中央市場の周りのマーケット
今日は移動日。天気は快晴、ディジョンからボーヌまで、美味しいワインを育むブドウ畑の中を、ブドウの気持ちを感じながら走っていきます。
朝、宿を出ると、中央市場の前では屋外マーケットが開かれていました。もう少し滞在したかったステキな街でした。
ブルゴーニュ運河の港
宿から南西に向かうと、2日前に通過した『食とワインの国際美食館』を経由して、水辺が現れました。
ここは、実はブルゴーニュ運河の港。やはり2日前に通ったキール湖の横から続いている運河で、さらに南東に延びてソーヌ川に合流します。
港とカモの島
港には船が静かに横付けされ、その右に見える緑は水辺の中央にある島。
この島の名前は、"île aux canards"、つまり『カモの島』。この名前は後で知ったのですが、事前にわかっていればしばらくカモ見物したのになあ~と思うカモ好きサリーナ。本当にカモがたくさんいるのかは知りませんが。。
右手にブドウ畑
そこから少し走ると、左手は住宅地ですが右手にブドウ畑が現れました。
このディジョンとボーヌの間のブドウ畑は、『ブルゴーニュのブドウ畑のクリマ』(Les Climats du vignoble de Bourgogne)として2015年に世界遺産に登録されています。
傾斜地でのブドウ栽培
この場合の『クリマ』(climat)は、一般的な意味の気候のことだけでなく、土壌、地質、日当たり、微気候(ミクロ・クリマ)が独自に異なる『厳密に区画されたブドウ畑』を指します。
1247ものクリマが存在し、この細分化された区画(テロワール)が、ワインの独特な個性や格付けの根拠となる文化だということです。
ブドウの房
畑を覗いてみると、房になったブドウは一部が濃い紫、あとは緑です。
ブドウにもワインにも全く詳しくはありませんが、これから全体が濃い紫になるのでしょうか?
ブドウ畑を走るサイダー
ともかく快晴の気持ちのいい朝、ブドウ畑を走ります。
『最高だね~』と満面の笑みのサイダー。
ブドウ畑のサリーナ
『本当に素晴らしいねえ~』とサリーナ。
ブルゴーニュでワインづくりが始まったのは平地で1世紀から、また傾斜地では5世紀からということですから、長い年月のさまざまな試行錯誤を経て、今日の素晴らしいワインづくりに結びついているのでしょう。
畑のブドウ
またまたブドウを鑑賞。ここは全体が濃い紫色をしています。
先ほどのブドウと種類が違うのか、生育過程の違いなのか、全く分からずですが、美味しく育ちますように。
シャトー・マルサネ
マルサネ=ラ=コートにやってきました。世界でも有名なワイン生産地として知られるコート・ド・ニュイ地区にあります。『マルサネAOC(農業地統制呼称)』は1987年に創設されたといいます。
そんなルート沿いにあったのは『シャトー・マルサネ』。伝統的な形式の建物で、テイスティングやワインセラーの見学ツアーも提供しています。ちょっと迷いましたが、とりあえず先へと進みます。
クシェ
そのすぐ先で着いたのは、クシェ(Couchey)という村。ここもマルサネワインの生産地の一つ。
村を通り抜ける途中で見つけた小さな交差点には手回しの水汲みがあり、奥にはブルゴーニュタイルの教会が見えています。
ブドウ畑を走る
そして村を出ると、道の両側にブドウ畑が広がるエリアに出てきました。
村とブドウ畑の世界。楽しい~
ブドウ畑の上のシャトー
そのブドウ畑の傾斜地の上の方に、ちょっと大きめのお城が見えてきました。
ブドウ畑を見下ろす美しいお城、これはやっぱりワイナリーのシャトーでは、と盛り上がります。
ブロション城
存在感のあるお城は『ブロション城(Château De Brochon)』。ここはワイナリーではなく、ディジョン出身の詩人で政治家であるステファン・リジェールが19世紀の終わりに建てた、ブルゴーニュで最後の城なんだそうです。
ガイドツアーで見学できますが、午後2時半と4時からなのでそのまま通過。
コート・ド・ニュイを走る
ところで、ワイナリーの名前にお城の『シャトー』が付いているのはどうしてでしょう。
シャトーの名前はボルドー地方のワイナリーに多くみられ、貴族のお城が多く点在していたボルドーでは、広大な土地のブドウ畑で大規模な醸造設備を使用してワインがつくられており、そうしたお城のような建物のあるワイナリーがシャトーと名乗っているのだそうです。
ちなみにブルゴーニュでは『ドメーヌ』と名乗るワイナリーが多いそうで、ドメーヌとは基本的にはブドウ畑を所有してブドウを栽培し、自ら醸造と瓶詰めなどを行うワイナリーのこと。また『メゾン』というのもよく見られまずが、メゾンは通常ブドウを買い付け、それでワインを醸造するワイナリーらしい。
ジュヴレ=シャンベルタン
そして、私たちはジュヴレ=シャンベルタンにやってきました。小さな村ですがレストランやカフェが並んで華やかな雰囲気。ここはブルゴーニュでも有名なワイン生産地で、『シャンベルタン』の名前を持つ9つのグラン・クリュ畑があります。
シャンベルタンとは、13世紀にブドウの樹を植えたベルタンという農夫の畑という意味の『シャン・ド・ベルタン』が訛ったものだとか。
広大なブドウ畑
今さらですが、私たちは今日、『グラン・クリュ街道』を走っています。グラン・クリュとはワインの格付けとして最高峰の称号です。ブルゴーニュでは区画(畑)単位で格付けされ、約550haのみがグラン・クリュ畑として認定されているとのこと。
それにしても、フランス内でも『グラン・クリュ』の格付けの仕方が違っているのは地域ごとの伝統を感じますね。ブルゴーニュは畑単位ですが、シャンパーニュは村単位。ボルドーはシャトー(生産者)単位だそうです。
シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ
道路脇の建物には『シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ』の文字。ジュヴレ=シャンベルタンのグラン・クリュ畑の一つです。
そして『クロ・ド・ベーズ』は7世紀からワインを造っていたベーズ修道院の畑という意味で、ジュヴレ=シャンベルタンのグラン・クリュの中でも歴史を誇る畑だそうです。
シャンベルタン
その先には『シャンベルタン』グラン・クリュ。
ナポレオンが愛したワインとして有名です。
ラトリシエール・シャンベルタン
さらにその先には『ラトリシエール・シャンベルタン』グラン・クリュ。
こうして隣り合う畑でも、土壌や日当たりなどによって味わいが違うワインができあがるらしい。そんなワインをいただく機会は正直言ってほぼないでしょうが、緩い傾斜の広い畑の間を走るのは本当に気持ちの良いものです。
モレ=サン=ドニ
次の村はモレ=サン=ドニ(Morey-Saint-Denis)。
ここにもワイナリーが並んでいます。
グラン・クリュ街道は続く
そして、すぐにモレ=サン=ドニを通過。
グラン・クリュ街道は続きます。
畑の中のシャトー
ブドウ畑の真ん中を走り続けると、緑の畑の真ん中に茶色い大きなお城が見えてきました。『大きくて存在感のある建物だね~』とサリーナ。
これは、シャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョ。
シャトーへ向かう
東に広がるヴージョ村の畑、『クロ・ド・ヴージョ』は51haのグラン・クリュ畑。その最上部にあるのがこのシャトーです。
11世紀末頃からシトー会の修道士たちがブドウ畑を開拓し、ここにワイナリーを建設したそうで、その建物がこのシャトーの起源です。
シャトーの入口に到着
16世紀、シトー会の修道院長ドン・ロワジエはここにルネサンス様式の邸宅を建設しました。それが、現在見られるシャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョの姿です。
シャトーの入口に到着。見学できるので、中へ入ってみましょう。
シャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョ
フランス革命後、建物は売却されたものの、19世紀後半にはワイン商のレオン・ボッケにより当時の建築様式に基づいた修復が行われたそうです。
現在、このシャトーはヴージョ村のシンボルであり、また『ブルゴーニュ利き酒騎士団』(Chevaliers du Tastevin、シュヴァリエ・デュ・タストヴァン)の本部として利用されています。この騎士団は1934年創設の歴史あるワイン振興団体で、世界中に1万5千人の会員がいるのだとか。
シャトー内の中庭
入口になっている建物をくぐると中庭に出ます。
正面の屋根の傾斜の深い妻向きの建物は、10kmほど離れた修道院からやってきた修道士の部屋。1698年の建物だといいます。その建物の右下(写真中央)の入口は、1170年に建てられたワイン貯蔵庫。
長い軒の日影
そして、右手には軒庇が長く被さった建物があります。それにしても長い傾斜の屋根。
この長い軒は日差しを避けるのにちょうどよくて、ここでいただいたパンフレットをチェック。この建物は15世紀のものです。
15世紀の建物の中庭
その右手の15世紀の建物は、ワイン造りの作業所だったところです。
建物中央の入口を入ると、そこにも周囲を建物に囲まれた中庭があります。中庭の中央には花で飾られた馬車がありました。
ブドウ圧搾機械
その建物内に展示されているのは、でっかい木製のブドウ圧搾機械。
圧搾機械のスクリューを上げ下ろしするのは4人がかりの作業だったそうです。
ブドウ液の樽発酵
ブドウ液は、発酵のため樽に入れて2週間寝かせます。
この建物に設けられた中庭は、発酵の際に放出されるガスが溜まらないように、換気の役目を果たしていたといいます。
ワインの貯蔵庫
ここは、ワインの貯蔵庫だったところかと思います。
広い部屋は、現在はイベントなどにも使われているらしい。結婚式もできるそうです。
ルネサンス・キッチン
続いて、16世紀に建てられた建物に入ります。『ルネサンス・キッチン』と名付けられたこの部屋は、伝統的な食材とキッチンの様子が再現されています。
奥のかまどの前では丸ごとの牛がローストされ、手前のテーブルにはパン、野菜、卵、そしてウサギも。
豪華な食事室
そんなキッチンから運ばれて、この豪華な暖炉のある2階の部屋では食事会も催されていたのでしょう。
ところで、予約すればこのシャトーでランチもできるそうですよ。
中庭南から入口側を見る
ワイン造りの歴史ある建物が残り、そしてブルゴーニュワインのシンボル的な存在になっていることは素晴らしいですね。
見所の多いシャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョでした。
ヴージョ村を眺める
シャトーを出発する前に東の方に目を向けてみると、右の塔のある建物はワイナリー『シャトー・ド・ラ・トゥール』。その奥にヴージョ村が広がっています。
グラン・エシェゾー
私たちは、さらにグラン・クリュ街道を南へ進みます。
ここの看板は『グラン・エシェゾー(Grands-Echezeaux)』。やはりグラン・クリュ畑です。
日差しの照りつけるブドウ畑
今日は雲ひとつない快晴です。12時を過ぎ、かなり暑くなってきました。しかもブドウ畑の中は木陰もなく、強い日差しが直接照りつけます。
こんな気候も素晴らしいブドウをつくりあげていく要素の一つなのでしょうが、私たちにはちょっと暑すぎ。。
ヴォーヌ・ロマネが見えた
そんな道の左手(東)に村が見えてきました。次の村はヴォーヌ・ロマネ。
ということで、グラン・クリュ街道はついにここまでやってきました。
ロマネ・コンティのグラン・クリュ畑
この十字架が目印、ここがかの有名なロマネ・コンティのグラン・クリュ畑です。約1.8haしかありません。
希少で超高額なワインがつくられる畑には数人の観光客が集まっています。せっかくなのでお願いして、2人の写真を撮ってもらいました。(TOP写真)
この十字架は1723年に建てられたもので、かつての凶作や飢饉の時代につくられた歴史的なランドマークなんだそうです。
ロマネ・コンティの石板
ロマネ・コンティの名前はこちらの石板に彫られていました。
この名前、古代ローマ時代から良質なワインができると知られていたことから、ローマ人という『ロマネ』、そして、18世紀にこの畑を手に入れたブルボン朝コンティ公から『コンティ』と名付けられたのだとか。
ヴォーヌ・ロマネ村へ下る
ロマネ・コンティの畑からまっすぐヴォーヌ・ロマネ村へと下ります。
目指すはロマネ・コンティのワイナリー。
サン・マルタン教会前の広場
まっすぐ下るとサン・マルタン教会前の広場に出ました。人影の全くない静かな村の広場です。
その教会の隣に位置するのがドメーヌ・ロマネ・コンティ(写真の右正面)。
ドメーヌ・ロマネ・コンティ
入口からちょっと覗かせてもらうと、歴史を感じさせるもののシンプルな建物が並ぶワイナリーでした。
このワイナリーではロマネ・コンティの他、やはりグラン・クリュのラ・ターシュ(La-tâche)、先ほど畑を通ったグラン・エシェゾーなどのワインを生産しているそうです。
ヴォーヌ・ロマネ村を出発
ワインを飲んだわけではありませんが、ちょっとリッチな気分になって(?)ヴォーヌ・ロマネ村を出てさらに南へ走り続けます。
それにしても暑くなってきて、お腹もすいてきた。お弁当の場所を探さなければいけません。
ニュイ=サン=ジョルジュの中心部
次のニュイ=サン=ジョルジュは少し大きい村です。大きなスーパーもあるので飲み物を買いに行ったら、何と冷えたものがない。『冷えてなくてもいい』と早くお弁当を食べたいサリーナ。『冷えた飲み物が必要』と譲らないサイダー。
サリーナは公園で待っていることにして、サイダーは別の店を探して村の中心まで走ります。結局冷えた飲み物は見つからず、常温の飲み物でお弁当となりました。
ニュイ=サン=ジョルジュの墓地を通
それはともかく、ルート沿いにピクニックテーブルがあったのはよかった。
お昼を終えてニュイ=サン=ジョルジュを出発。墓地の横を通り抜けます。
広いブドウ畑
再び広いブドウ畑の真ん中に出ました。
斜面地を埋め尽くすブドウ畑、そして右手の丘の上は森になっています。
プルモー
しばらく進むと、左手に見えてきたのはプルモー(Premeaux)の村。
小さな村ですが、教会があり、ワイナリーあり。19世紀のお城のシャトー・ド・プルモーというワイナリーもあるようです。
林の中を通る
ここからルートは少し山側の林の中を通ります。
久々に木陰があってちょっとホッとします。
コンブランシアン
林を抜けると幹線道路を横切り、その先のコンブランシアン(Comblanchien)を通過します。
写真は後ろを振り返ったところですが、右手が役場のメリーさん。そして道の向こうに教会の塔が見えました。
コルゴロアンの先
午後の日差しはさらに強烈。次の村コルゴロアン(Corgoloin)で道端にベンチを見つけ、小休止。そこはサッカー場のあるスポーツ公園の入口でした。
水を飲んでしばらく休憩したら、またかんかん照りのブドウ畑に出ていきます。
ラドワ・セリニーを通過
ラドワ・セリニー(Ladoix-Serrigny)でまた幹線道路を横切り、山側へ。アップダウンもあり、ハヒハヒと言いながらペダルを踏みしめるサリーナ。
地域としては、これまでのコート・ド・ニュイからコート・ド・ボーヌへと入ってきました。
ワイナリーとワインを示す石板
一面のブドウ畑ですが、やはり区画はきっちり区切られワイナリーとワイン名が表示されています。
この石板には、ドメーヌ・ジャック・プリウールのコルトン・ブレッサンド。
アロース・コルトン
アロース・コルトン(Aloxe-Corton)の村に入ります。とても小さな村ですが優れたワインの生産で有名で、ブルゴーニュでは珍しく赤・白のグラン・クリュ畑があるそうです。
この道は何だか風格がありますね。右奥にちらっと見える尖った屋根の建物は、シャトー・コルトン。19世紀末に建てられたお城で、歴史的建造物に登録されているそうです。
ここから北西へ
アロース・コルトンを通り抜けます。後ろの塔はサン・メダル教会。
グラン・クリュ街道はここから右折し、北西の方角へ。この周辺もグラン・クリュ畑が続いているのです。
道の両側に斜面が広がる
道の両側がなだらかな斜面になりました。緩い上りが続いています。
この先のペルナン・ヴェルジュレス(Pernand-Vergelesses)まで行くつもりでしたが、暑さに負けてショートカット。畑の小道を通って南西へと向きを変えます。
サヴィニー=レ=ボーヌ
そして、サヴィニー=レ=ボーヌ(Savigny-lès-Beaune)に到着。
石塀が続く道をどんどん進むと、正面にサン・カシアン教会の塔が現れました。この高さ33mの鐘楼は12世紀後半に建てられたロマネスク様式で、他の部分は15世紀以降とのこと。私たちは見学はせず、そのままボーヌ方面へと進みます。
シャトーに至る道を通る
サヴィニー=レ=ボーヌの南側を通過する際、芝生と並木の緑豊かな道を走りました。
後で調べたら、ここはシャトー・ド・サヴィニー=レ=ボーヌに至る道だそう。すぐ後ろにシャトーがあったのでした。シャトーは一般公開されており、お城以外にも敷地内には戦闘機やレーシングカー、オートバイのコレクションが展示されているそうです。
川沿いを旧市街へ
その後、ボーヌ郊外のブドウ畑と住宅地の境目をしばらく走り続けたら、そろそろボーヌの中心部が近づいてきました。
ブゼーズ公園から川沿いを進み幹線道路を渡ると、ボーヌの城壁の中、旧市街に入ります。
オテル・デュー美術館の前
そのまま真っ直ぐ300mほど進めば、そこはオテル・デュー美術館。旧市街の中心でボーヌ最大の見どころのオスピス・ド・ボーヌがあるところですが、観光は明日ゆっくりとすることにしましょう。
私たちの今宵の宿は、ここからは1.2kmほど。ボーヌを縦断して反対側の郊外住宅地にあります。
部屋の外でくつろぐ
17時前に宿に到着。住宅の門を開けて敷地に入ると、すぐ脇に独立した小さな建物がありました。そこが私たちの部屋。キーボックスから鍵を取り出して部屋に入ります。
部屋に荷物を運び込むと、サイダーはすぐビール購入に走ります。そして外の椅子に座ってカンパ~イ!
ボーヌの宿
シャワーを浴びてしばらくくつろいだら、夕食の買い出しです。大規模スーパーが800mほど離れたところにあり、野菜やパスタ、サーモンのテリーヌなどを買って部屋でいただきます。
今日のブドウ畑サイクリングは、ブルゴーニュワインの歴史と伝統に触れることができてとても楽しかったのですが、かなり暑くて日影がなく、最後はちょっとバテました。
さて、明日の天気予報を見ると、快晴で何と気温は36度。ボーヌ南部のブドウ畑を走るグラン・クリュ街道の続きは断念して、旧市街をゆっくり散策しようと思います。
