宿を出発
今日はブルゴーニュ運河に沿って走りますが、途中で寄り道をして歴史ある街スミュール=アン=ノーソワを訪ねます。
今朝は曇り空でちょっと肌寒い。長袖を着て8時過ぎに出発です。
宿の建物
これが私たちの泊まった宿の建物。広くて快適な部屋は、1泊だけでちょっと残念でした。
ノージャン=ル=プティ
まずはブルゴーニュ運河の脇を走ります。運河の横には、もともと船を馬で曳くための曳舟道がありました。この道をサイクリングロードとして整備しているのです。
モンバールからしばらく走ると、小さな村の教会が見えてきました。ここはノージャン=ル=プティ(Nogent-le-Petit)。
静かな運河沿いのサイクリングロード
周囲を緑の木々に覆われ、あたりの景色は静かな田園そのもの。
まだ朝早いからか、誰もいないサイクリングロードを駆け抜けていきます。
釣り中のおじいちゃんと孫
少し先のクールセル=レ=モンバールで、運河が少し方向を変えて幅広くなっています。そこで、釣りを楽しんでいるおじいちゃんと孫に出会いました。
『何が釣れるんですか』と聞くと、早速実演して獲物を見せてくれました。『1分もあればすぐ釣れるよ』
大きな獲物
そして、『小さい魚は5分フライにして食べると美味しいんだよ』と教えてくれました。
次にかかった魚は大物! おじいちゃんは名人だね~
60Yの閘門
運河では、1~2kmごとに閘門が設けられています。写真は『60Y』という閘門。
ブルゴーニュ運河の分水嶺は、今日の宿泊地プイイ=アン=ノーソワにあります。その分水嶺を挟んでヨンヌ川側の閘門はY(ヨンヌ/Yonne)、ソーヌ川側の閘門はS(ソーヌ/Saône)を付けた番号が振られているのです。
牧草ロール
運河の左手には牧草地が広がっていました。
刈り取ってぐるぐるロールになった藁が畑にゴロゴロしています。
ヴナレの閘門
ここは、56Yのヴナレ(Venarey)の閘門。
写真を撮っていたら、車に乗って男性がやってきました。
水門を開ける
それは運河の閘門の係の方でした。ということは、これから船が通るようです。おお、楽しみ~
まず、上流側の水門のハンドルをぐるぐる回して閘室に水を入れていきます。
船が来た
上流から船がやってきて、水門の前で作業が終わるまで待機しています。
そろそろ閘室の水位が上流側と同じになってきました。
水門を開け始める
水位が上がりきったら、まず向こう側の水門を開けます。
手前の水門を開く
次にぐるっと回ってこちら側にやってきて、手前の水門を開きます。全部人力。
船が通る
これで、船を無事に通すことができました。係の方はスマホを何度も見ていたので、船が通る時間は予約してあったのでしょう。
見ている側は楽しいですが、船で通る場合は1~2kmごとにこれを繰り返すことになります。せっかちな人間にはできない旅ですね~
ヴナレ=レ=ロームの港
ヴナレ=レ=ロームにやってきました。ここには港があり、貸しボートをレンタルできる場所もあるようです。
私たちは歴史ある美しい街のスミュール=アン=ノーソワを訪ねるため、ここで一旦ブルゴーニュ運河を離れて南西へ向かいます。
上りは終わり
運河を離れると丘陵地。緩い上りが始まりました。
そして、写真はヴィラール=エ=ヴィレノット(Villars-et-Villenotte)という小さな村から最後の上りを終えたところ。この先から下りが始まります。
スミュール=アン=ノーソワが見えた
わーっと下っていると、目の前に街が見えてきました。スミュール=アン=ノーソワです。
丘陵地に茶色い屋根の家並みが広がっています。
旧市街の入口が見えた
スミュール=アン=ノーソワは街が東西に長く広がっていますが、歴史的な地区は西側にあります。
東側から並木の大通りに入ると、車が結構走っています。そして、リベルテ通りに入ると道は狭く石畳になり、車もさらに混雑して走りにくい。何とか進んで旧市街の入口に到着し、ほっと一息。
旧市街の入口
ここが旧市街の入口で、正面の建物にツーリストインフォメーションがあります。観光客は結構いて、自転車のカップルもいました。
インフォで地図をもらい、自転車ですと言うと、自転車でお勧めのルートや階段があって通りにくいところなどを教えてくれました。
ソーヴィニー門
入口のアーチをくぐると、その先に門。これはソーヴィニー門(Porte Sauvigny)といって15世紀に建てられたものだそう。
中世の街に足を踏み入れるようでワクワクします。
ビュフォン通り
さらにもう一つ門をくぐったら、少し広いビュフォン通り(Rue Buffon)に出ました。歴史を感じさせる建物に囲まれ、カフェやレストランが道いっぱいにテラス席を出しています。
市松模様のとんがり屋根あり、お店の可愛い看板あり、何だかおとぎの国に迷い込んだようです。
ビュフォン通りの西を見たところ
スミュール=アン=ノーソワの歴史地区は、周囲を蛇行するアルマンソン川に囲まれた丘の上にあり、天然の要塞のような地形をしています。
街は、7世紀頃には地形を活かした防御壁を持つ要塞都市として知られており、中世の時代にはブルゴーニュ公国の防御拠点として発展していったそうです。
ノートルダム教会
ビュフォン通りを出るとノートルダム広場。そして、そこにはノートルダム教会(Collégiale Notre-Dame de Semur-en-Auxois)があります。
ファサードは14世紀のものですが、教会の最古の部分は1225年に建造されており、ブルゴーニュ公国時代のゴシック・フランボワイヤン様式の傑作と言われています。
教会の内部
教会の中に入ると、その上へ上へと伸びていく高さに目を奪われます。身廊部分が細いことも、垂直方向の広がりを強調しています。
ゴシックの尖塔アーチに交差ヴォールトの天井が、奥のアプスまで続いています。
入口側のパイプオルガン
教会堂には、パイプオルガンの美しい調べが響き渡っていました。
振り返ると、入口の上にパイプオルガン。18世紀のものだといいます。
アプス
アプスにやってきました。ドーム天井に青を基調としたステンドグラスの輝き。色鮮やかに彩色された柱も面白い。
教会のステンドグラスは、13世紀のものから第一次大戦のアメリカ兵を記念した1927年の作品まで多様なものがあるそうです。
ステンドグラス
写真のステンドグラスは、中央の下に1572と1641の数字が見えるので16~17世紀のものでしょうか。
太めの黒い桟、濃いめの鮮やかなガラスには宗教的なテーマが描かれ、周囲は美しい模様で飾られています。
翼廊
教会堂はラテン十字の形をしており、翼廊は比較的短く天井も低い。これも身廊に入った時の天井の高さを印象付けるのでしょう。
十字の交差部の上には、高さ58mの八角形の鐘楼が聳えています。
シコニエ門
教会を出て西へ進み、アルマンソン川に囲まれた街の最もくびれたところにやってきました。
南へは石畳の小道が続いています。自転車を押してシコニエ門(Porte des Cycogniers)をくぐりました。
監獄塔
するとその先はかなりの高低差があり、階段が続いています。自転車を置いて少しだけ階段を下りて崖地の上を見上げると、丸い塔が2つ見えました。
これらは中世の要塞都市の防御を担った施設で、塔は全部で4つ。手前は監獄塔(Tour de la Prison)という名前で、監獄としても利用されていたそうです。
下の南の景観
そして下を見下ろせば、アルマンソン川に架かるピナール橋(Pont Pinard)の一部が見え、橋から南へ延びるペルテュイゾ通り(Rue Pertuisot)に連なる家並みが見渡せます。
その周りは緑に覆われ、緑の中を茶色い街並みが続いていました。
マルゴ塔
ピナール橋あたりは後で行くことにして、街の中央通りに戻り西へ上っていきます。
左に見えるのはマルゴ塔(Tour Margot)。14世紀半ばの百年戦争時代に、ブルゴーニュ公フィリップ豪胆公によって4つの塔を持つ要塞が築かれ、城壁も強化されて防御が固められたそうです。
街の西端
街の西端に到着しました。そこは並木のプロムナードになっており、西端の城壁からは川まで断崖絶壁。川を挟んだ向かいの丘の集落が見えています。
そんなところで雨がポツポツ降ってきました。どこかで雨宿りしなくっちゃ! 慌ててノートルダム教会まで戻り、入口のポーチで雨宿りさせてもらいました。ついでにお昼の弁当タイム。
アルマンソン川を進む
お昼を食べているうちに雨はあがりました。ラッキー!
今度は下のアルマンソン川のあたりから、街の景色を見上げてみましょう。教会から自転車で南へ下りて川に沿って西へ進むと、程なく先ほど階段で見た2つの塔が見えてきました。
川沿いを走る
川から見ると、急勾配の丘の上が街になっていることがわかります。
川に沿って走っていくと、
ピナール橋
ピナール橋に着きました。
この石造のめがね橋を渡って街を見上げると、ノートルダム教会のファサードの2つの塔、そして中央の八角形の塔が見えました。
城塞と2つの塔
さらに左手に目を向けると、街を守る城塞と2つの塔が聳えています。
崖地の荒々しい赤茶けた岩の上にがっしりと建つ城塞はかなり迫力があります。
アルマンソン川の水辺
一方、アルマンソン川の水辺はとても穏やか。
水面は木々の緑に覆われ、また睡蓮の葉が浮かんでいます。
マガモの群れ
そして、水辺を集団で泳いでいくのはマガモでしょう。
日本では冬鳥としてやってきて、オスの鮮やかな緑の頭が印象にありますが、夏はオスもメスと同じような茶色です。
オルレ・ドール塔
しばらく景色を楽しんだら、アルマンソン川に沿って街の外周巡りを再スタート。
北側に回ったところで、4つの塔の一つオルレ・ドール塔(Tour de l'Orle d'Or)が姿を現しました。川沿いから街への入口の一部となっています。
北側の丘からのスミュールの眺め
塔の先の橋を渡って、北の対岸の丘からスミュールの街を眺めてみましょう。
対岸のパリ通りを少し上ったところからは、城塞の2つの塔は、右からギョエヌ塔(Tour de la Gehenne)、オルレ・ドール塔、そして左端にノートルダム教会が見えました。
教会の後ろを通る
スミュール=アン=ノーソワの街巡りはこれでおしまい。ノートルダム教会の後ろを通って南方面へ進みます。
教会の後ろ姿はアプスの丸い外観。そして交差部の八角形の塔は修復中です。
鉄道のアーチ橋
アルマンソン川に沿って下っていたら、正面に高いアーチ橋が現れました。『あ、間違えた~』とサイダー。
橋の上は鉄道線路。あのあたりからスミュールの街の全景が見渡せるはずです。『わ、あそこまで上るの。。』とビビるサリーナ。
右手にスミュールの街
来た道を少し戻ると、正面右にスミュールの街の風景が。
さらに上って全体を見渡せる場所まで行きましょう。ここからはかなり急勾配の細い道を上ります。
スミュールの街が広がる
最後は押して線路をくぐったら、その向こうにスミュールの街が広がって見えました。おお、これはいい眺めです。
サイダーは自転車を置き、線路の方に上っていきます。
スミュール=アン=ノーソワ
これが鉄道線路あたりから見たスミュール=アン=ノーソワの街。
赤茶色の屋根が続く丘の中央にノートルダム教会、左には4つの塔の城塞。中世の城郭都市の魅力たっぷりな街でした。
幹線道路の自転車道
スミュールをあとにしばらくローカルな道を進んだら、広い幹線道路に入りました。
幹線道路といっても、ちゃんと自転車道が整備され、車道とは低木で隔てられ並木の木陰もつくられています。こんな幹線なら文句はありません。
強面の牛さん
右手には牧草地が広がっています。
そこにはこんなゴツい感じの牛さんがいました。見た目は強面ですが、大人しく並んでこちらを眺めています。
直線道路を走るサリーナ
ポン=エ=マセーヌの手前で左折すると自転車道はなくなりましたが、交通量は少ないので問題なく走っていきます。
そして、次の交差点で右折し南へ方向を変えると、ここからほぼまっすぐな道路が7km近く続きます。直線道路って何だか疲れるんですよね。。
ブローの15Y閘門
直線がぶつかったのは、午前中に別れたブルゴーニュ運河でした。閘門に出会えて嬉しい気分。
ここはブローというところで、閘門は15Y。午前中に最後に通過したのは56Yだから、40以上を飛ばしたことになります。
15Y閘門を出発
このブローからは運河沿いを走ります。
サイクリングロードは地道ではありませんが、少し砂を被せたような舗装路で周囲に溶け込んでいます。
運河沿いを走る
運河沿いのなだらかなカーブが心地よい。
青空が広がり午後の日差しが照りつけ、暑くなってきました。
サイクリングロードの木陰
そんなサイクリングロード脇には高木が植えられ、木陰を作っているところも多くあります。これは助かりますね。
ポン=ロワイヤルに到着
運河の幅が広くなって、港に近づいてきたようです。対岸に船が停泊し、カフェのパラソルが見えました。『やったー、ここでお茶しよう』と喜ぶサリーナ。
ここはポン=ロワイヤル。かつては重要な港だったそうです。
ラ・メゾン・ドゥ・キャナル
橋を渡って対岸へ。カフェのある建物は『ラ・メゾン・ドゥ・キャナル』と看板があります。
これは1838年に建てられた運河の料金所を改装したもので、上階は宿泊施設、下はレストラン・カフェになっています。運河をのんびり旅する人たちが泊まっていくのでしょう。
木陰のテラス席
そして、建物の前の芝生の木陰がテラス席。運河を眺めながらくつろげる特等席です。
飲み物を注文しようと建物内に行き、"缶ビールが欲しい"がなかなか通じなかったのですが、そこにいた男性が英語で通訳して助けてくれました。なんと片言の日本語も。仕事関係で日本にしばらく住んだことがあるそうで、その後テラス席で話が弾みました。
テラス席で休憩
その彼が推薦してくれた缶ビール。北フランスのビールだそうです。ああ、美味しい。走ってきた甲斐があったなあ~
運河の水を眺めながら、最高に贅沢な時間が流れていきます。しばらくまったりと過ごしました。
高めの運河の土手を行く
いいところにカフェがあって本当によかった。満足してポン=ロワイヤルを出発します。
引き続き運河沿いを進むと、川幅が狭くなって両側の土手が高くなりました。高低差の少ない運河を引くための土木作業が行われたことが想像できます。
田園の中の運河
そしてまた、運河は穏やかな田園風景の中を通っていきます。
プイイ=アン=ノーソワの港近く
ずっと運河とともにサイクリングロードを走ってきました。そして、4Yの閘門を通過すると川幅が広くなり、運河の両側が並木道になっています。
そろそろプイイ=アン=ノーソワの港が近づいてきました。
港のプロムナード
プイイ=アン=ノーソワ港のプロムナードに到着しました。今日はすでに70km近くを走っており、時刻は18時。
ここにはツーリストインフォメーションもありますが、もう閉店しています。この先の建物にちょっと立ち寄ってみましょう。
運河の牽引船
これは建築家の坂茂氏が設計し2005年に完成した『キャップ運河案内センター』(Centre d’interprétation Cap Canal)の一部で、歴史的な運河の牽引船を展示するスペースです。
ブルゴーニュ運河では、こんな細長い船が細い閘門を通過しながら行き交っていたんですね。
展示スペース
その先にガラスの建物がありました。こちらも『キャップ運河案内センター』で、運河の歴史や技術を紹介する展示スペースのはず。
着いたのは閉館の時間帯ですが、施設は閉鎖されているように見えました。どんな状況なのか、ちょっと残念です。
スーパーの惣菜売り場
さて、港から本日の宿のあるプイイ=アン=ノーソワの中心部までは2kmほどですが、その周辺には大型スーパーはありません。
そこで、宿に向かう前に港の近くの大型スーパーで買い物をすることにしました。広い店内で、お惣菜なども充実しています。
ハムとマッシュポテトのパイ包み
ここで夕食用に買ったのは、ハムとマッシュポテトのパイ包み、小エビのカクテル、ポーク春巻き。
買い物を終えて、プイイ=アン=ノーソワの宿に向かいます。
プイイ=アン=ノーソワの中心部
ジェネラル・ド・ゴール通り(Av. du Général de Gaulle)を走ってサン・ピエール教会(Église Saint-Pierre)の塔が見えたら、そこはもうプイイ=アン=ノーソワの中心部。リベラシオン広場の近くの宿に着いたのは19時過ぎ。今日の宿は1階がレストランになっているホテルです。
しかし、フロントには誰もいません。今日はレストランも休みらしく、フロントにあったメモに従って2階の部屋に入ります。自転車置き場はよくわからず、折り畳んで部屋に置きました。
今日は、私たちにしては結構距離を走りましたが、運河沿いは平地なので何とか走り切ることができました。中世の街スミュール=アン=ノーソワもよかった。さて、明日はいよいよかつてのブルゴーニュ公国の首都であり、美食の都としても有名なディジョンを訪れます。
