いよいよ今日から本格的な自転車旅のはじまりです。
この日はサンタンデール(Santander)から、かのジャン・ポール・サルトルに代表作『嘔吐(La Nausée)』の主人公をもって『スペインで最も美しい村(plus joli village d'Espagne)』と言わしめた、サンティリャーナ・デル・マル(Santillana del Mar)まで。
今日は少し暑くなるそうですが、朝8時の気温は18°Cで快適。
ここにはサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道のうち、もっとも北を通る『北の道』があります。
今回の旅は基本的にはこの『北の道』を進んで行くのですが、それはこのあたりでは海岸線ではなく内陸を通っているので、この日はそれに寄らず海辺の道を行くことにしました。
まず、サンタンデールを出、北の大西洋岸に出ます。
そこには牛が草を食むのどかな景色が広がるのですが、
『意外とアップダウンがあって、結構きついねぇ〜』 とサイダー。
しかもあちこちにプライベートビーチのような小さくてきれいなビーチがあるものだから、ついついそんなところに寄ってしまうのです。つまり、標高0mまで下る。
ここはサン・フアン・デ・ラ・カナルビーチ(Playa de San Juan de la Canal)。どうやら朝早くに清掃をしているようで、トラクターかなにかで砂をならした跡がまだはっきりと残っています。
下ったら上る。ビーチを出た先で内陸を見れば、こんなふう。
海沿いは丘で、先にはあまり高くはないけれど遠くまで小高い山が連なっています。そして小さな村もずっと先まで見えています。
そこを通る道はというと、だいたいこんなふうにひび割れていて、かなり抵抗が大きい。
しかし、ここは複雑な地形の美しい海岸線をずっと眺めながら走れます。
さっきのビーチの先にさらに面白そうなコヴァチョスビーチ(Playa de Covachos)があるので、これにも寄ってみることにしました。
そうしたらそのビーチに入る道がわからずに、こんなことに。
結局、人っ子一人いないコヴァチョスビーチは崖の上から眺めることになったのでした。
この崖の上には獣道が続いていて、それがさらに先にあるアルニアビーチ(Playa de La Arnía )に導いてくれました。
このあたりの海には、薄く削がれたような奇岩があちこちから立ち上がっています。
人一人と犬一匹だけのアルニアビーチ。
このビーチに下りてみようかとも思いましたが、下りたらまた上ってこなけりゃならないし...
ということで、ここも上から眺めるだけに。
獣道はアルニアビーチでおしまいとなったのですが、その先は... こんな砂利道が延々と続くのでした。
まだ午前中も早い時間帯なのに、すでにハヒハヒです。
その砂利道もようやく終わり、アスファルト舗装が戻ってきました。
それと同時に、パス川河口のドゥナス・デ・リエンクレス自然公園(Parque Natural de las Dunas de Liencres)に入ったようです。
この美しい自然保護区域に入るとすぐ、カナリャベビーチ(Playa Canallave)に辿り着きます。ここからは、アルニアビーチで見た薄く削がれたような岩塊がリズムよく並んでいるのが見えます。
時は11時。すでに相当バテバテだったので、このビーチにあるバルで一休み。周りではオムレツやボカディージョ(サンドイッチのようなもの)を食べている人が数人います。スペイン人は一日五回食事をすると言われ、朝食と昼食の間にこうした軽食をとる人が多いのです。
カナリャベビーチでパス川に沿って内陸に向きを変えた道は、よく手入れされた松林の中を進んで行きます。
その松林を抜けるとパス川が見えてきます。
写真右手に見える森が、先ほどまで進んでいた松林です。
自然保護区域が終わると道はしばらくパス川を離れますが、オル−ニャで再びその流れに出会います。そこには古い石橋が架かっていて、あの『北の道』の通過点にもなっています。これはいかにも巡礼者が似合いそうな橋ですね。
時は14時。ちょうど昼飯にいい時刻なので、橋を渡った先のホテルのレストランで日替わり定食を。スペインの日替わり定食はメニュー・デル・ディア(menú del dia)といい、前菜となる第一の皿、メインの第二の皿、そしてデザートからなります。それぞれ数種類から選べ、さらにワインが二人でボトル一本付くのが一般的。どこでも超大盛りの上、だいたい11€くらいからと、単品で頼むよりかなりお得です。
しかしこれを二人前頼むと半分は残すことになるので、私たちはメニュー一人前とサラダを一人前注文。実はこれでも多いくらいなのです。
オルーニャからバレーダまではあまり特徴のない道ですが、アップダウンだけは相変わらずです。
バレーダでサハ川を渡ると川沿いを行く快適な自転車道となり、これで河口へ向かいます。
河口付近には干潟が広がり、たくさん野鳥がいます。
ここは自然公園にはなっていないようですが、それに準じた地域のようです。
サハ川の出口のスアンセス(Suances)にあるコンチャビーチ(Playa de la Concha)に到着。 このビーチはかなりの賑わいでした。
ここまでアップダウンと荒れた路面に苦しめられ、かなりバテバテだったので、このビーチを眺めながらバルで一休み。気温を見ると27°Cで爽やか。泳ぐにはちょっと寒そうですが、私たちには快適な温度です。
一服してかなり元気を回復したものの、この先にもまだアップダウンが二ヶ所あるので、ビーチの先に見えるディチョソ岬(Punta del Dichoso)はパスすることにし、先を急ぎます。
さらに、海岸にあって雰囲気の良さそうだったサンタ・ジュスタのエルミータ(Ermita de Santa Justa)も飛ばし、へこへこと標高200mまで上り詰めます。
そうしてようやく、ダウンヒル。するとあっという間に下に本日の終着地、サンティリャーナ・デル・マルが見えてきます。
村に入るとすぐ、サンタ・フリアナ修道院(Colegiata de Santa Juliana)の裏手に到着しました。
サンティリャーナ・デル・マルは中世にこの修道院の周りにできた村です。
言い伝えによれば、聖フリアナは、キリスト教に『最後の大迫害』を加えたディオクレティアヌス帝の迫害により小アジアで殉教しますが、その聖遺物がここに9世紀にもたらされ、礼拝堂と修道院ができたのだとか。少なくとも10世紀の終わりにはここに修道院があったそうですが、今日見られるそれは12世紀のものです。
その正面はこちらで、真ん中に見える三角形の破風の中に悪魔を踏みつける聖フリアナが見えます。その下には12使徒に囲まれたキリストが配置されています。
修道院には12世紀末から13世紀初頭にかけて造られたロマネスク様式の回廊が巡らされています。
回廊の屋根は木造。
柱頭には『エルサレム入場』や『十字架降下』などのキリストの物語や動植物、唐草文様、天使などが彫られています。
キリストの物語を知っているとより深く理解できますが、知らなくてもこの彫刻群は楽しい。
冒頭でサルトルがこの村を『スペインで最も美しい村』と言ったことは述べましたが、実はここはスペインのある旅行雑誌の『スペインの美しい村ベスト10』で1位に選ばれたこともあるそうですから、実際かなり人気の村と言えそうです。
ということで、この日は19時をまわっているにもかかわらず、まだかなり観光客で賑わっていました。
昔からある村はすべてそうですが、ここの路面は石畳で、建物もみな石でできています。現在見ることができるここの建物は、だいたい14〜18世紀に建てられたものだそうです。
それからバルコニーが木造なのもこのあたりの建物の特徴です。これはこの周辺に木が多いことの現れでもあります。
こうした建物を眺めながら進んで行くと、あっという間にメインの通りを抜けてしまいます。サンティリャーナ・デル・マルの中心部は、せいぜい500〜600mほどしかないのです。
通りに出、南へ200mほど行ったところに私たちの今宵の宿がありました。
ここは村の中心からせいぜい500mほどのところなのですが、中心部とは違ってひっそりしているのが泊まるには好都合です。
宿に荷を解き一休みしたら、夕食を兼ねて再度村の散策に向かいます。時は21時過ぎですがまだ陽が残っています。この時期のスペインの日没は21時半ごろなので、まだ宵の口にもなっていないのです。
この村はとても小さいけれど、パラドールがありました。パラドールとは、歴史的価値のある古城や宮殿、領主の館、修道院などの文化財クラスの建物を使った国営のホテルです。
いわば高級ホテルチェーンなのですが、もちろんそのロビーやレストランにはだれでも入れます。
ということで、そのパラドールの居間でしばしまったり。
このパラドールが面するのが、マヨール広場(Plaza Mayor)。Mayorは英語でいうとmajorで、Plaza Mayorは主広場、大広場といったほどの意味になりますが、これはスペイン中至る所にあります。いや、ちょっとした街にはどこにでもあるといってもいいものです。
ここのマヨール広場は三角形をしていて、一辺が30mほどしかないかわいらしいものですが、これでも村の規模からすれば立派なものです。
そのマヨール広場のバルは依然として大勢の観光客で賑わっています。
バルはスペイン中どこにでもありますが、このあたりにはシドレリエ(cidrerie)というものもあります。アストゥリアス州はりんご酒の製産で有名で、これはフランスでシードル、英語でサイダーと呼ばれるものと同じで、スペインではシドラ(cidra)と呼ばれます。アルコール度数は3〜8%と幅広いのですが、一般的には4〜6%のものが多いようです。
これを専門に出すのがシドレリエで、その入口には大抵、写真のようなシドラを注ぐ装置が置かれています。
時は21時半、ちょうど日没の時刻です。まだ明るいのですがそろそろ夕食を、とレストランに向かいます。ここは私たちの宿主が、シドラが飲めて魚介類がおいしいところ、と薦めてくれたところ。
ガリシア風たこといわしの塩焼きをやってみました。ガリシア風たこは茹でたたこにパプリカを振りかけたもので、たこは非常に柔らかく、ほんのちょっとぴりっとするパプリカととても相性がいい。私たちはこれが大好きです。そしていわしもただ塩を振って焼いただけのものですが、ここのいわしが世界中で一番おいしいと言っていいくらい、美味。
写真の右端に写っているのがシドラで、これはとても薄い専用のアストゥリアス・グラスと呼ばれるグラスで飲まれます。そして、ワインにデカンタージュがあるように、シドラも空気に触れさせた方がおいしいということで、エスカンシアール(escanciar)という独特の注ぎ方がされます。
瓶を高く持ち上げ、腰のあたりに持ったちょっと傾けたグラスの側壁に当てるようにして注ぎ、シドラを泡立てるのです。シドラはこの泡がなくならないうちに飲むのがいいとされているので、一気に飲み干せる程度の量が注ぎ落とされます。これをやるとグラスからはじけたシドラで床がびしょびしょになるので、多くのシドレリエでは床にこぼれを受ける桶が置かれます。ここでは簡易的な注ぎ方がされましたが、これは動画でどうぞ。
さて、明日は社会の教科書にも載る『アルタミラの洞窟』とガウディを見学し、巡礼の『北の道』を辿って入り江の街サン・ビセンテ・デ・ラ・バルケラ(San Vicente de la Barquera)まで走ります。