橘類が大きな実をつけています。北にはもうすぐ雲に飲み込まれそうな大山の姿があります。
白梅
上ったり下ったりを繰り返していると、視線の先に白い塊があります。白梅です。ここはちょうど見頃です。梅の花のいい匂いが漂っています。
白梅と表丹沢
その先には表丹沢が。
鴨南蛮そば
この丘陵地はなかなか素敵なのですが、このあとは街から離れてしまうので、渋沢に下って昼食にしました。一番近い食事処は古民家の蕎麦屋『くりはら』で、ここで鴨南蛮そばをいただきましたが、なかなかおいしゅうございました。
渋沢神社
さて、午後の部は先ほどまで走っていた丘へ上り返さなければなりません。
渋沢神社の横を取る道は序盤からきつ〜い上りです。
見返り渋沢
結局すぐに押すことになり、アヘアヘ!
上った先からは渋沢の街が見渡せます。
落ち葉積もる急坂
見返りポイントから少し上ると、落ち葉が降り積もった急坂になります。
押しのサリーナとサイダー
こんなところはのんびり行きましょう。
渋沢峠付近
上った先で視界が開くと、そこは峠トンネルの真上の渋沢峠です。この道は矢倉往還の一つだそうで、大井町の篠窪集落と渋沢とを結んでいます。
矢倉往還の白梅
渋沢峠から西へ向かうとすぐに道脇に白梅が咲き出しました。この白梅もピークです。
畑の展望台
この先は峠集落へ下らずに篠窪へ向かいます。するとこの分岐点のすぐ先に、ベンチが置かれた小さなスペースがあります。GoogleMapには『畑の展望台』とあります。ここからも表丹沢がよく見えます。
雑木林を行く
畑の展望台で一休みしたら、丘陵地をのんびり進んで行きます。
畑地と畑地との間には小さな雑木林があります。
篠窪へのショートカットルート
干からびた『弘法のすずり水』を横目に進み、篠窪へのショートカットになる細道に入ります。この道はGoogleMapでは出てきませんが、地理院地図にはちゃんと載っています。
篠窪三嶋神社
篠窪に下ると、道路の上を塞ぐような大木が目に飛び込んできます。篠窪三嶋神社の椎の巨木です。
篠窪三嶋神社の鳥居
このあたりには三嶋神社が7〜8社あるのですが、篠窪の三嶋神社は上大井を真似て勧進されたようです。
樹齢500年の椎の巨木
樹齢500年とされるズダジイの巨木に驚くサリーナ。
富士見塚付近より見る富士山
篠窪の三嶋神社の先には富士見塚があります。この時はすでに富士山は雲の中で、かすかに頭と稜線が見えるだけでした。
篠窪から見る大山
富士見塚の東側からは、篠窪の集落の向こうに大山がきれいに見えます。雲は多くなってきていますが、まだ山頂まではっきり見えています。
篠窪配水池から見る丹沢山地
篠窪配水池まで上るとどうやらピークを迎えたようで、これより柳の集落へ下ります。
荒れた路面を行くサリーナ
そうは言ってもやはりちょっとしたアップダウンはあり、路面もこんなことになってしまうのでした。
丘陵地の林と畑
難所を脱出すると、そのあとは穏やかな道になります。ゆったりとしたカーブがのどかな景色に似合います。
大山とサリーナ
柳の集落を抜け東名高速道をくぐると、その先は曽我丘陵になります。東名高速道が渋沢丘陵と曽我丘陵のほぼ境になっています。ここからも大山が見えますね。
おおいゆめの里
曽我丘陵に入ると『おおいゆめの里』です。
小高い丘がピンク色に染まっています。早咲き桜の河津桜です。
おおいゆめの里へ向かう道筋の桜
今回は北側からアプローチしてみます。交差点から北西へ向かうと、その道筋にも河津桜が咲いています。
おおいゆめの里記念植樹エリア
おおいゆめの里は荒廃しつつあった山林を再整備したかなり広い公園です。ここは記念植樹エリアで、河津桜が植えられています。
今年の河津桜の開花はかなり早かったようで、このあたりはすでにだいぶ花びらを落としています。
河津桜の中を行くサリーナ
河津桜を眺めながら、木々の間をゆっくり進んで行きます。
おおいゆめの里の河津桜
全体としては終盤ですが、一部にはまだ見応えがある木もあります。
おおいゆめの里の花木園1
記念植樹エリアを抜けると視界が開き、先にも桜の木が見え出します。向こう側は斜面が異なるため陽の当たり具合が違うのでしょう。これまでの桜より花が多く、きれいです。
花木園1の前に立つサリーナ
桜と美女一人! 😅
足柄の山々と河津桜
ここからは足柄の山々がよく見えます。左から、桜の木の上のなだらかで大きな山容は明神ヶ岳、高く鋭く聳える金時山、近くに見えるおにぎりのような形は矢倉岳。
天気が良ければこの右に富士山が見えるのですが、この時は残念。
アイスクリーム休憩
ここでちょっと休憩です。この日は暑いくらいだったので、おおいゆめの里内の農業体験施設『四季の里』でアイスクリームを。
さて、一休みしたら曽我丘陵を行きましょう。
大井町郷土資料館
おおいゆめの里のすぐ近くには、かつてこのあたりで使われていた農具や生活用具が保存展示されている大井町郷土資料館があります。この時は『ひなまつり』の幟が立っていました。そういえばもうすぐ2月が終わりますね。
ここからは浅間山まで一直線に道が伸びており、最近整備が終わって綺麗になったところなのですが、Google Mapで赤田に道祖神とあるのを見つけたので、今回は回り道をしてみることにしました。
『だいじんごさん』が宿る椎木
Y字路になっている赤田のバス停から東に入るつもりが、うっかり八幡社まで下ってしまいました。しかしこれが面白いものを見つけるきっかけになりました。こんもりした小さな丘の上にある椎の巨木です。
大井町の資料によれば、この木は『だいじんごさん』と呼ばれ、昔から大切にされてきたそうです。この時は遠目に眺めただけでしたが、その足元には小さな祠が祀られているようです。巨木は古くから民間信仰の対象でしたが、椎木は里山で特に大きくなり、常緑で葉が落ちることもなく生命力に溢れているように見えます。またその実は古代から食料でした。
『だいじんごさん』は『大神様(だいじんさま)』の方言形であるとする説が有力なようです。『だいじん + ご(御) + さん』ですね。
梅の古木
椎木は巨木が信仰の対象になりますが、梅は巨木というより古木が好まれます。ここにあるのはみんな小さいですが、かなり古い木のように見受けました。
桃色の桃の花
近年は河津桜という赤みの強い花の桜がこの時期の話題をさらうことが多いですが、古来より好まれてきた花に桃があります。『桃色』というくらいにその色は特徴的です。
赤田木ノ開戸の道祖神
ここの小字は『木ノ開戸(きのかいど)』と言うようです。ありました道祖神。これがあるということは、かつてはここが村の入口だったのでしょう。
開戸は関東の地名語で「切り開いた道・開拓地」を指すようです。この集落は木を切り開いて作った開拓地という意味なのでしょう。
先ほどの椎木信仰が集落内部の守護という性格を持つのに対し、この道祖神信仰は村境や道路の守護という性格を持ちます。つまりこれらは内側の神と外側の神という役割分担になっていると考えられます。
赤田の農機具置場
この辺りの丘陵集落には『足柄型の村境構造』とでも言うような特徴があります。それは、谷の底に集落、そこから数本の谷道が外へ出る、その出口に道祖神というものです。この赤田では木ノ開戸以外に『北ノ開戸(谷道)』と『稲久保(谷出口)』にも道祖神が置かれており、三方向をそれで封鎖する構造を持っています。
稲久保集落を抜けて尾根道へ向います。こうしたロケーションによく似合う古びた農機具置場がありました。
鄙びた道を行くシュンシュン
その先に続く道がなんとも味わいがあるカーブを描いています。農作業用のミニショベルカーもこんなところによく似合います。
下に稲久保の集落の末端
稲久保を出たところの小さな畑に村人が集まって何かやっていました。春を迎えるにあたってのイベントのようです。
尾根道から見る大山
赤田配水池の上の尾根道に出ました。北には依然、大山が見えています。
浅間山への上り
この先は浅間山まで一本道です。序盤はまずまずの勾配でなんとか自転車に乗って上って行くのですが、
最後の激坂
最後の100mほどは激坂で、あえなく撃沈。押しです。 😅
浅間山山頂付近
この上りのあと、鉄塔と梅林がある浅間山の山頂付近に辿り着きます。
ここの梅はもうほとんどおしまいでした。この様子では曽我梅林の梅も終盤であると推測できるので、今回は曽我梅林へ向かわず、北の中井町古怒田(こぬた)方面へ下ることにしました。
浅間山から北へ下る
いつも下る南西の上蘇我方面は激坂で距離も長いのですが、古怒田方面はそれよりだいぶ勾配が緩く、距離も短いです。
古怒田の茅葺民家
古怒田に下ると茅葺屋根の民家がありました。この屋根は近く葺き替えられるのだと思います。周囲には竹の足場が掛けられ、軒下には屋根を葺く材料である茅などの材料が見えます。
「怒田(ぬた)」という語は各地にあり、意味は古語の 「ぬた(沼田・泥地)」 に由来する場合が多く、ぬかるみや湿地の田を指すと考えられています。そのためここは古い湿地の田という地名解釈がよく提示されます。
古怒田集落を行く
「ぬた」以外にもこの周辺の地名は地形を表す古い語が集中しています。
比奈窪の「窪」は窪地を表します。半分形の形(かた)は地形や土地の区画を示し、「半分」は共有地の分割や山林境界などを示すと考えられています。そして雑色は下級役人の居住地を示す古い行政用語である「雑色(ぞうしき)」からきているのでしょう。
古怒田の外れに立つ一本榎
今日はもう十分に山も花も楽しんだので、ここら辺で上りとしましょう。一番近い駅である東海道線の国府津駅へ向かうことにしました。
古怒田の集落を出ると道端に大きな榎が一本立っています。その傍には小さな農機具置場があります。遠くにうっすら見えるのは水平線でしょう。相模湾ですね。どこかほっとするような、なんとも味わいがある景色です。
一本榎から相模湾へ下る
一本榎の先は相模湾へ向かって下ります。水平線がはっきり見えてきました。
中井町田中の白梅
田中まで下ると白梅が咲いています。
満開の白梅
ここは満開。これで十分に曽我梅林に言った気分になれます。
小田原市小船
先に東海道新幹線の高架橋が見えるところまで下ってきました。ここまで来れば相模湾はもうすぐです。
国府津駅付近の相模湾
ついに海が見えた!
今日は、富士山、大山、河津桜、梅となかなか楽しめました。丘陵地のアップダウンと鄙びた集落を巡るのも楽しかったです。
