スイス・サイクリングの2日目、朝早く目覚めると、東の空は赤く染まっていました。 徐々に太陽が昇り、チューリッヒ湖もだんだん目を覚ましてきたようです。 しかし宿の前の緑の牧草地はまだ眠りから覚めぬようで、ぼんやり眼のよう。
半屋外のテラスで朝食をいただく頃になると、日の光を浴びた牧草地の緑は驚くほどに輝き出しました。 このすばらしい眺めの宿にたった一泊しかできないのは残念ですが、今日はアッペンツェラー・チーズの産地、アッペンツェル州のウルネッシュに向かわねばなりません。
8時半に緑の牧草地を後にし、まずは昨日通ったラッパースヴィルに向かいます。
ラッパースヴィルの広場は昨日とはまるで違い、朝市のようなものが開かれていました。 野菜やハム、そしてチーズといった食材がところ狭しと並べられています。 まだ9時だというのに結構な賑わいです。
この広場でオットマッターと落ち合い、出発の準備を整えます。
『良く眠れた?』 とオットマッターに聴けば、
『夜中まで広場はにぎやかで、その上教会の鐘がゴーンゴーンって朝まで鳴り続けたから、ちょっと眠れなかった。』 とのこと。 便利なところに宿泊するとこういったこともままありますね。 そして教会の鐘ですが、オットマッターはこの旅で最後までこの音に悩まされることになるのでした。
中世の街ラッパースヴィルの鐘の音を後にし、ちょっとだけ市街を通って出たところは、草原! 穏やかな上りの道の両側にはどこまでも牧草地が伸びています。
『ここまでは鐘の音も届かないね〜』 とオットマッターが快調に飛ばします。
周囲が牧草地なら当然そこにいるのは牛君です。 まだ朝の涼しい時間帯なので、牛君たちも日なたで草を食んでいます。 このあたりで一番多い家畜は牛で、羊や山羊はほとんど見かけません。
『今日は最後まで走りきれるかな〜』 と今はまだ快調のサリーナ。 でもちょっと不安なのです。
牧草地の中にときどき農家の家屋が現れます。 作用小屋の前にはトラクターが停まり、その近くではやはり牛君が草を食んでいます。
こののんびりした道がちょっと広めの道に突き当たり、ヴァルト方面に向きを変えると急に勾配がきつくなります。 ラウペンという小さな村に着くと丁度曲がり角に、クラッシックカーとクラッシックモーターバイクが停まっているカフェがありました。 この店はなにかそんなマニアが集まる店なのでしょうか?
今日は辺鄙なところを通るのでワットヴィルまで町らしきものがないので、ここで一休みすることにしました。
一休みして出発するといきなり結構な上りです。 この北側にはちょっとした山塊があり、今日はその裾野を縫うようにして進むのです。 それで今日はちょっとしたアップダウンがあるのです。
きつい上りが終わり、谷を走るゴールディンガー川沿いの道に出たところで休憩していると、そこに自転車に乗って現れたのは上半身裸のおじさん。
『やあ君たち、サイクリングかい、今日は暑いね。 どこまで行くんだい?』 と聞いてきます。 ウルネッシュまでと答えると、
『お〜、そりゃあちょっと大変だよ。 こんな山がこんくらいあるよ。』 と身振り手振りで教えてくれます。
『まずこの谷をぐるっと廻って、ワットヴィルまで行くんだよ。 わしもそっち方面に行くから付いておいで。』
こうしてフランツおじさんが道案内を買って出てくれたのでした。 道はずっと上り。 景色はすばらしいけれど、日が高くなってきて暑く辛い。 そこをフランツおじさんはサーッと飛ばして行きます。 最初はがんばって付いていった私たちですが、おじさんとの距離はみるみる開いて行きます。
そして激坂が現れると、フランツおじさんの姿はあっという間に見えなくなってしまいました。 坂の上で私たちを待ってくれていたおじさんですが、これはもうちょっと付いて行けないと伝え、ここで私たちはしばし休憩。
谷底には川、その向こう側には小高い山並みが続き、景色はなかなか素晴らしい。
廻りの牧草地で農民が草を集めるのを横目に、相変わらず上りの道をよろよろと進みます。 暑くきつい。
谷を折り返すあたりまで来ると、サリーナがまたまたへろへろし出しました。 ちょうどその時、目の前に現れたのはスキー場のリフトとその施設。 中にはレストランがあるのでここでお昼にしました。 夏のこの時分でもこのスキー場のレストランは結構賑わっていました。 駐車場にはマウンテンバイクが数台停まっています。 自転車で山遊びをしたりハイキングをする人々が多いようです。
さて、ゆっくり食事を楽しんだ後は谷の反対側を進みます。 午前中は逆光だった周囲の景色が順光になり、緑が輝いて見えます。
しばらく走ると、先にネギ坊主のような頭の教会の塔が見えてきました。 村があるようです。 辿り着いたその村は民家がわずか数軒という本当に小さな村でした。 こんなところにも教会ってあるんだと感心してしまいます。 広場には例のごとく水場がありましたが、めずらしくここの水は飲めないと書いてあります。 ボトルが空っぽになったオットマッターは民家で水を分けてもらいました。
午後の日射しは増々強く、暑さもかなり厳しくなってきました。 今日はまだ30km少々しか走っていません。 こんな調子ではとてもウルネッシュには辿り着けそうにない。 ワットヴィルから短縮ルートにするかな、などと考えながら、重いペダルを廻します。
木陰を見つけると、そこに倒れ込むように駆け込みます。 日なたはとても暑いけれど、湿度が低いので木陰は驚くほど涼しい。 こんなところが日本とはとても違います。
道は相変わらずアップダウンの連続です。 休み休み進んで行き、とあるところで前を見ると、
『ゲッ、なんだあれは〜』 とサイダー。
『や、ヤギ道だ〜』 とはオットマッター。
砂利道が唐突にコンクリートの舗装になったかと思えば、斜度20%はあろうかという激坂が。。 ここは農道のようで、道の真ん中は舗装されてなく、草が生えています。 トレーラーの轍のところだけ舗装したんですね。 そこを上からマウンテンバイクが2台カッ飛んで下りてきた。
『ところでオットマッター、ヤギ道ってなんだ?』
『だってこんな道、ヤギ君しか上れないじゃん。。』 とオットマッター。 なるほど、しかし『ヤギ道』ってのはなかなかいいネイミングだね。
ここは自転車を押しても進まないくらい大変なところでした。 サリーナに至っては坂の下でまず休憩、5m進んで休憩、また5m進んでは休憩、そしてついに押し上げることさえ出来なくなり、へなへな〜とへたりこんでしまうのでした。
オットマッターがサリーナの自転車を押して、なんとかここを脱出。 あぁ大変だった〜
さて、ヤギ道上りが終わればその後はワットヴィルまで爽快な下りです。 グワン、グワ〜ンと風を切ってあっという間にワットヴィルに到着。
ワットヴィルに着いた時はすでに15時半近くになっていました。 ここから川沿いを北上し、ぐるっと廻ってウルネッシュに行く予定でしたが、それはもう到底無理。 真っすぐウルネッシュに向かえば20kmほどですが、例によってアップダウンがこの先もまだまだ続きます。
サリーナがここでリタイアすると言うので、オットマッターとサイダーも戦意喪失、みんなで電車でウルネッシュに向かうことにしました。 そんなんで、ひとまず駅前のカフェで打ち上げの乾杯。 飲んでいるのはパナシェという飲み物で、ビールをレモンソーダで割ったもの。 暑い日にはビールほど重くなく、軽やかでスカッとしておいしい。 このパナシェ、自転車乗りの飲物っていう意味があるんだって。
スイスで初めて列車に自転車を載せます。 日本と違うのは、ヨーロッパは大抵そうですがプラットフォームと列車の床の高さが違い、列車の入口にステップがあるので自転車がちょっと載せにくいということでしょうか。 しかしスイスのほとんどの列車には自転車置場があるので、折り畳まないでそのまま載せることができます。 折り畳んで袋を被せれば無料、そのままの場合は有料(料金は距離による。乗り放題は15CHF/日)。 スイスでは、プラットフォームで自転車を見かけないことはない、というくらい、かなり多くの人が自転車を持ち込んでいます。
列車で1時間ほどで着いたウルネッシュは小さなかわいらしい町です。 町の真ん中に教会があり、その前の道路が広場状に膨らんでいます。 家々の窓はみんなきれいな花々で飾られていてとても素敵です。 私たちの宿はこの広場の真ん中にありました。 窓から外を見ると、目の前には教会の尖塔が。 ということは、ここでも終夜鐘の音が響き渡りそうです。
『が〜ん。。 教会の目の前だ〜、鐘のめのまえだ〜〜』 と呻くオットマッター。 この鐘、15分ごとにゴーンゴ〜ンと夜中鳴り響くのでした。
この晩はオットマッターの親類と会食。 なんとオットマッターのおじいさんはこのあたりの出身だったのだそうです。 アッペンツェラーチーズと同じくアッペンツェル産のベーコンは濃厚な味で素晴らしかった。 牛の脳みそもこのあたりの料理でシチュー風。 これも美味。
さてさて、スイス・サイクリング2日目も予定の通りには運びませんでした。 しかし美しい丘陵地をいやというほど堪能しました。 美しい緑の丘陵、これは本当にすばらしかった。 明日はここにもう一泊してアッペンツェルや周辺の景色を堪能するつもりです。 明日は予定の通りに行くかな?