扁平なモモ
今朝もサイダーは早起き。パン屋さんで焼きたてパンを買ってきました。
そして、今日の果物はモモ。フランスには扁平なモモがあって、日本のモモより小さいけど甘くてとても美味しいです。
アヴァロンの中心部
今日はモンバールまで走り、そこからフォントネー修道院を訪ねます。9時前に宿をスタート。2泊したこの宿は静かで快適で、とてもいいところでした。
アヴァロン出発にあたって、中心通りにある銅像にご挨拶。この方は、要塞設計と攻城戦に革命をもたらした17世紀の軍事技術者、セバスチャン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン。この地域出身で、アヴァロンから南へ20kmほどのバゾッシュ村に彼の居城だった城があるそうです。
木々の中を走る
アヴァロンの東側で丘を下っていきます。下ったあとは、しばらくクーザン川に沿って走ります。
このあたりは、木々に覆われた静かで涼しげな道。気持ちよく進んでいきます。
マニーに到着
6kmあたりでクーザン川と別れ、どんどん東へ。
森の中の快適な小道を進んでいくと、突如森が開けて高い教会の塔が現れます。マニーに到着。
牧草地を行く
ここからは、牧草地・畑が広がる丘陵地を駆け抜けます。
そして、牧草地をしばらく走ったら、その向こうに茶色い建物群が見えてきました。
モントレアル村の下の門
そこはモントレアル。石造りの低層の家が連なる村に入り少し左へカーブすると、石の塀の先に門が見えました。
これは村の歴史地区の入口『下の門』(Porte d'en Bas)。この村は6世紀に起源を持つとされ、十字軍の時代には商業の街として発展した歴史あるところです。
村の道を上る
門を潜って村の丘への道を上っていきます。
道の両側には茶色い石造りの家並みが並び、ときおり家の前に小さな庭がつくられているのも楽しい。
中世の雰囲気の村
中世に迷い込んだような家並みが両側にずっと続きます。
絵のように美しく楽しい道ですが、勾配はかなりキツい。このあたりからはゆっくり押して上りましょう。
窓辺のネコちゃん
石壁の窓辺で私たちをチェックしていたのは、黒と白のネコちゃん。何だか威厳を感じますね。通らせてくださいね~
十字架と要塞の壁
さらに上ると、丘の上の教会へと十字架が導きます。
村の頂上は要塞でもあり、それを囲む石塀の角には監視塔の基礎部分が残っていました。
上の門を潜る
そして、『上の門』(Porte d'en Haute)を潜るとそこが丘の頂上。
広場になっている頂上にはかつて城塞があり、また12世紀には現存するノートルダム教会が建てられました。
丘の上からの景色
丘の上からは、緑の丘陵や牧草地が見渡せます。
見晴らし台にあった解説によれば、写真の上左に見える塔はティジー城(Le château de Thizy)。かつては修道院で、1372年に要塞城となったそうです。また手前中央は、円塔と要塞の門が今も残るシェリシー農場(La ferme de Chérisy)。
伝承によると、地域の領主たちは狼煙で互いに連絡を取り合い、その情報は各地からスミュールやアヴァロンへと伝わっていったとか。
ノートルダム教会
では、この丘の上にあるノートルダム教会を訪ねてみましょう。
ラテン十字形の平面を持つ教会堂の外観は簡素で、正面と両翼に大きな薔薇窓が設けられています。
教会の内部
12世紀後半に建てられた教会の内部は初期ゴシック様式。
身廊の高いリブヴォールトにより、上部の窓から光が差し込む明るい空間となっています。
16世紀の木造彫刻
そして、聖歌隊席には16世紀の木造彫刻があります。写真の彫刻は、東方から来た賢者たちが幼子イエスに捧げ物をしているところ。
他にも、神殿でイエスを紹介するマリアとヨセフの彫刻や、聖書のさまざまな場面を描いたレリーフなどが聖歌隊席を飾っています。
平原を北東へ向かう
モントレアルで中世の雰囲気に浸った後は、先ほど丘の上から眺めた平原を北東へ向かいます。
周囲は牧草地が広がり、
白い牛たち
その中で白い牛たちが草を食んでいる姿を見かけます。
サンティニーに入る
気持ちのいい丘陵地の小道を走り、牛さんたちの水飲み場を過ぎたら、そこに次の集落が現れました。
ここはサンティニー。
サンティニーの教会
そろそろ12時、どこかでお昼の弁当にしましょう。集落の中心に高い塔の教会があったので、その足元をお借りすることにしました。
サンドイッチを食べていたら、教会から出てきたおじさんが『ボナペティ』と笑顔を見せてくれました。
ひまわり畑
サンティニーを出て幹線の直線道路をしばらく走った後、脇道へ入ります。
そこは、楽しいひまわり畑でした。花がみんなこちらを向いていて、いい感じ。
刈り取った藁
さらに進むと、そこは一面刈り取った後の牧草地のようです。その道の脇に藁の束がうず高く積まれ、頑丈な壁のように立っていました。
牧草地では、刈り取ってロール状になった藁をよく見かけますが、塀のように積まれたものは初めて見ました。
白い石壁の建物
次の村の入口に差しかかったところに、白い石壁の建物がありました。
自転車を停めて中に入ってみると、
洗濯の水場
そこは洗濯の水場。日陰の少ない牧草地を走って暑くなっていたので、ここで水を被らせてもらいました。
これまで何度かこんな洗濯場を目にしましたが、今も洗濯に使っているということはないですよね? どんな使い方をしているのでしょうか。
ひまわり畑を通る
再び出発。牧草地を通り、林の中を抜け、ひまわり畑を通り過ぎます。ここのひまわりたちは、残念ながら別の方向を向いています。
気温がかなり高くなり、もう40km走ったのでそろそろ休憩したいところです。『もうすぐクインシー=ル=ヴィコントの村があるから、そこでお茶できるかも』とサイダー。
サン・マルタン教会
そのクインシー=ル=ヴィコントにやってきました。
中心の四角にサン・マルタン教会があります。しかし、カフェは全くなさそう。諦めて先へと進みます。
サン=ルミーが見えた
程なく、次の村サン=ルミーの教会の塔が見えてきました。
この村から運河沿いを走れば、今日の宿のあるモンバールまではもうすぐ。
ブルゴーニュ運河に入る
村を過ぎて鉄道線路の下を潜りブリンヌ川を渡ったら、ブルゴーニュ運河に到着。ここから運河沿いのサイクリングロードを走ります。
ブルゴーニュ運河は、オーセールの北のヨンヌ川のほとりミジャンヌから、ソーヌ川のほとりサン=ジャン=ド=ローヌまでの242kmを繋ぐ運河で、1775年に計画され1832年に完成したものです。
ブルゴーニュ運河のサイクリングロード
水辺のサイクリングロードは緑に囲まれ、ほぼ平坦で快適です。元気が出てきたサリーナ。
ブルゴーニュ運河は商業的な貨物輸送の需要を見込んで開発されたものの、運河にはトンネルもあり幅が狭く、鉄道やその後の道路交通の発展により貨物輸送として大きな役割を果たすことはなかったそうです。
ペダルを漕ぐサイダー
現在は4月から10月までの間のボートの旅、そして運河沿いの自転車コースとして、観光的に重要な資産となっています。
運河沿いでペダルを漕ぐサイダー。
67番閘門
運河の閘門にやってきました。ここは67番閘門。
ブルゴーニュ運河には189基の閘門があります。全長242kmですから、1.3kmに1箇所は閘門があることになりますね。これは貨物輸送にとっては手間でしょうが、私たち観光客にとっては楽しみの一つ。
運河の閘門
上流側にある閘門の上に水抜き弁を開閉するギアがあり、それを手動で回します。その後レバーを押して門を開けて、船を通します。
モンバールが見えた
そんな運河沿いを気分よく走っていたら、そろそろモンバールに到着したようです。
時刻は14時過ぎ。宿のチェックインは15時からなので、ちょっと時間があります。
カフェで休憩
今日は暑かったから、チェックイン前にモンバールのカフェで喉を潤しましょう。
とはいえカフェのビールは高いので、1人250ccで我慢(笑)。アンカー・ピルスをちびちび味わいます。
スーパーの惣菜コーナー
続いて、すぐ近くにあったスーパーで買い物です。今日はこれからチェックイン後にフォントネー修道院を訪ねるので、夕食は簡単なものを。
定番のパンや野菜の他に、卵とハムのゼリー寄せ(アスピック)を買ってみました。
モンバールの宿
買い物を済ませると15時近くになっていたので、予約していた宿へ向かいます。
運河のすぐそばのこの建物の1室が私たちの今宵の宿。
ダイニングキッチン
キーボックスの鍵を取り出して入ると、そこは広いメゾネットの住宅でした。
入るとまずダイニングキッチン。色々な設備もしっかり揃い、調味料もあります。
居間
その奥は、明るく天井の高い居間です。
そして階段を上ったところが寝室。広さは何と66㎡。2人では使いきれないですね~(笑)
マルマーニュ
さて、少し休憩したら15時15分にフォントネー修道院へ出かけます。フォントネー修道院までは7kmほど。
最初は幹線道路で、車がやや多い。そして、マルマーニュで左折しフォントネー道路へ入ります。
フォントネー道路に入る
フォントネー道路に入ったとたんに車はほとんどいなくなり、周囲は牧場が広がるカントリーロードとなります。
気分良く走っていくサリーナ。
白牛たちとサイダー
白牛さんたちを眺めつつ走るサイダー。
道路脇の青い看板には『道路を共有しましょう』と書いてあり、車は自転車から1.5mは離れて走りなさい、と促しています。いいね!
フォントネー修道院入口
モンバールから30分でフォントネー修道院に到着しました。左の建物が見学者の入口。
フォントネー修道院は1118年に創設されたシトー派の修道院で、18世紀末のフランス革命の時期に修道士がいなくなり工場として売却された後、20世紀初頭に民間の手で再建や修復が始まりました。1981年にはユネスコ世界遺産に指定されています。
配置図
フォントネー修道院は、工場に転用されていた間も元の建物を壊したり大きく改変したりすることはなく、中世の修道院の姿をよく留めています。
見所は、写真の配置図の左にある教会とその右側の回廊や修道士の生活空間、そして右端の鍛治場の建物です。
修道院入口からの風景
では、早速入ることにしましょう。入口の建物を抜けると芝生の広場があり、広い敷地内に石造の建物が点在しています。
ここから見える建物の多くは実は修道院の当初からの建物ではなく、正面左の院長室は16世紀、その右は近代の建物ですが、緑豊かな敷地に静かに佇む修道院の雰囲気は感じ取ることができます。
鳩舎と後ろの教会
左の円塔のある建物は鳩舎で、鳩の卵は大切な食料だったとか。その後ろに修道院附属教会があります。まずは教会へ。
教会のファサード
こちらが修道院附属教会のファサード。
1127年から1150年に建築されたもので、装飾のほとんどない簡素なロマネスク様式です。平面はラテン十字形で、身廊と両側の側廊の三廊式。
教会堂の内部
午後の日差しを受けてジリジリと暑い外部から教会堂の中に足を踏み入れると、一瞬で冷気を含んだ静寂の空間に包まれました。まずこれには本当に驚きました。
入口の床にファサードの窓からの光だけが眩しく注ぎ、あとは薄暗い内陣を奥のアプスの窓の光に導かれて進んでいきます。
アプス
アプスまでやってきました。ヴォールト天井の簡素なつくりで、ここには初期の重要な修道院長などが埋葬されているといいます。
装飾はほとんどありませんが、唯一主祭壇の壁に小さなレリーフがあります。
主祭壇のレリーフ
このレリーフは13世紀のもので、キリストの受難と聖母の物語が描かれています。
聖母子像
そして、教会堂の平面の交差部分には聖母子像が置かれています。
これは『フォントネーの聖母』と呼ばれ12世紀のものですが、元は近くのトゥイヨン村の墓地にあったものだそうです。
アプスから見た教会堂
写真はアプスから教会堂の正面方向を見たところ。高いアーチとヴォールト天井が連続し、それを支える柱はほとんど装飾のないシンプルなもの。
これはランセオレ様式と呼ばれるもので、尖塔アーチにより高い窓や天井を実現し、過度な装飾を排除しつつ崇高さを求めたシトー会の修道院でよく用いられたそうです。
修道士部屋
教会堂に続いて交差部を右(南東)へ進むと、修道士たちが過ごした生活の場があります。
写真は修道士部屋。修道士たちが学習や作業を行う場で、写本の製作などもここで行われたそうです。天井は交差ヴォールトで、やはりほとんど装飾はないものの、教会堂よりは随分華やかな印象を受けます。
共同寝室
そして、2階は修道士たちの共同寝室です。シトー会では個室は認められず、共同の大空間となっており、修道士たちは床に直接藁を敷いて就寝したとか。また夜間の礼拝にも対応しやすいよう、教会堂とは階段で繋がっています。
この共同寝室は15世紀に火災の後再建されたものだそうで、天井は船底のような板張りの筒型。
回廊1
教会堂の南東には38m×36mの回廊が設けられています。12世紀のロマネスク様式で、柱頭にはシンプルながら洗練された飾りも見られます。
回廊2
がっしりとした柱が連続する通路の床には光の連続。
回廊3
回廊は修道士たちが歩きながら祈りや読書、瞑想を行った空間です。
光と影が交互に現れる静かな回廊を、修道士たちに倣って巡っていきます。
回廊の中庭
回廊に囲まれた芝生の中庭に出ると、光と緑が目に眩しい。中庭は、参事会室や修道士部屋などへの通路にもなっています。
正面右の建物は教会堂。
教会に接続した修道士たちの建物
こちらは、右側が教会堂の翼部に接続した修道士たちの過ごす建物で、1階が聖具納室、総会室、修道士部屋と続き、2階が共同寝室。
鍛冶場の建物
次に、鍛冶場の建物を見学します。12世紀に建てられた長方形の細長い建物です。
ここでは、修道院が保有する丘陵から採取される鉄鉱石を炉で溶かし、鉄製の農具などを製作したそうです。
鍛治場の建物内部
内部は、先ほど見学した修道士部屋と同じような交差ヴォールト天井ですが、こちらの方が天井が高い。そして、内壁でいくつかの部屋に分けられています。
鉄を打つ装置
その部屋の片隅に、槌を上下に移動させて鉄を打つ装置が再現されていました。
水車を利用した仕掛け
その槌を上下させるのは水力です。
建物の横を流れるフォントネー川の水の流れで水車を回し、槌を動かすというわけです。
ゲストハウスの建物
そして、最後は受付につながる建物です。
この建物は13世紀につくられたもので、主に修道院の訪問者のためのゲストハウスです。
博物館の展示
その中の一部は博物館になっています。
この長い道具は一体何に使うものでしょうか。
パン焼き用の石窯
この写真はパン焼き用の石窯で、先ほどの長い道具は、実はパンを乗せて窯に出し入れするためのもの。
この建物の一部は製パン所だったのです。
サン・ローラン礼拝堂のキーストーン
他にもこの修道院に関わる展示がいくつかあり、例えばこのキーストーンは修道院内で数世紀前に失われたサン・ローラン礼拝堂のもので、1981年に道路の位置を変更する工事中に発見されたのだそう。
モンバールへ戻る
建物や展示を見ているうちに、気がついたら17時半の閉館時間になっていました。奥の薬草園の方も回ってみたかったのですが、各建物に見応えがあって時間がかかってしまいました。
これでフォントネー修道院の見学はおしまい。来た道をモンバールに向かって戻ります。
卵とハムのアスピック
18時過ぎに宿に着くとオーナーの女性が待っていてくれて、自転車を置く場所とか明日の鍵のこととか、色々と気配りしてくれました。
そして夕食。モンバールに着いた時に買っておいた卵とハムのアスピック(ゼリー寄せ)、イワシ缶とトマトのサラダをつまみながらビールで乾杯。アスピックはとろけるようなゼリーがとても美味しいです。
さて、明日はまずブルゴーニュ運河に沿って進み、美しい街のスミュール=アン=ノーソワを訪ねた後、プイイ=アン=ノーソワまで走ります。
