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オーセール/Auxerre

ブルゴーニュとフランス・アルプス 2

開催日 2025年07月31日(木)晴れ 15-26°C
参加者 サリーナ/サイダー
総合評価 ★★
難易度
走行距離 8km+徒歩8km

ヨンヌ川とオーセール旧市街
ヨンヌ川とオーセール旧市街

コース紹介

ブルゴーニュ地方のオーセールの旧市街を。ヨンヌ川から眺めるサン=テティエンヌ大聖堂は壮大で、ルネサンス期の木骨造りの家々が美しい街です。

パリ地図:GoogleマップgpxファイルGARMIN ConnectRide With GPS
オーセール地図:GoogleマップgpxファイルGARMIN ConnectRide With GPS

発着地 累積距離 発着時刻 備考
Paris
19区 55m
START 発08:10 泊:Hôtel Tilde/€86.65
Bercy Seineバス乗り場
40m
7km
↓ 
着08:45
発10:00
FLIXBUSParis10:00→12:1012:45Auxerre/€11/人
自転車持ち込み
Auxerre
駅 100m
7km 着12:45
発13:05
バス着35分遅れ/降車場は駅前のポール・デュメ通り
ibis
100m
8km
start
着13:10
発13:50
泊:ibis budget Auxerre Centre/€63
歩行者専用橋
100m
0.2km 着13:55
発13:55
ヨンヌ川、旧市街眺望
サン=ニコラ広場
100m
0.7km 着14:10
発14:15
Place Saint-Nicolas、噴水、聖ニコラの像
木骨造り(コロンバージュ)の家々
水上乗合馬車の広場
100m
1.0km 着14:16
発14:18
Place du Coche d'Eau
かつての水上乗合馬車の発着場
サンジェルマン修道院
120m
1.3km 着14:25
発14:50
Abbaye Saint-Germain
司法裁判所
120m
1.9km 着15:00
発15:00
Tribunal Judiciaire d'Auxerre
サン=ウーセーブ教会
130m
3.2km 着15:30
発15:35
Église Saint-Eusèbe d'Auxerre
シャルル・シュルグ広場
145m
4.2km 着15:48
発15:50
Place Charles Surugue
時計塔
130m
4.2km 着15:55
発16:00
La Tour de l'Horloge
コルドリエ広場
130m
4.3km 着16:05
発16:05
Place des Cordeliers
マレシャル・ルクレール広場
130m
4.9km 着16:20
発17:00
Place Maréchal Leclerc:時計塔から南に入る
休憩:インディアン・ペイル・ラガー €5/330ml
サン=ピエール・アン・ヴァレ教会
110m
5.6km 着17:10
発17:15
Église Saint-Pierre-en-Vallée
ポール・ベール橋
100m
6.0km 着17:20
発17:20
Pont Paul Bert
サン=テティエンヌ大聖堂
120m
6.9km 着17:30
発18:00
Cathédrale Saint-Étienne
スーパーマーケット
100m
8.0km 着18:15
発18:55
E.Leclerc AUXERRE
ibis
100m
8.3km 着19:00 泊:ibis budget Auxerre Centre/€63
為替レート:€1=182円/A la découverte d'Auxerre」(オセール発見の旅)オーセールでの週末Cadet Roussel Auxerreビデオ

サン・マルタン運河沿いサン・マルタン運河沿い

今日はパリを離れ、ブルゴーニュ地方の北西部に位置するヨンヌ県の県都であるオーセール(Auxerre)へ向かいます。

オーセールへ行く方法は列車とバスとがありますが、バスの方が20€以上も安いので、バス移動にしました。バス乗り場はセーヌ川の畔にあるベルシー・セーヌ(Bercy Seine)で、19区にある私たちの宿から7kmほどのところにあります。宿を出てサン・マルタン運河を南へ向かいます。

パリ・リヨン駅パリ・リヨン駅

バスティーユ広場で運河を離れるとほどなく、大きなパリ・リヨン駅(Gare de Lyon)の前に出ます。ここは主にフランスの南東方面と国際線の高速列車(TGV)が発着するターミナル駅です。オーセールへ列車で行く場合は、このすぐ先にあるパリ・ベルシー・ブルゴーニュ・オーヴェルニュ駅(Gare de Paris-Bercy-Bourgogne-Auvergne)から地域圏急行列車(TER)で向かうのが一般的ですが、一部はこのリヨン駅からも出ています。

ベルシー公園ベルシー公園

リヨン駅の先のベルシー・ブルゴーニュ・オーヴェルニュ駅のすぐ南には、現代的で魅力的な都市公園のベルシー公園(Parc de Bercy)があります。かつてここは広大なワイン貯蔵庫や倉庫があった場所ですが、再開発され公園になりました。

このベルシー公園の南端に隣接して、長距離バス用のターミナル、ベルシー・セーヌがあります。この建物にはバスターミナルの表示がなく、建物自体もそれらしい顔付きをしていないため、ちょっときょろきょろしてしまいました。

ベルシー・セーヌベルシー・セーヌ

そしてその内部に入ってさらにびっくり。そこはほとんど地下で風通しが悪く、蒸し暑い上に照度が低いので薄暗いのです。そこに大きな長距離用バスが何十台も並び、そのバスを待つ人々でごった返しています。ここを発着するバスはフランス国内のみならずヨーロッパ諸国を結んでいるのですから、その混雑は大変なものです。しかも乗り場案内が見当たらないので窓口で聞くと、なんとスマートフォンでQRコードを読み取って自分が乗るバスのデータを入れると出てくるようになっていることが判明。やり方を知っている人には便利ですが、始めてだと絶対にわからないシステムです。

車内風景車内風景

WEBでは自転車の料金についての情報が不十分だったので尋ねるも、これがわからず、運転手に聞いてみろとな。しばらくするとスマートフォンに乗り場案内が出たのでそこまで行って、運転手に聞いて問題がない(通常の荷物室に入れ、無料)ことを確認してようやく乗車。あ〜疲れた! 自転車を持っていると海外ではこうした移動がちょっと面倒なんですね。システムがそれぞれの会社で異なるし、情報が少ないですから。

ともかくなんとか無事に乗車できて、ホッ! このバスの車内はいたって普通で、可もなく不可もなく。

パリ郊外の農地パリ郊外の農地

バスはパリを離れ南東に向かっています。30分も乗っていると車窓に農地が現れ出します。広い大地、穏やかな丘陵地に麦畑やとうもろこし畑といったものが広がります。フランスは農業大国です。

私たちのバス私たちのバス

パリからオーセールまでは2時間10分の予定なので途中休憩はないだろうと思っていたのですが、オーセールまであと30分というところで、バスは突然休憩所に入りました。これが予定されていたものなのかどうかはわかりませんが、もしかすると運行規定で休憩をとらなければならない時間が決まっているのかもしれません。

立ち寄ったのは畑の中にポツンとあるテント屋根の建物で、フードコートがあり地域の特産品などを扱っているようなところです。日本で言うなら道の駅のようなものと言えばわかりやすいでしょうか。

オーセール駅オーセール駅

車窓に葡萄畑が映るようになるとオーセールに到着します。ここはワインで有名なブルゴーニュ地方ですからね。ほぼ途中休憩しただけの時間遅れたので、あの休憩はやっぱりイレギュラーなものだったのかな。それはともかく、着いた場所は駅の前の通りだったので、駅にちょっと立ち寄って様子を伺ってみました。この駅舎は1926年に建てられたもので、控えめながらも格式を感じさせるデザインです。数年前に設備が大幅に改修され、特にアクセス向上のための工事が行われたそうで、地下通路やホーム、照明などが一新されて現代的な機能性を備えているように感じました。

イビスイビス

この駅から西1kmほどのところにヨンヌ川(L'Yonne)が流れており、その西側が旧市街、東側が新市街になっています。私たちは今日は自転車ではなく徒歩で旧市街巡りをします。

私たちの宿はヨンヌ川のすぐ東に立つ現代的なホテルで、旧市街へのアクセスが良い上に、すぐ近くにスーパーマーケットがある利便性が高いところに位置しています。

旧市街へのアプローチ橋旧市街へのアプローチ橋

宿に荷を解いたらさっそく旧市街散策といきましょう。この宿の前は公園になっており、その中に旧市街へ渡る歩行者専用橋が架かっています。

橋から旧市街を望む橋から旧市街を望む

この橋の入口を入ると、お〜〜! という声が。いきなりこの景色です。

下にはゆったりとした流れのヨンヌ川、そこに浮かぶボート、そして対岸の旧市街には歴史的な教会が3つ並んでいます。これらの教会は右(北側、下流側)から、サン=ジェルマン修道院 (Abbaye Saint-Germain)、サン=テティエンヌ大聖堂 (Cathédrale Saint-Étienne)、サン=ピエール・アン・ヴァレ教会 (Église Saint-Pierre-en-Vallée)。

サン=テティエンヌ大聖堂サン=テティエンヌ大聖堂

中央に立つサン=テティエンヌ大聖堂は街のシンボルとも言うべき建築で、旧市街で最も高く聳えています。 ゴシック様式で主に13世紀から16世紀にかけて建設されました。

サン=ジェルマン修道院 サン=ジェルマン修道院

街の北に立つサン=ジェルマン修道院は6世紀に設立され、その後カロリング朝時代(8世紀〜10世紀)に最盛期を迎えました。9世紀にまでさかのぼる地下聖堂(クリプト)があり、フランス最古級とされるフレスコ画が残されています。鐘楼はロマネスク様式(11世紀〜12世紀)の特徴を明確に残しています。

自転車を積んだボート自転車を積んだボート

橋から下を覗くと、何台もの自転車を積んだボートが浮かんでいます。ヨンヌ川をクルーズし、適当なところで上陸してサイクリングを楽しむのでしょう。そんな旅ができるなんて、羨ましいですね。

レストラン船レストラン船

ヨンヌ川はレジャー施設で溢れています。もっともそれらは陸上ではなく川の中にあります。この船はレストラン・バーになっており、夜にはバンドの演奏もあるようです。

ヨンヌ川を行くサイクリストヨンヌ川を行くサイクリスト

フランスは自転車大国で、非常に多くのサイクリストが走っていて、様々なサイクリングルートが設定されています。このヨンヌ川沿いもそうしたものの一つになっており、家族づれやカップルなどが頻繁に行き来しています。

下から見上げたサン=テティエンヌ大聖堂下から見上げたサン=テティエンヌ大聖堂

さて、ここから旧市街の中へ入っていきましょう。私たちはまずサン=ジェルマン修道院 まで行き、そこから反時計まわりに進み、旧市街を一周して中央にあるサン=テティエンヌ大聖堂に戻ってくることにしました。

ということで、まずヨンヌ川沿いを北へ向かいます。最初に姿を表すのはあのサン=テティエンヌ大聖堂です。道路から高い擁壁が立ち上がり、その上に巨大な建築が立っています。ついつい足がそちらへ向かいそうになるのですが、ここは後にして、北のサン=ジェルマン修道院を先に尋ねましょう。

サン=ニコラ広場サン=ニコラ広場

噴水があるサン=ニコラ広場 (Place Saint-Nicolas) に出ました。この広場は船乗りの守護聖人、聖ニコラに捧げられた場所で、かつてオーセールの港(Port Saint-Nicolas)の中心でした。正面の建物の壁に聖ニコラの像が組み込まれています。

ここには非常に古くから水が供給されていたようで、広場の中央には1783年まで別の噴水があり、この界隈に飲料水を供給する役割を果たしていました。現在の噴水の石の水盤は現シャルル・シュルグ広場(Place Charles Surugue)にあったものを20世紀初頭に移設したものだそうです。これはおそらく、都市開発が進み元の場所での利用目的が変化したことと、歴史的な港湾地区の景観を向上させることとが組み合わさった結果だと思います。

木骨造りの家々木骨造りの家々

周囲の建物の多くは木骨造り(コロンバージュ / Colombage)で、主に15世紀から17世紀にかけて建てられたものです。木骨造りは木造の骨組みを外壁に見せ、その間に土や漆喰を詰めて壁を構成する建築様式です。

広場周辺にはカフェやレストランが多いのですが、かつては港の活動を管理する事務所や倉庫、あるいは船員が集う酒場(キャバレー)などとして使われていたそうです。

サン=ニコラ広場から上る坂道のヨンヌ通りサン=ニコラ広場から上る坂道のヨンヌ通り

サン=ニコラ広場からはこんな坂道がサン=ジェルマン修道院方向へ伸びています。坂道の上にも木骨造りの建物が並んでいるのが見えます。

カデ・ルッセル・トレイル (Sur les Traces de Cadet Roussel) カデ・ルッセル・トレイル (Sur les Traces de Cadet Roussel)

石畳にこのようなものが埋め込まれていました。これはカデ・ルッセル・トレイルの印です。カデ・ルッセル・トレイルは、オーセールの歴史的な中心街を巡る有名な散策コースで、約5kmで主要な名所を巡る設定になっています。コース沿いに67箇所の記念碑や興味深い場所があり、ブロンズの四角いプレートがその場所を、三角形のプレートはそれらを繋ぐルートを示しています。

このトレイルの名になっているカデ・ルッセルですが、これはオーセール出身の人の名でフランスの有名な童謡のモデルとなった人物、ギヨーム・ジョゼフ・ルッセル(Guillaume Joseph Rousselle)を指します。彼は執行官で、風変わりな性格や、特徴的な不格好な家を持っていたことから、1792年に彼をからかう歌が作られ、フランス全土で有名になりました。フランス語の「Cadet (カデ)」には、末っ子、年少者、または次男といった意味があり、彼は末っ子であったため、親しみを込めて「カデ」という呼び名が使われていたのだろうと推測されます。

狭い路地狭い路地

ヨーロッパの古い街には狭い路地が多いですが、ここにもそうしたところがありました。映画が撮れそうじゃあありませんか。

水上乗合馬車の広場水上乗合馬車の広場

サン・ジェルマン修道院の教会堂の後陣がよく見える広場に出ました。ここには『水上乗合馬車の広場(Place du Coche d'Eau)』という名が付けられています。

かつての河川交通において、パリとオーセールとを結ぶ水上乗合馬車(Coche d'eau)というものがありました。これは1635年に運行が開始され、鉄道が開通する19世紀半ばまで続きました。馬に曳かれた平底の屋根付き船で、パリまで6日間かかったそうです。ここはその発着場があった歴史的な場所です。

水上乗合馬車の家水上乗合馬車の家

この広場でもっとも目立つピンク色の建物は16世紀の木骨造りの『水上乗合馬車の家 (Maison du coche d'eau)』で、かつて水上乗合馬車の事務所または運送業者の家として使われていたものだそうです。

水上乗合馬車の広場周辺の家々水上乗合馬車の広場周辺の家々

色とりどりの木骨造りの家が立ち並んでいます。

サン・ジェルマン修道院の鐘楼サン・ジェルマン修道院の鐘楼

さて、サン・ジェルマン修道院へ向かいましょう。坂を上って行くとその鐘楼が見えて来ます。この鐘楼は12世紀半ばのロマネスク様式で「サン=ジャン塔(Tour Saint-Jean)」と呼ばれています。

修道院の正面入口(西側)からやや離れた場所に独立して立ち、上部には八角形の石造りの尖塔(flèche de pierre)がそびえ立っており、その全高は51mに達します。修道院の教会堂は、もともと西側に前廊(アヴァン=ネフ / Avant-nef)という構造を持っており、そこにはロマネスク様式の鐘楼が二つあったのですが、フランス革命後の都市計画で19世紀初頭に破壊されてしまいました。サン=ジャン塔はこれらの主要な鐘楼とは別に敷地内に建てられていたため、破壊を免れたと考えられています。

サン・ジェルマン修道院の回廊サン・ジェルマン修道院の回廊

サン=ジェルマン修道院の回廊は、修道院の中心に位置し、修道士が共同生活を送るための主要な建物(教会堂、会議室、食堂、独房など)を連絡する役割を果たしていました。もともと、中世(ロマネスク様式やゴシック様式)の回廊が存在していましたが、この時期、そこは修道士たちが世俗から隔離され、祈りや黙想に専念するための空間でした。

回廊から見る教会堂とサン=ジャン塔回廊から見る教会堂とサン=ジャン塔

現在見られる回廊は主に17世紀にサン=モール修道会(Congrégation de Saint-Maur)のベネディクト会修道士たちによって再建されたものです。サン=モール修道会は、中世以降衰退していた修道院の規則と建物を改革・修復することを目的としていました。この回廊は彼らがフランス全土の修道院で採用した統一的な建築計画に従い、古典主義様式で再建されました。シンプルな構造と厳格なデザインが特徴で、派手な装飾は抑えられています。

サン・ジェルマン修道院の教会堂内部サン・ジェルマン修道院の教会堂内部

最初の教会堂は、6世紀にオーセール司教であった聖ジェルマン(Saint Germain d'Auxerre)の墓の上に建てられました。9世紀に大規模な再建が行われ、地下納骨堂(Cryptes)などが造られました。12世紀にはロマネスク様式で身廊などが再建されました。サン=ジャン塔はこの時代のものです。そして13世紀から15世紀にかけて、教会堂の内陣(Chœur)などがゴシック様式にて再建され、現在の教会の骨格が完成しました。

地下聖堂は見学ツアーでないと入れませんが、運のよいことにそのツアーの締め切りにぎりぎり飛び込むことができました。地下聖堂内部は残念ながら撮影禁止なので、修道院のWEBでどうぞ。そしてフレスコ画はwikipediaで。

サン・ジェルマン修道院内の発掘遺構サン・ジェルマン修道院内の発掘遺構

サン・ジェルマン修道院内では発掘遺構 を見ることもできます。

発掘遺構展示物発掘遺構展示物

これは発掘されたもので、こうした歴史的なものが数多く展示されています。

回廊で休憩のサリーナ回廊で休憩のサリーナ

サン=ジェルマン修道院はフランス革命の際に修道士たちが退去し、修道院としての活動を停止しました。現在はオーセール市の歴史と芸術を伝える重要な文化・観光拠点となっています。

監獄の塔とサン=ジャン塔監獄の塔とサン=ジャン塔

サン・ジェルマン修道院から西へ向かうとすぐ、円筒に三角屋根が載った『監獄の塔(Tour des Prisons)』があります。これはオーセールを囲んでいた中世(おそらく13世紀~14世紀頃)の城壁に備えられた防御塔でした。後にその役割が防御から監獄へと変わり、18世紀頃まで実際に使用されていました。

市立美術学校市立美術学校

カデ・ルッセルさんに導かれて進むと、オーセール市立美術学校 (École Municipale des Beaux-Arts)の前に出ました。エコール・デ・ボザールはパリのものが有名ですが、ここはプロの芸術家を目指す人々を対象とする高等教育機関というよりは、生涯学習と芸術への導入を目的とした機関だそうです。これはその中にある教会堂のようです。

オーセール司法裁判所オーセール司法裁判所

これはオーセール司法裁判所(Tribunal Judiciaire d'Auxerre)で、サン=テティエンヌ大聖堂に隣接していた旧サン=エティエンヌ大修道院の敷地の一部に建てられています。19世紀に建設されたもので、その壮麗なファサードはオーセールの行政的・司法的な歴史の象徴となっています。

ノートル・ダム・ラ・ドール通りノートル・ダム・ラ・ドール通り

司法裁判所の正面の道を行きます。この旧市街の魅力は古い建物が数多く残っていることに加え、適度にコンパクトであること、穏やかな坂道があること、カーブが多いことでしょう。コンパクトであることは徒歩で巡るのには重要なポイントですし、最後の二つは街の空間に深みを与えていると感じます。

ポール・アルマンド集合住宅ポール・アルマンド集合住宅

ポール・アルマンド集合住宅(Residence Paul Armandot)は公営住宅で、主に低所得者層や特定の要件を満たす住民に手頃な価格で住居を提供しています。もしここが日本なら高級住宅になりそうです。東側に出っ張った3つのユニットは居間でしょうか。かわいらしいですね。

ロビヤール広場ロビヤール広場

ロビヤール広場(Place Robillard)あたりからは街の中心に位置する時計台(Tour de l'Horloge)のちょっと変わった塔が見えます。しかしあそこへはもう一つ教会を見てから行きます。

サン=ウーセーブ教会サン=ウーセーブ教会

そのもう一つの教会とはサン=ウーセーブ教会(Église Saint-Eusèbe d'Auxerre)です。この教会は5世紀に最初の礼拝堂が建てられたとされ、オーセールで最も古い教区教会の一つです。主にロマネスク様式とゴシック様式。長い歴史の中で何度も再建と改築が繰り返されました。12世紀の教会の西側に立つ鐘楼は、力強いロマネスク様式を今に伝える貴重な部分です。上部の連続したアーチと窓の配置が特徴的です。教会堂の東側にある内陣とアプスは、ステンドグラスと高いヴォールト天井を持つゴシック様式で再建されました。この対比が、教会の複雑な歴史を物語っています。サン=テティエンヌ大聖堂やサン=ジェルマン修道院が司教座や修道院の中心であったのに対し、このサン=ウーセーブ教会は古くからオーセール市民の信仰生活の中心である教区教会として重要な役割を果たしてきたのです。

シャルル・シュルグ広場シャルル・シュルグ広場

サン=ウーセーブ教会から少し下ると変形交差点に地元出身の政治家の名を持つシャルル・シュルグ広場があります。かつてこの広場周辺には穀物市場や皮市場があり、周囲の木骨造りの建物は商人の住居や店舗として使われていたと考えられます。これらの建物の多くは中世後期からルネサンス期にかけての建築様式を反映しており、ここに中世的な景観をもたらしています。

カデ・ルッセルの像カデ・ルッセルの像

中央にはオーセールの象徴的なキャラクターであるカデ・ルッセルの像が乗った噴水があります。ここはかつては大噴水広場などと呼ばれたこともあり、最初に見たサン=ニコラ広場の噴水の水盤はここから移設されたものです。

シャルル・シュルグ広場に面するオーセール中央郵便局シャルル・シュルグ広場に面するオーセール中央郵便局

かつて穀物市場があった場所にはオーセール中央郵便局が立っています。左の時計付きの白い建物です。おそらくこの建物は20世紀初頭ごろに建築されたものでしょう。そのころ都市の再開発があり、それに伴って噴水の水盤が移設されたのだと思います。そしてその代わりにカデ・ルッセルの像を載せた噴水が設置されたのでしょう。

巡礼路の印であるブロンズのホタテ貝巡礼路の印であるブロンズのホタテ貝

オーセールの道にはカデ・ルッセル・トレイルの印以外にもう一つ重要な印が埋め込まれています。サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路(Chemin de Saint-Jacques-de-Compostelle)の道標であるブロンズのホタテ貝です。

オーセールは、『ヴェズレーの道(Via Lemovicensis / Chemin de Vézelay)』などのフランスの主要な巡礼路の近くに位置しており、多くの巡礼者がここを通ってサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かいます。

時計塔/西側より時計塔/西側より

オーセールの歴史的中心部にある最も象徴的なモニュメントの一つがこの時計塔(Tour de l'Horloge)です。

5世紀のガロ・ローマ時代の城壁の基礎の上に建てられた塔が起源とされ、当時は『ラ・ガイアール塔(La Gaillarde)』と呼ばれていました。元々は街の防御塔であり、後に監獄(牢獄)としても使用されました。15世紀に市民の自由と自治の象徴として公衆時計が設置されたことで、「時計塔」と呼ばれるようになりました。この時計は単に時刻を示すだけでなく、太陽の運行(黄金の針)、月の満ち欠け(銀の針)といった天文的な情報も示します。

時計塔/東側より時計塔/東側より

塔の石造りの四角い基部は中世の防御塔の構造を残しています。その上部にある装飾的な構造と尖塔(鐘楼)はルネサンス期以降の様式を取り入れており、後の時代の改築が施されています。塔の頂上には八角形のドーム状の屋根が乗り、この独特な形状がオーセールの街並みの中で一際目立っています。

レンタル自転車の料金レンタル自転車の料金

この時計塔の下にレンタル自転車の料金表がありました。半日11€、1日22€、電動はそれぞれ20€、28€。

市役所の建物市役所の建物

時計塔付近も木骨造りの建物が多いのですが、その中にフランス国旗が飾られた目立つ石造建築があります。市役所(Hôtel de Ville、Mairie d'Auxerre)です。これは古典主義様式の影響を受けた18世紀の建築のようです。

フランスの市役所はみんな大抵立派で、その多くが『Mairie』と表示されていることが多く、最初にフランスを旅した時は、メリーさんの家ってみんな立派なんだな、でもどうしてこんなにメリーさんが多いんだろうって思っていました。 😅

木骨組木骨組

時計塔の一本北の通りは現在はコルドリエ広場(Place des Cordeliers)です。そこにはかつて修道院がありました。それが廃止されると市場となり、現在は駐車場になっています。そこに面したこの建物の木骨組(パン・ド・ボワ 、Pans de bois)はちょっと面白いです。

木骨造りの建物の壁は木の骨組みと充填剤から成ります。木は建物の荷重と水平力を受け、その間を埋める充填剤は外壁を構成し、防水、断熱、防音などの機能を提供します。この充填剤には土(泥)、藁、石灰、漆喰、煉瓦などが使われることが一般的です。この建物の上部は土が使われていますが、下部は土で埋められてはおらず、内側にガラスのようなものが見えます。おそらく、もともとは下部も土で埋められていたのだろうと思いますが、改修の際に光を取り入れるためにガラスにしたのでしょう。これを見ると木以外の部分は耐力的には使われていないことがよくわかります。

ジュベール通りジュベール通り

美しい木骨造りの家はジュベール通り(Rue Joubert)にもあります。

竪琴を持つ天使の彫刻竪琴を持つ天使の彫刻

この通りを行くとフェコードゥーリー通り(Rue Fécauderie)との角に、コーナーポストに美しい彫刻を持つ家がありました。竪琴を持った天使でしょうか。ルネサンス期の15世紀末のものと考えられています。

ビール休憩ビール休憩

疲れたのでここでビール休憩を。フランスは物価が高いので節約しようとは思うのですが、やっぱりやめられませんわ。コーヒーなら2€ほどで済むのですが、ビールは最低でも4€もします、しかも250mlで! たったの250mlでは飲んだ気がせん、500mlは欲しいけれどここはちょっと我慢、ということで330mlで妥協。パリではローカルなインディアン・ペイル・エイルをやってみておいしかったので、ここではインディアン・ペイルのラガーをやってみました。5€ 也!

フランスと言えばワインの国ですが、その北はベルギーに接しており、北部地域ではビール醸造も盛んで、かなりイケルものもあります。

カフェのメニューカフェのメニュー

ポテトチップスが3.5€、ソーセージが10€、シーザーサラダが12.9€。この時の為替レートは1€=182円。こちらの物価は感覚的には日本の2倍ほどでしょうか。  🤑

サン=ピエール・アン・ヴァレ教会付近サン=ピエール・アン・ヴァレ教会付近

休憩後はサン=ピエール・アン・ヴァレ教会へ向かいます。

名称の「サン=ピエール」は聖ペテロのことで、この教会はイエス・キリストの十二使徒の筆頭であり、カトリック教会において初代ローマ教皇とされる重要な聖人である聖ペテロを祀っています。そして 「アン・ヴァレ(en-Vallée)」は「谷の中の」という意味で、ヨンヌ川に近い低地に位置していたことに由来するそうです。

サン=ピエール・アン・ヴァレ教会サン=ピエール・アン・ヴァレ教会

上から下って来ると鐘楼が見えて来ました。鐘楼はこの教会でもっとも古い部分の一つで、ロマネスク様式です。

教会の主要な部分は中世後期にゴシック様式で再建されています。内部の高いヴォールト天井と大きな窓、身廊の外部側にはゴシック様式特有のフライング・バットレスが見られます。

しかしファサードは17世紀の増築で、古典主義様式とバロック様式の要素を融合させたもののようです。複数の層に分かれ垂直に積み重ねられたデザインは、古典主義の明確な秩序と階層性を反映していますし、オーダー(柱の様式)も、ローマ建築を規範としているように見えます。それに対しファサード全体に施された彫刻や、柱が壁から大きく突き出している立体的で豊かな表現は、バロック的な重厚さとボリューム感をもたらしています。ポータルの塊から突き出した両側の塔の上に、明らかにゴシック様式とは異なる装飾的なフライング・バットレス状のものがファサード上部を支えています。

ポール・ベール橋ポール・ベール橋

だいぶ下って来たので、ついでにここで再びヨンヌ川を覗いて見ましょう。最初に渡った歩行者専用橋の上流に架かるポール・ベール橋(Pont Paul Bert)に出ました。駅から車で来るとこの橋に出ます。

橋の中央に立つ像がオーセール出身の政治家、科学者、医師であったポール・ベールです。橋は街の入口だからでしょうか、フランスではこんな風に花で美しく飾られているものが多いです。おもてなしの心遣いですね。

ポール・ベール橋からはサン=テティエンヌ大聖堂へ向かいます。

サン=テティエンヌ大聖堂サン=テティエンヌ大聖堂

サン=テティエンヌ大聖堂はブルゴーニュ地方のゴシック建築を代表する傑作の一つで、ファサードと身廊は13世紀から15世紀にかけて建設されました。

塔は北塔だけが完成し、南塔の建設は資金不足により16世紀半ばに中断されたため、左右非対称になっています。教会の塔はパリのノートルダム寺院のように左右対称だと思われがちですが、このように一本しか立たなかった例はそう珍しくありません。実際、先ほどのサン=ピエール・アン・ヴァレ教会もそうでしたね。

サン=テティエンヌ大聖堂ファサードサン=テティエンヌ大聖堂ファサード

中央には壮麗なバラ窓が配置され、その左に北塔が圧倒的な強さで立っています。この塔がもし2本あったら、それはそれは壮観だったことでしょう。

基部には3つの大きなポルタイユ(Portail / 扉口)が並んでいます

中央のポルタイユ中央のポルタイユ

それらの中で最も大きな中央の扉口は「最後の審判」やキリストの生涯の場面など、最も重要な宗教的テーマの彫刻で飾られています。側面扉口は、聖人や地元の司教の物語などが描かれています。

これらのポルタイユのタンパン(Tympan / 扉上の半円形部分)やヴォスール(Voussure / アーチの側柱)の彫刻は、ゴシック様式の特徴である緻密な物語性と躍動感に満ちています。ゴシック大聖堂のポルタイユは、聖書の教えを「読むことのできない」一般の人々に伝えるための重要な視覚的媒体でした。

サン=テティエンヌ大聖堂南面サン=テティエンヌ大聖堂南面

サン=テティエンヌ大聖堂の南側に回って見ます。こちら側は周囲の建物が教会堂に迫っていて、さらにその下に道が通っており圧迫感があります。この写真で敷地にかなりの勾配があることがわかるでしょうか。

サン=テティエンヌ大聖堂はよくある十字形平面の教会建築です。十字架の横棒にあたる南側のトランセプト(翼廊)を見てみましょう。その壁面は、何よりもまず巨大なバラ窓によって占められています。

南側のトランセプト南側のトランセプト

その基部にはポルタイユがあります。このポルタイユの上部や周囲の壁面には正面同様に、聖人、天使、そして聖書にまつわる物語を描いた彫刻が施されています。

トランセプトの角や側面には、高い建物を構造的に支えるための控え壁(Contreforts / バットレス)が設けられています。これらの控え壁は機能的であるだけでなく、上部をピナクル(Pinacle / 小尖塔)で飾られています。ピナクルは装飾的な効果を高め、建物を垂直方向に引き延ばして見せる役割を果たしています。この南トランセプトの外部は、構造的な要素とバラ窓や彫刻という美術的な要素が高度に統合され、大聖堂の宗教的な威厳と華麗さを表現しています。

身廊身廊

内部は非常に高くて明るい空間で、パリのノートルダム大聖堂などに近い、古典的なフランス・ゴシック様式のバランスの良さが特徴です。

側廊と身廊の高窓側廊と身廊の高窓

側廊は中央の身廊よりも低く、これにより身廊の高窓(Clerestory)から光が入りやすくなります。側廊の天井は、身廊と同様に交差ヴォールト(voûte d'ogives)で覆われています。側廊のヴォールトはその上部にギャラリーを支える場合もありますが、ここではゴシック盛期以降の形式に従い、身廊に直接光を取り込むために、ギャラリーを設けず高窓の設置が優先されています。

南翼廊のステンドグラス南翼廊のステンドグラス

これは南翼廊の窓で、上部の円形部分のバラ窓と、その下にある縦長のランセット窓とが一体となった、大聖堂の中でも特に壮麗な部分です。

アプスのステンドグラスアプスのステンドグラス

アプス(後陣/Abside)、すなわち内陣(Chœur)の最も奥にある半円形または多角形の端部に設けられた窓は、大聖堂のステンドグラスの中でも最も古く、貴重な一群を形成しています。13世紀初頭の初期ゴシック様式で、フランス最古級です。深い青と赤を基調とした絵物語(メダリオン・パターン)の古典的なゴシック・ステンドグラス。

アプス側面のステンドグラスアプス側面のステンドグラス

バラ窓など15〜16世紀の窓(フランボワイヤン様式)では黄色や緑色、透明な白のガラスの面積が格段に増え、より絵画的で明るい印象になるのですが、これはそうした後期のものの特徴とは一線を画しており、13世紀の「宝石のような」(ジュエル・トーン)重厚な色彩の伝統を受け継いでいると言えます。

ヨンヌ川と歩行者専用橋ヨンヌ川と歩行者専用橋

これでオーセールの旧市街をぐるりと一回りしました。ヨンヌ川に出て宿に戻りましょう。

この川の畔は散策するにはうってつけなところですね。

様々なタイプのバゲット様々なタイプのバゲット

宿の前を通って近くのスーパーマーケットに買い出しに行きます。

これはパンコーナーのバゲット類。日本ではこうした類はバゲットとバタールくらいしかありませんが、ここフランスでは10種類以上並んでいます。同じバゲットでも焼き加減が異なるタイプが3種類ほどあってびっくりです。

シャルキュトリーシャルキュトリー

ハムやソーセージなどの食肉加工品を専門に扱う店をシャルキュトリー(Charcuterie)と呼びます。これはいわゆる肉屋とは専門分野が異なり、フランスではこの2つは厳密に区別されています。

こちらではパン屋さん(ブーランジェリー / Boulangerie)もシャルキュトリーも朝早くに店を開けるためか、その分夕方は比較的早く閉めるところが多いので、夜でも多くの種類のこうしたものを扱っているスーパーマーケットはありがたいです。

テーリーヌやパテテーリーヌやパテ

シャルキュトリーではテーリーヌやパテといったものも扱っています。

おいしそ〜 🤤

パテ・アン・クルートパテ・アン・クルート

奥に並ぶのは「パテ・アン・クルート(Pâté en Croûte)」。これはパイ生地で包んで焼き上げたパテのことで、非常に格式の高い重要な商品です。日本では高級デパートの食品売り場で一切れ1,000円以上しそうなものです。

ぱっと見た目は似ていますが、この写真だけでそれが5種類もあります。

夕餉夕餉

本日の夕餉。トゥリュイット・フュメ、イイダコのマリネ、パテ・アン・クルート、ロックフォール・チーズ。

トゥリュイット・フュメ(Truite fumée)は燻製のマスで、スモークサーモンと同じ製法で作られますがより安価です。パテ・アン・クルートは一切れ250円くらいで、思ったよりかなり安かったのですが、ブルゴーニュ・ワインはかなり高額で手が出ませんでした。でもこれはいずれ試さなければなりません。ということで今夜もビール。フランスはベルギービールが比較的安いので私が大好きなヒューガルテン・ブランシェとレフ・ブロンドを。

イイダコとトゥリュイット・フュメの前菜イイダコとトゥリュイット・フュメの前菜

フランスはハムやソーセージ、それにチーズが充実していて、生の魚は無理でもスモークサーモンや魚介貝類のマリネといったものが手に入るのがうれしいです。

今日はブルゴーニュ地方の入口のオーセールを歩きましたが、この旧市街はとてもコンパクトで散策するのにちょうど良い大きさだと感じました。木骨造りの家並みがとても美しく、歴史の深みを感じさせる教会がたくさんあり、ヨンヌ川の川辺には楽しいアクティビティがあるという、実に素晴らしい街でした。

さて、明日はいよいよブルゴーニュを自転車で走ります。ここオーセールから、白ワインで有名なシャブリへ行きます。シャブリ、楽しみだな〜 🤤

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