今日はブリュッセルからベルギーの南部、ワロン地域のナミュールに移動です。北部のフランドル地域がフラマン語を話すのに対し、ワロン地域はフランス語圏となります。
ブリュッセルのホテルから北駅まで走り、自転車を折たたんで列車に乗れば、意外や意外、折りたたみ自転車の人が結構います。ベルギーの鉄道には自転車をそのまま乗せられる列車もありますが、これは便が限られるし、有料。しかし、折たたんで持ち込むのは無料のようなので、折りたたみ自転車を利用する人が多いのでしょう。中には通勤に使っている人もいるようです。日本と違うのは、輪行袋を利用している人はいないということ。
ナミュール駅
列車が北駅を出て南下を始めると、ほどなく郊外になり、建物の合間に畑や牧草地が見え出します。この景色を眺めながら、駅で買ったサンドイッチをほおばっていると、車窓に雨粒が付くようになりました。今日は走れそうにないかな、と考えているうちに、ナミュールに到着。ブリュッセルから約一時間です。
歴史的なファサードを持つナミュール駅を出ると、その前は小さな広場状になっており、花壇にきれいな花が咲いていました。ブリュッセルで見かけたレンタサイクルがここにもあります。
いつの間にか雨はあがっていました。
ナミュール駅付近
駅から街中のホテルに向かい、そこに荷を解いて一休み。ホテルのロビーで出会った方によれば、この街は100年以上前からちっとも変わっていない、といいます。
ブリュッセルの南東60kmにある人口10万人のナミュールは、ナミュール州の州都で、『ムーズ川の真珠』と讃えられており、ムーズ川とその支流のサンブル川が交わる地点の高台には、街を見下ろすようにしてお城が建っています。また、世界遺産鐘楼群のうちの一つがあることでも知られています。
私たちはこの街を起点にアルデンヌ地方の自転車旅に出ますが、ナミュールはそのアルデンヌの入口にあるともいえます。
アルム広場のパレ・デ・コングレ
お天気はなんとか大丈夫そうなので、この日は足慣らしに、隣町のフローレフに行くことにしました。そこにはかつてすばらしいビールを醸造していた修道院があるのです。
しかしその前に、街中の見どころを少し巡ります。
ナミュールの中心はアルム広場(Place d'Armes)です。その一角に元証券取引所、現コンベンション・センターのパレ・デ・コングレ(Palais des Congrès)が建っています。アルム広場周辺は1914年のドイツ軍の侵攻により破壊されますが、この建物は1930年代に再建されました。
聖ジャックの塔
その奥に世界遺産鐘楼群のうちの一つ、14世紀に城壁の一部として建設された聖ジャックの塔があります。
この鐘楼は元は別の教会にあったようですが、その教会が火災に遭ったため、18世紀の中頃、この塔に移されたそうです。円形のずんぐりした塔の頭に玉ねぎ帽子、そのすぐ下が鐘楼だと思いますが、残念ながらここは入場できません。
ジョゼフとフランシェ
アルム広場にはこんなひょうきんな像も。この街出身の漫画家のキャラクターだそうです。
ナミュール人は、カタツムリよりのんびりおっとりしている、ということを表しているそうです。速く歩きすぎた罪で檻に捕らわれた小さなカタツムリと、その外でそれをたしなめている大きなカタツムリ。
アルム広場近くの建物
この街並を見ると、先ほどホテルで出会った方の、ここは100年以上前からちっとも変わっていない、という言葉が、なるほどという気がします。
サンブル川と自転車観光者
アルム広場のすぐ南にはサンブル川が流れています。この川は、先に見える橋のところでムーズ川に流れ込んでいます。
私たちが橋を渡っていると、道の反対側を観光者らしき人々がレンタサイクルでやってきました。この街には公共のレンタサイクル以外にも貸し自転車があるようです。
サンブル川とお城
川の反対側を見れば、高台にお城。
お城の門
サンブル川を渡り切るとすぐ、そのお城の門があります。
ここから先は車は入れず、お城への近道でもあるのですが、急坂な上に石畳。他の道を探すと、ムーズ川側の一般車道がゆるゆると上まで延びているので、そちらに廻ります。
お城へ上る一般車道
ムーズ川沿いの大通りから一本内側の道を進んで、カジノと書かれた建物の横を過ぎると、道はヘアピンカーブを描いて上り始めます。
このカーブの先はなんと石畳! こちら側なら自転車でも問題なく上れると思いましたが、石畳は想定外です。しかし勾配は緩く、石畳といってもピンコロなので、なんとか上って行きます。
お城の小さな構造物
よたよたと上って行くうちに、徐々にお城の構造物が現れ出し、街が下に見えるようになってきます。
ナミュール中心部を望む
道がムーズ川側からサンブル川側に移ったところに、ナミュールの素晴らしい展望が開けました。
正面に大きな教会の塔があり、そこから視線を右に移すと、先ほど見た聖ジャックの塔が見えます。
ムーズ川上流側
さらに一上りしてこちらはムーズ川側。
穏やかな表情のムーズ川の上流側(南側)は、こんもりとした森に覆われています。
ムーズ川の東側を望む
お城風ホテル
さらに上って行けば、先にお城のようなものが見えます。しかしこれはお城ではなくホテルのようです。おそらくここのお城とは関係のない建物だと思いますが、ここの雰囲気に合っています。
城砦址
このお城風ホテルの手前をUターンすると、その先でようやく道が平らになり、城砦に辿り着きます。
ここには中世からメロヴィング朝の城があったようですが、現在残っているのは、一時ルイ14世が所有していたこともあるという17世紀のものの址だそうです。現在、主要な構造物はほとんど見られませんが、この周りは広大な公園になっていて、ナミュールの街が一望にできます。
サンブル川北岸の自転車道
お城見学のあとはいよいよフローレフに向かいます。フローレフはナミュールの西8kmほどのところにあります。
お城の北を流れるサンブル川の北岸、左岸には自転車道が続いています。
サンブル川とお城
その路面は石畳できれいなのですが、タイヤが小さい私たちの自転車では、これはちょっと走りにくい。
しかしここは川面が近くて、いい気持ちで走ることができます。
サンブル川右岸
お城の横を通り過ぎ、少し行った所にある石橋を渡って右岸に出れば、こちらにも自転車道があります。これはフローレフを通り、ワロン地域最大の都市シャルルロワまで続いています。ベルギーにはこうした自転車道がたくさんあります。
こちら側も最初は石畳ですが、川が大きくカーブするあたりから、コンクリート舗装に変わります。サンブル川はひどく穏やかな流れで、川というより運河の雰囲気があります。そこを砂利を積んだ船がゆっくりと通過して行きます。
閘門
サンブル川は運河のようだと感じましたが、それはこんなものにも見て取れます。ここには水位の異なる水路の間で船を上下させるための装置である閘門が何ヶ所もあります。
サンブル川は実質的に運河なのです。
サイクリング少年隊
この閘門を過ぎると、前にたくさんの少年少女のサイクリング隊に出会いました。
ベルギーは自転車のロードレースで有名な国でもあり、サイクリングを楽しむ人々も大勢いるのでしょう。
サンブル川を行くサリーナ
ヤッホー、いよいよベルギーサイクリングの始まりね。たのしみ〜 とサリーナが行く。
岸辺で休む鴨
5kmも走れば市街地を抜けたようで、周囲の景色ががらりと変わります。
川岸では鴨が休み、対岸には小高い丘が見え出します。こちら側は森になったようです。その森が奥へ下がり手前が開けると、そこは牧草地なのか、芝生のようなきれいな緑が一面に広がり、その向こうにやはり小高い丘が見えるようになります。アルデンヌ地方はこうした小高い丘がどこまでも続くので、アルデンヌ高地とも呼ばれます。
サンブル川と工場
ワロン地域はかつて重工業で栄えたところでした。この自転車道の先にあるシャルルロアはその代表的な都市です。
そんなこともあり、川沿いにはそうした関連施設が多くあります。特に多いのは先ほどの船が積んでいた、砂や砂利を扱うもの、セメント工場といった類いです。
フローレフに到着
曲がりくねって流れるサンブル川と丘を眺めながら走って行けば、一時間ほどでフローレフに到着したようです。
左手の丘の上に教会のようなものがちらりと見えます。あれがきっとフローレフ修道院でしょう。
高台のフローレフ修道院
建物の姿が大きくなってくると、それがフローレフ修道院であることが確信されます。
川辺の自転車道から一般道に乗換え、坂道を上って行けば、すぐにフローレフのメインストリートに出ます。フローレフ修道院はこのメインストリートを少し上った所にありました。
フローレフ修道院の門
そのメインエントランスには石造の立派な門があります。
この門をくぐって200mほど進むと、修道院に到着。
フローレフ修道院
1121年に設立されたフローレフ修道院は、当時は相当な勢力でフランス革命のころそのピークに達しますが、その後一部の修道士たちが別のコミュニティーに加わるべくドイツに去ると、次第に勢力を失っていったようです。今見ることのできる建物は17〜18世紀のもので、現在は学校になっています。
フローレフ修道院その2
見学はあっち、の標識に導かれて進むと、教会の前に辿り着きました。
この施設の見学は可能ですが、時間が決められていたのでこれは諦め、ここに併設されているカフェで昼食にすることにします。
フローレフ修道院のカフェ
実はここに来た目的は修道院の見学ではなく、ビールなのです。
かつてこの修道院ではビールが醸造されていました。そのフローレフは、1983年よりルフェーブル(LEFEBVRE)醸造所によって醸造されています。かつてビールを醸造していた修道院の多くは、残念ながら現在はここのように、外部の醸造所に権利を譲渡して醸造を委託しているのです。これらのビールは、修道院ビール(アベイビール)と呼ばれます。
フローレフには5つの種類があるようです。ダブル、トリプル、プリマ・メイオール、ブロンド、ブランシュです。
この中で驚いたのはブランシュ(白)。フローレフにブランシュがあったなんて! ブランシュは原料に小麦を加えた白ビールで、ベルギービールではヒューガルテンが良く知られています。このタイプはベルギービールの中ではアルコール度数が低めで、色は白濁した淡黄色、爽やかで軽やかな飲み口が特徴。
隣の席のプリマ・メイオール(左)とブランシュの生(右)
一方、一般的な修道院ビールは、アルコール度数は高めで、色は濃いめが多く、深い味わいがありますが飲み口は重め。このように修道院ビールと白ビールはタイプがまったく異なるものであり、私が知る限り、修道院で白ビールを造っているという話は聞いたことがありません。
ルフェーブル醸造所の歴史のところには、ちゃんとフローレフ・ブランシュの名があるのですが、なぜかその製品欄には4種類だけしか載っておらず、ブランシュはなし。この醸造所では白ビールのブロンシュ・ド・ブリュッセルも醸造しているので、一時期だけフローレフの名を冠したブランシュを造っていたのかもしれません。とにかくフローレフにブランシュがあったらこれは絶対に試さなければなりません。
トリペル(左)とブリューネの生(右)
果たしてそのブランシュはありました。それも生! 隣の方によれば、これは一般的な白よりコクがあり、たいそうすばらしいものだそうです。おそらくこれは、ここでしか飲めないんじゃあないかしら。ここでの生は、他にブロンドとブリューネがあります。
フローレフの中で私のもっとも気に入っているのはトリプル。ダブルとかトリプルというのは、一般的にはアルコール度数の相対的な強さを示したもので、フローレフはダブルが6.5%なのに対し、トリプルは7.5%。アルコール度数だけでなく、もちろん色も味も異なります。トリプルは透き通った茶色で、発泡は強め、カラメルような甘い香りに加えオレンジピールも感じます。甘み、酸味、苦味ともバランスがいい。このトリプルは瓶内発酵をするため、生はありません。
そしてプリマ・メイオールですが、これは『一番・良い』という意味でしょうか。一般的に修道院ビールではトリプルのアルコール度数がもっとも高いのですが、これはその上をいく8.0% ですから、『一番・強い』かも。黒に近い茶色。バナナ、チョコレート、ラム酒やシナモンような複雑な香りで、甘くボリューム感たっぷり。後味に甘さと苦み。もし日本のラガータイプのビールしか知らなかったら、これはいったい何なのかと驚くでしょう。
フローレフのグラス
修道院ビールの生を飲むことは日本ではほとんどできません。しかしこのカフェではそれが飲めます。これはもう、何ということでしょう!
ベルギービールの特徴の一つに、それらの多くには専用のグラスがあるということがあります。このフローレフには三つのグラスが用意されているようです。グラスの違いで味わいが変わるのはワインでは良く知られていますが、ベルギーではビールごとに異なる専用のグラスが用意されているのです。
あっ、食事ですが・・ ハムとチーズの盛り合わせ、エスカベッシュを試しました。ん〜ん、ハムとチーズはおいしいです。エスカベッシュは普通かな。。
自転車レース
フローレフ修道院で食事をしているうちに雨が降り始めました。それもかなり強い。ここは雨があがるのをのんびり待つことにします。アルデンヌ地方はいつも曇っていて雨も結構降るそうですが、その雨はあまり長くは続かないと聞いていたので。ゆっくり食事をしているうちに雨は大分小降りになってきました。このすぐ近くには洞窟とお城があるので、ナミュールに向かう前にそこに寄って、雨の様子を伺うことにしました。
お城のすぐ下までやってくると、交通整理をしている方やなにかを待っているような人々がいます。なにかな、と様子を伺っていると、そこにもの凄い勢いで自転車の集団がやってきました。ロードレースです。目の前をあっという間にこの集団が通り過ぎると、放映で良く見るロゴを付けた各チームのサポートカーがあとを追って通り過ぎて行きます。ベルギーでは毎日のようにこうしたレースが行われているのでしょう。
洞窟城
レーサーたちが通り過ぎたあと、上に視線を移せば、そこに目的のお城が見えています。このお城は1860年に一人の芸術家によって建てられたもので、戦闘用のお城ではなく最初から居住用だったようです。ここには現在も居住者がいて、洞窟の管理を行っていました。
フローレフの洞窟
洞窟の見学にはガイド付きとガイドなしがあるのですが、ガイド付きは一時間半ほど時間が必要のようなので、ここはさらりと済ませるためにガイドなしで。
お城の住人が城の横にある入口まで案内してくれ、洞窟の錠が外されます。
フローレフの洞窟その2
この洞窟の全長や深さはわかりませんが、見学では30mほど地底に潜ります。
鍾乳石は200万年前からのものだそうです。
フローレフの洞窟その3
アルデンヌはほとんどが石灰岩のライムストーンでできているため、こうした洞窟があちこちにあるそうです。
洞窟って、やっぱりなにか楽しい。
フローレフ修道院全景
見学を終わって外に出ると、雨はあがっていました。ここからはナミュールの街に戻ります。
帰りはやってきたサンブル川沿いではなく、一般道を行ってみることにします。アルデンヌ地方はアルデンヌ高地、さっそく丘を上り出します。するとその坂の途中から、先ほどまでいたフローレフ修道院の全景が見え出しました。フローレフ修道院をあらためてこうして眺めると、相当に立派です。
アルデンヌの丘
そして道は、丘の中のずっと上って行くのでした。これがアルデンヌです。
アルデンヌの丘その2
景色が広いのでなだらかに見えますが、こうした坂は意外ときつくてへ〜こら。
アルデンヌの丘その3
アルデンヌの丘を行くサリーナ
いや〜、やってきました。これがアルデンヌですね〜 とサリーナもこの眺めに満足のよう。
牧草地と森
アルデンヌの丘の多くは森で覆われているそうです。そしてその森の合間には牧草地が広がります。
かつてドイツ軍が侵攻してきたとき、この森に行く手を阻まれたという話は逸話ではなく、本当のことなのでしょう。ナミュールから数kmしか離れていないのに、この森と牧草地という景色は、ちょっと日本の感覚では考えにくいものです。
森へ向かう
この牧草地の上りはすぐに下りに転じ、どうやら谷を走っているらしい道に下ります。この道が国道にぶつかりそうになったので、脇道に迂回すれば、これがまたすぐに上りになります。どうやらアルデンヌ地方に平地はほとんどなさそうです。
畑の中を穏やかに上れば、先に低い森が見えています。その森の中に入っても面白そうだったのですが、そうした機会は今後幾度も訪れるでしょうから、ここはその森の端をかすめて進むことにします。
森の端っこを行く
アルデンヌの森はこんなです。
ムーズ川への下り
この森を抜けると道が下り始め、ムーズ川の畔に出ます。
ムーズ川
ムーズ川はフランスに源を発し、ここベルギーを通って、オランダでマース川と呼ばれるようになり、北海に流れ込む川です。
お城付近のムーズ川
このあたりのムーズ川の流れは穏やかそのもので、川面のすぐ脇を道が走っています。
川の流れに沿って北上していけば、ほどなく、あのナミュールのお城が見え出し、サンブル川との合流点に出ます。
お城とムーズ川
アルデンヌ橋から見た合流点とお城。お城の様子はこのあたりからが一番良くわかります。残っているのは擁壁と僅かな構造物で、その他の箇所はほとんど木々で覆われています。
変りゴーフル
ベルギーはゴーフル(ベルギーワッフル)で有名ですね。こちらに来て驚いたのが、ゴーフルにはいろいろな変り種があるということです。アプリコット・コンポット入りを始め、チョコレートやクリームがかかったものなど、いろいろと楽しめます。
冷たいエビとパテ
ベルギーの料理はベルギー料理と呼ばれるものもあるとは思いますが、基本はフランス料理のようです。
冷たい前菜にエビとパテを。
エビのクリームソース
暖かい前菜にエビのクリームソース。写真は1/2人前です。メインには豚のあばらを選んでみました。
夜のパレ・デ・コングレ
ベルギーでの自転車の初日は、自転車道とアルデンヌの丘の両方を味わえて、まずまずでした。明日から本格的にアルデンヌ高地に入ります。