フィゲイラ広場
ポルトガルの旅もいよいよ終わりです。今日はリスボンの最大の見どころの一つであるジェロニモス修道院があるベレン地区までサイクリングです。
宿を出てフィゲイラ広場に着けば、そこにはいつものようにかわいらしいトラムが停車しています。
コメルシオ広場
フィゲイラ広場から歩行者道のアウグスタ通りを抜けると、テージョ川に面したコメルシオ広場に出ます。
広場の中央に建つ像は1755年のリスボン地震のあと都市を再建させたジョゼ一世で、そのうしろに見えるのは、アウグスタ通りとの境に建つ1875年に完成したアルコ・ダ・ルア・アウグスタ(Arco da Rua Augusta)。このアーチ門には、インド航路を発見したヴァスコ・ダ・ガマらが立っています。
4月25日橋とクリスト・レイ
コメルシオ広場の先を流れるテージョ川には赤い4月25日橋が架かり、対岸に巨大なクリスト・レイが建っているのが見えます。
テージョ川沿いの自転車道
コメルシオ広場から西にはテージョ川に沿って自転車道が延びています。カイス・ド・ソドレ駅の前のフェリー乗り場でこの自転車道は一旦途切れますが、フェリー乗り場を過ぎると再び現れます。
先にテージョ川から穏やかな盛り上がりを見せるリスボンの街が見えています。こうして見るとやはりリスボンは丘の街なのです。
テージョ川沿いの自転車道その2
しかし自転車道はずっとテージョ川沿いなので、真っ平ら。ここは地元のサイクリストやジョガーで賑わっています。
帆船
この自転車道を行くとすぐにマリーナになります。そこにはヨットがたくさん並び、中にはこんな帆船も浮かんでいます。
整備された自転車道
このマリーナ付近になると周囲には新しい建物が建ち並び、その前の空間はきれいに整備されるようになります。ここは自転車道もご覧の通り。
もう一つのマリーナと4月25日橋
4月25日橋がぐっと近づきました。その手前には先ほどのとは違うマリーナがあります。自転車道はこのマリーナの手前でマリーナ側に折れるのですが、それに気づかずにしばらく直進してしまいました。4月25日橋のところで大きなブラジリア通りの脇を走っていたら、それは行き過ぎです。
4月25日橋を見上げる
マリーナの東まで戻ってやり直し。自転車道はマリーナ際を通って、その西端まで来ると、今度は4月25日橋に沿ってテージョ川に向かいます。
先に『発見のモニュメント』
テージョ川の畔に出て4月25日橋の下をくぐると、先に『発見のモニュメント』が見えてきます。このあたりはサイクリストとジョガーに加え、釣りを楽しむ人でいっぱいです。正面に『発見のモニュメント』を見ながら進むここは気持ちいい。
発見のモニュメント前のサイダー
どんどこ行って『発見のモニュメント』の前に到着です。
舳先にエンリケ航海王子
このモニュメントの建造は比較的新しく、エンリケ航海王子の500回忌となる1960年だそうです。舳先に立つのはそのエンリケ航海王子で、手にはカルベラ船を持っています。王子に続くのはアフリカ・ポルトガル帝国を作り上げたアフォンソ5世で、三番目にいるのがヴァスコ・ダ・ガマ。世界一周を果たしたマゼランは5番目あたりにいます。
パステイス・デ・ベレン
発見のモニュメントのあとはそのすぐ内陸側にあるジェロニモス修道院へ。しかしその前に朝食です。
しばらくポルトガルに住んでいたリカちゃんによれば、ベレンに行ったら絶対に食べなければならないものがあるといいます。それはジェロニモス修道院のすぐ脇にあるパステイス・デ・ベレンのパステル・デ・ナタだそうです。
パステル・デ・ナタ
パステル・デ・ナタはポルトガルの伝統的なお菓子で、たいていどこでも売っています。しかし、ここのものはひと味違うのだそうです。この店は1837年創業の老舗で、ジェロニモス修道院の門外不出のレシピにより作っているといいます。
はんなりした甘さ、極上のクリーム、パリッとした皮で、これにお好みでシナモンと粉砂糖をかけて食べます。ん〜〜ん、確かにおいしい!
ジェロニモス修道院
ジェロニモス修道院は、エンリケ航海王子とインド航路を開拓したヴァスコ・ダ・ガマの偉業を称え、マヌエル1世によって1502年に着工されたものですが、最終的な完成には300年ほどかかったようです。
この建物は巨大で長辺は300mにもなります。写真右側の塔から右がサンタ・マリア教会や回廊のゾーンで、左が修道院の住居ゾーンです。
ジェロニモス修道院その2
この建物はマヌエル様式の最高傑作といわれており、大航海時代の富を注ぎ込んで建築されたそうです。
この建物を印象付けるものの一つは石灰岩の明るさで、この時期の外観は眩しいほどです。
西門前の入口付近
ここの開館は10時からですがさすがに人気の世界遺産だけあり、その時刻にはすでに西門前のエントランスに、行列が出来ていました。
南門
これは南門(1518年)で、スペイン人建築家によるプラテレスコ様式によるもの。扉の間の柱にはエンリケ航海王子の像、その上のティンパヌムにはマヌエル1世の守護聖人である聖ジェロニモスの生涯を描いたレリーフ、さらにその上にはキリストを抱いた聖母マリアを中心に、24使徒が廻りを取り囲みます。
西門
西門(1517年)は行列のあるエントランスを入ったすぐ右側にあります。ここはかつては外部でしたが、19世紀に西棟が増築されたので、現在は外から直接は見えません。
西門その2
南門とこの西門はずいぶん雰囲気が違いますが、その理由の一つに、この門はフランス人彫刻家の手によるものだということが挙げられるかもしれません。
扉の上にある彫刻は左から、受胎告知、キリストの降誕、東方の三博士の礼拝。
西門のマヌエル1世像
この門の左側にはここを建設したマヌエル1世像が、そして反対側の右側には王妃マリア像が置かれています。
サンタ・マリア教会
西門を入るとサンタ・マリア教会です。三廊式で、豊かなボリュームの内部空間です。
サンタ・マリア教会の天井
高い天井に伸びて行く柱の頂部は広がっていて、アサガオを下から見ているようですが、これは南国のヤシの木をモチーフにしたといわれているようです。
ヴァスコ・ダ・ガマの石棺
この教会の入口の左右にはヴァスコ・ダ・ガマとポルトガル最大の詩人とされるカモンイスの石棺が置かれています。
ジェロニモス修道院の中庭
西門の先には回廊が巡っています。中庭は55m四方で、これはちょうどいいスケールに感じます。
回廊
回廊は明るく、各所に繊細な彫刻が施されています。この修道院を印象付けるものの一つに、石灰岩の明るさということを外観のところで述べましたが、それはこの回廊にも当てはまります。
回廊詳細
マヌエル様式はゴシックの一部と位置づけられていますが、この回廊はリズミカルで柔らかな印象が強く、一般的なゴシックとの違いを感じます。
回廊詳細その2
さらにここでは、他には見られない、ロープや珊瑚、海藻といった大航海時代にふさわしいモチーフが用いられています。
二階から中庭を見る
修道院は二階建で、二階のバルコニーからの眺めは気持ちいい。
二階の回廊
二階の回廊のデザインは一階とほぼ同じですが、より軽やか。
回廊の外側の意匠
よく見れば、飾り柱が二階の方が少ないなど、微妙な違いがあります。
回廊上部の意匠
二階のバルコニーの手すり壁や持ち出しの樋にも装飾がびっしり。
出入り口の装飾
回廊から室への出入り口にも見事な装飾が施されています。
お墓
これはどなたかの棺が置かれたお堂。
食堂
巨大なこの部屋は食堂だったところのようです。腰壁には青のほか黄色などが使われている18世紀のアズレージョが巡らされ、突き当たりの壁には聖ジェロニモスが描かれた絵が掛けられています。
うしろに『発見のモニュメント』と4月25日橋
ジェロニモス修道院からはテージョ川の『発見のモニュメント』に戻り、そこから『ベレンの塔』に向かいます。
先に『ベレンの塔』
このあたりは地元のジョガーに加え、観光客でいっぱい。先に『ベレンの塔』が見えてきました。
ベレンの塔
『ベレンの塔』は、テージョ川を行き交う船を監視しその河口を守るための要塞で、ジェロニモス修道院同様マヌエル1世により造られたものだそうです。
堡塁
基壇に見える部分の機能は堡塁で、内部には背の低いアーチが連続しています。この床下にはテージョ川の水が入ってくる水牢があります。
堡塁の大砲
この塔は1515年に着工されたそうですが、堡塁に置かれたこの大砲はその当時のものでしょうか。
下から塔を見上げる
下から塔を見上げると、この建物は要塞としての機能ばかりでなく、美しさに相当配慮したものだったことが感じられます。もちろんこれもマヌエル様式です。
テラスの聖母マリア像
堡塁の上は広いテラスになっています。その中央には聖母マリアの像が置かれています。ここは要塞の機能以外に税関や灯台の役目もしていたようですから、人々はこのマリア様に航海の安全を祈ったのでしょう。
塔の頂部とマヌエル1世の紋章
塔の部分は下から、司令官の間、国王の間、謁見の間、礼拝堂となっており、国王の間にはルネッサンス様式のバルコニーが付いています。その上に見える紋章はマヌエル1世のものだそうです。
塔からテラスを見下ろす
国王の間のバルコニーからテラスを見下ろせば、こんな感じ。確かにここからならテージョ川を行き交う船が良く見渡せます。
サイの頭の排水口
外壁の北面にはサイの頭をかたどった排水口があります。マヌエル1世はローマ教皇にサイを贈ろうとして輸入しますが、輸送中の船は難破し、サイは死んでしまったそうです。このサイの頭は死んでしまったサイを写したものでしょうか。
さて、『ベレンの塔』のあとはジェロニモス修道院の近くでランチです。リスボンにはなんでもありますが、やっぱり魚介がいいよね、とアサリを。貝の中ではアサリが一番おいしいな〜
ジェロニモス修道院からアジュダ宮殿へ向かう
ランチのあとは国立古美術館に向かいます。テージョ川沿いの自転車道は来る時使ったし、それに平行する大通りは走りにくそうなので、ここは内陸を行ってみることにします。
しかし、テージョ川を離れたとたんに上り坂です。まあ、ここの勾配は大したことはないのでなんとか上って行きます。
アジュダ宮殿
ちょっとえっこらして出たのはアジュダ宮殿の前です。ここはブラガンサ王朝の居城の一つだったそうですが、現在は迎賓館として使われているようです。
何気ない教会
このアジュダ宮殿の近くにこんな教会がぽつんと建っていました。特になんでもない教会のようですが、ちょっとした味わいがあります。
坂道の先に4月25日橋
アジュダ宮殿の先から下りになりました。その坂道の先には、あの4月25日橋が見えています。坂は自転車でも歩きでも大変ですが、景色に変化が出るのが楽しいところです。
国立古美術館は17世紀の宮殿を改装したもので、19世紀までのポルトガル芸術をはじめとし、ボッシュ、ムメリンク、そして日本の狩野派の屏風などが展示されています。その前に着いた時の外気温は34°Cと大変暑く、写真を撮るだけの元気がなかったので、このあとの写真はなし。
たっぷり美術鑑賞をして、これで本日の散策はおしまい。宿に向かいますが、あまりに暑かったのでアウグスタ通りのカフェで休憩をしてから戻りました。
セルベジャリア・トリンダーデのインテリア
今日はポルトガルでの最後の晩餐です。うっかりしていて今日が日曜日であることを失念していました。日曜日休業のレストランはかなり多いのです。そんな中、ポルトガルの旅の最中、ずっとお世話になったビールのサグレスを作っているメーカーがやっているレストランが開いているので、行ってみることにしました。シアードのトリンダーデ劇場の近くです。
ビールメーカーだけあり、レストランの名の前にセルベジャリアとあります。セルベージャはビールのことで、セルベジャリアはビア・レストランというほどの意味です。
アローシュ・デ・マリシュコ
ビア・レストランなのでワインはないかといえばそんなことはありません。でもここはまずビールからでしょう。他では見かけなかった黒ビールやハーフ&ハーフもあります。
アラカルトは肉から魚介類までかなりのものがあります。ポルトガル風シーフード・リゾットのアローシュ・デ・マリシュコを。これだけはどこで食べても外れなし。
カルサーダ・ド・ドゥケ
ゆっくりとしたディナーのあとの帰路は、サン・ロケ教会横のカルサーダ・ド・ドゥケを下ります。この通りにはレストランが数軒あり、通りにテーブルがぎっしりと並べられ、大変な賑わいです。
先の暗闇の中に浮かぶ光はライトアップされたサン・ジョルジェ城です。
カルサーダ・ド・ドゥケその2
ここはとにかく楽しい通りです。
ジンジーニャやさん
カルサーダ・ド・ドゥケを下って行くと、階段の下にオビドスで飲んだ、さくらんぼの一種から作られるジンジーニャという20°ほどの甘いリキュールを飲ませる小さな店がありました。雰囲気が良かったのでふらふらと入ってみると、かわいらしい女性が一人で切り盛りしています。ジンジーニャの他にもポルトやぶどうから作られる蒸留酒のアグアルデンテもあります。サリーナはポルトのトゥニーをサイダーは古いアグアルデンテをいただきました。夜風に当たりながらの一杯は、おいしい。
これで私たちのポルトガルの旅はおしまいです。北部のペネダ・ジェレス国立公園やドウロ川上流のアルト・ドウロは自転車では少々厳しかったものの、とても素晴らしいところでしたし、ポルト、アヴェイロ、オビドス、エヴォラといった観光名所も楽しかった。もちろんここリスボンのジェットコースター・トラムも最高でした。
明日は帰国日ですが、午前中ちょっとだけ時間があるので、行きそびれたサン・ジョルジェ城を散策しようと思います。