オーバンの宿の朝、昨日に引き続き空はどんよりとした雲に覆われ、ポツポツと雨も降っているようだ。
今日はスタッファ島をはじめとしたインナー・ヘブリディーズの3島を巡るツアーに参加する予定だが、昨日チケットを買おうとしたら、係の人が「海が荒れるとツアーは中止になるから、当日朝問い合わせてから来て」という。さて、無事にスタッファ島に行くことができるのだろうか。
いつものたっぷりとしたスコットランド朝食を終え、B&Bのマダムにツアーデスクへ電話で問い合わせてもらったところ、本日のツアーは決行するそうだ。よかった〜
というわけで、チケットを買ってオーバンの港にやってきた。乗船の改札あたりは、すでにマル島へのフェリーを待つ人たちでいっぱいだ。
改札を通り抜け、大型のフェリーに乗り込む。
この1日ツアー、3つの島を巡って帰るまでにフェリー、バス、ボート、フェリー、バス、フェリーの順で乗り継ぐ。ツアーは6枚綴りの乗車・乗船チケットを渡されるのみなので、乗り遅れないよう気をつけないといけません。
オーバンの港から対岸にあるマル島のクレイグヌアまでは45分ほど。
大型フェリーはほとんど揺れもなく静かに進む。雨は相変わらず降ったりやんだりだ。
クレイグヌアの港に到着。港にはほとんど何もないが、桟橋までの通路には海の動物や鳥についての『知ってる?』という展示が続いていて楽しい。「『オイスターチャッチャー』(ミヤコドリ)は、実はオイスターは食べないんだよ」とかね。
しかし、展示を楽しんでいる暇はない。目的地へ行くバスを探して無事乗り込む。
バスはクレイグヌアから一路西へ。ここから56kmほど、アイオナ島に面したフィオンフォートの港まで1時間少々の道のりだ。
マル島は、インナー・ヘブリディーズ諸島の中ではスカイ島に次いで2番目に大きい島で、人口は2,800人ほど。
このルートはマル島の最高峰ベン・モア(966m)、そして荒涼としたヒースの丘、深く入り込んだ入江などの景色を楽しめるはずだったが、雨が次第に強くなってきた。雨の滴り落ちるバスの窓からベン・モアらしきシルエットを何とか確認した。
フィオンフォートに着くと、雨はやや小降りになっていた。今度は船に乗り換えてスタッファ島へ向かう。
スタッファ島への船は、写真奥のフェリーではなく右手の小さなボートだった。これに25人くらいが乗り込む。
スタッファ島は無人の小さな孤島で、フィオンフォートからはボートで1時間弱。出航後しばらくは、対岸のアイオナ島とに挟まれた静かな海だ。
今日は雨模様で、海が荒れると波もかぶるからと、スタッフが黄色の防水コートを貸してくれた。さっそく全員が着込んで、みんなカラシ色の着ぐるみ状態だ。風を遮り温かくてほっとする。
しばらくすると、ボートが速度を落とし「右の岩にいるよ!」とスタッフ。
海辺に突き出た茶色い岩の上に何かいる!
おお、アザラシくんたちが岩の上でごろごろと休憩中でした。ボートの上ではみんな大喜び。
この日のために買って持ってきた単眼鏡を覗いて盛り上がるのはサリーナ。1頭がしっぽを振って挨拶してくれた。ホントです。
島の間の水道を出て外洋になると風が強く波も少し高くなり、揺れるボートの手すりにつかまりながら景色を眺める。
しばらくはただ海に囲まれた景色が続くが、30分ほど経ったところでポツンと小さな島影が見えてきた。いよいよスタッファ島だ。
海の中に浮かぶまさに孤島。近づくと、岸壁は柱が林立したような姿をしている。柱状節理の玄武岩が密集した柱のように整然と並んでいる崖の姿は圧巻だ。スタッファ島のスタッファという名前は、ヴァイキングの言葉で『柱』に由来するという。
岸壁の柱の間には洞窟が見える。
これが『フィンガルの洞窟』。1830年、かのメンデルスゾーンが20歳のとき嵐の夜に訪れて感動し、すぐさま序曲『フィンガルの洞窟』を作曲したのだとか。
ツアーの案内には、「スタッファ島には、海の荒れ具合によっては上陸できないこともある」と書いてある。今日はやや波が高いが、上陸できるだろうか。
島の東側の上陸ポイントに近づく。乗客は、期待と一抹の不安でいっぱいだ。
小さな入江に浮き桟橋があり、ボートは無事に接岸することができた。
いよいよスタッファ島に上陸だ。乗客は約1時間の自由時間の中で、海沿いの遊歩道を進んでフィンガルの洞窟の見学、あるいは島の上に広がるヒースの草原と断崖絶壁の散策に向かう。
私たちは、まずは崖に設置された階段を上って島の上の断崖絶壁を見に行くことにした。
雨で滑りやすいので気をつけながら階段を上る。
階段を上ると、なだらかな傾斜の丘が一面に広がっている。木は一本もなく全体が草に覆われ、ところどころ薄紫色に染まっている。
薄紫に染まったところはヘザーの花。足元をよく見ると、とても可憐な小さな紫や白の花が咲いている。
上陸ポイントからフィンガルの洞窟の上部にある断崖までやってきた。断崖は島の反対側までもずっと続いている。
スタッファ島の楽しみは洞窟以外にもう一つ、さまざまな海鳥の営巣地があることだ。かわいいパフィンに出会えるのを楽しみにしていた私たちだが、残念ながら1羽もいなかった。パフィンがここにいるのは8月初旬までで、すでに飛び立ったあとらしい。
ボートから見た柱状節理の崖の上はこんな風である。高さ40mはあろうか。こ、こえ〜。。
柱状節理は、マグマや溶岩が冷える過程で収縮し等間隔で縮もうとするため、亀裂が入り主に六角形の割れ目が生じ、柱状に固まってできるものだ。フィンガルの洞窟は、その崖地が波浪の浸食を受けて形成されたものだという。
再びボートの着いた入江のところまで戻ってきた。島の上を歩いて眺めてみると、洞窟の近くで船が着ける場所はこの入江くらいしかないことがよくわかる。
今度は階段を下りて、島の南端にあるフィンガルの洞窟に向かう。
海沿いに、崖の下を250mほど南西へ下る。
足元は概ね柱状節理の玄武岩の頭。岩は雨に濡れて滑りやすく、手すりにつかまりながら進む。
足元もまわりも柱状節理だらけ。そして、その一つ一つは直径50㎝以上はあろうか、かなり大きいものだ。
ようやくフィンガルの洞窟入口に到着した。
林立する玄武岩の柱が、蜂の巣のような形の上部天井を支えているように見える。この柱の上部は、古代の神殿建築に倣って『エンタブラチュア』と呼ばれている。
このエンタブラチュアはどうやってできたのだろう。
正確にはよくわかっていないようだが、柱状節理は溶岩がゆっくり冷えたのに対してこちらは急激に冷えたのだとか、柱状節理の圧力によって生じたといった説があるそうだ。
洞窟の入口は幅5mほど、高さは水面から10m少々といったところだろうか。
壁を構成する柱の足元に低い柱の頭が連なっている。
洞窟の内部を覗く。洞窟の中には数mほどしか入れないが、長さは70mにも及ぶという。波と風の音がまわりに反響している。
薄暗く両側を柱の列が奥へと誘うような神秘的な空間は、まるで中世の大聖堂のようだ。洞窟の上部は、六角形を組み合わせた蜂の巣のような形態の天井に覆われている。鍾乳洞のような彫刻で埋め尽くされたアルハンブラ宮殿『二姉妹の間』の天井を思い出した。
柱状節理は、今までも日本国内や韓国などで見てきたが、ここはそれらの中でもかなりの感動ものだった。イングランドから来たというおじさんに記念写真を撮ってもらった。
洞窟からの海辺には特に大型サイズの柱状節理が並んでいる。直径1mくらいか。
ボート出航の時間が近づいてきた。島の上から、あるいは洞窟から乗客が帰ってくる。ちゃんと人数を確認しているようだが、以前、1人積み忘れられて夜大騒ぎになったことがあったそうな。
入江の奥の岩の上には鵜がたくさん休んでいた。
スタッファ島の柱状節理は、フィンガルの洞窟のように直立した柱状のものだけでなく、こんな風に渦を巻いたようなものもある。
あるいは、石を積んだような形のもの。
そんな低い石積みの柱がニョキニョキと立って、束になってこちらに向かってきそうな勢いだ。
ボートはスタッファ島をあとに、一路アイオナ島へと向かう。
雨混じりの天候でどうなることかと思ったが、かなり楽しい滞在だった。帰りは波が高く、ボートは大揺れで波をかぶりまくりだったけれど。
アイオナ島に着くとすでに午後3時に近い。気がつけばかなりお腹もすいている。ここにはカフェがあり、すぐにビールと軽食のお昼にすることにした。
カリフラワーのスープと野菜のスープで暖まり、そしてチキン・マッシュルーム・パイと『スコッチパイ』を楽しむ。スコッチパイは羊肉のミンチのパイだが、スコットランドでは単に『パイ』と言うそうだ。ここは観光客が多いからか、ちゃんと『スコッチパイ』と書いてあった。
空腹もおさまり一息ついたところで、アイオナ島の観光開始。何はともあれ、アイオナ修道院を目指す。
ここは6世紀に聖コルンバが修道院を創設し、キリスト教布教の拠点となった。そして、当時、スコットランド西部にあったダルリアダ王国の国王、さらにその後継者となった初期のスコットランド王がこの島に埋葬されているという。
アイオナ修道院に到着。
入口で拝観料を払おうとすると、「今、結婚式をやっているので教会には入れないけれど、回廊やミュージアムは見られますよ」と無料で通してくれた。
修道院の前には、聖マーティンの十字架が静かに立つ。
これは時代を8世紀に遡るもので、1,200年以上もこの同じ場所にあるという。十字の中心の丸いところにはマリアとキリストが天使に囲まれている姿が彫られている。
そして、修道院入口扉の脇に立つのは聖ジョンの十字架だ。こちらはレプリカで、実物は修道院の博物館に保存されている。
教会では結婚式が行われていたので、私たちはまず教会横の回廊を見ることにした。
聖コルンバによって創設されたアイオナ修道院は度重なるヴァイキングの襲撃によって破壊されたが、その重要性はその後も失われず、12世紀に入って再建が始まったという。
回廊は1400年代につくられたものだというが、その時代のものはほんのわずかしか残っていない。修道院の教会は15世紀に入って拡張されたものの、その後の宗教改革によって放棄され荒廃が進んだ。
このあたりが当初の柱頭の残っている部分のようだ。他の大部分は1950〜60年代に再建され、柱頭は鳥や花のレリーフで飾られている。
1899年に修道院と尼僧院がアイオナ・カテドラル・トラストに移譲され、ここから修復と再建が始まった。現在見られる建物の多くは20世紀に入って再建されたもので、2000年以降はその管理はHistoric Scotland(2015年よりHistoric Environment Scotland)に委ねられている。
修道院の教会は12~15世紀の建築だ。宗教改革により一時廃墟となったが20世紀に修復され、今でも中世の建築の姿を見ることができる。
結婚式は終わったようで、内部を見学する。いろいろな色の石積みの壁と木の天井は温かい雰囲気だ。新郎新婦とその家族がにこやかに談笑していて、こちらも心温まる風景だった。
修道院の横には小さなチャペルがあり、次にそこを訪れてみた。
ここは『聖オランのチャペル』。1100年代に建てられ、アイオナ島で現存する最も古い建物だそうだ。
アイオナ島は東西2km、南北6kmほどの小さな島だが、訪れる人は多く、島にはホテルやB&B、レストラン、小さなお店などもある。
修道院から港への通り沿いには、ちょっといい感じのお店があった。自然食品を売っているようだ。
港の近くにはアイオナ尼僧院の廃墟がある。ここは1200年前後に創設され、350年以上も女性たちの信仰の場として栄えたという。
アイオナ島をゆっくり楽しみ、またまたビールで休憩した後、午後4時半のフェリーに乗る。
フェリーは15分ほどでマル島のフィオンフォートに到着。そこからは来た道をたどって帰る。まずバスで島の東のクレイグヌアへ行き、そこからフェリーでオーバンへ。オーバンのシンボル、マッケイグス・タワーを眺めつつ、港に帰り着いたのは午後8時過ぎだった。
ところでスコットランドを旅していると、犬を連れた旅行者にもよく出会う。さすが、ペット連れの伝統のある国のこと、フェリーにはペット連れ席も設けられていたワン!
街はすでに薄暗くなっている。オーバンでの夕食は、おいしそうなシーフードのメニューが並んでいたこのレストランに決めた。
店名は「オーバン・フィッシュアンドチップス」だが、それだけではなくいろいろなシーフードが食べられるようで、若者で賑わっている。
そして、どど~んと出てきた「シーフード・プラッター」。エビ、カニ、ムール貝、カキ、ニシン、サーモンとサラダの大判盛り合わせだ。幸せだ!
しかし、このレストランは「ライセンスなし」、つまりアルコール類は販売できず置いていないという。そんなわけで、ワインを求めてあわてて外の酒屋を探しに出かけるサイダーなのだった。