旧市街のパン屋
朝はまず早起きサイダーのパンの買い出しから。
まだ薄暗い午前6時過ぎ、旧市街にあるパン屋さんの店先には暖かい明かりがともり、すでにオープンしています。フランスのパン屋さん凄いです。
バゲット
買ってきたのはバゲット。1本€1也。食事の基本に嬉しい価格です。そして綺麗なクープ(切れ込み)が6つ入り、くるっと巻いた包装紙もオシャレ。
焼きたてバゲットで、早速朝食用と弁当用のサンドイッチをつくります。
旧市街を通る
今日は、世界遺産の丘の上の教会のあるヴェズレーへ、往復する行程です。
朝8時過ぎに出発したのでまだ肌寒い。黒い上着を羽織って旧市街の塔の下を通り過ぎるサイダー。
アヴァロン南端の城門
教会の前を通り、さらにまっすぐ進むとアヴァロンの町の南端に出ます。
見張り塔のある城門を出ると、視界が大きく開けます。
谷へ下る
その先はクーザン川の深い谷。そして、遠景には緑の丘陵地が広がっています。
アヴァロンはこの地形がつくりあげた要塞都市だなあと感じつつ、急勾配を谷へ下りていきます。
クーザン川に架かる橋
坂をどんどん下っていくと、最後に橋を渡ります。この橋の下がクーザン川。
このまま進むのかと思ったら、『川沿いに道があるはず。通ってみよう~』とサイダーが川岸の地道へ下り始める。『またこのパターンか。。』とサリーナ。
川岸の芝生を進む
最初は緑の芝生の間を進みます。ダートだけど、これなら走れるねえ。
なんて、まあそう甘くはいきません。
倒木を跨ぐサリーナ
すぐに森に入り、自転車で進むのが難しくなってきました。
朽ちた小さな橋を渡ったり、自転車を担いで倒木を跨いだり、障害物レースの様相を帯びてきました。
川沿いを行く
木漏れ日に川のせせらぎ。周辺の雰囲気はすごくいいのですが、どう見てもハイキングコースで自転車はほとんど押し。
途中出会ったのは、犬の散歩がてらトレイルラン中の女性1人のみです。
橋を渡って地道脱出
サリーナの猛抗議を受けて、橋を渡り地道を撤退。右岸側の舗装路を行くことにします。
右岸側の舗装路
クーザン川の右岸側の舗装路は、水辺の緑も多く車の通行が少なくて快適な道でした。
『最初からここでよかったじゃん』とブツクサつぶやくサリーナ。
ポントベール
そんなこともありましたが、気持ちよく川沿いを3kmほど走ったら左折して幹線道路に入ります。ここでクーザン川とはお別れ。
そして、最初の村はポントベール。通り沿いの塔のある教会は、12世紀末から13世紀初頭にかけて建設されたノートルダム・ド・ナティビテ教会(Église Notre-Dame-de-la-Nativité)です。
村を出ると牧場
小さな村を過ぎると、すぐにあたり一面牧草地。牧場では白い牛たちが朝ごはんの真っ最中です。
ヴェズレー道路を走る
この道路は、ヴェズレーに向かうその名も『ヴェズレー道路』。
しばらくは緩いアップダウンがありましたが、
暑くなってきた
8kmを過ぎたあたりから上りが始まりました。
幹線道路には木陰もほとんどなく、快晴の日差しを背に受けて暑くなってきました。道端に停まって、上着を脱いで再スタート。
十字架の道標
3kmほど進んだら大きな十字架があり、ここで上りは終了。
ヴェズレーは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道の起点の一つです。この十字架はヴェズレーへ向かう巡礼者のための道標なのでしょう。
フォンテット
十字架から、今度は下り。
気持ちよく下って最初の村のフォンテットをビューンと通過。
ヴェズレーが見えた
そして道は左へ緩いカーブを描き、正面右手に丘が現れました。あの丘の上が目的地のヴェズレーです。
その時、『しまった~!』と叫ぶサイダー。実はフォンテット村のすぐ後で右折し、ローカルな道を通ってヴェズレーの丘を正面から眺める計画だったのです。
でも、気持ちよく下ってきたから戻りは上り、それはやだね~。このまままっすぐ幹線をヴェズレーに向かうことにしました。
サン=ペール
下り終えたところはサン=ペール。ここで橋を渡ります。
キュール川
橋の下を流れる川はキュール川(Cure)。森や渓谷の自然に囲まれた美しい川で、カヌーでの川下りが人気の場所だとか。
ヴェズレーの丘の南を走る
道路はヴェズレーの丘の南を回り込んでヴェズレーの入口へと向かいます。
右手の丘を眺めながら進んでいくと、
ヴェズレーの入口到着
ヴェズレーの入口に到着。時刻は10時25分。約2時間かかっています。付近にいた人たちが『自転車でよく来たね~』と笑顔を見せてくれました。
さて、ここからは丘の上り。
インフォで停車
丘に入ってすぐにツーリストインフォメーションがあったので停車。ここで詳しい地図をもらいます。
世界遺産の場所だけあって、観光客が結構通りを歩いていました。
ヴェズレーの丘への道
ここからは、私たちも丘の上までゆっくり自転車を押して歩きましょう。
この上りの一本道が巡礼の起点の教会へと続いています。
丘へ上る
ヴェズレーは、9世紀末に教会が建てられマグダラのマリア(サント・マドレーヌ)の聖遺物が運び込まれたことで、重要な聖地となっていきます。
自転車を押しながら街並みを楽しんでいるサリーナ。
帆立貝を付けた巡礼者たち
そして11世紀になると、ここはスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の中継地(起点)として、多くの巡礼者が訪れるようになりました。
私たちを追い越して旗を背負った人と共に歩くグループは、帆立貝を身につけています。帆立貝は聖ヤコブ(サンティアゴ)の象徴であり、中世から続く巡礼のシンボルなのです。
地面の帆立貝のマーク
そんなわけで、この丘への道にも帆立貝のマークが埋め込まれています。
ここから巡礼の道が始まるよ、という合図にも見えますね。
聖火ランナーのサイン
ところで、地面には他にこんなペイントも。
昨年夏2024年7月11日に、パリオリンピックの聖火ランナーがここを走ったのでしょう。
道の正面に塔が見えた
坂道の正面に塔が見えてきました。サント・マドレーヌ大聖堂の塔です。
この道の両側にも石造の立派な邸宅が並んでいます。巡礼の起点として賑わった村の往時の雰囲気が伝わってきます。
マドレーヌ広場と大聖堂
大聖堂前のマドレーヌ広場に出ました。
時刻は11時少し前。その時、教会の鐘が広場に響き渡りました。すると、広場に大勢いた人々が教会の中へと吸い込まれていきます。鐘は11時からのミサの合図だったのです。
大聖堂のファサード
サント・マドレーヌ大聖堂のファサードは、1層目は半円形のアーキボルトに浮き彫りが施されたロマネスク様式ですが、2層目は頂点の尖ったゴシック様式に見えます。塔は右側だけ。左にも建てる予定だったのか?
この大聖堂は11~12世紀に建てられたロマネスク建築ですが、12世紀末にゴシック様式で改築されました。
ファサードのティンパヌム
その後、教会の建物は破壊行為や放置などで一時荒廃していましたが、19世紀に建築家・建築理論家であるヴィオレ・ル・デュクが修復しました。
このファサードのティンパヌムの浮き彫りは、19世紀の修復によるものだそうです。
教会の内陣
教会の中に入ってみると、ミサが行われており美しい合唱の声が流れてきました。邪魔にならないよう、静かに見学しましょう。
ロマネスクの教会といえばこぢんまりした暗い空間がイメージされますが、この2色の石のアーチが連なる内陣は、12世紀のゴシック様式での改修によって上部の窓から光が差し込み明るい空間になっています。奥の後陣(アプス)は光溢れるゴシック。
アーチの並ぶ側廊
この教会の大きな見所は、ロマネスクの彫刻です。身廊と側廊を隔てるアーチの柱頭を飾るロマネスクの彫刻は100点にも上り、さまざまな寓話や聖書の物語などが表現されています。
いろいろな怪物が繰り出す恐ろしいシーン、何やら男女のシーンなど、なかなかに楽しくて(?)つい見入ってしまいます。
柱頭1
これは、逆さにぶら下がった少年が大鷲にいじめられているシーン。
『フランス ロマネスクを巡る旅』(中村好文・木俣元一著、新潮社)によれば、大鷲はゼウス、少年はガニュメデ、左で頭を抱えているのは少年の父。ギリシア神話による情景とのこと。
以下、柱頭1~4の説明はこの本を参考にしています。いずれも1120~30年頃のものだそう。
柱頭2
こちらの柱頭、左の剣で自らの胸を刺している男は『絶望』。ちょっと見えにくいですが、右の角の女性は『淫乱』の罪に苦しむ姿だそうで、蛇に巻きつかれています。
柱頭3
これは、左の楽士に音楽を奏でさせながら女性といちゃつく悪魔。髪を逆立てた悪魔の股間には蛇が噛みついています。
柱頭4
左の柱頭は、粉を挽く男たちに見えますが、実は左はモーゼ、右は聖パウロで、挽き臼がイエス・キリストだとか。旧約聖書の教えを新約聖書に変えているところだそうです。
右の柱頭は参考文献になかったので内容はわかりませんが、中央に赤ん坊、その両側は両親でしょうか。
柱頭5
これは、男性が怪物に髪を掴まれ、腕を引っ張られ、海老反りになって苦しめられているようです。
柱頭6
こちらは、動物(ライオンか?)に乗った男性。あるいは、動物の口の両端を掴んで戦っているのか。
ともかく、まだまだいろいろ面白い柱頭彫刻がありましたが、このあたりで柱頭の紹介はおしまい。
ミサが行われている
ミサの間はアプスの方には入れないので、ここで一旦外に出て後ほどまた来ることにします。
内陣では厳かな雰囲気でミサが続いていました。
聖堂の側壁
大聖堂の南の中庭に出てみると、側壁に飛梁が続いています。
19世紀にヴィオレ・ル・デュクが修復を依頼された時には、ゴシック様式への過渡期の建築として構造的欠陥があり、側壁が外側に開いてきている危機的な状況にあったそうです。壊れる前に修復されたことに大感謝ですね。
丘の上のテラス
大聖堂の中庭を出た南には庭園がつくられ、花壇にはバラの花が咲いています。(TOP写真)
その先にはテラスがあり、ヴェズレーの丘の回りの景色を一望することができます。パッチワークの牧草地や畑、小さな村。先ほどヴェズレーの入口まで通った道も見えます。
大聖堂後ろの公園
そして、大聖堂の後ろ側は公園になっており、南から東への丘の回りの広い景色が見渡せます。木陰にはベンチもあり、『ここでお昼の弁当にしよう』と決定。
メゾン・ジュール・ロワ
しかし、この丘の上には飲み物を買えるコンビニはありません。『確か、インフォの近くにコンビニがあったよね』と、自転車を置いて徒歩で飲み物を買いに行きます。
せっかくなので、来た時とは違う道を通って坂を下りましょう。途中にあった写真の建物は、作家ジュール・ロワが住んでいた家とのことで、『メゾン・ジュール・ロワ』という博物館になっています。
エコー通り
この道は、ヴェズレーの丘の北端を通るエコー通り。
静かな裏道といった感じで、建物の下を潜ったりして面白い。
大聖堂のアプスの外観
そしてコンビニで飲み物をゲットしたら、再び丘を上って大聖堂の後ろの緑の公園でランチです。
写真は大聖堂の後ろ、アプス部分の外観を公園側から見たところ。これはまさにゴシック様式ですね。
拝廊から身廊への門
昼食を終えたら再びサント・マドレーヌ大聖堂に入ります。
まずは、大聖堂のナルテックス(拝廊)から身廊に入る門のティンパヌムを見なければいけません。
ティンパヌムの彫刻
この門のティンパヌムこそ、ロマネスク彫刻の傑作と言われる『使徒への聖霊降臨』。キリストの両手から光の筋が伸び、左右の使徒たちの頭へ注いでいます。これは、使徒たちが聖霊を受け、異国の言葉を話す能力を得て世界中へ布教に赴く瞬間を表現しているとか。
キリストの足元や周囲の枠にいるのは、福音を伝えられるべき世界の諸民族。中には巨大な耳を持つ人、犬の頭を持つ人など『キリスト教を知らない野蛮な民』が怪物のような姿で描かれているのです。
地下聖堂
次に、祭壇の脇の小さな階段を下りて地下聖堂に入ってみましょう。これは1165年に再建されたもので、低い天井を太い柱が支えるロマネスク様式の静かな空間です。
マグダラのマリアの聖遺物箱
そこには、マグダラのマリアの聖遺物が安置されています。この聖遺物は13世紀に別の場所で発見されたとして真贋論争が起き、以降ヴェズレーの人気が廃れたという歴史もあったようです。
現在見られる黄金の聖遺物箱は1860年につくられたもの。
キーストーンに描かれたキリスト
そして、天井の交差リブが交わるキーストーンには、キリストが描かれています。
キリストは玉座に座り、右手を挙げて祝福を与え、左手には福音書を抱える伝統的な『全能者キリスト』の姿です。
丘の北側の森を下る
ヴェズレーの観光はこれにて終了。大聖堂の後ろ側から町を出て、ヴェズレーの丘の北側を通って丘を下ります。
森の中の一本道、丘の形をなぞるように城壁の外を走っていきます。
ヴェズレーの入口に戻る
そして、来た時に通ったヴェズレーの入口に戻ってきました。
ここからは、幹線を避けて田舎道を通って帰りましょう。
ローカルな道を行く
ヴェズレーから南西へ、ほとんど車の通らないローカルな道を行きます。
道の左右には高低差があり、片側は石積みの擁壁となっています。
東へ進む
しばらく走ったら東へと向きを変え、相変わらずのローカル道を、牧草地や木々の間を駆け抜けていきます。
サン=ペールの中心部
すると、建物が現れ集落に入ったようですが、何やら人が集まっている場所に出てきました。
ここは、来る時にキュール川を渡って入った村、サン=ペールの中心部ですが、今日はこの一帯でマーケットが開かれているようです。何を売っているのかな~と自転車を下りて散策。
ノートルダム教会
マーケットエリアの中心にあったのは、ノートルダム教会。13~15世紀に建てられたゴシック様式の壮麗な教会で、13世紀の鐘楼の高さは50mにもなります。
この教会も、老朽化の進んだ19世紀半ばにはヴィオレ・ル・デュクが修復に携わったとのことです。
マーケットの店
道端に広げられたお店では、おもちゃ、置き物、衣類、陶器などが並んでいました。
こちらのお店はノミ、金槌など工具から、なぜかラッパまで。
牛たち
マーケットを十分冷やかした後はキール川を渡り、田舎道を通りながらアヴァロンを目指します。
川を渡ったあとは緩い上り。周囲の牧草地では牛たちが思い思いに草を食み、
後ろにヴェズレーの丘
振り返れば、ヴェズレーの丘の頂上へと続く街、そして大聖堂が小さく見えました。
田舎道を進むサリーナ
田舎道をどんどん進みます。後ろのヴェズレーの丘はどんどん小さくなっていきます。
ウッシー
下りになったと思ったらまた上り。丘陵地は意外にアップダウンがあります。
そして、小さな村ウッシーに着いたところで方角を北東に変えます。
森の中を進む
牧草地と森とが交互に現れる道をどんどん進んでいくと、44kmのあたりから下りが始まります。
アヴァロンが見えた
どんどん下っていくと、正面の丘の上に建物や塔が見えてきました。ついにアヴァロンが見えた~
しかし、勢いよく下っていますがアヴァロンは丘の上。わかっちゃいるけど、最後は上りが待っています。
アヴァロンの南の城門
というわけで、クーザン川を渡ったら、今朝下った道を今度はわっせわっせと上ります。
ようやくアヴァロンの街の入口、南の城門に辿り着きました。
アヴァロン旧市街に到着
城門を通り抜けたら、懐かしいアヴァロン旧市街。
細かいアップダウンで意外に疲れましたが、今日はさすがの世界遺産、ヴェズレーの丘と教会をじっくり楽しむことができました。
夕食はステーキとパスタ
16時ちょうどに宿に到着。しばらく休憩したら、今日も夕食の買い出しです。『今日はステーキにするか~』とミニスーパーに行くと、肉はパウチに入ったものしかありません。
ままよ、と『パウチ牛肉』を買って、晩御飯はステーキとツナトマトパスタ。そのパウチ牛肉、まあお肉の味はしますが、見た目の先入観もあるのか、どうしても人工的なものを感じてしまいます。
さて、明日はモンバールへ移動。見所は、モンバールの少し先にあるフォンタネー修道院です。
