オーセールの宿
今日からブルゴーニュ地方の自転車の旅を始めます。ヨンヌ県の県都であるオーセール(Auxerre)を出発、ヨンヌ川沿いをさかのぼり、葡萄畑が連なる丘を行き、白ワインで有名なシャブリ(Chablis)へ。
宿の前にある公園に入口があるヨンヌ川に架かる歩行者自転車道を進んで行くと、正面はオーセール旧市街で、すぐそこにサン=テティエンヌ大聖堂が、そして少し北にサン=ジェルマン修道院が聳えているのが見えます。この眺めは壮観です。
ヨンヌ川とオーセール旧市街
歩行者自転車道とサン=ジェルマン修道院
旧市街に渡ったら、ここからヨンヌ川を上流へ向かいます。この河岸の道は『ブルゴーニュ自転車一周の旅 (Le Tour de Bourgogne à Vélo)』の一部であり、その中でも『ニヴェルネ運河自転車道 (Canal du Nivernais à Vélo) 』の区間となっています。
ポール・ベール橋とサン=テティエンヌ大聖堂
オーセールの南に架かるポール・ベール橋(Pont Paul Bert)の下をくぐり、バタルドール通り(Quai du Batardeau)に入るとすぐ、ニヴェルネ運河(Canal du Nivernais)が現れます。ここから後ろを振り返れば、ポール・ベール橋の向こうにあのサン=テティエンヌ大聖堂が聳えています。
ニヴェルネ運河の終点
ニヴェルネ運河は、ルイ13世時代にニヴェルネの森からパリへ薪炭を輸送することを目的として計画され、1784年〜1842年にかけて開削されました。かつては重要な貨物輸送路として機能しましたが、現在は主に、観光クルーズ、ボート旅行、サイクリングなどの観光用の水路となっています。その全長は約175kmで、このセーヌ川支流のヨンヌ川とロワール川とを結んでいます。
バタルドー81番閘門
ニヴェルネ運河の終点はポール・ベール橋ということになっていますが、実際はこのバタルドー81番閘門(Ecluse 81 VS du Batardeau)でヨンヌ川本流と合流しています。
ここからしばらくはこのニヴェルネ運河沿いを行きます。ちなみに閘門の番号のあとにある VS はセーヌ川側(Versant Seine)という意味で、分水嶺を超えたロワール川側は VL(Versant Loire)という表記になります。ロワール川側の閘門は35基で、総閘門数は114〜116基だそうですから、およそ1.5kmごとに閘門があることになります。
ニヴェルネ運河沿いの曳舟道跡と廃線跡の橋
ニヴェルネ運河は動力がない時代に計画されたものなので、主に馬で曳舟されました。ということでこの川沿いの道はほぼ完全にフラットです。そんなニヴェルネ運河沿いの曳舟道跡と、かつての廃線跡を組み合わせたオーセール市を周回する大規模なサイクリング・遊歩道ネットワーク「Coulée Verte(クーレ・ヴェルト、緑の回廊)」があります。
私たちが今走っているのがニヴェルネ運河沿いの曳舟道跡で、うしろに見える白い橋が廃線跡のクーレ・ヴェルトです。
ヴォー橋
ニヴェルネ運河は独立した水路ではなく、一部はヨンヌ川と同じ流れであったりそこから分水された水路であったりします。この下流域はヨンヌ川と共通の流れであることも多く、ここはヨンヌ川そのものです。
ヴォー(Vaux)に着くと先にちょっと変わったヴォー橋(Pont de Vaux)が見えます。この橋を渡るのはあとにして、村の中心にある教会に立ち寄ってみます。
ヴォーのサン=ルー教会
サン=ルー教会(Église Saint-Loup de Vaux)は聖ルーに捧げられたもので、7世紀の創設時にオーセールのサン・ジュリアン修道院に寄進されています。
こちらから妻面として見えるのが身廊で、これは2つあり、古い方は12世紀後半から13世紀初頭に建てられ、新しい方は16世紀の増築です。教会内部には入れませんでしたが、写真で見るとなかなか良さそうです。
鐘楼は教会の最も古い部分の一つで、12世紀末から13世紀初頭のロマネスク様式と初期ゴシック様式の特徴を持っています。
サン=ルー教会のポーチ
それは正方形の土台の上に立っており、壁面にはアーチを持つ二連の窓が開けられています。この窓から鐘の音が響き渡ります。頂部は尖塔ではなくあまり高くない四角錐で、後のゴシック様式で流行する高い尖塔とは異なります。これはブルゴーニュ地方の初期の教会建築によく見られる特徴です。
12世紀後半に建てられたロマネスク様式のポーチは素晴らしいです。壁と柱は石造で、小屋組は木造。教会堂の壁には聖ユベール (Saint-Hubert) 、その下には『ラザロの復活』のレリーフがあります。
ヴォー橋を渡る
ヴォーの先の左岸の道は県道になるので、ヴォー橋で右岸に渡ります。一風変わった形状の吊り橋に見えるヴォー橋は鉄骨造ではなく鉄筋コンクリート造です。20世紀に建設されたもので、運河のパノシェ(300 t 級の平底船、長さ38.50m × 幅5.05m)の規格に合わせるため、梁下のクリアランスを3.5mとしたそうです。運河の幅の規格は 5.2m で、船の幅との差は15cmで片側7.5cmのクリアランスしかないことになります。凄腕船乗りでないと通れませんね!
自転車道
ヴォー橋を渡った先はプティ・ヴォーというところで、ここからシャン=シュル=ヨンヌ (Champs-sur-Yonne) まで自転車道(Piste Cvclable du Pettit Vaux a Champs)が続いています。
この自転車道はほとんど森の中のようなところを行きますが、実はこの木々の向こう側は池がたくさん並んでいます。かつてこのあたりは石灰石の採石場で、その跡に水が溜まって池になったのです。
シャン=シュル=ヨンヌの橋
シャン=シュル=ヨンヌの中心部を抜けると小さな橋を渡ります。ここでヨンヌ川は二手からやってきて合流しています。この橋はその小さい流れに架かっています。
ヨンヌ川とニヴェルネ運河
そしてもう一本橋を渡ります。こちらの橋は「ベロンブルの堰(Barrage de Belombre)」と呼ばれるもので、主にニヴェルネ運河への取水とヨンヌ川の水位を調整するために利用されています。
このあたりのヨンヌ川とニヴェルネ運河を見るとその関係がよくわかります。広くて浅い流れがヨンヌ川で、狭く深い方がニヴェルネ運河です。ここではニヴェルネ運河はヨンヌ川の一部を仕切って造られています。
ベロンブルの堰をあとに
ベロンブルの堰からは再びヨンヌ川左岸を行きます。この堰から上流は堰き止められているため、水量が豊富です。
TERの鉄橋
TER(地域列車)「ラロッシュ=ミジェンヌ線からコーヌ線(Ligne de Laroche-Migennes à Cosne)」の線路をくぐり抜けます。この線路の横にあるフェンス状のものはおそらく橋梁の構造体なのだと思うのですが、一見そのようには見えず装飾的なものかと思うほどです。
バイイの75番閘門付近の白鳥
この鉄橋の先で再びヨンヌ川はいくつかに分かれます。ここには「バイイの75番閘門(Écluse 75 VS de Bailly)」があり、白鳥が2羽浮かんでいます。
バイイ集落
上流側の閘門が見えると、その向こうの岸に伝統的な造りのバイイの集落が見えます。こうした集落は何世紀もの間そこにあり、ほとんど姿を変えていないように見えます。
自転車を積んだボート
前方からボートがやってきました。こうしたボートのうしろには必ずといってよいほど自転車が積まれています。『ボート&バイク』がここのレジャーの定番なんですね。日本ではこのようなロケーションはほとんど見たことがないですし、『車&自転車』に変えてみても、道はどこも混んでいて、どこで降りようが自転車に乗れるシーンは多くないですね。文化の奥の深さの差を感じます。
ヨンヌ川に沿って続く家々
このあたりはヨンヌ川の左岸は平野部で、右岸は丘陵地です。今日の目的地のシャブリはこの丘のずっと先の丘にあります。見ての通り、右岸の丘陵地が川辺まで迫ってきているので、バイイの先の家々は川に沿って一列に建てられています。
白鳥
白鳥がぷかぷかやってきました。
日本ではほとんどの白鳥(オオハクチョウとコハクチョウが多い)は春先にシベリア方面へ移動し、秋までそちらにいるため夏はいません。しかしここフランスには一年中います。それはこちらの白鳥の多くはコブハクチョウで、冬でも湖や川が完全に凍結するほど寒くならないため、遠くまで渡る必要がないのです。フランスの白鳥のほとんどは留鳥なのです。
ヴァンセロット
ヴァンセロット(Vincelottes)までやってきました。この村は「コートー・ドゥ・ローセロワ(Coteaux de l'Auxerrois)」と呼ばれる地域の一部で、周囲は有名なブドウ畑に囲まれています。かつて、この地で採掘された硬い白っぽい石灰岩の層を活かして、山の斜面に掘られた地下洞窟(カーヴ)がワインの貯蔵に利用されてきました。
Le Cellia
現在はイベント会場およびレストランになっているこの建物は、12世紀末から13世紀初頭にシトー派のレイニー修道院によって設立されたとされる「シトー派の貯蔵庫 (Cellier cistercien, dit le Petit Reigny)」でした。ここに保管されたワイン樽は、ヨンヌ川の埠頭から筏に乗せられ、川を下ってパリまで運ばれていました。
ヴァンセロットの中を行く
石造りの建物が多いフランスですが、その石は当然ながら地域的なものなので、場所場所で材質や色が変わり、それが村の特徴にもなります。ここは石灰岩が採れるので、建物はみんな白っぽい色をしています。
ヴァンセロット付近の丘陵地
ヴァンセロットを出たらヨンヌ川とはお別れです。ここからは丘陵地帯を行きます。ということで、上り!
これより Irancy
葡萄畑が出てきました。道端の標識には『 Irancy(イランシー)』とあります。イランシーは原産地統制呼称『 AOC Irancy 』を持つ地域で、赤ワインを生産しています。
イランシーの葡萄畑
この斜面、けっこうきついです!
イランシーはシャブリ地区の南西に位置し、「赤のシャブリ」とも呼ばれる独特のテロワールを持ちます。これはシャブリと同様のキンメリジャン(Kimmeridgian)階の泥灰岩と石灰質土壌が特徴で、この貝の化石を多く含む土壌がワインに独特のミネラル感を与えます。品種としてはピノ・ノワールが主体で少量のセザールがブレンドされることもあります。
イランシーの葡萄農家
イランシーの村に入りました。この村は非常に小さいのですが、いきなりこんな立派な葡萄農家が出てきました。
イランシーのワインは若いうちはタンニンが強く感じますが、それは時間と共に溶け込み、ビロードのような滑らかさとしっかりしたストラクチャーを持つようになります。シャブリと共通する切れの良い酸とミネラルの旨味が、果実味との繊細なバランスを生み出しています。力強い肉料理や、タンニンと相性の良い、昨夜いただいたパテ・アン・クルートなどがよく合うとされています。
村役場
小さな村なのに、メリーさんの家(村役場)はとても立派です。 😁
イランシーの通り
石灰岩の外壁の家々が立ち並ぶ落ち着いた雰囲気のメインストリートを行きます。古い街の通りは馬車しか通らなかったので、これくらいの道幅があれば十分だったのですね。
こうしたところに、Domaine Colinot Irancy、Domaine Ferrariといったドメーヌが並びます。
サン・ジェルマン教会
サン・ジェルマン教会(Église Saint-Germain d'Irancy)の前に出ました。この教会も村の大きさからすると、とてつもなく大きく感じます。
この教会は複数の時代にわたって増改築が行われたため、様々な建築様式が混在しています。四角い鐘楼は12世紀末から13世紀初頭に建てられたと考えられ、初期のゴシック様式の特徴を持っています。
サン・ジェルマン教会内部
身廊も鐘楼とほぼ同時期のゴシック様式ですが、内陣は16世紀末に改築され、ルネサンス様式の装飾が見られます。
葡萄畑の中を上るサリーナ
イランシーを出て再び葡萄畑の中を上って行きます。
イランシーを見下ろす
1km少々上ると、葡萄畑に囲まれたイランシーの村が一望にできるようになります。
おっと、ここで空から冷たいものが。雨です。ちょっと強くなりそうなのでカッパを着込んで再出発です。
ビューポイントよりイランシーを望む
ル・ポトー(Le Poteau)の交差点まで上ると展望台がありました。周囲は霧がかかったようになっていて、さらに葡萄畑の中の木立が真正面にあるイランシーへの眺望を妨げています。ここは展望台より交差点付近からの眺望の方が良さそうでした。
ル・ポトーから北西へ
この展望台からは北西へ向かいます。
雨はほぼ降り止みました。
下にサン=ブリ=ル=ヴィヌー
見渡す限りの葡萄畑の中にサン=ブリ=ル=ヴィヌー(Saint-Bris-le-Vineux)村が見えてきました。
ソーヴィニヨン・ブラン?
『AOC サン=ブリ』はソーヴィニヨン・ブラン(およびソーヴィニヨン・グリ)種のみから造られる辛口の白ワインで、サン=ブリ=ル=ヴィヌーはブルゴーニュ地方で唯一、ソーヴィニヨン・ブラン種(Sauvignon Blanc)から AOC を取得していることで国際的に有名です。
葡萄畑のトラクター
葡萄畑からトラクターが出てきました。車体の上に葡萄の蔓が見えるので、おそらく草刈りをし、問題のある蔓を取り除いたのでしょう。
空っぽの穀物畑の中を行く
サン=ブリ=ル=ヴィヌーへ下ります。
周囲の畑は空っぽ。このあたりは葡萄以外には穀物や畜産関連の作物が多いようです。小麦や大麦といった穀物は7月までには収穫されるので、ここはそういった類のものを栽培していたのでしょう。
サン=ブリ=ル=ヴィヌー
サン=ブリ=ル=ヴィヌーの直前に道は上りになり、この坂道を上って村に入りました。サン=ブリ=ル=ヴィヌーはイランシーから見れば低いところにあるのですが、村自体は小高いところにあるのです。
この村名の「le Vineux」は「ブドウ畑のある」という意味で、フランス革命後に付け加えられました。これは歴史的なワイン生産への貢献を示しています。そのため、一般的にはこれを省略し、「サン=ブリ」と呼ばれることが多いです。
サン=ブリ=ル=ヴィヌーを行くサイダー
サン=ブリを特徴づけるテロワールの根幹を成しているのはシャブリやイランシー同様のキンメリジャン土壌で、これに由来するミネラル感と鋭い酸を持っています。柑橘類(グレープフルーツ、マンダリン)や白桃、そして黒スグリの葉を思わせるアロマがあり、牡蠣や甲殻類、山羊のチーズと非常に良く合うと言われています。
サン=プリ=エ=サン=コ教会
サン=ブリのサン=プリ=エ=サン=コ教会(Église Saint-Prix-et-Saint-Cot de Saint-Bris-le-Vineux)もまたとても大きな教会です。ゴシック様式をベースとし13世紀から16世紀にかけて建てられました。
特に15世紀から16世紀にかけて、この地域が経済的に栄えた時期に大規模な増築が行われました。複雑な石組みの窓(トレーサリー)や、フランボワイヤン様式(火炎式)と呼ばれる後期ゴシック特有の華やかな装飾も見られます。
サン=プリ=エ=サン=コ教会ファサード
これらの建物の外壁に使われているエレガントな明るいベージュから白の石灰岩は、「ピエール・ド・ブルゴーニュ(Pierre de Bourgogne)」と呼ばれるもので、この地域全体で特に白っぽい「リュテシアン」や「バトニアン」といった地質時代の石灰岩が利用されています。
この村の地下深くには、ワインセラーとして利用されている巨大な石灰岩の採石場跡であるトロゴディット洞窟(Troglodyte)があります。ここで切り出された石材は、パリのパンテオンを含む遠方の大規模建築にも使われたほどの良質なものです。
サン=ブリ=ル=ヴィヌーの通り
現在ブルゴーニュの多くの採石場は閉鎖されていますが、一部はブルゴーニュ石材として商業的に利用され続けています。
驚くことにこの村のセラーの中にはとても古くからのものがあり、ドメーヌ・ピエール=ルイ・エ・ジャン=フランソワ・ベルサン(Domaine Pierre-Louis & Jean-François Bersan)など、村の古い家屋の地下にあるセラーの一部は11世紀のものだそうです。
サン=ブリ=ル=ヴィヌーからシトリーへ
サン=ブリ=ル=ヴィヌーを出て少し下ると再び上りが始まります。ここは丘陵が連なっているのです。
シトリー
シトリー(Chitry)に入りました。
ここのAOCはブルゴーニュ・シトリー(Bourgogne Chitry)。村名アペラシオンです。シャルドネの白、ピノ・ノワールの赤、そして僅かながらピノ・ノワールのロゼがあります。
シトリーの通り
静かなシトリーの通りの先に教会が見え出しました。
サン=ヴァレリアン教会
サン=ヴァレリアン教会(Église Saint-Valérien de Chitry)です。
この教会の起源は古く、11世紀にまで遡るとされています。現在見られる教会の大部分は、12世紀から15世紀にかけて改築・拡張されたものであり、主にロマネスク様式からゴシック様式への移行期の特徴を持っています。鐘楼はロマネスク様式の要素を強く残した簡素で堅固なもので、この地域の初期の教会の特徴をよく示していますが、その中にゴシック様式の窓が見えます。ファサードにも装飾はほとんどなく、この村の歴史的な石灰岩を用いたシンプルで質実剛健な外観です。
シトリーのトイレ
海外の旅で困ることの一つにトイレがあります。近年の日本の都市部にはコンビニエンスストアがあり、これが公共のトイレの代わりを果たしていますが、こうしたものは海外にはほとんどありません。レストランやバーのトイレを借りることはできなくはないのですが、気兼ねなくというわけにはいきません。そして小さな村になるとそうしたものさえないところはいくらでもあります。
この村は教会の隣に公共のトイレがありました。フランスでは全国の公共トイレの場所を案内したアプリ ICI toilettes があってこれは役に立ちました。
要塞
トイレを済ませていざ出発。ここでうしろを振り返ってびっくり。教会の反対側が凄いことになっています。これはなんでしょう。この村の正式名称はシトリー・ル・フォール(Chitry-le-Fort、要塞のシトリー)です。この円筒形のずんぐりしたものは1380年に完成した要塞なのです。かつては全部で4つの塔があり、それらの周囲には深い堀があったそうです。その頃のブルゴーニュ地方では、教会が住民の避難所や防御拠点となるよう、石造りの要塞として強化されることがよくあったのだそうです。これはいわば天守閣ですね。
シトリー・ル・フォールをあとに
村を出ると教会の要塞がよく見えます。ここから、あれが教会だよ、と言われても、ちょっとピンときませんね。それだけシトリーの教会はかなり珍しい造りだと感じました。
シトリーからの上り
シトリーからもまだまだ上りは続きます。
シトリーを見下ろす
シトリー村が下に見えるようになってきました。ここから見てもその中の要塞教会は、やはり奇観を呈しているといってよさそうです。
風車とひまわり畑
止んでいた雨が再びパラつき始めました。ちょうどソレイユ高速道路の高架橋をくぐり抜けたところだったので、高架橋下に戻って雨宿り。10分ほどでこの雨は止んだので再出発です。
この高速道路の少し先が本日の最高標高地点です。そこには大きな風車がたくさん並び、その足元ではひまわりが黄色い花を咲かせています。
シャブリ展望所
ピークから少し下ったところにシャブリ展望所があります。ここはまだシャブリ地区ではありませんが、これより北東にその葡萄畑が広がります。
シャブリ展望所からシャブリ方面を望む
ランチ休憩
ここにはピクニックテーブルがあるのでランチ休憩にしました。
隣のテーブルで同じように昼食をとっていたのはオランダからやってきたサイクリストたちでした。
牧草地を行く
ランチのあとはシャブリへ直接入ってもよかったのですが、その西にあるベーヌ(Beine)に面白そうな博物館があるのを発見したので立ち寄ることにしました。
ということでここからは北へ進路をとります。道の周囲は葡萄畑から牧草地に変わりました。
森
そしていつしか森のような雰囲気のところになりました。ここは谷筋でもともとはこうした木々が生えた森だったのかもしれません。。
モンタルリー
モンタルリー(Montallery)という小さな村に入りました。ここはAOCではありませんが、いくつかのドメーヌ(ワイナリー)の所在地となっています。
モンタルリーからの上り
モンタルリーからはまたまた上りが始まります。そしてまた巨人の風車が現れました。これを見るとこのあたりは風が強い地域のようですが、今日はそうでもなくて助かりました。
ひまわり畑
この風車の足元にもひまわり畑がありました。みんなあっちを向いていますね。ひまわりは一般的には若い時期には太陽の動きを追って東から西へと向きを変える向日性を持ちますが、成熟して花を咲かせる頃には茎の成長が鈍化し、太陽を追う動きは停止し、東を向いたままになるのです。年をとったら首が回らなくなるのは人と同じですね。
ダウンヒル
このひまわり畑からはダウンヒル! 一気に豪快にベーヌへ下ります。
ひまわり畑が終わると周囲は再び葡萄畑に変わります。
ベーヌ
下にベーヌの村が見えてきました。
ベーヌのノートルダム教会
この村もとて小さいのですが、13世紀建造の立派なノートルダム教会(Église Notre-Dame de Beines)があります。16世紀に大規模な修復と改築が行われ、三つのヴォールトを持つ側廊が追加されたようです。南側の扉は教会の最も古い部分の一つでロマネスク様式、後陣は14世紀のものでゴシック様式の特徴を示しています。
Domaine Alain Geoffroy
この村の中にドメーヌ・アラン・ジョフロワ(Domaine Alain Geoffroy)があります。このドメーヌは「ブドウとコルクスクリュー博物館(Musée de la vigne et du tire-bouchon)」を併設しているので見学することにしました。
ブドウとコルクスクリュー博物館受付
博物館の受付は写真手前に見えるドメーヌの事務所棟ですが、博物館は向こう側に見える建物です。
多くのドメーヌが家族経営であるようにこのドメーヌ・アラン・ジョフロワもまたそうで、この時はアラン・ジョフロワ氏の娘であるカリーヌさんが対応してくださいました。
世界の顔型コルクスクリュー
ここはカリーヌさんのおじいさんが集めた世界中のコルクスクリューをはじめ、昔のブドウ園で使われた道具類など、様々なワイン関係の品々が展示されています。
葡萄摘み用の籠と鎌
古い映画などで見かけることがある葡萄摘み用の籠と鎌です。日本の茶畑で茶摘み籠を使うようなものですね。
固定式のコルク栓抜き
これはレストランや特別なところで使うものでしょうか。固定式の大型のコルクスクリューです。コルク栓抜きは現在は伝統的なスクリュータイプ以外にもたくさんの種類が開発されていますね。二枚のプレートでコルクを挟むものや空気圧で押し上げるものなどがありますが、私は携帯用のスタンダード、アングル(二つ折れ)式が好きです。
ワイン樽
シャブリは一般的にステンレス樽で醸造されますが、プルミエ・クリュ(1級畑)やグラン・クリュ(特級畑)などの上位のアペラシオンでは、ワインに複雑さと熟成能力を与えるために古いオーク樽や、ごく少量の新樽を使用する生産者もいます。このドメーヌでは古樹から収穫したワインはオーク樽で醸造しているそうです。
試飲カウンター
博物館の見学が終わったらシャブリの試飲コーナーが待っています。
ドメーヌの中には見学や試飲をさせてくれるところも少なくないのですが、多くの場合は予約制でちょっと敷居が高く感じます。特に私たちは自転車なので時間通りに進まないこともありますから。そうした私たちには、ここは予約なしに見学と試飲ができるのがありがたいです。
テイスティングするサリーナ
ここで提供されるワインのラインナップは以下。ブドウが収穫される畑のアペラシオン(AOC)と区画(テロワール)、そしてブドウの樹齢によって格付けされ、それぞれ個性が異なります。
- プティ・シャブリ
- シャブリ
- シャブリ ヴィエイユ・ヴィーニュ
- シャブリ プルミエ・クリュ ボーロワ
- シャブリ プルミエ・クリュ ヴォー リニョー
- シャブリ プルミエ・クリュ フルショーム
- シャブリ プルミエ・クリュ ボーロワ ヴィエイユ ヴィーニュ
- シャブリ グラン・クリュ・レ・クロ
- シャブリ「シグネチャー」
- シャブリ プルミエ・クリュ ボーロワ「シグネチャー」
- ブルゴーニュ ピノ・ノワール
- ブルゴーニュ シャルドネ
シャブリ価格表1
| 格付け(AOC) | 特徴 |
|---|---|
| プティ・シャブリ | 最も下の階層。シャブリの中心地から外れた場所(高原やポーランド階の土壌)で造られます。軽く、フルーティでフレッシュな、早飲みタイプのワイン。 |
| シャブリ | 中核的な格付け。キンメリジャン土壌で造られ、シャブリらしいミネラルと酸味、フレッシュさが特徴。最も一般的なシャブリ。 |
| シャブリ プルミエ・クリュ | 一級畑。キンメリジャン土壌の最も優れた斜面(クリマ)で造られ、複雑性、凝縮度、熟成能力が格段に向上します。 |
| シャブリ グラン・クリュ | 最上位の格付け。最高のテロワール(サン・マルタン・デュ・テルトル丘陵の南西向き斜面)で造られ、豊かで複雑、長期熟成に耐える別格のワイン。 |
シャブリ価格表2
シャブリのプルミエ・クリュはセラン川(Le Serein)を挟んで右岸と左岸に分かれ、それぞれ異なる傾向を持ちます。右岸のクリマ (Rive Droite) はシャブリ村の東側に位置し、より豊かで力強いワインを生む傾向があります。左岸のクリマ (Rive Gauche) はシャブリ村の南西側に位置し、より軽やかで、シャブリらしい硬質なミネラル感が際立つ傾向があります。
樹齢による区別としてヴィエイユ・ヴィーニュ (Vieilles Vignes / V.V.) があります。ヴィエイユ・ヴィーニュは「古木」を意味し、樹齢が高くなると収穫量が減る代わりに、ブドウの根が地中深くまで張り、ミネラルをより豊かに吸い上げます。その結果、ワインは凝縮度が高く、複雑で深い味わいになります。
以上のほか、ドメーヌ独自の呼称があります。ここでは「シグネチャー」 (Signature) がそれに相当します。これはフランスのAOC制度に基づく正式な格付けではなく、ドメーヌが独自に最高のキュヴェ(タンクや樽)を選び抜き、「ドメーヌの代表作」としてリリースする際に付けられる名称です。特定の樽で熟成させたり、最高のブドウのみを使ったりすることで、そのドメーヌの理想とするスタイルを表現しています。
| 区画(クリマ) | 特徴 |
|---|---|
| シャブリ プルミエ・クリュ フルショーム (Fourchaume) | 傾向:豊かさ、果実味、複雑性 テロワール: セラン川の右岸で最も広く、最も有名なクリマの一つです。日当たりが良く、土壌の構成も非常に優れています。 個性:若いうちから開いて飲みやすい果実味(リンゴ、洋ナシ、ハチミツ)と、特級畑に近いリッチさを持ちます。凝縮度が高く、長期熟成に耐えるポテンシャルがあります。 |
| シャブリ プルミエ・クリュ ボーロワ (Beauroy) | 傾向:繊細さ、ミネラル、フィネス テロワール:右岸の北側に位置し、一般的に冷涼な斜面が多くなります。 個性:エレガントで繊細なスタイルが特徴です。アロマはフローラルで控えめですが、口に含むと塩味(ミネラル)と優れた酸が際立ちます。フィネスがあり、純粋なテロワールの表現を好む愛好家に好まれます。 |
| シャブリ プルミエ・クリュ ヴォー リニョー (Vau Lignau) | 傾向:爽快さ、軽やかさ、ピュアな果実味 テロワール:比較的南向きの斜面を持ちながらも、左岸らしい硬質なミネラル感を持っています。 個性:プルミエ・クリュの中では比較的軽快でアロマティックです。ピュアな柑橘系の果実味と生き生きとした酸が特徴であり、比較的若いうちから美味しく楽しめます。 |
AOC(原産地統制名称)に基づくワインの格付けのピラミッドの頂点に位置するグラン・クリュですが、シャブリ・グラン・クリュ・レ・クロ(Chablis Grand Cru Les Clos)の「レ・クロ」は、フランス語で「囲まれた畑」または「壁で囲まれた区画」を意味します。これはブルゴーニュ地方のブドウ畑で使われる歴史的な名称であり、シャブリ・グラン・クリュの中で最も大きく(約25ha)、最も有名で、最高品質のワインを生み出すクリマ(特定区画)の名前です。セラン川右岸の丘陵地にある7つのクリマの中で最も歴史が古いもので、完璧な南西向きの斜面に位置しており、ブルゴーニュ北部という冷涼な気候でありながら日当たりを最大限に享受できます。非常に古いキンメリジャン土壌が深く広がり、ミネラルを豊富に含みます。この完璧な条件により、長期熟成能力に優れ、豊かで複雑、凝縮度が高く、力強い骨格を持つ、シャブリ・グラン・クリュの模範的なワインが生まれます。「レ・クロ」は、シャブリ・グラン・クリュの七つのクリマの中で筆頭に挙げられ、その名称自体が最高の品質と歴史的権威を象徴しています。
クロの門
見学と試飲とを終え、ドメーヌ・アラン・ジョフロワをあとにします。ここからはシャブリ中心部へ向かいます。
すると道端にこんな石造の門が現れました。このうしろに見えるような石垣でなどで囲まれた区画がクロで、中には入口にこうした立派な門を持つところもあります。
ベーヌからシャブリへ向かうサリーナ
ベーヌからシャブリへは立派な県道が続いていますが、私たちは葡萄畑の中の細道を行きます。
これはしばらく地道ですが、シャブリまではほぼ下りなので問題なし。
シャブリワインの個性を特徴づけているのはテロワールの核である土壌で、これはこれまで何度か取り上げてきましたが、泥灰岩(マール)と石灰岩(カルケール)の混合物で構成されている「キンメリジャン(Kimméridgien)階」と呼ばれる地層に由来します。
ベーヌ付近の葡萄畑
この泥灰岩には、約1億5000万年前のジュラ紀後期(キンメリジャン期)に生息していた海洋生物の化石が豊富に含まれています。特に小さな牡蠣の化石(Exogyra virgula)が多く見られ、この豊富な海洋性堆積物と石灰質が、シャブリワイン特有のシャープで切れ味の良い酸味と、「火打石」や「ヨード」を思わせる硬質なミネラル感を生み出します。これが、他のシャルドネワインとシャブリを区別する最大の要因です。
シャブリが牡蠣に合うのは土壌に牡蠣の化石が含まれているからという、なんだか当たり前といえば当たり前の事実によるのです。
白牛さん
葡萄畑の間に白牛さんがいました。
シャブリ地域はワイン生産が圧倒的に有名ですが、フランスの広大な農村地帯の一部であるため、ブドウ畑の間に広がる平地やブドウ栽培に適さない丘陵地帯では、伝統的な農業(穀物)や畜産も行われています。ブルゴーニュ地方は高品質な肉牛品種であるシャロレー種(Charolais)の発祥地として有名です。あの白い牛がシャロレー種でしょう。
地道を行くサイダー
農作業用の車が頻繁に通るのか、この道の土は固く締まっていてとても走りやすいです。ダートもこんな道だとうれしいです。
これよりシャブリ
道端にシャブリの文字が現れました。これよりシャブリ村です。
茶色の牛さん
今度は茶色の牛さんが登場。色も体つきからしてもシャロレー種ではありませんね。茶色の牛さんの代表選手はサレール種(Salers)というものです。それかな?
再びダート
あれ、またダートになっちゃった・・・
セラン川
シャブリの中心部にやってきました。そこを流れるのはシャブリの葡萄畑を二分するセラン川です。思ったよりずっと狭い流れです。
今宵の宿
ここでいったん宿に立ち寄って荷を解きます。この宿は民泊で居間は共同なのですが、2部屋しかなく、もう1組はここはまったく使わなかったので私たちの専用でした。
一息入れたらシャブリのグラン・クリュ畑を見に出かけます。
県道から展望台のある丘を見る
それに最適な場所は、街の中心から北東2kmほどのところにあるシャブリ・レ・クロ展望所(Table d'orientation Chablis les clos)です。
それはあの森の中にあり、シャブリの葡萄畑が一望にできるといいます。今見えている葡萄畑がシャブリ・グラン・クリュ・レ・クロです。
展望台へ上る
この県道から展望台までは激坂でした〜
これまではあまり激坂がなかったので押すシーンはありませんでしたが、ここはギブアップ。よろよろと自転車を押し上げます。
グラン・クリュ・ブランショ
この進行右手の畑は、同じシャブリのグラン・クリュでもブランショ(Blanchot)で、傾斜のきつい斜面で作業が困難であることで有名なところです。南東斜面であるため朝日の恩恵を受け、ブドウはゆっくりと熟し、収穫は通常は隣のレ・クロの後に行われます。このワインは香りがとても高くフィネスに富んでいます。しばしばグラン・クリュの中で最もエレガントでミネラリー、そして繊細であると評されます。
展望台よりシャブリの街とグラン・クリュ畑をを望む
シャブリ中心部
壮観! シャブリのグラン・クリュ畑はこの下にその7つの区画すべてが並んでいます。
シャブリ地区には固有のテロワール名を持つ区画は47あり、そのうちプルミエ・クリュが40、グラン・クリュが7です。そして全体に占める栽培面積はプルミエ・クリュが14%であるのに対し、グラン・クリュはわずか1.8%に過ぎません。
グラン・クリュ畑を行くサイダー
グラン・クリュ畑の眺めを楽しんだら、その間をちょっと走って街へ下ります。
小さいスラン川
スラン川はシャブリの街の入口で2本に別れていました。こちらは小さい方のスラン川。街の入口になる橋はどこもきれいな花で飾られています。
ドメーヌ・ラロッシュ
世界的に有名なシャブリですから街にはたくさんドメーヌがあります。私たちの宿のすぐそばにドメーヌ・ラロッシュ(Domaine Laroche - L'Obédiencerie )がありました。有名なドメーヌだけありその建物も歴史的なものです。オベディアンセリ(L'Obédiencerie)は元々は「修道院長の従順の場」という意味で、中世において教会の修道士たちが修道院長に服従し、特定の職務を行うために使われた建物や区画を指します。ラロッシュの本拠地であるこの建物は9世紀に遡る歴史を持ち、かつてはサン=マルタン・ド・トゥール修道院が所有していた、シャブリにおけるワイン醸造と貯蔵の拠点でした。この地下には、10世紀から12世紀にかけて掘られた非常に古い修道院のワインセラー(貯蔵庫)が存在します。これらのセラーは、シャブリのワインの熟成に理想的な環境を提供してきました。ラロッシュ家は、1850年頃からこのシャブリの伝統の中心地で活動を始め、オベディアンセリを拠点としています。現在も、ここでグラン・クリュなどの最高級キュヴェの熟成が行われています。この建物はシャブリワインの歴史的権威と伝統を象徴する存在となっているのです。
サン=マルタン教会
オベディアンセリの前にはシャブリ村の中心的な教会であるサン=マルタン教会(Église Saint-Martin de Chablis)が立っています。オベディアンセリは、かつてサン=マルタン・ド・トゥール修道院の領地の一部であったため、その修道院に捧げられた教会と至近距離にあるのです。
この教会は12世紀に修道院の隣に建てられたと考えられています。 百年戦争(14世紀〜15世紀)の際に破壊され、その後、15世紀にゴシック様式で再建されました。主に後期ゴシック様式の特徴を持っていますが、中世からの歴史を示す古いロマネスク様式の要素も残されています。
レ・ジャルダン・ド・クロード
いったん宿に戻り、夕食の買い出しに出ました。商店街の角にあるレ・ジャルダン・ド・クロード(Les Ja dins de Claude)というちょっとしゃれた八百屋に入りました。店先に置いてあるカゴにトマトを入れたら、このカゴは売り物ですからこちらをお使いくださいと別のカゴをくれました。おしゃれなカゴだとは思ったけれど、売りもだったとは。(笑)
トマトとレタスを買い求め、奥を見るとチーズがたくさん置いてあったのでシャブリに合うものを教えてもらいました。
エポワス
その中にドメーヌ・アラン・ジョフロワのカリーヌさんが言っていたエポワス(Époisses)があったので、これをチョイス。エポワスはここから南東へ約100km離れたエポワス村で作られる非常に有名な個性的なウォッシュタイプのチーズです。その強烈な風味ととろけるような食感で知られ、「チーズの王様」と称されることもあります。
フランスのチーズを日本で買うと目が飛び出るような価格になりますが、円安のこの時でも、フランスではチーズは安い方だと感じます。価格もありますが、その品質を考えると、夢のような世界です。
エポワスをつまみにシャブリを飲む
さっそくアラン・ジョフロワで買ったシャブリを開け、エポワスをいただきました。たしかにこのチーズは旨い! くせになりそう。そしてやっぱりシャブリが旨い! 牡蠣があったらもっとよかったな〜
ブルゴーニュサイクリングの初日は雨の洗礼を受けましたが、そう強くなかったので助かりました。葡萄畑の丘陵地は眺めがよく、坂もそれほどきつくないので私たちにはぴったりのコースでした。それにしてもこんなに長い時間葡萄畑を眺めたのは初めてかもしれません。シャブリ、最高です!
さて、明日はシャブリを立ち、コロンバージュ(木骨造)の家が立ち並ぶフランスで最も美しい村の一つに数えられるノワイエ=シュル=スラン(Noyers-sur-Serein)を経て、世界遺産ベズレー(Vézelay)の入口となる街アヴァロン(Avallon)に入ります。
