旅の紹介
◆ 中国大陸の九龍で彌敦道の巨大電飾看板に驚き、あやしげな女人街と男人街の露店をひやかします。香港島に渡って香港的遊園地のタイガーバーム・ガーデンを散策し、金融中心、中環で世界の建築家が腕を振るう超高層ビル群を眺めます。
地図:Googleマップ
この時分、香港は強い力が躍動する世界で最も熱い都市の一つでした。まだ中国に返還される前の香港は、自由貿易で巨万の富が動いているところで、イギリスをはじめとする欧米諸国はアジアの主要な足がかりの一つとしてここにがっちりと食らいつき、日本を始めとするアジア諸国もその波に乗り遅れまいとやっきになっている。中国は中国で1997年7月1日に控えた香港返還を睨んで虎視眈々と獲物を狙っているよう。香港島のセントラル(中環)には世界の名だたる建築家の超高層ビルがどんどん建設されている。ここはそんなところなのです。一方、アバディーンを始めとするベイエリアには水上生活者がたくさんいて、九龍(ガウロン)には入ったら二度と出てこられないと噂される、スラム街のような九龍砦というものもあるらしい。昔の日本では、『悪いことをしたら香港に売られちゃうよ!』 なんてことがいたずらをした子供を脅かす常套句として使われていたこともあります。
これは面白そうだ、行ってみよう!
成田を飛び立ったキャセイ・パシフィックのジャンボ・ジェット機が機首を下げ着陸態勢に入ると、それまで海だった窓の外に一瞬陸地が見え、小さな山を越えたと思ったら、いきなり巨大な白い林が現れた。この白い林と思ったものは、実は超高層ビルの群れだったのです。おお〜っ、と思う間もなく飛行機は、建物の窓から中が見えるほどの至近距離で、これらのビルをかすめて啓徳(カイタック)空港に滑り降りました。この啓徳空港への着陸は、パイロットの間では『香港アプローチ』と呼ばれる有名なものだそうです。
『今の見た~、すごかったね。』
『まさかこんなビルの真ん中に下りるなんてねぇ。ビルにぶつかるんじゃあないかとヒヤヒヤしたよ。』
『ちらっと見えたごちゃごちゃしたのが九龍城かな。』
しょっぱなからこの旅は面白くなりそうな予感です。
中国大陸側の九龍半島の尖沙咀(チムシャツィイ)のホテルに荷を解いた私たちは、さっそくウォーター・フロントの散歩に出かけました。
香港島と九龍の間のビクトリア・ハーバーはとても狭く、すぐ目の前に超高層ビルが林立する香港島が見えます。ビクトリア・ハーバー沿いには尖沙咀プロムナードがあるので、これをぶらぶらと行きます。この先、このプロムナードは海に飛び出して、先に見える茶色いビル新世界中心の外側をぐるっと廻り、さらに香港文化中心の先の天星碼頭、九龍と香港島を結ぶスタ−・フェリー乗り場へと続いていきます。このあたりは比較的新しい巨大な建物が建ち並ぶゾーンです。
ちなみに尖沙咀とは『尖った砂の岬』という意味だそうですが、もうその名の由来となった砂浜は影も形もありません。
この狭い海峡ビクトリア・ハーバーはいくら見ていても飽きるということがありません。対岸の高層ビル群やビクトリア・ピークを背景に、はしけやジャンク船、そして緑と白の船体のスター・フェリーなどが四六時中行き交います。
スター・フェリーに乗るのは明日にして、九龍のマーケットを覗いてみることにしました。香港の最高級ホテル、ペニンシュラ・ホテルのところから北に延びるネイザン・ロード(彌敦道)を進むと、そこは…
新らしくてきれいなビルがあるかと思えば、その隣の古びた建物はスチールサッシから旧式のウィンドクーラーが飛び出しています。
足下はがちゃがちゃとうるさい車だらけ、わいわいにぎやかな人だらけ。
面白いことにここでは、建築現場の足場は竹です。ちょっと大きな現場には日本のゼネコンの名も出ていて、そこをジャッキー・チェンか忍者のように、鳶が身軽に飛び回っているからなお驚き。
低層建築はともかく、これがかなりの高層ビルまでそうだから、ちょっと笑ってしまいます。お〜、スゴイ〜 って。
そのうち道の真上まで巨大な看板が張り出してきて、その骨組みと工事中の竹足場が絡み合ってぐちゃぐちゃに。
さらに進めばこれでもか、これでもか、これでもか〜、というくらいの巨大電飾看板の群れ、群れ、群れ。
お〜、ここはやっぱりアジアだ!
そこらじゅう活気に満ちあふれていて、街から元気をもらえます。
巨大看板の下で、『ロレックス、ロレックス、安いよ〜』 と声をかけてくる男たちをひやかしながら、ジョーダン(佐敦)を抜け、ヤウマティ(油麻地)を越え、ダンダス・ストリート(登打士街)を右に折れるとすぐに、目当てのトンチョイガイ(通菜街)があるはず。
いきなり、通りから溢れ出す人、人、人。その通りに飲み込まれて行く人、人、人! ここがレイディース・マーケット(女人街)だ! 狭い道の両側、そして真ん中にと、ありとあらゆるところが衣類、ハンドバッグ、化粧品、アクセサリー、おもちゃなどで埋め尽くされている。そこに老若男女入り乱れて足の踏み場(自分の?)もないほど。ここは名前の通りに女性用の品が多く、カラフルなパンティー、ブラジャー、スリップなどがそこらじゅうの天井から吊り下げられているものだから、若い男がその下を通るのにはちょっと勇気がいります。(笑)
お店はテントやベニヤで出来ているものが多く、店じまいはどうするのかな、とちょっと興味をそそられましたが、ここは昼ごろから夜中の11時ごろまでやっているそうで、店じまいまでは時間があり過ぎて確認出来そうにありません。ちなみにここは香港政府により最初に認定された露店のエリアだそうです。
女人街があるなら男人街もあるのか? あります。ありました。
男人街はテンプル・ストリート(廟街)というところで、この女人街より南のネイザン・ロードの西側です。こちらは女人街より規模が大きく、男性物を扱う店が多いのですが、電気製品や宝石、そしてもちろん『本物のニセモノのロレックス』もあります。
このマーケットにはおいしそうな大衆食堂がたくさん軒を並べているところもありました。それに加え、間口一間くらいの屋台風の店がたくさん集まったところもあります。
マーケットもすごいが屋台もすごい人で賑わっています。この片隅に腰掛ければ、広東のおいしい食べ物が激安で食べられるのです。
香港の最初の夜は、こんなもの凄い熱気の露店街で更けていきました。
翌日はまずパッケージに入っていたタイガーバーム・ガーデンに行くことにしました。
この旅は単独でエアチケットを取るよりパッケージのほうが安かったのでパッケージツアーです。出発する前には付いている観光はスポイルするつもりでいたのですが、この日はどのみち香港島に渡る必要があるので、タイガーバーム・ガーデンまでツアーに乗ることにしました。
私たちを乗せたバスは九龍から、1972 年に開通したビクトリア・ハーバーの海底を通るクロスハーバートンネル(海底隊道)を通って、あっという間に香港島に入りました。
タイガーバーム・ガーデンは、万能軟膏薬タイガーバーム(万金油)で巨万の富を得た人が別荘として作ったものだそうで、高さが44メートルもある7層構造のパゴダが聳え、その周囲には仏教や儒教、あるいは故事を題材にした、極彩色でちょっとグロテスクでもありユーモラスでもある、動物や怪物などがいます。
『ここに住んでいるお金持ちの人が出かけるわ。あの車のナンバープレートをみてごらんなさい。88○○とあるでしょう。8は中国では縁起のいい数字なのよ。だから車のナンバーもお金持ちは8が付いたのをこぞって求めるのよ。では、バスは○○時に出発しますから、それまでに戻ってきてくださいね。』
と、我らがガイドさん。しゃきっとした人でしたが…
タイガーバーム・ガーデンはまあ、それなりに面白いと言えばそうも言えるし、そうでないとも言えます。ここでテーマとして取り上げてられているものの多くが、中国の歴史や故事、民話などにちなむものなので、そうしたものを理解していないと充分には楽しめないかもしれません。しかしまあ、ここまでやれば立派。
この豪邸からの眺めというのがまた、なんともすごい。山の斜面にバラック小屋がずらり。貧富の差が激しいとは言えそれが視覚的に対峙して、これほどまでにはっきり見えるところというのも珍しいのではないでしょうか。
タイガーバーム・ガーデンからはツアーのバスではなく公共交通機関でセントラル(中環)に出ました。なぜか? タイガーバーム・ガーデンの散策を終え、バスが待っているところに戻ってみると、
『あれっ、バス、いない~ … 』
『あちゃ~、もしかして行っちゃた?』
こうして私たちは見事バスに置いて行かれたのです。約束の時間に少し遅れたのかもしれませんが、普通こういう場合でも置いて行かないでしょうが。というわけで、乗ったのはこんな二階建の路面電車や、
こんな二階建のバスです。写真のものはやや地味ですが、バスや路面電車の車体はカラフルな広告で埋め尽くされていて、賑やか。このころの日本ではバスや電車の車体にデカデカと広告を描くなんてことはされていなかったので、ちょっと驚きです。
セントラルは香港の行政や金融の中心で立派なビルが建ち並んでいます。
そんな中でも最大の話題作はこちら。こちらはできたてのほやほや、ノーマン・フォスター設計の香港上海銀行です。
ハイテク最先端のこんなビルにも風水の思想があちこちに取り入れられているそうで、たとえば外観の大きな特徴の一つ、何階かごとにある水平ブレースの形は最初は上下逆だったそうですが、風水的に良くないということでひっくり返したとか。ここは香港、中国なのです。
内部は超高層建築のアトリウムの先駆けのような空間。
さて、話題の建築も見たことだし、このあとはどうしよう? そう言えばパッケージには今日の昼飯が付いていたな、と思い出しツアー会社に電話して昼飯何処を聞けば、偶然にもこの近くなので行ってみることにしました。なんとかそのレストランを見つけることができ、中に入ると丁度そこにツアーの連中がやってきました。
『あれ~、なんでここにいるの? あなたたち、バスに乗っていなかったでしょう?』 とある人がおっしゃいます。はいはい、乗り遅れたみたいだけど昼飯がもったいないと思ってやってきたのさ。なにはともあれ、こうして無事にランチにありつくことができたのでした。
例のツアーガイドは、
『私たちはあの後ショッピングに行ったんだけれど、あなたたちは行かなかったでしょう、明日連れてってあげましょうか?』
とおっしゃいます。ショッピングには興味がないし、食事のあとからはツアーを離れる旨伝えて、午後からは別行動にしました。
午後は香港島の南にあるアバディーン(香港仔)に向かいました。