今日はスカイ島(Skye)に別れを告げ、マレーグ(Mallaig)に戻り、そこから蒸気機関車ジャコバイト号でフォート・ウィリアム(Fort William)へ向かう。
まずはポートリー(Portree)のB&Bのダイニングで朝食をいただく。スコットランドのB&Bのダイニングは、このような張り出しのサンルーム的な造りのものが多い。明るく快適だ。
このB&Bはポートリー湖(湾)に面している。
湖畔に木々が生い茂っているので、湖面があまり見えないのが残念だが。
朝食が済んだら身支度を整えて、800mほどの距離にあるポートリーの中心部へ向かう。
今日は雨になるようだが、幸いまだ降り出していない。
ポートリーの中心部からポートリー湖を見ると、先にはスリガチャン(Sligachan)の特徴的な山スガー・ナン・ギリアン(Sgurr nan Gillean)が見える。
そうそう、私たちのB&Bはこの写真の右手の木の向こう側あたりだ。
バス停のあるスクエアには、旅行会社の真っ赤なミニバスが止まっていた。
このドライバーと思われるおじいさんは、民族衣装の赤いキルトでおしゃれ。
9時過ぎに、ステージコーチ(Stagecoach)の青いバスがやってきた。
ここは人気のスカイ島の中心となる街だけあって、そのバスの周りにはいつの間にか、リュックを担いだハイカーなどが10組ほど集まってきている。
『アーマデール(Armadale)に行きたいんだけれど、このバスでいいのかな。ブロードフォード(Broadford)で乗換えかい?』
『ああ、アーマデール行きだよ。乗換えなしの直行便さ。』
ということで、いそいそとこのバスに乗り込む。
バスは私たちが泊まったB&Bの入口をかすめて、A87を快調に飛ばして行く。ポートリーからスリガチャンまでのこのA87は、私たちが走っていないルートだ。ポートリー湖が閉じると山の中へ。
しばらく行くと、先に見覚えのある山が見えてきた。スリガチャンに到着したのだ。ここにはキャンプ場があり、周辺には多くのトレッキングコースもあるので、かなりの乗客が降りて行った。
スリガチャンから先は二日前に自転車で通った道になる。
奥深い入り江のスリガチャン湖(Loch Sligachan)に沿ってバスは進んで行く。
スコンサー(Sconser)までやってくると、ラッセイ島(Raasay)とを結ぶフェリーが海峡に出て行くところが見える。
スリガチャン湖の出口までやってきた。両側から迫り出した陸地の向こうに見えるのが、先ほどのフェリーが向かっているラッセイ島だ。
二日前、私たちはこの右手に見える山の海側を廻ってきたが、バスはここから内陸側を通って行く。
その山を抜けるとエイノート湖(Loch Ainort)が見えてくる。ここもスリガチャン湖同様、湖ではなく海の細長い入り江だ。
足元には赤紫色のヘザーがたくさん。
エイノート湖の先にはスカルパイー島(Scalpay)が浮かび、そのすぐ北には先ほど見たラッセイ島がある。
写真右手手前から、スカルパイー島、ラッセイ島と重なり、その奥に本日の出発地であるポートリー近くの山が見えている。
スカルパイー島を横目に進んで行くと、ポートリーの次に大きい街ブロードフォードに入る。ここで多くの乗客が下車し、残るは二三組ほどになった。ブロードフォードからは内陸を行くA851に入る。
荒野の中を抜けていくと、遠くにうっすらと英国本島の山々が見えてくる。
穏やかな下り坂の先で出たのはナダル湖(Loch na dal)。ナダル湖の先はスレート海峡(Sound of Sleat)で、その向こうが英国本島だ。
このあたりは地形が複雑で、どこまでがスカイ島でどこからが英国本島なのかよく分からない。
左手にスレート海峡が開けると、やっとその向こう側が英国本島であると認識できるようになる。
その海峡を小さなフェリーが渡っている。あのフェリーが向かっているのがバスの終着地のアーマデールだ。
ポートリーから一時間と少々でアーマデールに到着。アーマデールは数日前に私たちが英国本島のマレーグからフェリーで渡ってきたところなので、少し様子がわかり、比較的余裕だ。
ここからはそのフェリーだ。
いよいよスカイ島とお別れ。
天気が悪いスコットランドにしては幸運にも、スカイ島滞在中はまずまずの天候だった。
スカイ島の険しい山々がうしろに遠ざかって行く。
対照的に写真左手からは、英国本島の山のなだらかな稜線が下りてきているのが見える。
乗客がなにか騒いでいる。と思ったら、フェリーが急に方向転換をし出した。
『ほらほら、あそこ、イルカだよ〜』 と隣の乗客が指差す。その指の先には、水面を跳ねて進むイルカの群れがあった。このフェリーは観光用のものではなく定期航路だが、イルカの群れを追ってくれたのだ。
このサービスに乗客は大喜び。もちろん私たちも。私たちがイルカの群れを目の前で見たのは、これが初めてだったのだ。
その興奮が治まらないうちに、40分ほどの航海を終えてマレーグの港に到着。
マレーグからは列車でフォート・ウィリアムへ向かうが、その発車は夕方なのでかなり時間がある。お天気だったらインベリー(Inverie)あたりへ行って走ってもいいのだが、雨雲が近付いている。
そこで、一時間のワイルドライフ・クルーズというボートツアーに乗ってみることにした。
このツアーはマレーグの北にある半島の沖にある小島を廻って戻ってくるもので、その間に、様々な海鳥やゴールデンイーグル、アザラシ、そして運が良ければイルカや鯨が見られるという。
フェリーの着いた所とは別の埠頭にその乗場はあった。ここで乗り込んだボートは、ちょっとレトロな雰囲気の小さなものだった。
再び海に出る。フェリーからイルカが見られたので、今回もそうしたものに遭遇できるかと思ってしばらく目を凝らして海面を眺めてみたが、残念ながら今回は発見できなかった。
30分ほど波に揺られていると先に小さな島が見えてきた。ボートはここでゆっくり速度を落とす。
ガイドのおじいさんが空を見上げ、ほらあれはなんとか鳥、こっちはかんとか鳥と教えてくれる。そんな中にゴールデン・イーグルがゆっくり舞っているのが見える。
ボートは小島をゆっくり廻り出す。ここでガイドのおじいさん、
『ほら、あそこの岩のところを見てご覧。アザラシがたくさんいるよ。』 と教えてくれた。
はじめはどこにアザラシがいるのか判然としなかったが、ボートが岩場に近付くと、いるいる、アザラシくんがたくさん。
今日はあまり天気が良くないが、まるでみんな、ひなたぼっこをしているようだ。
でれ〜んとした姿がなかなか絵になっていると言えようか。
ワイルドライフ・クルーズからマレーグ港に戻ると、空からポツポツと雨が落ちてきた。早めにクルーズに出発して正解だった。
このあと昼食を済ませ、駅のすぐ横にあるマレーグ・ヘリテイジ・センター(Mallaig Heritage Centre)を見学する。ここはマレーグの歴史や自然などを紹介しているところで、自然を紹介した手作り感のあるビデオがちょっと面白い。
ヘリテイジ・センターを覗いている間に、駅には私たちが乗るジャコバイト号が到着していた。
ジャコバイト号は蒸気機関車で、ここマレーグとフォート・ウィリアムを一日二往復している。
雨はより強くなっている。その雨の中、なんと我らがジャコバイト号が、モクモクと煙りを上げて去って行くではないか。
これは一体どうしたものか見守っていると、進行方向の先頭に機関車を移動させるためにバックしていたのだった。
数分すると、隣のレーンに再び我らがジャコバイト号はやってきた。出発まではまだ一時間半ほどあるので、このあとは近くのバーでゆっくりとビールを楽しむことにする。
発車30分ほど前に駅に戻ってきた。雨降りの中、自転車を折り畳んで車輛に載せる。
ジャコバイト号は観光列車なので万が一に備え、自転車持ち込みの可否を事前に確認して問題がないことはわかっていたが、通常は出入口付近にある荷物置場が車輛の真ん中だったので、ちょっと苦労した。
ジャコバイト号は蒸気機関車なので、客車もそれに合わせ、少しレトロな造りになっている。その中に、テーブルに洒落たランプが置かれた車輛がある。これは予約制の食堂車のようだ。
私たちの席は一般車輛で、日本によくある二人掛けシート対面の四人席だ。向かいにはエディンバラで大学の先生をしているという香港人(彼は中国人と言わず香港人と言った)とその友人の英国人が座った。
定刻を少し過ぎたところで、何の合図もなしにジャコバイト号はゆっくりと出発した。私たちは海外での列車乗車の経験は多くはないが、日本のように出発時にベルなどで合図する国はこれまで経験したことがないように思う。
空はどんよりとした雲に覆われている。そんな空でも一部は少し明るく、その下に数日前に通ったロッシュベン(Roshven)あたりの山々が見えている。
ジャコバイト号の路線上の最大の見どころであるグレンフィナン高架橋(Glenfinnan Viaduct)は、ハリー・ポッターに登場したことで一躍有名になったそうだ。そのハリー・ポッターのコマーシャルシーンには、荒野とごつごつした山、そして今にも雷が鳴り出しそうな暗い空が映し出されるが、今日の天候はちょっとそれに似ている。
ナン・ウアム湖(Loch Nan Uamh)の末端が近付いてきた。
ジャコバイト号はA830沿いを走っているので、マレーグからロッカイロート(Lochailort)までは私たちが走ったところを逆に辿っていることになる。だが自転車から見る風景とは少し違って見える。そういえば自転車で何度か鉄道橋の下をくぐり抜けたので、この違いは視点のレベル差によるものが大きいのかもしれない。
ロッカイロートが近付くと、エイラー湖(Loch Ailort)だ。
ここはちょっと下って上り、というところだったな。自転車ではあっという間に通り過ぎてしまったような気がするが、もちろんこの列車の方が断然早いに違いない。
ロッカイロートを過ぎると、ゴロゴロと岩が顔を出している小さな山が出てきた。ここからは私たちの知らぬ領域に入る。
スコットランドの風景は、ロッホ(湖や入り江)、ボグ(泥炭地)の原野、ヘザーが覆う丘、連なる山、からできているといってもいいだろう。その中の山はほとんど、こうした岩からできている。
おっと、これに山の間や原野の中を流れる黒い川も付け加えるべきかもしれない。
この小川の上にある雲のようなものは、蒸気機関車から吐き出された煙だ。
そのモクモクと煙を吐く機関車を写真に納めようとするが、線路際まで樹木が迫っているし、カーブは少ないしでなかなかうまくいかない。
そうこうしているうちにグレンフィナン駅に到着した。
ジャコバイト号が始発駅と終着駅以外で唯一停車するのがこの駅だ。
グレンフィナンはこの駅とわずかな民家があるだけで、それ以外はほとんど何もないところなので、なぜジャコバイト号がここに停車するのか、ちょっとわからない。
マレーグとフォート・ウィリアムのちょうど中間辺りにあるからか、またはこの先にあるグレンフィナン高架橋目当ての乗客のためか。
グレンフィナンを出ると乗客がざわめき出す。みんなグレンフィナン高架橋の写真を撮るためにカメラを構えている。
その高架橋はグレンフィナンのすぐ東を流れるフィナン川(River Finnan)を渡るためのもので、線路はA830沿いからいったん内陸側に行き、大きなカーブを描いて高架橋を渡り、また元のA830沿いに戻ってくる。
19世紀の終わりに造られたこのコンクリート製(鉄筋コンクリートではない)の高架橋は、高さ30m、全長380m、幅5.5mで、15mのアーチが21連続する。
ここを渡るのに要する時間は僅か数十秒で、しかも、マレーグ発の場合で言うと進行方向右側の窓からしか見えないから、左側に座った人々はほとんど写真が撮れなかったようだ。ここ以外でも右側の方が断然景色が良い。ジャコバイト号の予約に際しては座席指定ができないので、どちら側の席になるかは運なのだが、私たちは目出たく右側に当たった。ただ先頭車輛に近いところだったので、機関車が入った絵にならないのが残念だ。
グレンフィナン高架橋を渡り終えるとほどなく、ジャコバイト号はアイル湖(Loch Eil)沿いを行くようになる。
このロッホの先が終着地のフォート・ウィリアムだ。
そうそう、線路にはトンネルが付きもの。写真を撮るのに窓を開けておくと、トンネルではとんでもないことになる。窓からモクモクの煙と石炭の粕が飛び込んでくる。
その石炭粕の大きさにびっくり。蒸気機関車にはあまり乗車経験がないので、こんなに大きなものだとは知らなかった。
アイル湖の幅がいったん狭まり再び広くなると、フォート・ウィリアムに到着する。
厚い雲に覆われた空の下にぽっこりした山が見える。そのうしろで僅かに山肌を見せているのが、英国の最高峰ベン・ネビス山(Ben Nevis)1,344mだ。
ジャコバイト号は全長100kmに及ばんとするカレドニア運河(Caledonian Canal)を渡った。この運河は地殻の断層上のグレート・グレン渓谷(Great Glen)にあるいくつかの湖を繋いで、北海と大西洋を結んでいる。この上流にはあのネッシーが住んでいるはずだ。
さらに急なカーブを描きつつロッキー川(River Lochy)を渡ると、フォート・ウィリアム駅に到着する。
マレーグからここフォート・ウィリアムまで、二時間の楽しい旅だった。
さて、明日はスコットランド観光のハイライトの一つである、荒涼たる景色そのものだというグレンコー(Glencoe)へ行く。