1998年夏、自転車といっしょの初の海外旅行はアムステルダムから。
スキポール空港のロッカーに自転車のダンボール箱を預け、国鉄でアムステルダム中央駅へ向かいました。自転車はそのまま電車に乗せられたようですが、様子がわからない私たちは折りたたんだままで。
アムステルダム中央駅に到着するとさすがに自転車先進国のオランダだけあって、自転車を押してプラットフォームを行き交う人々がたくさんいます。駅を出ると背の高い足長オランダ人が大勢ペダルを踏んでいます。初海外サイクリングの気分はこうして否応なく盛り上がってきました。
振り返れば赤煉瓦の堂々としたアムステルダム中央駅です。この中央駅の姿、どこかで見たような気がしませんか? そう東京駅です。東京駅はこのアムステルダム中央駅をモデルにしたと言われているんですね。
アムステルダムでは列車に自転車がそのまま乗せられるだけではありません。自転車の専用道やレーンがとても良く整備されているといいます。ホテルに向かう道路にも自転車専用レーンが設えられていました。
私たちは運河の畔にある、夫婦2人でやっている小さなホテルに宿泊。朝食は窓から運河の見える気持ちのいいダイニングで、おいしいパンやチーズ。
さて自転車観光を始める前に、『アムステルダムの自転車の盗難は1日700台! ちょっとした錠ではすぐに盗まれるよ。』 というホテルの主人のアドバイスに従って、自転車の頑丈な錠を購入(太い鎖にビニールを巻いた錠・重さ約2.5kg、115NLG)。買ったのは、市内に何ケ所もあるレンタサイクル・自転車ツアーの店 Mac Bike。『うん、こんなバイクなら僕でも盗みたくなるよ!』とはお店のお兄ちゃん。
私たちのホテルのすぐ近くにはゴッホの『アルルのはね橋』のモデルになったという、跳ね橋がありました。
それは17世紀建造のマヘレの跳ね橋。現在の木造の橋は20世紀に入って改装されたものらしいのですが、数年前に電化されるまでは手動で開閉していたというから驚きです。
マヘレの跳ね橋のすぐ近くには、良く似た跳ね橋がもう一つありました。こちらは少し小ぶりです。
アムステルダムは運河の街、どこへ行くにも橋を渡らなければなりません。その橋がこんなかわいらしいものだとそれだけでちょっと楽しい。
運河は大きなものから小さなものまで実に様々です。その運河の廻りに建つ建物も場所により表情を変えていきます。
アムステルダム中央駅のすぐそばにあるこの運河を、小さなボートが一隻ゆっくりと通って行きました。先に見えるのは旧教会でしょう。
中央駅に戻り、その前にあるインフォメーションで自転車用地図を購入しました(7.5NLG)。この地図は中心部から7~8km圏をカバーし、自転車推奨コースが記されています。中心部の拡大図もあって町中のポタリングにとても便利。
私たちはオランダ政府観光局のホームページにあった『自転車運河の建物巡りコース』に従って観光を始めました。アムステルダムにはほとんど残っていない『木造の家』から始まります。
中央駅のすぐ側の路地を入るとその建物はありました。アムステルダムは古くは日本同様木造の建物ばかりでしばしば火災のために街が焼失することがあり、15世紀の大火を受けて1521年に木造の建物の建設が禁止されたのだそうです。そのため、現在アムステルダムに残る木造建築はごく僅かなのだそうです。
ということで、そこから続くゼーデイク通りの家並みも現在はすべて石造りです。
ゼーデイク通りを出て旧教会に向かいます。
旧教会の前を通る大きな運河に出ました。ここから北を見れば、中央駅の近くに立つ聖ニコラス教会が見えます。
お次ぎは旧市街の中でも最も古くからある地区に建つ『旧教会』。
もちろん旧教会と言うくらいなので、アムステルダムで最も古い教会で、13世紀初めに建設が開始されたといいます。
この教会の小屋組は木造でちょっとした雰囲気があります。しかし驚くことに、この内部の祭壇側には装飾はまったくといっていいほどありません。この教会はカトリックからプロテスタントに転換された歴史があり、カトリック時代の祭壇や装飾はそのとき破壊されたのかもしれません。
逆に面白いことに、ここには帆船の模型が飾ってありました。そもそもこの旧教会は、ユトレヒト大司教が船乗りの加護のために建造したものなのだそうです。そういう教会も世の中にはあるんですね。祭壇の反対側には立派なオルガンが設えられていました。
旧教会の周囲には公認の売春宿が並ぶ『飾り窓地区』があります。これらの娼家は旧教会の建設とほぼ時を同じくして出現しているようで、教会と売春宿という組み合わせには、ちょっとびっくりです。
飾り窓の営業はどうやら日暮れくらいかららしく、まだオープンしていないのでまたあとで戻るとして、ここで一服。
『自転車運河の建物巡りコース』は当然ながら運河沿いを行きます。
運河には住居としてつかわれているボートハウスがいくつも浮かんでいます。ボートハウスはお金のないヒッピーが住居変わりにボートで生活を始めたのが始まりかと思っていましたが、どうやら第二次大戦中の住宅不足に事を発しているようです。とにかく、現在は様々なタイプのボートハウスが運河にひしめいています。ボートとはいってもこれらのほとんどは動力を持たず、自ら動くことはできないそうです。
アムステルダムは完全にと言っていいほど平坦なので自転車の街です。とっても自転車が多い! 通勤に、買い物に、荷物運搬に、観光にと、とにかく自転車だらけです。
街中はそんな自転車の駐輪でいっぱいでもあります。橋の欄干にはご覧の通り、自転車の二重駐車も。良く見れば、車輪がないもの、サドルがないもの、といったドロボーに遭ったものも多く見かけます。宿の主人の『盗難1日700台!』はもしかするとオーバーではないのかも知れません。やはり用心に越したことはありませんね。
アムステルダムは自転車の街である前に運河の街ですから、橋が至る所に架かっています。
その多くはこんな石橋です。この小さなアーチの下をいろいろな船が通り抜けていきます。
上の橋やこの橋を見てもわかるように、橋はいずれも水面からの高さが極めて低いので、船はみんな背が低くできています。観光はパリのセーヌ川を行くバトームーシュのような観光船で運河を巡るのも楽しそうだし、徒歩でもいいでしょう。
しかし自転車があればもう少し活動範囲が広がり、融通がきき、とっても便利です。『自転車運河の建物巡りコース』の解説を読みながら建物の外観を眺め、時にはギャラリーになっている内部を覗いたりして廻ります。
アムステルダムの建物は破風のデザインの違いでその建設年代がわかるといいます。
ここの建物はほぼ同じ年代に建てられたようで、良く似た破風が並んでいます。よりシンプルなものからとてもデコラディブなものまで、とにかくたくさんの種類があります。
そしてこうした建物の多くはかなり傾いています。アムステルダムはとても地盤が悪く、長い年月の間に傾いてしまったものが多いようですが、運河側や道路側の壁がその方向に傾いているものの中には、最初から傾けて造られたものもあるそうです。
かつてオランダでは建物の幅だか入口の広さだかで税金が決まったので、内部の階段も狭く、上層階に荷物を運び入れるのが大変でした。そこで屋根から突き出した梁に滑車を取付け、これを利用して荷物を吊り上げて窓から運び入れたのです。このため荷物が壁にぶつかりにくくするために壁を傾けたのだとか。なんと16世紀には、この壁を一定以上傾けてはいけないという法律までできたそうです。
みんな狭い間口の建物の中で一際目に付いた建物がこちら。他の建物の何倍もの間口を持つ豪邸です。
こうした建物のエントランスは道路から半階分ほど高いものも多く見られ、その前には優雅な階段が設えられています。
オランダといえばチューリップ。ここアムステルダムにはちょっとした花市場があります。シンゲル運河にあるそこは、チューリップのみならず、ありとあらゆる種類の花々で埋め尽くされていました。その中でもチューリップの球根はやはり見応えがあります。赤や黄色といったポピュラーな色のものでも色の濃淡や花びらの形態の違いで何十種類とあり、一般的にはまず見られない濃紺や漆黒といっためずらしい色のものもあります。
花市場からはほど近くのベヘインホフ(ベヒンホフ、ベイリンホフまたはベギンホフなどとも)へ。ここはベギン派の修道院で、ただ一つしかない小さな門を潜るとそこは別世界です。芝生の中庭を取り巻く静かに暮らす女性たちの家や教会などで囲まれた清楚で美しいところです。
その一角には1346年建造のアムステルダムで現存する最古といわれる、真っ黒な外壁の木造住宅がありました。
夕方から飾り窓地区を歩きましたが、そのショウウィンドウの写真は御法度なのでなし。夜に音楽愛好家なら一度は聴いてみたいと思う音楽ホールのコンセルトヘボウに出かけました。
ここはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の本拠地で、ウィーンの音友協会などとともに世界屈指の音楽ホールとして知られています。夏はシーズンオフなのでコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートはありませんでしたが、別のそれがやられていました。このホールの豊かな音量と密度の高い音質は決して忘れることのできないものです。
翌日は倉庫街のアントレポドックへ。18世紀初頭から100年ほどに渡り建設されたこの大倉庫群は近年、大改修が施されたのです。倉庫を別の用途にコンバージョンする例は結構ありますが、ここは規模がすごい。なんと600世帯が住む集合住宅に大変身なのです。運河に開けた窓からは眺めも良さそう。ボートハウスよりこっちがいいな。
アントレポドックのあとはちょっと街外れにある風車を見に行き(TOP写真参照)、国立博物館でレンブラントやらフェルメールやらを眺めてから、旧市街のへそに当たるダム広場に立つ王宮にやってきました。
17世紀の半ばに市庁舎として建てられたここは、ナポレオンの兄弟ルイ・ボナパルトの居城となった際に王宮となり、現在は王室の迎賓館として使われているそうです。
この王宮前のダム広場は中央駅からまっすぐメインロードを下った旧市街の真ん中なので、とても多くの観光客で賑わっています。金色のモニュメントは『動かぬ人』のパフォーマンス。お金が投げ入れられた時だけちょっと動きます。
アムステルダムの運河とその周辺を楽しんだポタリングはここで時間切れ。出発点のアムステルダム中央駅へ向かいます。中央駅へ向かうメインロードの自転車レーンはちょっとユニークで、ここは中央分離帯の側にあります。目の高さには自転車専用のかわいらしい信号機が。
中央駅では地元のサイクリストに混じって、プラットフォームまで自転車を押して進みました。やってきたときは列車に折り畳んだまま乗せた自転車ですが、今度は勝手がわかったのでそのまま乗せます。自転車マークがある車両には自転車置場があるのです。
アムステルダムの運河沿いはどこを走っても楽しく快適、特に目的を持たずにぶらぶらするポタリングには最適の、美しい街でした。
スキポール空港でダンボール箱をピックアップして自転車を詰め、次の目的地ストックホルムへ飛びました。